デートをしよう!

むらさ樹

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翌日はブルーマンデーで

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カーテンの隙間から入ってくる朝陽。

チュンチュンと聞こえてくるスズメの鳴き声。


学生だって会社員だって、どんなに気持ちの良い朝を迎えても気分のダルい、ブルーマンデー。

俺もしっくりこない身体を起こして制服に着替えると、ダイニングへと下りた。


「おはよう、大地。
冴えない顔、早く洗ってスッキリさせちゃいなさい」


母親の用意してくれたトーストと牛乳を横目に通り過ぎると、俺は言われた通り顔を洗いに行った。



それから勢いよく蛇口をひねり、思い切り顔を洗う。


「…………………」


変な気分だな。
ブルーマンデーなんて毎週迎えてるのに、今朝だけは今までにない感覚だ。

昨日の事も、あれは夢だったっけとさえ思えてきた。


「…………………」


まるで……



「大地! いつまで顔を洗ってんの!
パン冷めちゃうわよっ」

「あっ、あぁ」


母親の呼び声にハッとし、ようやく俺は出しっぱなしの水を止めた。





いつもと変わらない朝を迎え、いつもと変わらない学校へと足を向ける。

3日振りに入る教室で席に着くと、早速先に来ていた前の席の拓海が姿勢を後ろに向けて話しかけてきた。



「よっ、おはよーさん」

「おはよ。
元気だな、お前は」

「何言ってんだ。
大地の方が、浮かれて元気はつらつなんじゃねぇの?」


浮かれる?
何を言い出すんだ、拓海の奴。

こんなにダルいブルーマンデーの朝だってのに、浮かれたい気分にだってなれる筈がないじゃないか。


「隠したってムダだぞ。
見たんだからな、オレは」

「見た?」


ニヤニヤと俺を見る拓海の顔が、やけに気持ち悪かった。
一体何の話をしてるんだ?


「水くさいじゃないかっ
何で今まで黙ってたんだよ。
いや、やっぱりそうじゃないかと思ってたんだけどさ」


何だ何だっ
拓海は何を勝手に言っているんだ?
ニヤニヤしながら冷やかす態度に、俺はちっとも理解出来ないぞ。



「いや、意味わかんないって。
何の話……」

「いつまでしらばっくれて……あ、先生来たな。
また後で詳しく聞かせろよっ」


朝の始業ベルが鳴り教室に先生が入って来たので、拓海は自分の席の方に向き直った。

結局何の事なのかさっぱりわからないままだ。
今まで黙ってたって……俺、拓海に何か秘密にしてたか?





昼休み

コロッケパンを買いに売店に向かう途中、渡り廊下を歩いていると目の前から向かってくる人物にドキリとして息を飲んだ。


――西園寺先輩だ!

2年と3年の校舎は別れていれど、職員室とかに用事があれば2年の校舎に行く必要があり、売店に用事があれば3年の校舎に行く必要がある。

ちょうどそんなふたつの校舎を結ぶ渡り廊下を、今俺は西園寺先輩と向かい合おうとしているんだ!



「……………っ」


初めて近くで見る、生の西園寺先輩。
だんだんとお互いの距離を縮めると、その容姿もよく見えてきた。

茶髪混じりで長い前髪。
男の癖に肌までやけに綺麗で、顔のバランスも整っている。
まるで漫画の中のイケメンそのものだ。

こんなイケメンに声をかけられたんじゃ、そりゃ翼だって………。

俺は西園寺先輩の事は何となく知ってるが、西園寺先輩は俺の事なんて知らない。
別に友達でもないわけだし、会話だってした事もない。


お互いがお互いの行く方向へと足を進め、もうじきすれ違おうとした頃……


「西園寺先ぱぁい!」


黄色い声が後ろから聞こえ、俺は自分が呼ばれたわけでもないのに振り返ってしまった。


すると俺の後ろ側から手を降って走ってきたのは、2年の学年カラーを胸に付けた女子生徒だった。

渡り廊下で俺を通り越すと、目の前の西園寺先輩の前で止まり、頬を赤く染めながら話し始めた。


「こんにちはぁ!
お昼、今からですか?」

「ん?
オレはもう食べたよ」


そんな他愛もない会話をしている横を通り過ぎようとした時、更に後ろの方からも同じような黄色い声が聞こえてきた。



「西園寺先輩!」

「えっ、どこどこっ
あ、ホントだぁ!」


ひとり声をあげれば、またひとりと。
女子の連鎖反応ってのはスゴいもので、すぐにまた違う女子生徒が集まろうとしていた。

は、早く立ち去らないと、俺まで巻き込まれそうだっ


先を急ごうと少し早足になってふたりを通り過ぎようとした時、小さな声でボソボソと西園寺先輩が言った言葉がちょうど俺の耳に聞こえた。



「……じゃあ明日の放課後、待ってるからね」


………………!


チラリと横目でふたりを見た。
顔を赤く染めた女子生徒に、妖しく笑いかける西園寺先輩。


……何だ、この雰囲気。



廊下を渡りきって売店のある3年の校舎に着くと、俺はもう一度振り返って見た。



「……………………」


西園寺先輩は、もうすっかり何人かの女子生徒に囲まれてしまっていた。






「大地!
パン買ってくるのに、どんだけ時間かけてんだよっ」


教室では、椅子に座ったまま後ろを向いて俺の机で頬杖ついていた。



「どこ寄り道してたんだよ」

「寄り道なんかしてないよ。
ただ……」


買ってきたパンを机に置いて椅子に座ると、窓から下の様子に目を向けた。

渡り廊下で女子生徒に囲まれている西園寺先輩が、さっきと変わらず見えた。



「……あの道を通って来たら、遅れをとっただけだよ」

「あぁ、なるほどね」


なんて言いながら、早くも1つめのコロッケパンを口に運んでいた拓海。


「ってお前っ
買ってきてやった俺より先に食うってドンダケだよっ」

「まぁまぁ」


ちぇっ
ちゃっかりしてら。




チラチラと、窓の外を気にしながら食べる昼飯のコロッケパン。

あの女子生徒たちには、ブルーマンデーなんて言葉も知らないんだろうなと思うくらいの熱狂振りだった。



「何そんなに見てんだよ、大地」

「え、あ……。
いや、相変わらずモテてんなーって思ってな」


そんなに見てたのかな。
拓海はそんな俺を見てツッコんだんだ。


「いいじゃねぇか。
大地にはもう彼女がいるんだし」

「は? 俺?
彼女なんていないって」

「いつまでしらばっくれんだよ。
昨日見たって言ったろ」


早くも1つめのコロッケパンを平らげた拓海が、パンの包みを手でクシャクシャと丸めながら言った。


「オレが昨日塾から帰る途中に、大地が翼ちゃんと歩いてるとこ、見たんだぞ。
仲良く手までつないじゃってさ」

「……あぁ」

「あぁ、じゃねぇよっ
ただの幼なじみだなんて言って、見せつけてくれるじゃんよ。
昨日はどこまでデートに行ってたんだ?」


電車から降りた後も、最後まで手をつないで帰ったんだっけ。
ま、家まで送るのがデートじゃ男の役目だもんな。


「別に、あれはデートってわけじゃ……」


いや、デートか?
でも練習のデートだから、やっぱりデートじゃないって言えばデートじゃないよな。


「ウソつけよ。
付き合ってんだろ?
誰にも言わねぇから、言っちまえよ」

「俺と翼はそんなんじゃないって。
だって翼は西園寺先輩と………っ」


言いかけて、俺は手で口を覆った。


「は?
西園寺さんと何なんだよ」

「あ、いや……」


しまったな。
つい付き合ってる事を否定するのに気が行って、余計な事まで言ってしまった。
あんな噂の的になってる人と付き合う事なんて、翼的にも誰にも秘密にしてほしいだろうからな。



「え、まさか西園寺さんと付き合ってるなんて言わないよな」

「…………………」

「え?
あの西園寺さんが? 翼ちゃんと?
マジで?」

「…………………」


俺だってビックリだよ。
あんないろんな女子にキャーキャー言われてる人が、本当に翼に声をかけたんだろうか。



「なのに、何でいつまでも他の女子にチヤホヤされてんだろうな。
……翼がかわいそうだ」

「うわー……マジなのかぁ」


翼はこの様子を見た事ないわけないよな。
それでも好きな先輩からなら、声をかけられたら嬉しいんだろうな。


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