上 下
176 / 190

122

しおりを挟む
リアの花は、小さな星型の白い花だ。
地味だけれども香りがよく、好む人は多い。
花言葉は、「故郷」。
よく詩にもよまれる花だ。

とはいえ、わたくしのことが好きだとおっしゃってくださっているシャナル王子が、リアの花を詠っていれば、そこにわたくしへの想いがあるのは明らかだ。
王子は、わたくしのことをリアと呼ぶ。
お兄様の真似をして。

「……わたくしは、王子とともになんて、歩きませんのに」

溜息とともに、言葉が漏れる。
この詩が書かれたのは、いつなのだろうか。
おそらくわたくしが王子に、別に好きな人がいると打ち明ける前のことだろう。

王子がこんな詩をよまれたのは、わたくしに好きな人がいるとは知らなかったからかもしれない。
それにもちろん、この詩をわたくしが読むことなど、王子は考えていらっしゃらなかっただろう。

ここに書かれた言葉は、わたくしの目に触れることがない前提で書かれた言葉のはずだ。
わたくしが王子宮で働くことになったのは、偶発的な出来事なのだから。

見なかったことにしよう。

わたくしはそう決めて、紙片を「冬」に分類した。
リアの花が咲くのは、冬だからだ。

これは、ただの季節の歌だ。
そうとだけ、わたくしは読んだのだ。
恋の歌なんて、わたくしは読んでいない。

頭の中の記憶を塗り替えて、わたくしは紙片の整理に戻る。

「ナイチンゲール、これは春。北風、これは冬……」

けれども、ふと気づく。
確かに王子は、わたくしがこの詩を読むとは考えていなかっただろう。
けれども、ハウアー様は?

王子がつくった詩に、ハウアー様は目を通していなかったのだろうか?
これらの詩作は分類されていなかったのだから、その可能性はある。
けれども、あるいは王子の詩の内容を知っていて、わたくしに詩を整理させた可能性もある。
わたくしに、この詩を読ませるために。
王子の想いを、わたくしに知らしめるために。

……けれども、そんなことをしても意味などない。
わたくしは、王子のお気持ちを知っても、心が揺らぐことなんてない。

わたくしに見せるわけでもない詩に、わたくしへの恋心が読まれていたら、女の子は心をときめかせるものだと、ハウアー様は考えたのかもしれない。
そういう小説を、わたくしも何度か読んだことがある。

けれども、それは小説だけのこと。
現実では、好きな人がいる人間が、別の人に想われていると知っても、心を揺らすことなんてないと思う。
もしハウアー様の意図がわたくしの考え通りなら、ハウアー様は女の子に夢を見すぎか、小説の読みすぎだろう。

まぁ、おそらくこのような考えは、わたくしのうがちすぎでしょうけど。

いらないことばかり、考えている。
考えなくてはいけないことは、たくさんあるというのに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

その国外追放、謹んでお受けします。悪役令嬢らしく退場して見せましょう。

ユズ
恋愛
乙女ゲームの世界に転生し、悪役令嬢になってしまったメリンダ。しかもその乙女ゲーム、少し変わっていて?断罪される運命を変えようとするも失敗。卒業パーティーで冤罪を着せられ国外追放を言い渡される。それでも、やっぱり想い人の前では美しくありたい! …確かにそうは思ったけど、こんな展開は知らないのですが!? *小説家になろう様でも投稿しています

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

処理中です...