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35(まなサイド)
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あたたかい部屋の中で、ちょっぴり冷たい風が頬を撫でた。
もう、秋になるんだ。
1日が過ぎるのは遅く感じるのに、月日が経つのは本当に早い。
なのに…
私はいつまで、こうしているんだろう。
「まな、来たよ」
毎日彼が来てくれるのは、決まって午後の栄養点滴が終わった頃だ。
個人病院のドクターをやってるわけだから、多分きっとお昼休みを利用して来てくれてるんだと思う。
わざわざ大変だろうから申し訳ないようにも思うんだけど、でもやっぱり嬉しい。
こんな動かない話さない人形みたいな私に、まだ恭一郎さんは愛してくれてる。
だから私も、早くそれに応えてあげたいのに。
でもイジワルな神さまは、まだ私を眠らせたままにしてるの。
早くしないと、いくら恭一郎さんでも、人形みたいな私には愛想尽かしてしまうかもしれないよね。
私はそれがずっと恐くて、怯えた毎日を繰り返している。
だから「まな、来たよ」って言って顔を出してくれた時は、堪らなくホッとするのよ…。
私と恭一郎さんは、6月に結婚をする予定だった。
なのに、その前祝いと妹の高校入学祝いを兼ねて、みんなで日帰り旅行に行った日、運命はみんなを引き裂いてしまった。
父と母は事故で亡くなってしまい、妹は強いショックで記憶喪失になってしまった。
そして私は、永遠に目覚める事が出来ない昏睡状態に。
だけど恭一郎さんだけでも無事だったのは、神さまに感謝している。
あの人だけでも助けてくれて、本当によかった。
なのに恭一郎さんは、そんな自分を毎日責めていたの。
この事故を、みんな自分の責任だと思っている。
でもそれは違うって。
早く自分を許してあげてって。
言ってあげたいのに、私の身体はいつまで眠ったままなの!?
ここに来た時は、恭一郎さんは私にいろんな話をしてくれる。
お付き合いしていた時の楽しい思い出や、2人で思い描いていた未来の話。
日常であった事とか、メディアに触れない私の為に、芸能人の誰と誰がスキャンダルを起こしたとか。いろいろ。
だけど時々弱音を吐く恭一郎さんには、胸が張り裂けそうになるくらい私はツラくなる。
「目を開けてよ、まな。
早くその声を、僕に 聞かせ て……っ」
今では毎日のように訴えかけてくる恭一郎さんに、私は何も応えてあげられない。
その声はちゃんと聞こえているのにっ
恭一郎さんの想いは、痛いくらい私に伝わっているのに。
なのに私は────…っ
「…ごめん。またわがまま言っちゃったね。自分でも情けないって思ってるよ」
私のすぐ側で話してくれていた恭一郎さんが、ベッドから離れた。
「もう少し頭を冷やして、また明日来るよ。
じゃあね、まな」
──やだっ
恭一郎さんが行っちゃう!
私だって応えたいのにっ
恭一郎さんだけのわがままじゃないのにっ
「(行っちゃ嫌!
恭一郎さん!!)
───────…っ」
声にならない声が、私から発せられた。
うまくしゃべれなくて、乾いた空気が通っただけなんだけど。
でも恭一郎さんはそれに気付いて、私の方を振り返って見た。
「……………まな…?」
まるで時間を忘れたように見つめる恭一郎さんが、私の目に映っている。
やがて驚いたような顔が徐々に緩み、ゆっくりと私の方へと歩み寄る。
「きょ…いちろ… さん……」
もう一度、入らない力をお腹に入れて、彼の名を呼んだ。
「まな…まな……っ」
ポロポロと、恭一郎さんの頬を大粒の涙がこぼれ落ちていく。
それと同時に、恭一郎さんの姿がグニャリと歪んでいった。
私…目が開いてる。
恭一郎さんを見る目が、熱くて堪らない。
私──────っ
「…おはよう、まな。
君の声が聞きたくて、ずっと待っていたんだよ……」
だけどそう言って私の唇を塞いだのは、恭一郎さんだった。
それは、ようやく長い眠りから覚めた私の、新しい1ページ──────────…
“もうこれ以上、君を奪われたくないから”
*おしまい*
もう、秋になるんだ。
1日が過ぎるのは遅く感じるのに、月日が経つのは本当に早い。
なのに…
私はいつまで、こうしているんだろう。
「まな、来たよ」
毎日彼が来てくれるのは、決まって午後の栄養点滴が終わった頃だ。
個人病院のドクターをやってるわけだから、多分きっとお昼休みを利用して来てくれてるんだと思う。
わざわざ大変だろうから申し訳ないようにも思うんだけど、でもやっぱり嬉しい。
こんな動かない話さない人形みたいな私に、まだ恭一郎さんは愛してくれてる。
だから私も、早くそれに応えてあげたいのに。
でもイジワルな神さまは、まだ私を眠らせたままにしてるの。
早くしないと、いくら恭一郎さんでも、人形みたいな私には愛想尽かしてしまうかもしれないよね。
私はそれがずっと恐くて、怯えた毎日を繰り返している。
だから「まな、来たよ」って言って顔を出してくれた時は、堪らなくホッとするのよ…。
私と恭一郎さんは、6月に結婚をする予定だった。
なのに、その前祝いと妹の高校入学祝いを兼ねて、みんなで日帰り旅行に行った日、運命はみんなを引き裂いてしまった。
父と母は事故で亡くなってしまい、妹は強いショックで記憶喪失になってしまった。
そして私は、永遠に目覚める事が出来ない昏睡状態に。
だけど恭一郎さんだけでも無事だったのは、神さまに感謝している。
あの人だけでも助けてくれて、本当によかった。
なのに恭一郎さんは、そんな自分を毎日責めていたの。
この事故を、みんな自分の責任だと思っている。
でもそれは違うって。
早く自分を許してあげてって。
言ってあげたいのに、私の身体はいつまで眠ったままなの!?
ここに来た時は、恭一郎さんは私にいろんな話をしてくれる。
お付き合いしていた時の楽しい思い出や、2人で思い描いていた未来の話。
日常であった事とか、メディアに触れない私の為に、芸能人の誰と誰がスキャンダルを起こしたとか。いろいろ。
だけど時々弱音を吐く恭一郎さんには、胸が張り裂けそうになるくらい私はツラくなる。
「目を開けてよ、まな。
早くその声を、僕に 聞かせ て……っ」
今では毎日のように訴えかけてくる恭一郎さんに、私は何も応えてあげられない。
その声はちゃんと聞こえているのにっ
恭一郎さんの想いは、痛いくらい私に伝わっているのに。
なのに私は────…っ
「…ごめん。またわがまま言っちゃったね。自分でも情けないって思ってるよ」
私のすぐ側で話してくれていた恭一郎さんが、ベッドから離れた。
「もう少し頭を冷やして、また明日来るよ。
じゃあね、まな」
──やだっ
恭一郎さんが行っちゃう!
私だって応えたいのにっ
恭一郎さんだけのわがままじゃないのにっ
「(行っちゃ嫌!
恭一郎さん!!)
───────…っ」
声にならない声が、私から発せられた。
うまくしゃべれなくて、乾いた空気が通っただけなんだけど。
でも恭一郎さんはそれに気付いて、私の方を振り返って見た。
「……………まな…?」
まるで時間を忘れたように見つめる恭一郎さんが、私の目に映っている。
やがて驚いたような顔が徐々に緩み、ゆっくりと私の方へと歩み寄る。
「きょ…いちろ… さん……」
もう一度、入らない力をお腹に入れて、彼の名を呼んだ。
「まな…まな……っ」
ポロポロと、恭一郎さんの頬を大粒の涙がこぼれ落ちていく。
それと同時に、恭一郎さんの姿がグニャリと歪んでいった。
私…目が開いてる。
恭一郎さんを見る目が、熱くて堪らない。
私──────っ
「…おはよう、まな。
君の声が聞きたくて、ずっと待っていたんだよ……」
だけどそう言って私の唇を塞いだのは、恭一郎さんだった。
それは、ようやく長い眠りから覚めた私の、新しい1ページ──────────…
“もうこれ以上、君を奪われたくないから”
*おしまい*
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