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聖女の婚約破棄とその事情

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 ホーリーは、つい一か月ほど前まで、聖女として神殿の奥深くで暮らしていた。
幼い頃から成人である20歳まで神殿に勤めるのは、この国の貴族の女性たちの重要な役目である。
 ホーリーも伯爵家の令嬢として、その慣習に習い、5歳で神殿へと送られた。
他の女性たちと異なるのは、彼女の持つ「祈り」の力が神にことほがれ、聖女と認められたことである。

 神のご加護が厚いスヴェルナ王国では、時折、特に神に愛された聖女が現れる。
彼女たちの国を思っての祈りの力はとても強く、聖女の祈りによって、国はますます栄える。
 ホーリーが聖女であったこの15年は、王国にとって、あまい花の香りに包まれた春のように麗しく、実り深い秋のように恵みに満ちた時代だった。

 神々の聖女への加護は、聖女が成人するまでの間のことである。
神々は、自らのいとし子の子孫を望むため、聖女が成人を迎えると、彼女を幸せにするであろう相手との婚姻を促す。
聖女の相手にふさわしい人物は、神の手によって、聖女がまだ幼いころに選ばれるのが普通だった。

 ホーリーにふさわしいと選ばれたのは、スヴェルナ王国の第一王子であるヒジリだった。

 ヒジリは、いつか父王の後を継ぎ、この国の王になる者として厳格に育てられた。
華やかな外見をよそに、生真面目で努力家の青年だった。

 ホーリーとヒジリが婚約者として見合わされたのは、7歳の時。
神殿の奥深くで民のために祈るホーリーと、王宮で民のための施政を学ぶヒジリは、控えめな性格ゆえ非常にゆっくりと、けれど深く固く信頼を結び、愛情を育ててきたようだった。

 二人の清廉な若者の成長と愛情の萌芽は、それを見守る王宮の人々の心をも和らげた。
ホーリーの祈りと、王の堅実な施政によってスヴェルナ王国はますます豊かになり、ホーリーが聖女から退いた後の対策も万全を期していた。

 ホーリーが成人を迎えると、人々はホーリーの成人と聖女のつとめが満了したことを祝った。
そして、口々に一か月後に予定されていたヒジリとの結婚をことほいだ。





  けれど、それらをひっくり返すような、その事件は起こってしまった。

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