上 下
171 / 190

119

しおりを挟む
「ハウアー様……?」

上司に頭を下げられて、とまどう。
王子との噂で、ご迷惑をおかけしているのはわたくしのほうなのに。

「あの……、頭をあげてください」

周囲に人はいないとはいえ、こんなところを同僚に見られたらと思うと気が気ではない。
わたくしが言うと、ハウアー様はすぐに頭をあげた。

「一時的とはいえ、貴女は私の部下です。このような噂がたってしまったこと、申し訳なく思います」

「そんな……、ハウアー様のせいではありませんのに」

噂のきっかけは、サラベス王の命を受けてシャナル王子がザッハマインへ向かわれたことだ。
そして下地は、王子がわたくしのことが好きだと周囲に喧伝されていたこと。
それに加えて、お父様の行方がわからないという知らせを聞いたわたくしが、王城の廊下という人目がある場所で、シャナル王子に支えていただいて歩いていたことだろう。

いくらわたくしが今、王子宮で働かせていただいているとはいえ、ハウアー様がわたくしに謝罪なさる必要なんてない。

「……そう言ってくれると、気が楽になります」

ハウアー様は苦笑して、わたくしを見る。
その視線は複雑で、わたくしはハウアー様がまだなにかおっしゃりたいのではないかと身構えた。

けれどもハウアー様はすぐに事務的な表情にもどられて、先ほどシスレイから聞いたような話をしてくださった。

王城では今、シャナル王子が愛するわたくしの父を助けるべく、海賊が逃げているザッハマインへと向かわれたこと、それはわたくしへの愛の証であり、王子がもどられたら婚約が発表されるのではないかと噂されているという。

「もともとシャナル王子は、貴女のことを好きだと言ってはがかりませんでしたからね。噂が、王子にも貴女にも好意的なのは幸いですが、しばらく周囲は噂の片割れである貴女に注目するでしょう」

「それは、仕方ありません。もとより、父が行方不明であることで、人の目をひくことは覚悟していました。七将軍という重鎮にいながら敵に不覚をとったことで、人のそしりを受けるだろうことも。それに比べれば、王子とのロマンスで注目されることなど、なんということはありません」

つとめて落ち着いた態度を装って、わたくしはハウアー様にお伝えする。

そう、この噂はわたくしやハッセン公爵家にとっては僥倖なのだ。
今現在わたくしにもたらされている情報を信じるのなら、噂はわたくしに好意的で、お父様への批難さえ覆い隠してくれている。

問題があるとすれば、それはわたくしの恋心が、お兄様以外の方との噂を拒んでいることくらいだ。
それはわたくしの心にとっては重大な問題だけれども、客観的には些細な問題だ。

わたくしにとってこの問題が重大になるのは、王子がこちらへ無事に戻られてからだろう。
わたくしは、シャナル王子と婚約しないのだから。

とはいえ、シャナル王子が無事に戻られるころには、ザッハマインを襲った海賊もつかまり、詮議や今後の対策で王城は忙しくなる。
思いがけないロマンスをうやむやにするのは難しくないだろう。

だから、わたくしがいちばんに気がかりなのは、やはりシャナル王子のことだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は婚約破棄したいのに王子から溺愛されています。

白雪みなと
恋愛
この世界は乙女ゲームであると気づいた悪役令嬢ポジションのクリスタル・フェアリィ。 筋書き通りにやらないとどうなるか分かったもんじゃない。それに、貴族社会で生きていける気もしない。 ということで、悪役令嬢として候補に嫌われ、国外追放されるよう頑張るのだったが……。 王子さま、なぜ私を溺愛してらっしゃるのですか?

【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう

蓮実 アラタ
恋愛
アルメニア国王子の婚約者だった私は学園の創立記念パーティで突然王子から婚約破棄を告げられる。 王子の隣には銀髪の綺麗な女の子、周りには取り巻き。かのイベント、断罪シーン。 味方はおらず圧倒的不利、絶体絶命。 しかしそんな場面でも私は余裕の笑みで返す。 「承知しました殿下。その話、謹んでお受け致しますわ!」 あくまで笑みを崩さずにそのまま華麗に断罪の舞台から去る私に、唖然とする王子たち。 ここは前世で私がハマっていた乙女ゲームの世界。その中で私は悪役令嬢。 だからなんだ!?婚約破棄?追放?喜んでお受け致しますとも!! 私は王妃なんていう狭苦しいだけの脇役、真っ平御免です! さっさとこんなやられ役の舞台退場して自分だけの快適な生活を送るんだ! って張り切って追放されたのに何故か前世の私の推しキャラがお供に着いてきて……!? ※本作は小説家になろうにも掲載しています 二部更新開始しました。不定期更新です

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

その国外追放、謹んでお受けします。悪役令嬢らしく退場して見せましょう。

ユズ
恋愛
乙女ゲームの世界に転生し、悪役令嬢になってしまったメリンダ。しかもその乙女ゲーム、少し変わっていて?断罪される運命を変えようとするも失敗。卒業パーティーで冤罪を着せられ国外追放を言い渡される。それでも、やっぱり想い人の前では美しくありたい! …確かにそうは思ったけど、こんな展開は知らないのですが!? *小説家になろう様でも投稿しています

乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました! でもそこはすでに断罪後の世界でした

ひなクラゲ
恋愛
 突然ですが私は転生者…  ここは乙女ゲームの世界  そして私は悪役令嬢でした…  出来ればこんな時に思い出したくなかった  だってここは全てが終わった世界…  悪役令嬢が断罪された後の世界なんですもの……

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

処理中です...