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二日目はボウヤ呼ばわりだ!

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「いらっしゃいませー!
ようこそ、“club-shion”へ」


バイト2日目
今夜もオレは、この酒と大金の淀むホストクラブへとやってきた。

衣装も昨日と同じ、グレーの高級スーツに、尖った靴。
指導係も同じ、猫っ毛サラサラヘヤーの駆け出しホスト、煌さんだった。



「お客様、禁煙席喫煙席…じゃなかった。
えぇっと、どーぞコチラへっ」

来店してきたお客さんをテーブルに案内する所はいつものファミレスに似ているから、つい間違えてしまう。
ここは、全席喫煙OKなんだったよ!




とりあえずお客さんを席に案内すると、その間もなくお客さんの指名していたらしいプレイヤーホストが来て隣に座る。

それから最初の注文を聞くと、オレはオーダーを通す為に奥に消えるという感じだ。


「では、ごゆっくりドゾー!」




____
 ______



「…うーん、ジュースとかあれば、オレもプレイヤーホスト側でもイケるんだけどなぁ」

「オイオイ。
お客さんに指名してもらえるのって、結構大変なんだぞ?」

奥で考え事をしていると、なんてエラそうに言ってる煌さんが来た。

そういや昨日はオレと同じで雑用ばっかしてたけど、煌さんも誰かお客さんの隣に座ったりとかはなかったな。

あんた…もしかしてプレイヤーの経験ないとか言わないよな?


ホストにも上下関係ってのは多少あるみたいで、やっぱりたくさんのお客さんから指名されてたくさんの売り上げを得たホストがエラいらしい。

当然そういうエラい身分のホストはプレイヤー席に座って接客が忙しいわけだけど、指名も入らないヒマしてるホストは雑用とかヘルプにまわったりするようだ。



「煌、これ2番テーブルな。
それとRIKU☆は、さっきのジャックダニエルズ」

「はーい」


聞き慣れない酒の名前に、何の注文を受けたのかさえわからなかったけど。
これウイスキーって奴か?

とりあえず言われた通りにテーブルに運び、ついでに灰皿も替えて奥にと戻った。

灰皿はタバコ1本でもたまったら、替えなきゃいけないんだってさ。



そうしてオレが戻ってきた時、オーダーされた酒を運び終わった煌さんもちょうど戻ってきた。

「ねぇ煌さん。
オレプレイヤーやりたいんだけど、やっぱりなれないのかなぁ?」


とにかくお客さんに注文させればいいんだろうけど、注文させるチャンスがなかったら意味ないじゃないか。

やっぱり3日だけのバイトじゃ、ダメなのかなぁ。
例えば知り合いとか来てくれたら、オレの名前で注文させる事ができるんだけどさ?


「そりゃプレイヤー席とか憧れるよね。
おれも初めて指名された時は、飛び上がるように嬉しかったけどさぁ」


なんて言ってる時、来店のお客さんがドアを開けてやってきたようだ。

「おっと。
さぁRIKU☆、ウエルカムも大切な仕事だよ。
行っておいで」

「あぁ、はーい」

…なんだ。
煌さんも一応お客さんに指名された事あるのか。



「いらっしゃいませー
ようこそ、“club-shion”へ!」

今度こそは禁煙席とか言わないようにしないとな。
あんまりヘマして給料天引きとか、マジ笑えないから。

跪いて来店したお客さんに一礼すると、顔を上げて今度は気持ちよく席に案内する…

と頭の中でシミュレーションしていると、来店したこのお客さんはいきなりキョロキョロしてはオレの袖を掴んだ。


「ねっ
今日は紫苑来てる?
昨日もいなかったんだから、今日はいるよね」

「えっ、わっ、ちょっ」

いきなり袖を掴まれるとは思わなかったので、思わずパニクったけど。

何だ何だこの女はと顔を見上げてみると、見覚えのある人物だった。


「紫苑にはプラチナタワーごちそうしちゃうんだから、気合いいれてんだよーっ」

…あ。
この女、昨日高い酒をジャバジャバこぼすようなタワーを注文した奴だ。
また来たのか!?

「ちょっと凛!
そんな事しちゃ、ほら困ってるじゃない」

「えー?
愛さんには関係ないでしょーっ」

来客はどうやら2人組だったらしく、もう1人の女が昨日のタワー女をたしなめた。


「えっと…っ
と とりあえず席にご案内しますっ」

ようやく袖を離してもらうと、シワになった所を手で直しながら空いたテーブルへと案内した。


「ねぇ!それより紫苑は?」

「え?」

だけど、やけに突っかかってきたのは昨日のタワー女だった。

てゆーか、紫苑って…店長の事だよな。そういえば昨日も今日も店長の姿は見ていない。
店長のクセに、そんなんでいいのか?
もしかして、名前だけの幽霊店長だったりして。まさかホストクラブでブラック企業とか笑えないって。


「あ、いらっしゃい愛さん」

「煌!」

オレがタワー女の問答に困っていると、そこに煌さんが助けに入ってくれた。

「あ、愛さんのお気に入りのボウヤだぁ。
ねぇねぇボウヤ、今日は紫苑はいるよね?」

「凛!
煌はボウヤじゃないって言ってるでしょ!」


2人共ここにはよく来てるお得意さんって奴なのかな。
こんな駆け出しホストみたいな煌さんの事は、よく知ってるみたいだ。


「あはは…。
ごめんなさい、凛さん。紫苑さんは今日もいない日なんだよ…」

「えーっ?ナニソレ!
せっかく二連休だったのに、どっちも紫苑いないなんてサイアクーっ!」

このタワー女、昨日はあの真っ黒なホストに手を叩いて喜んでいたのに、店長がいないってだけでやけに非難ゴーゴーなんだな。


「もぉイイもん!
今日もクロに、出張付きで朝まで付き合ってもらうんだからぁ!」


…朝まで?
ここの営業って、12時までじゃなかったか?

もしかして、+歩合給ってそれか!


「あの、出張って何?
オレでもできる事?」


何気なく煌さんに訊いたつもりだったのに、オレのその言葉に何故かみんなが注目した。

「り RIKU☆…、あのね…」

だいたいオレの質問には、すぐに丁寧に答えてくれる煌さんなのに。
何故か固まったように答えに詰まったようだ。


「あはっ、あはははははっ
やだぁ!ボウヤよりもっとボウヤがいるじゃない!」


何がそんなにおかしいのか、このタワー女は急にゲラゲラ笑い出した。

ボウヤって!
煌さん、オレと同じ扱い受けてるぞ。


「愛さぁん。愛さんの趣味ってボウヤ系でしょ?
こっちのボウヤにオトナのオンナ教えてあげたら?」

「凛!」

何の事かさっぱりわからないまま、ケラケラ笑いながらタワー女はどこか勝手に席に着いてしまった。

オトナの…オンナ?


「…ごめんね、あの子いつもあんな調子だから…」

「あ…いえ…」

こっちの女はまだまともみたいで、さっきのタワー女の代わりに詫びを入れてくれた。


「あたしは別に凛と一緒に来たわけじゃないの。
煌、席に案内してくれる?」

「もちろんだよ、愛さん。
ようこそ、“club-shion”へ」

…へ~。
まだ誰からも指名を受けていない、新人同様のホストだと思っていた煌さんだけど。

どうやらこの愛さんって呼ばれた女が、煌さんを指名している人みたいだった。




2人が席に着いたので、オレは早速オーダーを取る事になった。

「今日は何にする?
やっぱり、いつものかな」

「えぇ。
煌と飲む時はこれって決めてるもの」


すげぇ!
煌さんの事は頼りなさそうなホストだと思ってたけど、特定のお得意さんと“いつもの”って酒まであるのか!

さては、また名前のややこしい高級なウイスキーだかシャンパンなんだろうなぁ。


「うん。
じゃあRIKU☆、ビール持ってきてくれる?」

「はい、煌さ…
………ええーっ!?」

「…どうしたんだよ」

「ビール?
ビールって普通の?」

「そうだけど…
え?普通じゃないビールってあるの?」


いやいやいや。
むしろこっちが訊いてるんだよ。

ビールって、どこ行っても買えるような手軽な酒じゃないか?


「煌さん…そんなんで煌さんの売り上げ大丈夫なのかよ」

「り、RIKU☆っ!!」


おっと。
あまりの期待ハズレに、つい失言しちゃったな。

だって、あんな80万のボトルをジャバジャバ流し入れるものだってあるのに、“いつも”の酒がビールだなんてさぁ。


「こらこら、新人君?
大事なのは、お金じゃないのよ」

「愛さん…」

オレの失言を聞いていた愛さんとかいう煌さんの得意客は、そう言ってオレを叱った。

まぁ…なるほどね。
高い酒だけが、イイわけじゃないけどさ。

てゆーか、お客さんに言わせてどうすんだよ煌さん!


そんなわけで、煌さんはこの得意客の接待にまわってしまったので、再びオレは雑用係にと戻った。



後からこの店のメニュー表を見てみたけど、確かにスーパーとかで買うよりかはビールも値段が高いけど、やっぱり他の高級な酒に比べたら雀の涙だった。


案の定ここの店は、お客さんに注文取らせれば取らせるほど自分に+歩合給となるようだ。


て事は、やっぱりオレも注文させればイイってわけなんだけども。


普通に仕事してるだけじゃ、プレイヤーにはなれない。


とすると、何か方法を考えないとな……………







そんなこんなで、2日目のバイトは終わった。


後は明日の1日だけだ。

どうにかして、プレイヤーホストになるぞ!!






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