上 下
17 / 119

2

しおりを挟む
「キミは…!」


「ほらほら、早く仕事仕事。
いくらですかー?」



どうやらさっきのお客さんとのやり取りを見ていたようで、ニマニマ笑みを浮かべながらわざとそんな事を言ってきた彼。


ちょっ!
からかってる!?



「お、お会計失礼します!!」


とは言え、一応お客さんであるコイツに失礼な真似はできないので、私はいつも通り手際よく、持ってきた惣菜のバーコードをリーダーに通した。



「合計4点、1290円になりますっ!!」


「ほーい」



ズボンの尻ポケットから取り出した財布を開け、彼は2000円を私に手渡した。



だけどコイツ、私が店員だと思って余計にナメてるんだわ!

でなきゃ、普通こんな馴れ馴れしい態度とったりしないものっ



「はい、2000円お預かりしま…」


「あ、ちょっと待って。
ね、今日はあのサラダはもうないの?
卵とかハムとかきゅうりが入った奴」



卵にハムやきゅうりの入ったサラダと言えば、それは私の十八番のサラダしかない。


人気のおかずだから多めに作ってはいるんだけど、閉店前には売り切れてしまう事だって当然ある。


一応陳列棚の方をサッと見てみたけれど、確かにあのサラダはもう売り切れてしまっていたようだ。



「あー…今日は売り切れですね。
すみませんっ」


「なんだぁ。あれ美味かったから、また食いたかったのになぁ」



残念そうに言う彼に、私は仕方なくお釣りの710円をレシートと一緒に返した。



昨日レジをした田原さんが、サラダも買って行ったようだけど誰が食べてんだろうねって話を、昼間したんだっけ。


でもいま彼の言った事を聞くと、どうやら彼本人が食べたようだ。




「サラダとか…食べるんですね」



別にそんな事なんて言う必要はなかったんだけどね。


ただせっかく食べたいって言ってくれたものを提供できなかったのは、作った本人としてもちょっと悔しくも思えてきたのだ。


せめてもう少し多めに作っとけば良かったかなぁ。


でもあまり多く作って残ってしまうと、お店のロスになってしまうからさじ加減は難しい。


特にこのサラダはすぐには作れないから、追加陳列もなかなかできないのだ。




「え?俺何でも食うよ?
それにここのサラダ、めっちゃ好きだから」



“めっちゃ好きだから”



うわ…!

そんな風に言われると、ますます今日食べさせてあげれなかったのが悔しいなぁ。



「ま、ないもんは仕方ないや。
じゃ、またね」



お釣りをそのままポケットにしまい込んだ彼は買った惣菜の入ったレジ袋を持つと、私に反対の手を軽く挙げて見せた。




「あ…ありがとう、ございます………っ」



うちの店を離れ家へと帰って行く彼。

そんな彼の背を、私はしばらくの間ずっと見送っていた。






「…って、あっ!
傘の事、何も話さなかったぁ!」



お礼はもう何度も言ったわけだし、モノは田原さんからちゃんと手渡してくれたわけだから別に問題ないんだけどね。



あーん、何か今日はいろいろやるせなかったなぁ。


何より、サラダの件は特に悔しいや。

せっかく私が作ったのになぁ。






「……………………」



アイツ、また明日も来るかなぁ。



明日はアイツ用に、サラダを1つキープしといてやろうかしら。


そうしたら、私の作ったサラダを…………



「……………………」



アイツ、また明日も来るかなぁ。



明日はアイツ用に、サラダを1つキープしといてやろうかしら。


そうしたら、私の作ったサラダを…………





「ひな坊!
お客さんおらんのやったら、中入って片付け手伝えー!」


「ひゃあ!
ただいまーっ」



久保店長のかけ声に、私は慌てて厨房の方へと駆け込んだ。



もぉ!
ビックリしたよー!





だけどこの時にはもう、昨日散々待ちぼうけを食らった事や腹が立ってた事は、すっかり忘れていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

3億円の強盗犯と人質の私⁉(ラブサスペンス)

むらさ樹
恋愛
私…誘拐されちゃった!? 春うらら 明日から社会人1年生になるってのに、まさか銀行強盗の人質になり、更には誘拐までされてしまうなんて! でも私にとってのまさかは、人質になってしまう事なんかじゃなかった 人質になったからこそ出会えた 誘拐されたからこそ惹かれた そんな銀行強盗兼誘拐犯な、彼 そして、私 でもこれから 一体どうなるの…?

カプチーノ アート

むらさ樹
恋愛
気になる人がいるの 結婚して子どもまでいるのに、私は 「あの、見ましたっ ラテアートのハート…!」 主人とは違う男性に 特別な気持ちを抱いてしまっていたの……

紫に抱かれたくて

むらさ樹
恋愛
キスやセックスはお金で買えるのに でも心は、お金じゃ買えないの? あたしを夢中にさせる あなたの心は 気分転換で行ったホストクラブで、たまたま出会ったこの店のオーナー 名前は… 紫苑 知っている事はそれだけ なのに、あたしの心は いつの間にか、彼だけのものになっていた…

【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません  

たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。 何もしていないのに冤罪で…… 死んだと思ったら6歳に戻った。 さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。 絶対に許さない! 今更わたしに優しくしても遅い! 恨みしかない、父親と殿下! 絶対に復讐してやる! ★設定はかなりゆるめです ★あまりシリアスではありません ★よくある話を書いてみたかったんです!!

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

婚約をなかったことにしてみたら…

宵闇 月
恋愛
忘れ物を取りに音楽室に行くと婚約者とその義妹が睦み合ってました。 この婚約をなかったことにしてみましょう。 ※ 更新はかなりゆっくりです。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?

イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」 私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。 最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。 全6話、完結済。 リクエストにお応えした作品です。 単体でも読めると思いますが、 ①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】 母主人公 ※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。 ②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】 娘主人公 を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。

処理中です...