紫に抱かれたくて

むらさ樹

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「おいおい。
そんな質問攻めにしちゃ、彼女が困ってるよ」

「…………………っ」


そう言って煌とあたしの中を割ってきた人物に、あたしは息を飲んだ。


肩にかかりそうな明るい茶髪を手で払いながら柔らかい笑みであたしの側に座った彼は空のグラスを持っていて、あたしの顔を覗き込みながら言った。


「僕にも何か戴ける?」

「し し 紫苑!」

まさか指名もしてないのに、あたしの席に来てくれるなんて思わなかった。

さっきは向こうのテーブルでドンペリを飲んでいたのに?


「す すみません、紫苑さんっ」

紫苑の言葉に、反対側に座っている煌が頭を軽く下げて謝った。

紫苑はあたしに対する煌の接客態度が目に余って、ここに駆けつけてきたんだ。


「悪いけど、君は誰か他のヘルプと代わってくれる?」

「あ、は はいっ」

紫苑は追い払うように手を振ると、煌は席を立って他のホストを呼びに行ったようだ。


あたしがそんな煌を見届けていると、その間に紫苑はテーブルのブランデーのボトルをグラスに注ぎながら言った。


「君、この前も来てくれたよね、ありがとう。
彼はまだ新人だから、失礼な事ばっかりしちゃったみたいでごめんね」

「ううんっ
煌はあたしが指名した子だから、別に…」

「そうなんだ。
なら、僕が来ちゃったらお邪魔だったかな」

「違うの!
永久指名に紫苑を選べないって聞いたから、それで煌を選んであげただけ」

せっかくの初指名だったのに、そんな言い方したら煌はショックを受けるかもしれないわね。

良かった、今は席を外しててくれて。

「そっか…。
ごめんね、僕はいつもいるわけじゃないんだ。
でも代わりに、今は一緒にいるよ」

「本当に!?」

「うん。
彼の失礼の、せめてものお詫び」

そう言って自分のグラスにブランデーを注ぎ終わった紫苑は、あたしのグラスにカチンと合わせた。


やった! 嬉しい!
今日は会えないと思っていた紫苑に会え、しかも指名もしてないのに席に着いてくれた!

面と向かって話まで出来ちゃうなんて、本当にラッキー。


意図した事じゃないけれど、これはある意味煌に感謝かもね。



「ねぇ、そんな安いお酒なんて飲まなくても、もっと高いの注文するから!
何がいい?何でも言って」

今日は多めにお金を用意してる。
タワーみたいなものはちょっと厳しいけど、ドンペリくらいなら大丈夫かも。


高い売り上げでトップへと導いてあげる育成ゲーム。
既にオーナーになっている紫苑には、いくら貢いでもランクには関係ないかもしれない。

でも紫苑に喜んでもらう為、紫苑の得意客になる為、その為なら何でもするつもりになっていた。


「ふふっ
もしかして、君もホストクラブはまだ初心者なのかな?」

「え?」

「いいんだよ、高いお酒を選んでくれるだけが良いお客さんじゃない。
美味しく楽しく、気持ちいい時間を過ごしてもらう事の方が大事なんだ」


…………っ!!


まさか…そんな事を言ってもらえるなんて思わなかった。


「お酒にもいろいろあるからね。
気に入ったものがなかったら、オリジナルカクテルも用意できるよ。
君の方こそ、何でも言ってね」

オーナーなのに、お客を金ヅル扱いしていないその言動。

あたしは…その柔らかい笑みだけじゃない、紫苑そのものに益々惹かれていったのだ…。


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