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「イプセンが……」
義賊がでるほど、国が荒れているというイプセン国。
ザーシュ海の向こうの国とは交流が薄く、わたくしはあまり情報をもっていなかった。
「イプセンのロロシュ王は、賢王の誉れが高い方だと聞いていましたが……」
そろそろ在位が40年に届こうとする魔力の強い、けれど穏やかな王だったはずだ。
その王が治める国が、荒れている?
「ロロシュ王は、5年前に愛娘をなくされてから、変貌されたそうだよ」
信じられないとエミリオを凝視していると、お兄様が補うようにおっしゃった。
「ロロシュ王の一人娘のアリッサ王女は、遅くに生まれたお子でね。王は、たいそうかわいがっていらしたそうだ。なのに5年前、17歳のアリッサ王女はガノジェ国王を名乗っていたエンピという賊にさらわれ、凌辱のあげく殺害されたらしい」
エミリオも、そのあたりの詳しい話は知らなかったらしい。
ひゅっと息をのむ音がきこえた。
恐ろしい話だ。
私も手が震えそうになるのを、じっとこらえる。
お兄様は、わたくしたちを気遣うように見つめながらも、話を続けた。
「エンピたちは即座に捕縛され処刑されたそうだよ。だが、それ以来ロロシュ王は王としての義務を投げ出し、取り逃がした賊を殲滅することに心血を注いでいるそうだ」
「……なんてことでしょう」
17歳といえば、お兄様と同じ年齢だ。
お兄様が…、あるいはお父様が、誰かに浚われ凌辱のあげく殺害されなどしたら、わたくしとてこの世を呪うかもしれない。
自らに課せられた義務を忘れ、犯人たちを一人残らず処刑したいと望むかもしれない。
……それは、王や貴族には許されない贅沢だけれど。
わたくしたちが義務を放棄すれば、この国に大きな被害がでる。
「わたくし、そんな大事件があったことも、ガノジェ国という国の存在さえも存じませんでしたわ」
非業の死をとげたアリッサ王女と、彼女を愛していた人の絶望を思って、胸が痛くなる。
それとともに、不勉強な自分が恥ずかしくなる。
お兄様は、わたくしに言い聞かせるようにおっしゃった。
「便宜的に現在はガノジェを国と呼んでいるが、ガノジェは国とはいえない"国"だ。リーリアが知らなくても不思議はない」
「国とはいえない国……ですか?」
「ああ。アリッサ王女の事件が起こる直前に、イプセン国の国境沿いの山奥に集まった傭兵くずれの盗賊たちが自らを”国”だと主張していただけの”国”だ」
「それは、国といえますの?」
「いえないな。ただあんな事件が起こったから、便宜的にそう呼ばれるだけだ。たったひとり魔術が得意な”国王”エンピを担いで、イプセンに自分たちを”国”だと認めるよう交渉していたんだ。もちろんそれが認められるはずはない。そして短絡的にもエンピはアリッサ王女をさらい、交渉の材料としようとしたんだ」
「馬鹿馬鹿しい。たったひとり力の強い人間がいたところで、国が成り立つわけがございませんわ。そのような交渉を持ち掛けた時点で、イプセンがガノジェを滅ぼすでしょう?」
交渉のためにアリッサ王女をさらったのなら、ガノジェは交渉が終わるまではアリッサ王女を丁重に扱うはずだ。
アリッサ王女の身の安全は、大切な交渉のカードなのだから。
そして2、3日も猶予があれば、イプセンほどの国ならアリッサ王女を無事に救出し、ガノジェを滅ぼせたはずだ。
エンピという男が”国王”を名乗れるほど強かったとしても、問題ない。
隙を見て王女ひとり浚うことはできても、イプセン国を相手に戦えるほどの国力があるはずはないのだから。
けれど、実際にはアリッサ王女は殺された。
普通ではない。
けれどそれが、現実。
実際に起こってしまったことなのだ。
指先が、冷たくなる。
義賊がでるほど、国が荒れているというイプセン国。
ザーシュ海の向こうの国とは交流が薄く、わたくしはあまり情報をもっていなかった。
「イプセンのロロシュ王は、賢王の誉れが高い方だと聞いていましたが……」
そろそろ在位が40年に届こうとする魔力の強い、けれど穏やかな王だったはずだ。
その王が治める国が、荒れている?
「ロロシュ王は、5年前に愛娘をなくされてから、変貌されたそうだよ」
信じられないとエミリオを凝視していると、お兄様が補うようにおっしゃった。
「ロロシュ王の一人娘のアリッサ王女は、遅くに生まれたお子でね。王は、たいそうかわいがっていらしたそうだ。なのに5年前、17歳のアリッサ王女はガノジェ国王を名乗っていたエンピという賊にさらわれ、凌辱のあげく殺害されたらしい」
エミリオも、そのあたりの詳しい話は知らなかったらしい。
ひゅっと息をのむ音がきこえた。
恐ろしい話だ。
私も手が震えそうになるのを、じっとこらえる。
お兄様は、わたくしたちを気遣うように見つめながらも、話を続けた。
「エンピたちは即座に捕縛され処刑されたそうだよ。だが、それ以来ロロシュ王は王としての義務を投げ出し、取り逃がした賊を殲滅することに心血を注いでいるそうだ」
「……なんてことでしょう」
17歳といえば、お兄様と同じ年齢だ。
お兄様が…、あるいはお父様が、誰かに浚われ凌辱のあげく殺害されなどしたら、わたくしとてこの世を呪うかもしれない。
自らに課せられた義務を忘れ、犯人たちを一人残らず処刑したいと望むかもしれない。
……それは、王や貴族には許されない贅沢だけれど。
わたくしたちが義務を放棄すれば、この国に大きな被害がでる。
「わたくし、そんな大事件があったことも、ガノジェ国という国の存在さえも存じませんでしたわ」
非業の死をとげたアリッサ王女と、彼女を愛していた人の絶望を思って、胸が痛くなる。
それとともに、不勉強な自分が恥ずかしくなる。
お兄様は、わたくしに言い聞かせるようにおっしゃった。
「便宜的に現在はガノジェを国と呼んでいるが、ガノジェは国とはいえない"国"だ。リーリアが知らなくても不思議はない」
「国とはいえない国……ですか?」
「ああ。アリッサ王女の事件が起こる直前に、イプセン国の国境沿いの山奥に集まった傭兵くずれの盗賊たちが自らを”国”だと主張していただけの”国”だ」
「それは、国といえますの?」
「いえないな。ただあんな事件が起こったから、便宜的にそう呼ばれるだけだ。たったひとり魔術が得意な”国王”エンピを担いで、イプセンに自分たちを”国”だと認めるよう交渉していたんだ。もちろんそれが認められるはずはない。そして短絡的にもエンピはアリッサ王女をさらい、交渉の材料としようとしたんだ」
「馬鹿馬鹿しい。たったひとり力の強い人間がいたところで、国が成り立つわけがございませんわ。そのような交渉を持ち掛けた時点で、イプセンがガノジェを滅ぼすでしょう?」
交渉のためにアリッサ王女をさらったのなら、ガノジェは交渉が終わるまではアリッサ王女を丁重に扱うはずだ。
アリッサ王女の身の安全は、大切な交渉のカードなのだから。
そして2、3日も猶予があれば、イプセンほどの国ならアリッサ王女を無事に救出し、ガノジェを滅ぼせたはずだ。
エンピという男が”国王”を名乗れるほど強かったとしても、問題ない。
隙を見て王女ひとり浚うことはできても、イプセン国を相手に戦えるほどの国力があるはずはないのだから。
けれど、実際にはアリッサ王女は殺された。
普通ではない。
けれどそれが、現実。
実際に起こってしまったことなのだ。
指先が、冷たくなる。
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