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サラベス 4
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腕組みをして言うと、スノーにこつんと頭をたたかれる。
「シャナルをザッハマインへ行かせたのは、そのためだね?リーリア・ハッセンを、シャナルと結婚させるために外堀から埋めようと」
「あぁ。スノーもわかっているだろう?」
それこそが、シャナルに無茶をさせるための代償だった。
それに……、もしシャナルがリーリア・ハッセンを得たなら。
あの「王」に対して理想の実現を求め、国と民を愛する少女が傍にいるのなら。
シャナルは、喜んで王になるだろう。
そうすればユリウスは王という任から解放され、彼が望む工部の仕事へつける。
王になりうる人間がひとりしかいなかったわたしの時とは、違う。
今は、王になりうる人間がふたりいるのだ。
より王の任務を心安くおこなえる人間が、王になればいい。
養子とはいえ、我が子のことなのだ。
できれば彼らにも、幸せに生きてほしい。
だが、スノーは呆れたようにわたしの頭をなでた。
「……それは、表向きの理由かと思っていたよ」
「表向き?」
いや、リーリア・ハッセンとの外堀を埋められる情況を与えるのが今回の報酬というのは、シャナルは気づいていたようだが、われわれは口にしていない裏事情だと思うのだが。
「ザッハマインに行けば、シャナルはたぶん変わるよ。あれは実の親からの扱いのせいか、知識と魔力で武装しているけれど、意外に心は繊細な子だ。それこそリーリア・ハッセンも、せっせとシャナルに”王”についてふきこんでいるようだし」
「……あぁ。なんかいろいろ話しているみたいだな」
シャナル付の侍官から漏れ聞いた話を思い出して、苦笑する。
リーリア・ハッセンが語る「王」は、「王」であるわたしにはすこし重すぎる理想でもあるのだが。
ああして、尊敬の目を向けられると、裏切れない、とも思う。
「変わる、か。そうだといいが」
現状、シャナルは王という職には興味がなさそうだ。
無理矢理押し付けたら、逃亡しかねない。
その点、ユリウスは「王」となることをあっさりと引き受けてくれた。
だがそれが、彼の義務感からくるものだというのが明白なために、わたしがいろいろと気をまわしてしまうだけだ。
「まぁ、リーリア・ハッセンがシャナルを愛するようになれば、それはそれでいいことだけどね。サラベスは軽く考えているようだけど、君への愛がこんなに深くなければ、私だって王配なんて難しい立場はとうに逃げていた。愛情がなければ、王配なんてつとめられないよ」
スノーが、さらりという。
なんだって?
「スノーは、わたしが好きだから王配でいてくれたのか?わたしが王だから、そばにいてくれたのではなく?」
思わず口にすると、スノーは本気で顔をしかめた。
「あのね。いまさらそれを本気で言っているんじゃないよね?」
怒気のみえる目に、どきりとする。
嬉しいと言えば、ますますスノーは怒るだろう。
だからわたしはなにも言わず、スノーに抱き付いた。
いや、まさか結婚30年目にして、夫がわたしを愛していたのは王だからではないと、初めて知ることになるとは。
わたしが誤魔化しにかかっていることに気づいて、スノーに頭をこずかれる。
「こら」と言いながらスノーはわたしの頭をぐりぐりとこずき、しばらくして柔らかい声で言った。
「まぁ、サラベスが王をやめたら、私たちもちょっとはひまになるだろ。そしたらいい親になれるよう、もっとがんばろうか」
「今さら、か?」
「普通の親子なら、今さら親の手などいらんと言われそうだけど、うちの息子たちは王やそれに近しい者になるんだ。先達は必要じゃないかな?まぁ、アールには今さらかもしれないけどね」
スノーは、にやりと笑う。
……王をやめても、わたしができることもあるのだろうか。
王をやめるときめた時から感じていた心の隙間が、すこし埋められた気がする。
あぁ、この男には、ほんとうにかなわない。
わたしは最愛の夫の腕のなかで、満足して笑った。
……しかし、実際のところ、わたしに良い親などできるのか?
「シャナルをザッハマインへ行かせたのは、そのためだね?リーリア・ハッセンを、シャナルと結婚させるために外堀から埋めようと」
「あぁ。スノーもわかっているだろう?」
それこそが、シャナルに無茶をさせるための代償だった。
それに……、もしシャナルがリーリア・ハッセンを得たなら。
あの「王」に対して理想の実現を求め、国と民を愛する少女が傍にいるのなら。
シャナルは、喜んで王になるだろう。
そうすればユリウスは王という任から解放され、彼が望む工部の仕事へつける。
王になりうる人間がひとりしかいなかったわたしの時とは、違う。
今は、王になりうる人間がふたりいるのだ。
より王の任務を心安くおこなえる人間が、王になればいい。
養子とはいえ、我が子のことなのだ。
できれば彼らにも、幸せに生きてほしい。
だが、スノーは呆れたようにわたしの頭をなでた。
「……それは、表向きの理由かと思っていたよ」
「表向き?」
いや、リーリア・ハッセンとの外堀を埋められる情況を与えるのが今回の報酬というのは、シャナルは気づいていたようだが、われわれは口にしていない裏事情だと思うのだが。
「ザッハマインに行けば、シャナルはたぶん変わるよ。あれは実の親からの扱いのせいか、知識と魔力で武装しているけれど、意外に心は繊細な子だ。それこそリーリア・ハッセンも、せっせとシャナルに”王”についてふきこんでいるようだし」
「……あぁ。なんかいろいろ話しているみたいだな」
シャナル付の侍官から漏れ聞いた話を思い出して、苦笑する。
リーリア・ハッセンが語る「王」は、「王」であるわたしにはすこし重すぎる理想でもあるのだが。
ああして、尊敬の目を向けられると、裏切れない、とも思う。
「変わる、か。そうだといいが」
現状、シャナルは王という職には興味がなさそうだ。
無理矢理押し付けたら、逃亡しかねない。
その点、ユリウスは「王」となることをあっさりと引き受けてくれた。
だがそれが、彼の義務感からくるものだというのが明白なために、わたしがいろいろと気をまわしてしまうだけだ。
「まぁ、リーリア・ハッセンがシャナルを愛するようになれば、それはそれでいいことだけどね。サラベスは軽く考えているようだけど、君への愛がこんなに深くなければ、私だって王配なんて難しい立場はとうに逃げていた。愛情がなければ、王配なんてつとめられないよ」
スノーが、さらりという。
なんだって?
「スノーは、わたしが好きだから王配でいてくれたのか?わたしが王だから、そばにいてくれたのではなく?」
思わず口にすると、スノーは本気で顔をしかめた。
「あのね。いまさらそれを本気で言っているんじゃないよね?」
怒気のみえる目に、どきりとする。
嬉しいと言えば、ますますスノーは怒るだろう。
だからわたしはなにも言わず、スノーに抱き付いた。
いや、まさか結婚30年目にして、夫がわたしを愛していたのは王だからではないと、初めて知ることになるとは。
わたしが誤魔化しにかかっていることに気づいて、スノーに頭をこずかれる。
「こら」と言いながらスノーはわたしの頭をぐりぐりとこずき、しばらくして柔らかい声で言った。
「まぁ、サラベスが王をやめたら、私たちもちょっとはひまになるだろ。そしたらいい親になれるよう、もっとがんばろうか」
「今さら、か?」
「普通の親子なら、今さら親の手などいらんと言われそうだけど、うちの息子たちは王やそれに近しい者になるんだ。先達は必要じゃないかな?まぁ、アールには今さらかもしれないけどね」
スノーは、にやりと笑う。
……王をやめても、わたしができることもあるのだろうか。
王をやめるときめた時から感じていた心の隙間が、すこし埋められた気がする。
あぁ、この男には、ほんとうにかなわない。
わたしは最愛の夫の腕のなかで、満足して笑った。
……しかし、実際のところ、わたしに良い親などできるのか?
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