デ キ ちゃ っ た !?

むらさ樹

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「…由香……」

静かだったから眠っているのかと思ったけど、一歩また一歩と近付いて見ると由香の目は開いているのがわかった。


「由香…っ!」

起きているとわかった由香に、オレはすぐに駆け寄った。

「由香……。
さっき高倉から電話あって、由香が…」

オレに気付いてるハズの由香だけど、その視線は天井一点を見ていて動かない。

何の表情もないまま、だけど口だけが小さく動いた。


「…ついお腹を庇っちゃってね、あたし利用者さんを抱える力を急に緩めちゃったの」

「え………?」


いきなり話し始めたから何の事かと思ったけど、多分実習中の出来事を話しているんだろう。


「そしたらバランスを崩した利用者さんが、あたしの方に倒れかかっちゃってね。
それで…お腹に思い切り体重がのし掛かっちゃって……それで………っ」


そこまで言って、由香の表情が歪んだ。

由香の目からは一気に涙が溢れ出し、ボロボロと目尻に沿って枕にと流れていった。



「あたしと陸の赤ちゃん……死なせちゃったの…っ
あたしの…せいで…っ!」

布団の中に隠れていた点滴チューブと繋がっている由香の手が、顔を覆った。

その指の間からは、とめどなく溢れる涙が伝い流れていった。



「あたしのせいで…死なせちゃった よ…っ!」

「………………っ!!」


こうなってしまったら一番イイのにな…て、ほんの少し心のどこかでずっと思ってたのかもしれない。


まだ欲しいなんて微塵も思ってない自分の子ども。


でも
子どもが欲しくなくても、どうしても性欲には勝てなくてチャンスがあれば行為には及んでいたわけで。


「…ごめ……」

それでいざホントに妊娠が発覚した途端、如何にして逃げようかとか、そんな事しか頭になかった。


「…ぅっ…っ…」

「…ごめん、由香…」

でも一番不安になって一番悩んでたのは、当の由香だった事も知らないで。

どうやっておろさせようかとか、オレはそんな事ばかり考えてた。


結果由香が出した答えは、こんなオレを信頼してくれたからだ。


なのにオレは、今ほんの一瞬…“こうなって良かった”って、思ってしまったんだ…!!


大量の出血があったんだ。
さぞ痛かったろう。
苦しかったかな。


だけど、その痛みよりも失った命はもっとダメージが大きい。



「あたしが1人で無茶しなかったら…こんな事にはならなかったのに…
あたしが…っ」

「…違う由香。
由香は、悪くない…っ」

オレは自分の事しか考えないで、ホントに心配しなきゃいけない事の方なんて何も考えてなかったんだ。


先の事まで考えて1人で実動していた由香に、オレは何をしてあげた?

既に命として生まれていたお腹の子に、どんな想いをよせてあげれた?



「由香は悪くないっ
悪いのはみんなオレだ!
オレが…っ」


守ってやれなかったんだ!
守ってあげる方法すらもわからなかったんだ!


男は、こんなにも無力なんだ………っ!!







しばらくして病室を出ると、廊下には高倉麻衣が俯いたまま立っていた。


「……………………っ」

「………………………」

何の言葉も交わさないまま、オレは高倉麻衣の側を通り過ぎて階段を下りた。


「…!」


正面出入り口に差し掛かった時、血相を変えた中年くらいのおばさんがオレと入れ違いで病院へと入って行った。


実際に見た事はないけど、顔の雰囲気が由香に似てなくもないのできっと由香のおばさんだ。

当然由香のおばさんの方にも連絡があったんだろう、それで駆けつけて来たんだ。


「……………………っ」

オレが言うべき事、言わないといけない事はいろいろあるハズだ。

だけど何も言えないまま、駆けて行った後ろ姿をオレは黙って見送っていた。


「………陸っ!」

駐車場に車を停め、入り口付近で待っていた秀明がオレの姿を見つけて呼んだ。



「有富どうだったんだ?
怪我、ひどかったのか?」

秀明は由香が妊娠していた事を知らない。

実習中に利用者さんと共倒れになったと言っただけなので、ケガをしたか何かぐらいにしか思ってないだろう。



「ん…身体の方は、とりあえず大丈夫 みたい…」

「…そうか。
そりゃ大事にならなくてよかったな」


全然、良くなんかないよ。
今のオレでさえ、ショックは大きい。

だけど由香は、オレなんかよりもずっとずっとショックを感じているんだ…っ!



「なぁ秀明…」

「ん?」

「家まで、送ってくれないか?
1人に、なりたいんだ…」

「…どうしたんだよ。
陸も具合悪いのか?」

「大丈夫だって。
だけど…今は1人になりたいんだ。
…頼むよ」



これほどまでに、自分をミジメに思った事はなかった。

今はとにかく、誰の目にも触れられたくなかったんだ___。






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