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32(恭一郎サイド)
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「まな……?」
おそるおそる後部座席のドアを開けて、世界で一番大切な彼女の名前を呼ぶ。
「まな…大丈夫かい?
返事をして。僕の声が聞こえるかい…?」
重なり合うように、妹とシートに横たわるまなに、僕はそっと声をかけた。
目を閉じているだけで、傷は見当たらない。
気絶しているだけだろうか。
車内を覗き込むように、僕は手を伸ばしてまなの頭を抱えようとした。
だがするとその手に、何か温かいもので濡れたような感触になり、僕はすぐにその手を引いて見てみた。
「────────っ」
真っ赤に染まった手。
それが何なのか、理解したくない。
だってこれは、夢なんだから…っ
ゾワゾワと、左前頭葉に痛みに似た痒みのような感覚が襲ってきた。
するとやがて僕の視界に、乱れた前髪の黒色が白く変わっていくのが朧気に映った。
「ま…な………っ」
…そうだ、救急車!
まだみんな、死んだわけじゃあないんだ。
僕は急いで携帯電話を取り出すと、救急車に電話をかけた。
すぐに救急搬送してもらえば、助かる見込みはある!!
こんな事で、君を失うわけにはいかないんだ。
だから────っ
…しかし、その後の迅速な救急隊の対応にも関わらず、まなの両親は殆ど即死に近く。
また、まなの命は何とか取り留める事はできたが、そのまぶたが開く事は二度となかった。
そして、まなの下になっていた妹のひとみちゃんは──────…
──それから1ヵ月後。
大切な人と、その家族の運命を奪われてからは、僕には空虚感しか感じない毎日が過ぎていった。
まなとはまだ籍を入れたわけじゃない上に、まなの両親は亡くなってしまったので、その後僕たちの関係は凍結したままになっていた。
まなの入院している総合病院には毎日通っているが、一向に目を覚ます様子はない。
両親を亡くし、眠り続けているまな。
…そう言えば、妹の方はどうなったんだろうか。
彼女だけは身体に大きな外傷もなく、殆ど無傷に近かった筈だ。
姉よりも先に退院したんだろうが、両親を亡くしてしまった今、一体どこで、誰のところで暮らしているんだろう。
そして家族をバラバラにしてしまった僕を、ずっと恨んでいるんだろうか……。
「高村、ひとみ…っ?」
紹介状のその患者の名前を見て、僕は目を見開いて驚いた。
同姓同名…の可能性も考えたが、やがて診察室へと入ってきた彼女の姿を見て、間違いなくあのひとみちゃんだと確信した。
総合病院からの紹介状には、事故からのひとみちゃんの病状が綴られている。
外的症状は殆どないけれど、ひとみちゃんには事故の影響で過去一切の記憶がなくなっている。
それによる心のアフターケアを目的に、うちの病院を紹介されたという事のようだった。
(記憶が、ないだと…?)
そうは言っても、一度は面識のある僕だ。
顔を見て、思い出すんじゃないのか?
自分の家族をバラバラにした、その原因である僕を…………っ
「…こんにちは。
僕は、佐伯恭一郎。これからは、僕がひとみちゃんの相談相手になるよ。
何でも、話してくれるかな…?」
まずは椅子に座ってもらい、ゆっくり対面する。
さぁ。君は僕に、何て言葉を返してくるのかな。
君から何もかもを奪った僕を見て、思い出すのだろうか。
「……………」
やや不安げな表情で顔を上げたひとみちゃんだったけれど、やがて僕を見ると屈託のない笑顔で応えてくれた。
「…佐伯先生の、その髪の色。お医者さんなのに、とってもオシャレなんですね。
自分で染めたんですか?」
「───────…っ」
「わたしは、高村ひとみって言います。
よろしくお願いします。佐伯先生」
ひとみちゃんは過去の記憶だけじゃない、僕を含め家族全員の事を忘れてしまっていた。
そして今は、別の家族の一員として生活しているようだった。
苗字も変わっていない所をみると、養子に行っているわけではないようだが、或いは親戚の所にでもいるんだろう。
「毎日、どう?
困っている事とか悩み事なんかあったら、話してごらん」
「大丈夫です。お父さんもお母さんも優しいし、お兄ちゃんもわたしの事を大切にしてくれてるから、悩みなんてありません。
…ただ、時々胸がギュッと締め付けるように不安になったり、頭痛がする事があるんですけどね」
新しい家族は、ひとみちゃんに本当の事なんて話していないだろう。
何も知らないまま、きっと幸せそうな毎日を過ごしているに違いない。
…だけどいつかすべてを思い出し、僕を責め立てる日が来るだろう。
何せ僕は、君たち家族から大切なものを奪わせてしまった、諸悪の根元なのだから────────…
おそるおそる後部座席のドアを開けて、世界で一番大切な彼女の名前を呼ぶ。
「まな…大丈夫かい?
返事をして。僕の声が聞こえるかい…?」
重なり合うように、妹とシートに横たわるまなに、僕はそっと声をかけた。
目を閉じているだけで、傷は見当たらない。
気絶しているだけだろうか。
車内を覗き込むように、僕は手を伸ばしてまなの頭を抱えようとした。
だがするとその手に、何か温かいもので濡れたような感触になり、僕はすぐにその手を引いて見てみた。
「────────っ」
真っ赤に染まった手。
それが何なのか、理解したくない。
だってこれは、夢なんだから…っ
ゾワゾワと、左前頭葉に痛みに似た痒みのような感覚が襲ってきた。
するとやがて僕の視界に、乱れた前髪の黒色が白く変わっていくのが朧気に映った。
「ま…な………っ」
…そうだ、救急車!
まだみんな、死んだわけじゃあないんだ。
僕は急いで携帯電話を取り出すと、救急車に電話をかけた。
すぐに救急搬送してもらえば、助かる見込みはある!!
こんな事で、君を失うわけにはいかないんだ。
だから────っ
…しかし、その後の迅速な救急隊の対応にも関わらず、まなの両親は殆ど即死に近く。
また、まなの命は何とか取り留める事はできたが、そのまぶたが開く事は二度となかった。
そして、まなの下になっていた妹のひとみちゃんは──────…
──それから1ヵ月後。
大切な人と、その家族の運命を奪われてからは、僕には空虚感しか感じない毎日が過ぎていった。
まなとはまだ籍を入れたわけじゃない上に、まなの両親は亡くなってしまったので、その後僕たちの関係は凍結したままになっていた。
まなの入院している総合病院には毎日通っているが、一向に目を覚ます様子はない。
両親を亡くし、眠り続けているまな。
…そう言えば、妹の方はどうなったんだろうか。
彼女だけは身体に大きな外傷もなく、殆ど無傷に近かった筈だ。
姉よりも先に退院したんだろうが、両親を亡くしてしまった今、一体どこで、誰のところで暮らしているんだろう。
そして家族をバラバラにしてしまった僕を、ずっと恨んでいるんだろうか……。
「高村、ひとみ…っ?」
紹介状のその患者の名前を見て、僕は目を見開いて驚いた。
同姓同名…の可能性も考えたが、やがて診察室へと入ってきた彼女の姿を見て、間違いなくあのひとみちゃんだと確信した。
総合病院からの紹介状には、事故からのひとみちゃんの病状が綴られている。
外的症状は殆どないけれど、ひとみちゃんには事故の影響で過去一切の記憶がなくなっている。
それによる心のアフターケアを目的に、うちの病院を紹介されたという事のようだった。
(記憶が、ないだと…?)
そうは言っても、一度は面識のある僕だ。
顔を見て、思い出すんじゃないのか?
自分の家族をバラバラにした、その原因である僕を…………っ
「…こんにちは。
僕は、佐伯恭一郎。これからは、僕がひとみちゃんの相談相手になるよ。
何でも、話してくれるかな…?」
まずは椅子に座ってもらい、ゆっくり対面する。
さぁ。君は僕に、何て言葉を返してくるのかな。
君から何もかもを奪った僕を見て、思い出すのだろうか。
「……………」
やや不安げな表情で顔を上げたひとみちゃんだったけれど、やがて僕を見ると屈託のない笑顔で応えてくれた。
「…佐伯先生の、その髪の色。お医者さんなのに、とってもオシャレなんですね。
自分で染めたんですか?」
「───────…っ」
「わたしは、高村ひとみって言います。
よろしくお願いします。佐伯先生」
ひとみちゃんは過去の記憶だけじゃない、僕を含め家族全員の事を忘れてしまっていた。
そして今は、別の家族の一員として生活しているようだった。
苗字も変わっていない所をみると、養子に行っているわけではないようだが、或いは親戚の所にでもいるんだろう。
「毎日、どう?
困っている事とか悩み事なんかあったら、話してごらん」
「大丈夫です。お父さんもお母さんも優しいし、お兄ちゃんもわたしの事を大切にしてくれてるから、悩みなんてありません。
…ただ、時々胸がギュッと締め付けるように不安になったり、頭痛がする事があるんですけどね」
新しい家族は、ひとみちゃんに本当の事なんて話していないだろう。
何も知らないまま、きっと幸せそうな毎日を過ごしているに違いない。
…だけどいつかすべてを思い出し、僕を責め立てる日が来るだろう。
何せ僕は、君たち家族から大切なものを奪わせてしまった、諸悪の根元なのだから────────…
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