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義兄のことは慕わしく思っていますが、敵にまわすと厄介です -1 (ロゼッタ)
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ロゼッタは、引き出しの隠し扉の中に、仮死毒をきちんと隠しなおす。
自分が、こんな毒を持っているのを、誰かに気づかれてはならない。
ロゼッタの脳裏に、義兄のセーゲルの顔がうかぶ。
あの見透かしたような表情……。
毒の瓶を見られたはずがないとは思うが、あの表情が気になる。
ロゼッタは、幼いころからセーゲルと親しくしていたし、彼に好意も抱いている。
彼もロゼッタに害意はないようだし、親戚の中でもロゼッタに特別に優しくしてくれた。
彼が公爵家の跡取りとして養子に選ばれたのは、彼の優秀さだけではなく、ロゼッタとの関係がよいこともあるだろう。
ただロゼッタは、彼がただ善良なだけの青年でないことも気づいていた。
もちろんロゼッタの両親だって、公爵家の当主夫妻なのだ。
今世がいかにおだやかな時代だからといって、ただただ善良なだけの人ではないことはわかっている。
ロゼッタには心から優しく愛情をもって接してくれるが、敵に対しては厳しく対応するところも見て育っている。
けれどセーゲルは、両親よりもずっと苛烈なところがあった。
おだやかな貴族らしい笑みに隠された、敵に対する徹底的な対応。
例えば、セーゲルもロゼッタも幼かったころのパーティで、セーゲルに対してつっかかってきた少年がいた。
彼は優れた武人をよく輩出していた伯爵家の嫡男で、セーゲルの生家とは家格としては同等の家の子だった。
けれど泰平な世が続く近年では、彼の家は、あまり重んじられなくなってきていた。
そんな世間での風潮を感じていたのか、彼はパーティで会うたびに、穏やかで落ち着いており、同世代の子どもたちの中心にいるセーゲルに敵対的に接していた。
ある日、ロゼッタはパーティ会場とは離れた庭で、その伯爵家の嫡男が、友人たち数人と武器を持って囲んでいるのを見かけた。
ロゼッタは人を呼びに行こうとしたが、セーゲルが動くほうがはやかった。
セーゲルは伯爵家の嫡男たちをかわし、主犯格の彼に一撃を加え、動けなくした後、彼の友人たちになにか囁いていた。
ロゼッタの場所からはセーゲルがなにを言ったのかは聞こえなかったが、言われた少年たちは顔色を真っ青にしていた。
その後セーゲルは警備兵を呼び、伯爵家の嫡男を引き渡していた。
彼の友人たちは悄然として、それに付き従っていた。
その後、ロゼッタは今にいたるまで、彼らをパーティなどで見かけることはなかった。
伯爵家の嫡男は、あの直後、病を得て、領地に引きこもっているという。
セーゲルが、彼らに「なにか」をしたのは明らかだった。
当時のロゼッタにはの子飼いもまだいなかったので調べる手段もなく、セーゲルがなにをしたのかはわからなかった。
ただセーゲルはこの平和な今世の人間なのに、どことなく前世の自分と同じような苛烈さがあるのだと気づき、親近感を抱くきっかけになった。
それからはロゼッタは、今まで以上にセーゲルと親しくなった。
セーゲルもまた、ロゼッタに自分に似たなにかを感じたのだろうか。
いつの間にかセーゲルも、ロゼッタを特別に扱ってくれるようになった。
セーゲルの、今世の人間にしては珍しい苛烈さは、ロゼッタには好ましいものだ。
穏やかに生きたいと心から願っているとはいえ、ロゼッタの根底には、前世で培われた性質が横たわっている。
今世の人々の価値観に囲まれていると、息苦しくなることも多かった。
そんな中で、今世の人間でありながら、穏やかな笑みで自分の苛烈さを隠して、今世の人間たちと上手に付き合っているセーゲルの存在は、ロゼッタの手本にもなり、救いにもなった。
彼を見ていると、今世の人間とは違う価値観を持った自分も、今世の人々とうまく付き合っていけると信じられた。
前世の記憶を同じように持っているリィリィとは違った意味で、セーゲルの存在もロゼッタの救いであり、特別な人だった。
けれど、それだからこそ、セーゲルに自分の行いを邪魔されるのは、困ってしまう。
彼を敵にまわすのは、少々やっかいだ。
といって、セーゲルを味方にするのは難しいだろう。
ロゼッタとクレイン王子が結婚すれば、生家である公爵家にとっては益がある。
公爵家を継ぐセーゲルにとっては、ロゼッタが王子と結婚するほうが喜ばしいだろうから、彼がロゼッタに協力するはずなどない。
ロゼッタがため息をつくと、扉がしずかに開いた。
メイドがお茶と果物を持って、部屋に入ってくる。
次いで、侍女がロゼッタにお茶をいれながら、公爵夫人がロゼッタを呼んでいることを告げた。
「お母様が?」
ロゼッタはお茶に口をつけて、侍女に視線でうながした。
「はい。お茶をお飲みになってから、奥様のお部屋においでになるようご伝言たまわりました」
「まだ出かけるにははやい時間ですけど、ゆっくりお話できるほどの時間はありませんのに。こんな時間にお母様がわたくしをお呼びになるなんて、珍しいですわね」
ロゼッタはさらに侍女を促したが、侍女は目をふせて応えた。
「申し訳ございません。お呼び出しの詳細な理由については伺っておりません」
「そう。それならそれで構わないわ。すぐにでも伺いましょう」
今日ははやく準備が終わったけれど、パーティ前の女性は支度に忙しい。
そんな時に、母がわざわざ私室に呼ぶのなら、なにかパーティのことで大切な伝言があるのかもしれないと思って、ロゼッタはお茶の時間をそうそうに切り上げた。
自分が、こんな毒を持っているのを、誰かに気づかれてはならない。
ロゼッタの脳裏に、義兄のセーゲルの顔がうかぶ。
あの見透かしたような表情……。
毒の瓶を見られたはずがないとは思うが、あの表情が気になる。
ロゼッタは、幼いころからセーゲルと親しくしていたし、彼に好意も抱いている。
彼もロゼッタに害意はないようだし、親戚の中でもロゼッタに特別に優しくしてくれた。
彼が公爵家の跡取りとして養子に選ばれたのは、彼の優秀さだけではなく、ロゼッタとの関係がよいこともあるだろう。
ただロゼッタは、彼がただ善良なだけの青年でないことも気づいていた。
もちろんロゼッタの両親だって、公爵家の当主夫妻なのだ。
今世がいかにおだやかな時代だからといって、ただただ善良なだけの人ではないことはわかっている。
ロゼッタには心から優しく愛情をもって接してくれるが、敵に対しては厳しく対応するところも見て育っている。
けれどセーゲルは、両親よりもずっと苛烈なところがあった。
おだやかな貴族らしい笑みに隠された、敵に対する徹底的な対応。
例えば、セーゲルもロゼッタも幼かったころのパーティで、セーゲルに対してつっかかってきた少年がいた。
彼は優れた武人をよく輩出していた伯爵家の嫡男で、セーゲルの生家とは家格としては同等の家の子だった。
けれど泰平な世が続く近年では、彼の家は、あまり重んじられなくなってきていた。
そんな世間での風潮を感じていたのか、彼はパーティで会うたびに、穏やかで落ち着いており、同世代の子どもたちの中心にいるセーゲルに敵対的に接していた。
ある日、ロゼッタはパーティ会場とは離れた庭で、その伯爵家の嫡男が、友人たち数人と武器を持って囲んでいるのを見かけた。
ロゼッタは人を呼びに行こうとしたが、セーゲルが動くほうがはやかった。
セーゲルは伯爵家の嫡男たちをかわし、主犯格の彼に一撃を加え、動けなくした後、彼の友人たちになにか囁いていた。
ロゼッタの場所からはセーゲルがなにを言ったのかは聞こえなかったが、言われた少年たちは顔色を真っ青にしていた。
その後セーゲルは警備兵を呼び、伯爵家の嫡男を引き渡していた。
彼の友人たちは悄然として、それに付き従っていた。
その後、ロゼッタは今にいたるまで、彼らをパーティなどで見かけることはなかった。
伯爵家の嫡男は、あの直後、病を得て、領地に引きこもっているという。
セーゲルが、彼らに「なにか」をしたのは明らかだった。
当時のロゼッタにはの子飼いもまだいなかったので調べる手段もなく、セーゲルがなにをしたのかはわからなかった。
ただセーゲルはこの平和な今世の人間なのに、どことなく前世の自分と同じような苛烈さがあるのだと気づき、親近感を抱くきっかけになった。
それからはロゼッタは、今まで以上にセーゲルと親しくなった。
セーゲルもまた、ロゼッタに自分に似たなにかを感じたのだろうか。
いつの間にかセーゲルも、ロゼッタを特別に扱ってくれるようになった。
セーゲルの、今世の人間にしては珍しい苛烈さは、ロゼッタには好ましいものだ。
穏やかに生きたいと心から願っているとはいえ、ロゼッタの根底には、前世で培われた性質が横たわっている。
今世の人々の価値観に囲まれていると、息苦しくなることも多かった。
そんな中で、今世の人間でありながら、穏やかな笑みで自分の苛烈さを隠して、今世の人間たちと上手に付き合っているセーゲルの存在は、ロゼッタの手本にもなり、救いにもなった。
彼を見ていると、今世の人間とは違う価値観を持った自分も、今世の人々とうまく付き合っていけると信じられた。
前世の記憶を同じように持っているリィリィとは違った意味で、セーゲルの存在もロゼッタの救いであり、特別な人だった。
けれど、それだからこそ、セーゲルに自分の行いを邪魔されるのは、困ってしまう。
彼を敵にまわすのは、少々やっかいだ。
といって、セーゲルを味方にするのは難しいだろう。
ロゼッタとクレイン王子が結婚すれば、生家である公爵家にとっては益がある。
公爵家を継ぐセーゲルにとっては、ロゼッタが王子と結婚するほうが喜ばしいだろうから、彼がロゼッタに協力するはずなどない。
ロゼッタがため息をつくと、扉がしずかに開いた。
メイドがお茶と果物を持って、部屋に入ってくる。
次いで、侍女がロゼッタにお茶をいれながら、公爵夫人がロゼッタを呼んでいることを告げた。
「お母様が?」
ロゼッタはお茶に口をつけて、侍女に視線でうながした。
「はい。お茶をお飲みになってから、奥様のお部屋においでになるようご伝言たまわりました」
「まだ出かけるにははやい時間ですけど、ゆっくりお話できるほどの時間はありませんのに。こんな時間にお母様がわたくしをお呼びになるなんて、珍しいですわね」
ロゼッタはさらに侍女を促したが、侍女は目をふせて応えた。
「申し訳ございません。お呼び出しの詳細な理由については伺っておりません」
「そう。それならそれで構わないわ。すぐにでも伺いましょう」
今日ははやく準備が終わったけれど、パーティ前の女性は支度に忙しい。
そんな時に、母がわざわざ私室に呼ぶのなら、なにかパーティのことで大切な伝言があるのかもしれないと思って、ロゼッタはお茶の時間をそうそうに切り上げた。
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