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定番はお化け屋敷か ②
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急いで廊下に出てみると、そこには目を疑う情景が待ちかまえていた。
暗く静寂な病院の廊下に、それぞれの検査室から不気味な呻き声をあげながら病院の人が出て来たのだ。
みんな顔は青白く、着ている白衣はボロボロで、ヒドいものは大量の血痕までこびり付いている。
あんなのは、もちろん作り物だってわかっている。
だけどこんな舞台で見る血痕は、頭でわかっていても本物に見えてしまう。
特に、翼が見たら……っ
「翼、今から走るからなっ
このまま俺に掴まってダッシュだぞっ」
「大地くんっ
何がいるの? お化け?」
「今話してる余裕ないからっ
いいか、行くぞっ!」
「えっ、えっ
わぁっ!」
俺は翼の目を手で塞ぐと、肩を抱き寄せたまま廊下を一直線に走った!!
あれだけ静かで何の人影もなかった病院内。
だけど一度白衣の人に見つかってからは、色んな部屋から次々と姿を現してくる。
本当なら1部屋1部屋見て回りたいんだけど、とりあえずまずは落ち着いた所まで翼を連れて行かないとっ!
長い廊下を突っ切ると、突き当たりの階段を駆け上がった。
踊場で半回転し、2階にたどり着いた所で一旦走る足を止め、はぁはぁと息を切らしながら下からのお化けたちの様子をうかがった。
「……大丈夫、もう追って来ない」
安全を確認した所で、俺はようやく翼の目を覆った手を離した。
「……はぁぁっ
もぉ見えないのに走ってばっかりで、怖かったよぉっ」
「何言ってんだよ。
見えてたら、もっと怖い思いしてたぞ」
「ええっ!?
一体どんなのがいたの?」
「やめとけ。
今夜トイレ行けなくなるぞ」
怖いものが苦手な癖に、どんなのだなんて。
一応気になるのは気になるんだな。
でもま、ここまで来ちまった以上はとりあえず進むかな。
何となくここのお化けの正体はわかってきたし。
ちょっと気持ち悪い姿の検査技師やら看護師やら医者やらが出てきて脅かすだけなんだ。
またこのまま翼の目さえ塞いで行けば、進む事は出来るだろう。
だけど、もしゴールで必要なカルテってのが下の階にあったら、完全クリアは出来ないかもしれないけどな。
「よし、じゃあ気分も落ち着いた所で、ゴールに向かって行くか」
「う~んっ
何が出て来るのか気になるけど、怖いから見たくないし~」
「見なくていいって。
ほら、掴まれよ。また走って逃げたりするばっかりになるとは思うけどな」
そう言って俺は手を伸ばして翼に向けた。
その時
「……今度は逃げられると思うなよ?」
不気味なと言うよりか、まるで怒りのこもった低音ボイスが俺たちに降り注いだんだ。
聞き覚えのある声に、ゾクッと身体が悪寒を感じると、俺たちはゆっくりと振り返った。
「!
こんな所で……っ」
人混みに紛れて上手く振り切り、もう大丈夫だとすっかり油断していた。
あの時の因縁付けてきた金髪のカップルが、今また俺たちの目の前に現れたのだ!
「まさかこんな所にいやがったとはなぁ。
今度は逃がさねぇから覚悟しろよ?」
ニッと口角を上げて俺たちを見下ろす金髪兄ちゃん。
「汚された服、絶対弁償してもらうんだからねっ」
濃いメイクで俺たちを睨む金髪姉ちゃん。
ここは狭い病院アトラクションの中だし、もう紛れる事が出来る人混みもない。
俺ひとり全力で走ればわからないけど、掴まえてないといけない翼と一緒なら逃げてもすぐに捕まってしまう。
こんな所に来て、最大のピンチだっ
どうする、俺――――っ
お化け屋敷ってのは、お客さん同士が被らないように、ある程度時間を空けて入場させるアトラクションだろう。
しかし、前に入った人が中でいつまでもさ迷っていれば、後から入ってきた人と鉢合わせになったって何ら不思議はない。
だけど、だからって今こんな所で一番会いたくない人と鉢合わせになるなんて運が悪すぎだろ!!
「さぁ、さっさとクリーニング代と慰謝料を払って行けよ?
延滞した分、当然割り増しだけどな!」
「そんな金……払うわけないだろっ」
「あぁ!?」
俺たちに因縁つけてきた金髪兄ちゃんは、俺が拒否をすると顔をしかめながら近寄せてきた。
こっちはちゃんと謝ったんだ。
慰謝料だの延滞料だの、冗談じゃない!
それに折角の翼とのデートを、こんな事で邪魔されるわけにはいかないんだ!
「…………………」
俺がはっきりきっぱり拒否をすると、金髪兄ちゃんはしばらく口を結んで黙った。
そうだ。
ウジウジして払ったりするから、こういう奴らは調子に乗るんだ。
払えないものは払えないって堂々と言えばいいんだ!
「……そうか。
じゃあ仕方ないな」
そう言って顔を引っ込めた金髪兄ちゃん。
よかった。
これでこの件はもう……
そう思って安堵しかけた瞬間、金髪兄ちゃんは手を伸ばし、俺の後ろにいる翼の腕を引っ張った。
「きゃあっ」
「翼っ!」
「彼氏が払ってくれないんじゃあ、彼女に払ってもらうしかないよなぁ」
「っ!」
翼の両腕を掴んだ金髪兄ちゃんは、また口角を上げて俺にそう言ったのだ。
「は、離してっ
助けてっ大地くん!!」
金髪兄ちゃんに腕を掴まれて動けない翼。
まさか、俺じゃなくて翼に手をかけるなんて!
「さぁどうすんだ?
慰謝料、払ってくれるのか?」
最低だ!
翼を人質に取ってまだそんな事を言うなんて!
コイツら、人として最低な奴らだ!!
「さぁ!
払うのか払わねぇのか、どっちなんだ!?」
「………………っ
……わかったよ。
払うから、翼を離し……………」
ここで抵抗して、翼にもしもの事があったらいけない。
俺はしぶしぶ、財布を出そうとズボンのポケットに手を入れようとした、その時だった。
翼を掴んで離さない金髪兄ちゃんの背後に忍び寄る影に、俺はギョッとした。
「…………………っ!」
金髪兄ちゃんと、背の低い翼はまだ気付いていない。
だけど、その脇に立っている金髪姉ちゃんは気付いて、俺と同じく息を飲んだ。
「何だよっ
どこ見てんだ、お前!」
俺の表情の異変に気付いた金髪兄ちゃんがガンたれて言い放ったが、そのすぐ後に金髪姉ちゃんは悲鳴を上げて走って逃げて行った。
「きゃぁぁあぁっ!!」
「はぁ?
オイ、お前何ひとりで………」
振り返った金髪兄ちゃんもその時ようやく、その異変に気付いたんだ。
ここはお化け屋敷。
中にいる以上は、いつどこから現れてもおかしくはない。
「……っ、……っ、…」
まさか自分の背後にそんなものが立っていたとは思いもしなかったろう金髪兄ちゃん。
「ぅあぁぁあぁぁっ!!」
掴んでいた翼の腕を振り払うと、これでもかって叫び声をあげて廊下の向こうへと走り去っていった。
「ひゃあっ」
そして急に腕を振り払われた翼は体勢を崩したが、俺はすぐに受け止めてやった。
「え? 何?
今、何があったの?」
状況が飲み込めない翼はまわりをキョロキョロ見回していたけど、何がいたのかは結局わからなかったようだった。
「ん、何か助けてくれたみたい。
……お化けが」
「え、お化けが? 何で?
私も見たかったぁ」
「……いや、翼は見ない方がいいよ」
「え~?」
手術用の防護服やグローブをまとい、赤い血染みを大量につけたお化けなんて見たら……きっと気を失うだろうからな。
それにしても、追いかけるように金髪カップルの方へと付いて行ったあのお化け。
もしかしたら、さっきまでのやり取りを見ていて、本当に俺たちを守ってくれたのかもしれないな。
だとしたら、あのお化けの人に感謝だ。
なんて都合のいい事を心の中で思っていると、俺は床に何かが落ちている事に気付いた。
「何だコレ?」
さっきまではそんな物なんてなかった筈なのに、慌てて逃げた金髪カップルが落として行ったんだろうか。
赤い二つ折りのバインダーみたいなものを床から拾うと、俺はそれを見て驚いた。
「“X患者用カルテ004”……?
って、これゴールで必要なアイテムのカルテじゃね!?」
「えっ、見せて見せて!」
バインダーになっているカルテを開いて見ると、さも本物の病院のカルテみたいな仕様になっていて、名前やら病名やら、その経歴みたいなものまで書かれていた。
そしてその一番下の欄には、赤い字で『これをナースセンターに持って行け』と書いてあったのだ。
「これだ!
間違いないや!」
あの金髪カップルが落としたのか、助けてくれたお化けが置いて行ったのかはわからないが、俺たちはこれを持って一気にゴールを目指した。
翼とふたりでパタパタと走って、2階の廊下の先のナースセンターを目指す。
手は離れないようにギュッと握って。
まだまだ怖そうな雰囲気の廊下を、一緒に。
「あれだ!
ナースセンターって上に書いてある」
「ホントだ!
ゴールだよ、大地くん!」
指差した所に、チカチカと点滅しながら光るナースセンターの文字。
俺たちはそこまで一気に走ると、そこのカウンターには、今まで見てきたお化けと違って普通のキレイな白衣をまとった看護師さんが立っていた。
あれ?
この人、入り口で案内をしてくれたお化けスタイルの看護師さんに似てるな。
「こんばんは。
どうなさいましたか?」
ニコリと、俺たちに微笑みかけながら訊いてきた看護師さん。
「大地くん、あのカルテ」
「あ、あぁそうか」
俺はさっき拾った赤いバインダーのカルテを、この看護師さんに渡してみた。
えっと、これでゴールなのかな。
俺の差し出したカルテを受け取った看護師さんは、中を開いて見た。
「……見つけた。
よかった、これでわたしの魂も報われる……」
「え?」
何だかよくわからない事を言った看護師さんは、受け取ったカルテの代わりに何か紙を渡してくれた。
「カルテを見つけてくれて、ありがとう……。
これを持って、あの非常口からおりて下さいね……」
看護師さんの示した方には、非常口と書かれたドアがあった。
言われた通り、何かの紙を持ったままドアを開けて出ると、係員の人が俺の持つ紙を見てまた何かを渡してきた。
「はい、お疲れさん。
これ記念品ね」
渡された包みを開いて見ると、注射器型のシャーペンが入っていた。
「あはっ、何コレ。
何かウケる~」
「お化け屋敷の記念品がシャーペンか。
確かに笑うな」
非常口という名のお化け屋敷のゴールから出ると、外はもう夕方になっていた。
「そういやこの紙、何が書いてあるんだ?」
ナースセンターでもらった紙を見てみると、そこにはこのお化け屋敷でのストーリーが描かれていた。
この病院で勤めるひとりの女看護師は病にかかり、その病院で検査をして治療や手術を受けた。
しかし、手術には失敗し、その命は助かる事がなかった。
しかもその病院は手術を失敗した事を隠し、不治の病で亡くなった事にと事実を書き換えたらしい。
それで恨みを持ったまま成仏出来ないその看護師が、病院の隠したカルテを探し事件を公にしようとしていた。
「……てわけか。
最初の新聞の切り抜きや検査室での資料とか、みんなストーリーに関与してたんだなぁ」
「なんだぁ。
あの看護師さん、かわいそうな人だったんだ。
お化け屋敷って怖いばっかりかと思ってたけど、何か切ないね」
「て言うか、翼はほとんど何も見ないようにしてたからな」
「うーん。
こんな事なら、目を開けてちゃんとまわればよかったかなぁ」
「……また、来ればいいんじゃん。
今日は練習なだけなんだからさ」
「うんっ」
まぁでもその時は、俺じゃなくて西園寺先輩とだろうけどな……。
暗く静寂な病院の廊下に、それぞれの検査室から不気味な呻き声をあげながら病院の人が出て来たのだ。
みんな顔は青白く、着ている白衣はボロボロで、ヒドいものは大量の血痕までこびり付いている。
あんなのは、もちろん作り物だってわかっている。
だけどこんな舞台で見る血痕は、頭でわかっていても本物に見えてしまう。
特に、翼が見たら……っ
「翼、今から走るからなっ
このまま俺に掴まってダッシュだぞっ」
「大地くんっ
何がいるの? お化け?」
「今話してる余裕ないからっ
いいか、行くぞっ!」
「えっ、えっ
わぁっ!」
俺は翼の目を手で塞ぐと、肩を抱き寄せたまま廊下を一直線に走った!!
あれだけ静かで何の人影もなかった病院内。
だけど一度白衣の人に見つかってからは、色んな部屋から次々と姿を現してくる。
本当なら1部屋1部屋見て回りたいんだけど、とりあえずまずは落ち着いた所まで翼を連れて行かないとっ!
長い廊下を突っ切ると、突き当たりの階段を駆け上がった。
踊場で半回転し、2階にたどり着いた所で一旦走る足を止め、はぁはぁと息を切らしながら下からのお化けたちの様子をうかがった。
「……大丈夫、もう追って来ない」
安全を確認した所で、俺はようやく翼の目を覆った手を離した。
「……はぁぁっ
もぉ見えないのに走ってばっかりで、怖かったよぉっ」
「何言ってんだよ。
見えてたら、もっと怖い思いしてたぞ」
「ええっ!?
一体どんなのがいたの?」
「やめとけ。
今夜トイレ行けなくなるぞ」
怖いものが苦手な癖に、どんなのだなんて。
一応気になるのは気になるんだな。
でもま、ここまで来ちまった以上はとりあえず進むかな。
何となくここのお化けの正体はわかってきたし。
ちょっと気持ち悪い姿の検査技師やら看護師やら医者やらが出てきて脅かすだけなんだ。
またこのまま翼の目さえ塞いで行けば、進む事は出来るだろう。
だけど、もしゴールで必要なカルテってのが下の階にあったら、完全クリアは出来ないかもしれないけどな。
「よし、じゃあ気分も落ち着いた所で、ゴールに向かって行くか」
「う~んっ
何が出て来るのか気になるけど、怖いから見たくないし~」
「見なくていいって。
ほら、掴まれよ。また走って逃げたりするばっかりになるとは思うけどな」
そう言って俺は手を伸ばして翼に向けた。
その時
「……今度は逃げられると思うなよ?」
不気味なと言うよりか、まるで怒りのこもった低音ボイスが俺たちに降り注いだんだ。
聞き覚えのある声に、ゾクッと身体が悪寒を感じると、俺たちはゆっくりと振り返った。
「!
こんな所で……っ」
人混みに紛れて上手く振り切り、もう大丈夫だとすっかり油断していた。
あの時の因縁付けてきた金髪のカップルが、今また俺たちの目の前に現れたのだ!
「まさかこんな所にいやがったとはなぁ。
今度は逃がさねぇから覚悟しろよ?」
ニッと口角を上げて俺たちを見下ろす金髪兄ちゃん。
「汚された服、絶対弁償してもらうんだからねっ」
濃いメイクで俺たちを睨む金髪姉ちゃん。
ここは狭い病院アトラクションの中だし、もう紛れる事が出来る人混みもない。
俺ひとり全力で走ればわからないけど、掴まえてないといけない翼と一緒なら逃げてもすぐに捕まってしまう。
こんな所に来て、最大のピンチだっ
どうする、俺――――っ
お化け屋敷ってのは、お客さん同士が被らないように、ある程度時間を空けて入場させるアトラクションだろう。
しかし、前に入った人が中でいつまでもさ迷っていれば、後から入ってきた人と鉢合わせになったって何ら不思議はない。
だけど、だからって今こんな所で一番会いたくない人と鉢合わせになるなんて運が悪すぎだろ!!
「さぁ、さっさとクリーニング代と慰謝料を払って行けよ?
延滞した分、当然割り増しだけどな!」
「そんな金……払うわけないだろっ」
「あぁ!?」
俺たちに因縁つけてきた金髪兄ちゃんは、俺が拒否をすると顔をしかめながら近寄せてきた。
こっちはちゃんと謝ったんだ。
慰謝料だの延滞料だの、冗談じゃない!
それに折角の翼とのデートを、こんな事で邪魔されるわけにはいかないんだ!
「…………………」
俺がはっきりきっぱり拒否をすると、金髪兄ちゃんはしばらく口を結んで黙った。
そうだ。
ウジウジして払ったりするから、こういう奴らは調子に乗るんだ。
払えないものは払えないって堂々と言えばいいんだ!
「……そうか。
じゃあ仕方ないな」
そう言って顔を引っ込めた金髪兄ちゃん。
よかった。
これでこの件はもう……
そう思って安堵しかけた瞬間、金髪兄ちゃんは手を伸ばし、俺の後ろにいる翼の腕を引っ張った。
「きゃあっ」
「翼っ!」
「彼氏が払ってくれないんじゃあ、彼女に払ってもらうしかないよなぁ」
「っ!」
翼の両腕を掴んだ金髪兄ちゃんは、また口角を上げて俺にそう言ったのだ。
「は、離してっ
助けてっ大地くん!!」
金髪兄ちゃんに腕を掴まれて動けない翼。
まさか、俺じゃなくて翼に手をかけるなんて!
「さぁどうすんだ?
慰謝料、払ってくれるのか?」
最低だ!
翼を人質に取ってまだそんな事を言うなんて!
コイツら、人として最低な奴らだ!!
「さぁ!
払うのか払わねぇのか、どっちなんだ!?」
「………………っ
……わかったよ。
払うから、翼を離し……………」
ここで抵抗して、翼にもしもの事があったらいけない。
俺はしぶしぶ、財布を出そうとズボンのポケットに手を入れようとした、その時だった。
翼を掴んで離さない金髪兄ちゃんの背後に忍び寄る影に、俺はギョッとした。
「…………………っ!」
金髪兄ちゃんと、背の低い翼はまだ気付いていない。
だけど、その脇に立っている金髪姉ちゃんは気付いて、俺と同じく息を飲んだ。
「何だよっ
どこ見てんだ、お前!」
俺の表情の異変に気付いた金髪兄ちゃんがガンたれて言い放ったが、そのすぐ後に金髪姉ちゃんは悲鳴を上げて走って逃げて行った。
「きゃぁぁあぁっ!!」
「はぁ?
オイ、お前何ひとりで………」
振り返った金髪兄ちゃんもその時ようやく、その異変に気付いたんだ。
ここはお化け屋敷。
中にいる以上は、いつどこから現れてもおかしくはない。
「……っ、……っ、…」
まさか自分の背後にそんなものが立っていたとは思いもしなかったろう金髪兄ちゃん。
「ぅあぁぁあぁぁっ!!」
掴んでいた翼の腕を振り払うと、これでもかって叫び声をあげて廊下の向こうへと走り去っていった。
「ひゃあっ」
そして急に腕を振り払われた翼は体勢を崩したが、俺はすぐに受け止めてやった。
「え? 何?
今、何があったの?」
状況が飲み込めない翼はまわりをキョロキョロ見回していたけど、何がいたのかは結局わからなかったようだった。
「ん、何か助けてくれたみたい。
……お化けが」
「え、お化けが? 何で?
私も見たかったぁ」
「……いや、翼は見ない方がいいよ」
「え~?」
手術用の防護服やグローブをまとい、赤い血染みを大量につけたお化けなんて見たら……きっと気を失うだろうからな。
それにしても、追いかけるように金髪カップルの方へと付いて行ったあのお化け。
もしかしたら、さっきまでのやり取りを見ていて、本当に俺たちを守ってくれたのかもしれないな。
だとしたら、あのお化けの人に感謝だ。
なんて都合のいい事を心の中で思っていると、俺は床に何かが落ちている事に気付いた。
「何だコレ?」
さっきまではそんな物なんてなかった筈なのに、慌てて逃げた金髪カップルが落として行ったんだろうか。
赤い二つ折りのバインダーみたいなものを床から拾うと、俺はそれを見て驚いた。
「“X患者用カルテ004”……?
って、これゴールで必要なアイテムのカルテじゃね!?」
「えっ、見せて見せて!」
バインダーになっているカルテを開いて見ると、さも本物の病院のカルテみたいな仕様になっていて、名前やら病名やら、その経歴みたいなものまで書かれていた。
そしてその一番下の欄には、赤い字で『これをナースセンターに持って行け』と書いてあったのだ。
「これだ!
間違いないや!」
あの金髪カップルが落としたのか、助けてくれたお化けが置いて行ったのかはわからないが、俺たちはこれを持って一気にゴールを目指した。
翼とふたりでパタパタと走って、2階の廊下の先のナースセンターを目指す。
手は離れないようにギュッと握って。
まだまだ怖そうな雰囲気の廊下を、一緒に。
「あれだ!
ナースセンターって上に書いてある」
「ホントだ!
ゴールだよ、大地くん!」
指差した所に、チカチカと点滅しながら光るナースセンターの文字。
俺たちはそこまで一気に走ると、そこのカウンターには、今まで見てきたお化けと違って普通のキレイな白衣をまとった看護師さんが立っていた。
あれ?
この人、入り口で案内をしてくれたお化けスタイルの看護師さんに似てるな。
「こんばんは。
どうなさいましたか?」
ニコリと、俺たちに微笑みかけながら訊いてきた看護師さん。
「大地くん、あのカルテ」
「あ、あぁそうか」
俺はさっき拾った赤いバインダーのカルテを、この看護師さんに渡してみた。
えっと、これでゴールなのかな。
俺の差し出したカルテを受け取った看護師さんは、中を開いて見た。
「……見つけた。
よかった、これでわたしの魂も報われる……」
「え?」
何だかよくわからない事を言った看護師さんは、受け取ったカルテの代わりに何か紙を渡してくれた。
「カルテを見つけてくれて、ありがとう……。
これを持って、あの非常口からおりて下さいね……」
看護師さんの示した方には、非常口と書かれたドアがあった。
言われた通り、何かの紙を持ったままドアを開けて出ると、係員の人が俺の持つ紙を見てまた何かを渡してきた。
「はい、お疲れさん。
これ記念品ね」
渡された包みを開いて見ると、注射器型のシャーペンが入っていた。
「あはっ、何コレ。
何かウケる~」
「お化け屋敷の記念品がシャーペンか。
確かに笑うな」
非常口という名のお化け屋敷のゴールから出ると、外はもう夕方になっていた。
「そういやこの紙、何が書いてあるんだ?」
ナースセンターでもらった紙を見てみると、そこにはこのお化け屋敷でのストーリーが描かれていた。
この病院で勤めるひとりの女看護師は病にかかり、その病院で検査をして治療や手術を受けた。
しかし、手術には失敗し、その命は助かる事がなかった。
しかもその病院は手術を失敗した事を隠し、不治の病で亡くなった事にと事実を書き換えたらしい。
それで恨みを持ったまま成仏出来ないその看護師が、病院の隠したカルテを探し事件を公にしようとしていた。
「……てわけか。
最初の新聞の切り抜きや検査室での資料とか、みんなストーリーに関与してたんだなぁ」
「なんだぁ。
あの看護師さん、かわいそうな人だったんだ。
お化け屋敷って怖いばっかりかと思ってたけど、何か切ないね」
「て言うか、翼はほとんど何も見ないようにしてたからな」
「うーん。
こんな事なら、目を開けてちゃんとまわればよかったかなぁ」
「……また、来ればいいんじゃん。
今日は練習なだけなんだからさ」
「うんっ」
まぁでもその時は、俺じゃなくて西園寺先輩とだろうけどな……。
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