上 下
47 / 190

36

しおりを挟む
夕食は、エミリオとふたりでとった。
エミリオは家庭教師とのあれこれを面白おかしくはなしてくれて、楽しい夕食だった。

けれどお兄様もお父様もいらっしゃらない夕食の席は、やっぱりさみしい。
明日は仕事だから早く寝なければいけないけれど、お話したいこともあるからと、寝ずにお二人をお待ちしていた。

最近お父様はいつにもましてお忙しそうで、お帰りが遅い。
けれどお兄様までこんな時刻まで帰れないことは珍しい。

ルルーが淹れてくれた紅茶を飲みながら、胸にわきおこる嫌な予感をおさえつけようとしていた。

けれど。
夜遅くに、お兄様は帰宅された。
馬車ではなく、単騎でのご帰宅だった。

「シュリー州が閉鎖された」

まだ慣れない環境のためはやばやと眠っていたエミリオも起こされ、書斎に集まった。
お兄様は切迫したお顔でおっしゃる。
そしてそれをうかがったわたくしたちも青ざめた。

「閉鎖って……、なんだよそれ」

サラベス王のお力によって、グラッハ国は守られている。
けれど広大なグラッハ国をおひとりで守るのはご負担も大きいので、王の守りの上に、各州各町ごとに障壁などの守りを築いている。

けれども通常各州各町ごとの障壁はゆるやかなもので、あくまでも国全体を覆う王のお力の補助であり、それぞれの州や街を障壁で区切ったり隔てたりするものではない。

ただし、緊急時は異なる。
例えば火龍や土鬼などの害獣が出た場合、退治するまでの間その州や街を閉鎖することもあるし、流行病が出れば一部の街を閉鎖し、そこに病人を集めることもある。
閉鎖した場所に魔力を豊富にもつ官吏たちが集まり、収束につとめることで、早々の解決を図るためだ。

「なにがあったのですか……?」

聞きながら、わたくしは火龍でもでたのかしらと予想していた。
お兄様が動かれているということは、軍部が動いているということ。
病ならば、厚生部の管轄だ。

けれど、帰ってきた答えは、まったく予想もしないものだった。

「シュリー州の港町ザッハマインが海から攻撃された。……国境の障壁が、一部壊されたらしい。前代未聞の一大事だ」

「ザッハマインが、海から攻撃された?あそこは南の国境だろ?国境の障壁って、まさか王の障壁が破られたのか?」

愕然として、エミリオが聞く。
お兄様は吐き捨てるように「そうだ」と言った。

シュリー州ザッハマインは、グラッハ国南の国境であるザーシュ海に面した、グラッハ唯一の港町だ。
ザーシュ海自体が波が激しく海流が変わりやすいという天然の要塞を兼ねているため、グラッハの国境障壁としては比較的障壁が薄い場所ではある。
けれど国境の障壁の保持は、いうまでもなく王の最も重んずべき責務のひとつ。
それが破られるというのは、国の終末に等しい。

わたくしとエミリオは、言葉もでなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

その国外追放、謹んでお受けします。悪役令嬢らしく退場して見せましょう。

ユズ
恋愛
乙女ゲームの世界に転生し、悪役令嬢になってしまったメリンダ。しかもその乙女ゲーム、少し変わっていて?断罪される運命を変えようとするも失敗。卒業パーティーで冤罪を着せられ国外追放を言い渡される。それでも、やっぱり想い人の前では美しくありたい! …確かにそうは思ったけど、こんな展開は知らないのですが!? *小説家になろう様でも投稿しています

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

処理中です...