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聖女の婚約破棄とその事情

11:王子はもう、夢は見ない 2

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 まだ自分が助かる道はあると信じ、サン・マリーはヒジリ王子に涙ながらに愛を訴えた。
自分がしたことは、ただヒジリ王子を思うあまりの凶行であったのだと。
ただあなたと結婚したかっただけなのだ、と。
殺すなんて、ひどいことを言うのはやめて、と。

 ヒジリ王子は、凄惨な笑みを浮かべて、「黙れ」と言った。
そして、サン・マリーに、これから行われることと、その意味を語った。



 サン・マリーは知らなかったが、キキムで与えられた記憶は、消せるのだという。
それは、大切な人が殺された記憶を与えられた遺族が、その記憶の辛さに耐えかねたときに使われるのだそうだ。
記憶を消すには、その遺族たちの「辛い」「悲しい」という気持ちがあれば、あとは儀式にのっとるだけだという。

 ただなにもかも規格外な聖女ホーリーの場合は、国中の人が彼女の記憶を見てしまったため、そうそう簡単に記憶は消せなかった。
そのため、ホーリーとヒジリは臣籍にくだることになった。

 ヒジリは、そのこと自体には納得していた。
だが、ホーリーに苦しみを与えた記憶を、民がずっと覚えているのは我慢できなかった。
たとえ多くの領民がホーリーを知らぬ領地に移ったとしても、ホーリーはきっと一生、多くの人が自分の汚点を知っていることに苦しむだろう。

 記憶を消す、なにか別の方法はないのか。
探し求めたヒジリは、王宮の図書館の禁書庫で、封じられた記録を見つけた。
『神殿の泉に沈められた聖杯をひきあげよ。その聖杯の目前で、絶望を集めよ。さすれば引き換えに、多くの記憶がなくなるだろう』と。

 さっそく、ヒジリは神殿の泉をさらい、聖杯をひきあげた。
絶望、それは犯人たちに用意してもらうことに決めた。
彼らの体を痛めつけることによって。




 いま、聖杯は彼らの絶望を集め、ひたひたと満たされようとしていた。
ヒジリは神官たちに、儀式の準備を急がせた。
これで、ホーリーの辛い記憶が消せる。

 儀式が終われば、この女を殺そう。
ヒジリは、笑った。
その顔は、清廉潔白と言われた王子のものではなかった。

 ホーリーがあんな目にあった時から、ヒジリは憎しみにとらわれ、狂気にかられていた。
ホーリーをあんな目にあわせた人間を全員、死を望むほど苦しめ、追い詰めたあげく殺さねばならぬ、と崇高な使命のように、そのことばかり考えていた。
聖杯の記録を見つけた時は、危うく快哉をあげるところだった。
「これで、正当な理由をもって、あれらに絶望を味わわせられる」と。

 魔法陣が光り始めた。
聖杯に集められた絶望が満ち足りてきたのだ。
これで、ホーリーの辛い記憶は消し去れる。
サン・マリーの命も、あと少し。

「すべては、君のために」

 愛しい娘のことを思って、ヒジリは笑った。
すこしだけ、以前のような清らかさを取り戻して。
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