紫に抱かれたくて

むらさ樹

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セックスにマニュアルなんてものはないけれど、だけど基本はみな同じだと思っていた。


唇を合わせながら、肌を隠す邪魔な衣類を全て剥ぎ取る。

肌と肌を重ね、気持ちが高ぶると、いよいよ2つの身体は1つとなって一緒にその快感を感じていく…。

そんな行為を頭に描いているのだけど、紫苑のキスはなかなか次のステップへと移行しない。

優しい触れるようなキスをしてくれたかと思ったら、次は髪を撫でながら唇を合わせた。

そしてまた唇を離したかと思うと、今度は身体をギュッと抱きしめられながら額だけコツンと合わせ呼吸を整える。



その後も紫苑は長い長い時間をかけ、たくさんたくさんのキスをしてくれた。

唇だけじゃない、頬や耳、首筋に鎖骨。
肩や腕に、指先1つ1つにも丁寧に。


あっさりしたマニュアル通りの行為なんかじゃない。

紫苑は時間をかけて少しずつ少しずつ愛してくれる、そんなやり方だったの。


あたしの仕事も、とにかくお客に快感を与えるのがメインな所はある。

わざと興奮を煽り、感じる部分を刺激させる。

男の身体を扱うのは案外簡単なもので、若くてキレイな女の身体さえあればそれで十分満たされるのだ。


ところが、女はちょっと違う。

身体さえ刺激すればいいわけでもなければ、逆にほんの少し触れられるだけで心地よいと思う事だってある。

強いて男と女の違いを言うなれば、そこに気持ちがあるかどうかってとこなんだろうな…。


紫苑の行為は、何て言うか…いやらしさが感じられない。

とにかく時間をかけて、丁寧に丁寧に、優しく扱ってくれる。
そんな愛し方をしてくれるのだ。


長く唇を交わし合った後ようやくベッドで身体を重ねる頃には、既にあたしの頭は心地よくて夢の中にいるようにフワフワ浮いていた。

「ぁ…紫苑……」

身体を重ねているだけで、胸が熱くなる。
気持ちよくって、時間すらも忘れてしまいそうになるの。

これが…紫苑の愛し方なんだ…っ



今までに、どれだけのお客を同じように愛したの?

凛にも、そうやって甘い甘いキスをしてあげたの?

こんなにも優しく愛されたら、自分だけ特別なんじゃあって思ってしまう。

だけどこれもみんな、お金と引き替えに買っただけの行為なんだよね…?



「…愛さん?
考えちゃダメだよ。
今は、僕だけを感じて」

「紫苑…っ」


あたしの頭の中までも見透かしているなんて。
まるで、あたしの事を全て知ってるかのよう…。


「…悠里」

「え?」

「あたしの本当の名前、悠里って言うの。愛は偽名。
あたしと2人きりの時は、悠里って呼んでくれる?」

ホストクラブはちょっと遊ぶだけだからと、仕事の源氏名で通してきたんだけど。

紫苑に抱かれる時ぐらい、本当のあたしに戻っていたい。

…そう思ったのよ。


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