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16(ヒロキサイド)
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ひとみがいつも通っている精神病院に駆けつけると、そこはもう診療時間を過ぎていて入り口が閉まっていた。
だけど中にはまだ明かりがついていて、人もいるのが見えた。
──ダンダンダン!
「すいません!
開けて下さい!!」
オレはためらいなく病院のドアを叩いて、中の人を呼ぼうと叫んだ。
早くしないと、ひとみの身体が心配だ。
背負った時に首に触れるひとみの頬から、じんわりと汗ばんでいるのが感じる。
最近はこんなにも強い反応なんてなかったのに。
ひとみは自分の家を見て、何かを思い出しかけたんだ!
「あの、どうなさったんですか?」
しばらくドアを叩き続けていると、中から鍵を開けた受付らしい人が何事かと顔を覗かせた。
「ひとみが具合悪そうなんだ!こんなにヒドいと、もう薬じゃダメだ。先生に、診てもらうように言ってくれよ!!」
オレの背中で苦しそうにもがくひとみの姿を見た受付の人は、すぐに血相を変えて中に入れてくれた。
診療時間は過ぎているので他の患者は誰もいない。
数人ほど残っている看護師やら事務の人たちも運ばれてきたひとみに驚いたが、すぐに診察室へと案内してくれた。
「先生を呼びましたから、すぐに来ると思います。
お兄さんも一緒にこっちへ…っ」
殺風景…と言うよりも、殆ど何もないような不思議な雰囲気の診察室だった。
壁一面は草のようなグリーン色に染められ、中にはシンプルな机と対に置かれたイスが2脚。それと寝心地良さそうなフカフカのリクライニングチェアがあるだけだ。
オレはそのリクライニングチェアにひとみをおろすと、主治医であるあの医者が来るまでひとみの手を握って待っていた。
診察室の中まで入ったのは初めてだったが、ひとみはいつもこんな所で診察を受けていたのか…。
記憶を失い、いつ襲ってくるかわからない不安と戦っているひとみの、心の病。
このまま、まな姉ちゃんみたいに意識までなくしたりしないよな?
ましてや、奇跡的に助かった命までも…………っ
「ひとみちゃんに、強い発作だって?」
ギュッとひとみの手を握りしめながらひとみの安否を願っていると、診察室の奥から左前髪だけ白い頭のひとみの先生がやってきた。
白衣は着ていない。よっぽど急いで来てくれたんだ。
「先生っ
ひとみが…!」
「こんなになる程、ひとみちゃんに何があったんだい?」
リクライニングチェアに横たわるひとみに駆け寄ると、先生はひとみの制服の胸元のボタンを緩めた。
手首の脈を診たり、額に手をあてたりしている。
「…隣の家の、ベランダのドアが開いてた。ひとみは…以前自分が住んでた家に入ったかもしれなんだ。
駆けつけた時には、庭先で倒れてて…っ」
「……………………っ」
そうしているうち看護師さんらしき人が先生のもとに来ると、先生に何かを手渡した。
──注射器だ!
「今はまず、落ち着かせたい。
君もひとみちゃんの身体を少し押さえるのを、手伝ってもらえるかな」
「ぁ……はいっ」
言われるままオレはひとみの足元を押さえると、看護師さんは上半身を押さえ、先生はひとみの腕を捲って注射器の針を刺した。
「…んっ」
具合が悪いからか注射が痛かったのか、一層身体を強ばらせたひとみだったが、それもやがて落ち着き静かになった。
先生の注射が、効いたんだ…!
あれだけツラそうだったひとみの顔が安らかになると、オレはホッとして全身の力が抜けたように、その場にへたり込んだ。
…よかった。これでひとまずは安心だ。
「先生…」
「もう少し寝かせたら、ひとみちゃんは僕が家に送っていこう。
君はもう、先に帰って構わないよ」
「…えっ
え……………?」
床に座り込むオレを見下ろした先生は、立ち上がらせようと手を差し伸べながら言った。
先に帰っていい、だと?
「何言ってるんですか!
オレはひとみの兄なんだ。帰りもオレが連れて帰りますっ」
「ここまで背中におぶって来たそうだね。妹さんが心配なのはわかるけど、今は安静にさせたいんだ。
僕が車で送った方が、ひとみちゃんに余計な負担をかけさせない」
「────────っ」
「ヒロキ! 今までどこに行ってたの?
ひとみは? ひとみはどうしたのっ」
「……………………」
──結局
ひとみを探しに出たオレだったのに、病院には連れて行く事ができたが、ひとみ自身は置いて帰る羽目になった。
「ひとみが…病院!?」
「大丈夫だよ。先生がすぐに注射をしてくれて、今眠ってる。
ひとみの事も、後から先生が車でうちまで送ってくれるってさ」
「そう…。なら安心ね」
「…………………っ」
母さんはすっかり安心したようだったけれど、でもオレは納得出来なかった。
オレはひとみの兄で、家族の一員なんだ。
何でオレを先に帰らせたんだ?
オレが未成年だからか?
やたらひとみに目をかけてくれるのは有り難いが、オレとしてはイマイチ信用出来ない。
…でもひとみが無事だった事は、本当によかった。
もうこれ以上ひとみを、オレから奪わないでほしいから───────…
だけど中にはまだ明かりがついていて、人もいるのが見えた。
──ダンダンダン!
「すいません!
開けて下さい!!」
オレはためらいなく病院のドアを叩いて、中の人を呼ぼうと叫んだ。
早くしないと、ひとみの身体が心配だ。
背負った時に首に触れるひとみの頬から、じんわりと汗ばんでいるのが感じる。
最近はこんなにも強い反応なんてなかったのに。
ひとみは自分の家を見て、何かを思い出しかけたんだ!
「あの、どうなさったんですか?」
しばらくドアを叩き続けていると、中から鍵を開けた受付らしい人が何事かと顔を覗かせた。
「ひとみが具合悪そうなんだ!こんなにヒドいと、もう薬じゃダメだ。先生に、診てもらうように言ってくれよ!!」
オレの背中で苦しそうにもがくひとみの姿を見た受付の人は、すぐに血相を変えて中に入れてくれた。
診療時間は過ぎているので他の患者は誰もいない。
数人ほど残っている看護師やら事務の人たちも運ばれてきたひとみに驚いたが、すぐに診察室へと案内してくれた。
「先生を呼びましたから、すぐに来ると思います。
お兄さんも一緒にこっちへ…っ」
殺風景…と言うよりも、殆ど何もないような不思議な雰囲気の診察室だった。
壁一面は草のようなグリーン色に染められ、中にはシンプルな机と対に置かれたイスが2脚。それと寝心地良さそうなフカフカのリクライニングチェアがあるだけだ。
オレはそのリクライニングチェアにひとみをおろすと、主治医であるあの医者が来るまでひとみの手を握って待っていた。
診察室の中まで入ったのは初めてだったが、ひとみはいつもこんな所で診察を受けていたのか…。
記憶を失い、いつ襲ってくるかわからない不安と戦っているひとみの、心の病。
このまま、まな姉ちゃんみたいに意識までなくしたりしないよな?
ましてや、奇跡的に助かった命までも…………っ
「ひとみちゃんに、強い発作だって?」
ギュッとひとみの手を握りしめながらひとみの安否を願っていると、診察室の奥から左前髪だけ白い頭のひとみの先生がやってきた。
白衣は着ていない。よっぽど急いで来てくれたんだ。
「先生っ
ひとみが…!」
「こんなになる程、ひとみちゃんに何があったんだい?」
リクライニングチェアに横たわるひとみに駆け寄ると、先生はひとみの制服の胸元のボタンを緩めた。
手首の脈を診たり、額に手をあてたりしている。
「…隣の家の、ベランダのドアが開いてた。ひとみは…以前自分が住んでた家に入ったかもしれなんだ。
駆けつけた時には、庭先で倒れてて…っ」
「……………………っ」
そうしているうち看護師さんらしき人が先生のもとに来ると、先生に何かを手渡した。
──注射器だ!
「今はまず、落ち着かせたい。
君もひとみちゃんの身体を少し押さえるのを、手伝ってもらえるかな」
「ぁ……はいっ」
言われるままオレはひとみの足元を押さえると、看護師さんは上半身を押さえ、先生はひとみの腕を捲って注射器の針を刺した。
「…んっ」
具合が悪いからか注射が痛かったのか、一層身体を強ばらせたひとみだったが、それもやがて落ち着き静かになった。
先生の注射が、効いたんだ…!
あれだけツラそうだったひとみの顔が安らかになると、オレはホッとして全身の力が抜けたように、その場にへたり込んだ。
…よかった。これでひとまずは安心だ。
「先生…」
「もう少し寝かせたら、ひとみちゃんは僕が家に送っていこう。
君はもう、先に帰って構わないよ」
「…えっ
え……………?」
床に座り込むオレを見下ろした先生は、立ち上がらせようと手を差し伸べながら言った。
先に帰っていい、だと?
「何言ってるんですか!
オレはひとみの兄なんだ。帰りもオレが連れて帰りますっ」
「ここまで背中におぶって来たそうだね。妹さんが心配なのはわかるけど、今は安静にさせたいんだ。
僕が車で送った方が、ひとみちゃんに余計な負担をかけさせない」
「────────っ」
「ヒロキ! 今までどこに行ってたの?
ひとみは? ひとみはどうしたのっ」
「……………………」
──結局
ひとみを探しに出たオレだったのに、病院には連れて行く事ができたが、ひとみ自身は置いて帰る羽目になった。
「ひとみが…病院!?」
「大丈夫だよ。先生がすぐに注射をしてくれて、今眠ってる。
ひとみの事も、後から先生が車でうちまで送ってくれるってさ」
「そう…。なら安心ね」
「…………………っ」
母さんはすっかり安心したようだったけれど、でもオレは納得出来なかった。
オレはひとみの兄で、家族の一員なんだ。
何でオレを先に帰らせたんだ?
オレが未成年だからか?
やたらひとみに目をかけてくれるのは有り難いが、オレとしてはイマイチ信用出来ない。
…でもひとみが無事だった事は、本当によかった。
もうこれ以上ひとみを、オレから奪わないでほしいから───────…
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