乙女ゲームの悪役令嬢に転生しましたが、この恋は諦められません

木村 真理

文字の大きさ
上 下
165 / 190

113

しおりを挟む
夢の余韻をひきずりながら、わたくしは王城へと入る。

シャナル王子の王子宮まで歩く途中、周囲の人々の視線を感じた。
……覚悟していたことだ。

うつむきそうになる視線をまっすぐに固定し、背筋を伸ばして歩く。
昨日は醜態をさらしてしまったとはいえ、これ以上の醜態はさらしてはいけない。
わたくしはハッセン公爵の娘であり、この王城で働く小翼なのだから。

王城の中のことである。
わたくしへ向けられる視線もそうあからさまなものではなく、すれ違いざまにちらちらとみられるくらいである。
すれ違いざまにこずかれることも、悪意ある言葉を投げつけられることもなかった。

父の失態を、王子に救ってもらおうというのだ。
多少の悪意を受ける覚悟はしていた。
この程度の視線など、なんの罰にもならない。

この先、例えどんな罵詈雑言を受けようとも、わたくしは毅然として受け入れよう。
それが王城に残ったハッセン公爵家の人間のできることのひとつのはずだ。

わたくしは静かに、ゆっくりと廊下を歩く。
人々の視線を感じて震えそうになるのをごまかすために、先ほどの夢のことを思う。

短い、けれども不思議な夢だった。

一昨日の夜、お兄様を見た時のような、不思議な現実感のある夢。
お兄様がいらして、お父様もいらした。
お父様は何かと戦っていらしたようだけれども、力のある目を保っていらした。
わたくしが王に申し上げた通り、お父様は心も魔力もお強い方だ。
あれが正夢なら、きっとお父様はご無事だろう。

……シャナル王子も、お元気そうだった。

夢の中のこととはいえ、安堵する。
あの不思議な夢は、正夢だといい。
そしてみんな、無事に帰ってきてくださればいい……。

「リーリア……!」

わたくしに向けられる視線を遮断するために考え事に没頭しながらあるいていると、ふいに手をひかれた。
どきりとしてそちらへ目を向けると、唇に指をたてたシスレイがそっとわたくしの手をひく。

意味がわからないながらついていくと、シスレイは廊下の端の壁をそっと反転させる。
周囲に人目がないのを確認すると、わたくしにも後に続くよう促した。

人の姿がないことを確認しながら、シスレイは歩く。
わたくしもシスレイの緊張がうつったかのように、そっと視線をめぐらせながら、後を追った。

幸いにして、この隠し廊下には人の姿はなかった。
隠し廊下といってもこの廊下は、王族が非常時に使用する脱出路などではなく、メイドなどの使用人が表の人間の目につかないように移動するための廊下のようだ。
ところどころにゴミを集める箱や掃除用具が置かれている。

通常であれば、わたくしたち小翼や官吏は、こちらの廊下は使用しない。
こちら側の廊下を使用するのは、料理や洗濯を実際に行う使用人たちが主なのだ。
側仕えの侍官たちは、彼らがここまで運んできた料理や洗濯ものを決められた場所で受け取り、王族に提供するというのが基本だ。

こちら側の廊下をわたくしたちが使用することを禁じられているわけではないのだけれども、隠し廊下の入り口はわかりにくく、移動の距離間もつかみにくいので、小翼で隠し廊下を使用する人間は少ない。
けれどシスレイは、迷わずどこかへと向かっているようだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の、その後は

冬野月子
恋愛
ここが前世で遊んだ乙女ゲームの世界だと思い出したのは、婚約破棄された時だった。 身体も心も傷ついたルーチェは国を出て行くが… 全九話。 「小説家になろう」にも掲載しています。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...