16 / 36
聖女の婚約破棄とその事情
11:王子はもう、夢は見ない 2
しおりを挟む
まだ自分が助かる道はあると信じ、サン・マリーはヒジリ王子に涙ながらに愛を訴えた。
自分がしたことは、ただヒジリ王子を思うあまりの凶行であったのだと。
ただあなたと結婚したかっただけなのだ、と。
殺すなんて、ひどいことを言うのはやめて、と。
ヒジリ王子は、凄惨な笑みを浮かべて、「黙れ」と言った。
そして、サン・マリーに、これから行われることと、その意味を語った。
サン・マリーは知らなかったが、キキムで与えられた記憶は、消せるのだという。
それは、大切な人が殺された記憶を与えられた遺族が、その記憶の辛さに耐えかねたときに使われるのだそうだ。
記憶を消すには、その遺族たちの「辛い」「悲しい」という気持ちがあれば、あとは儀式にのっとるだけだという。
ただなにもかも規格外な聖女ホーリーの場合は、国中の人が彼女の記憶を見てしまったため、そうそう簡単に記憶は消せなかった。
そのため、ホーリーとヒジリは臣籍にくだることになった。
ヒジリは、そのこと自体には納得していた。
だが、ホーリーに苦しみを与えた記憶を、民がずっと覚えているのは我慢できなかった。
たとえ多くの領民がホーリーを知らぬ領地に移ったとしても、ホーリーはきっと一生、多くの人が自分の汚点を知っていることに苦しむだろう。
記憶を消す、なにか別の方法はないのか。
探し求めたヒジリは、王宮の図書館の禁書庫で、封じられた記録を見つけた。
『神殿の泉に沈められた聖杯をひきあげよ。その聖杯の目前で、絶望を集めよ。さすれば引き換えに、多くの記憶がなくなるだろう』と。
さっそく、ヒジリは神殿の泉をさらい、聖杯をひきあげた。
絶望、それは犯人たちに用意してもらうことに決めた。
彼らの体を痛めつけることによって。
いま、聖杯は彼らの絶望を集め、ひたひたと満たされようとしていた。
ヒジリは神官たちに、儀式の準備を急がせた。
これで、ホーリーの辛い記憶が消せる。
儀式が終われば、この女を殺そう。
ヒジリは、笑った。
その顔は、清廉潔白と言われた王子のものではなかった。
ホーリーがあんな目にあった時から、ヒジリは憎しみにとらわれ、狂気にかられていた。
ホーリーをあんな目にあわせた人間を全員、死を望むほど苦しめ、追い詰めたあげく殺さねばならぬ、と崇高な使命のように、そのことばかり考えていた。
聖杯の記録を見つけた時は、危うく快哉をあげるところだった。
「これで、正当な理由をもって、あれらに絶望を味わわせられる」と。
魔法陣が光り始めた。
聖杯に集められた絶望が満ち足りてきたのだ。
これで、ホーリーの辛い記憶は消し去れる。
サン・マリーの命も、あと少し。
「すべては、君のために」
愛しい娘のことを思って、ヒジリは笑った。
すこしだけ、以前のような清らかさを取り戻して。
自分がしたことは、ただヒジリ王子を思うあまりの凶行であったのだと。
ただあなたと結婚したかっただけなのだ、と。
殺すなんて、ひどいことを言うのはやめて、と。
ヒジリ王子は、凄惨な笑みを浮かべて、「黙れ」と言った。
そして、サン・マリーに、これから行われることと、その意味を語った。
サン・マリーは知らなかったが、キキムで与えられた記憶は、消せるのだという。
それは、大切な人が殺された記憶を与えられた遺族が、その記憶の辛さに耐えかねたときに使われるのだそうだ。
記憶を消すには、その遺族たちの「辛い」「悲しい」という気持ちがあれば、あとは儀式にのっとるだけだという。
ただなにもかも規格外な聖女ホーリーの場合は、国中の人が彼女の記憶を見てしまったため、そうそう簡単に記憶は消せなかった。
そのため、ホーリーとヒジリは臣籍にくだることになった。
ヒジリは、そのこと自体には納得していた。
だが、ホーリーに苦しみを与えた記憶を、民がずっと覚えているのは我慢できなかった。
たとえ多くの領民がホーリーを知らぬ領地に移ったとしても、ホーリーはきっと一生、多くの人が自分の汚点を知っていることに苦しむだろう。
記憶を消す、なにか別の方法はないのか。
探し求めたヒジリは、王宮の図書館の禁書庫で、封じられた記録を見つけた。
『神殿の泉に沈められた聖杯をひきあげよ。その聖杯の目前で、絶望を集めよ。さすれば引き換えに、多くの記憶がなくなるだろう』と。
さっそく、ヒジリは神殿の泉をさらい、聖杯をひきあげた。
絶望、それは犯人たちに用意してもらうことに決めた。
彼らの体を痛めつけることによって。
いま、聖杯は彼らの絶望を集め、ひたひたと満たされようとしていた。
ヒジリは神官たちに、儀式の準備を急がせた。
これで、ホーリーの辛い記憶が消せる。
儀式が終われば、この女を殺そう。
ヒジリは、笑った。
その顔は、清廉潔白と言われた王子のものではなかった。
ホーリーがあんな目にあった時から、ヒジリは憎しみにとらわれ、狂気にかられていた。
ホーリーをあんな目にあわせた人間を全員、死を望むほど苦しめ、追い詰めたあげく殺さねばならぬ、と崇高な使命のように、そのことばかり考えていた。
聖杯の記録を見つけた時は、危うく快哉をあげるところだった。
「これで、正当な理由をもって、あれらに絶望を味わわせられる」と。
魔法陣が光り始めた。
聖杯に集められた絶望が満ち足りてきたのだ。
これで、ホーリーの辛い記憶は消し去れる。
サン・マリーの命も、あと少し。
「すべては、君のために」
愛しい娘のことを思って、ヒジリは笑った。
すこしだけ、以前のような清らかさを取り戻して。
1
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?
もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。
王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト
悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。
【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな
みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」
タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ヤンデレ騎士団の光の聖女ですが、彼らの心の闇は照らせますか?〜メリバエンド確定の乙女ゲーに転生したので全力でスキル上げて生存目指します〜
たかつじ楓*LINEマンガ連載中!
恋愛
攻略キャラが二人ともヤンデレな乙女ーゲームに転生してしまったルナ。
「……お前も俺を捨てるのか? 行かないでくれ……」
黒騎士ヴィクターは、孤児で修道院で育ち、その修道院も魔族に滅ぼされた過去を持つ闇ヤンデレ。
「ほんと君は危機感ないんだから。閉じ込めておかなきゃ駄目かな?」
大魔導師リロイは、魔法学園主席の天才だが、自分の作った毒薬が事件に使われてしまい、責任を問われ投獄された暗黒微笑ヤンデレである。
ゲームの結末は、黒騎士ヴィクターと魔導師リロイどちらと結ばれても、戦争に負け命を落とすか心中するか。
メリーバッドエンドでエモいと思っていたが、どっちと結ばれても死んでしまう自分の運命に焦るルナ。
唯一生き残る方法はただ一つ。
二人の好感度をMAXにした上で自分のステータスをMAXにする、『大戦争を勝ちに導く光の聖女』として君臨する、激ムズのトゥルーエンドのみ。
ヤンデレだらけのメリバ乙女ゲーで生存するために奔走する!?
ヤンデレ溺愛三角関係ラブストーリー!
※短編です!好評でしたら長編も書きますので応援お願いします♫
悪役令嬢に転生して主人公のメイン攻略キャラである王太子殿下に婚約破棄されましたので、張り切って推しキャラ攻略いたしますわ
奏音 美都
恋愛
私、アンソワーヌは婚約者であったドリュー子爵の爵士であるフィオナンテ様がソフィア嬢に心奪われて婚約破棄され、傷心……
いいえ、これでようやく推しキャラのアルモンド様を攻略することができますわ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる