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悪役令嬢兼魔王だけど、王太子に婚約破棄されたので、正体をバラしてみた

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「リ、リリス……?」

 王太子とその取り巻きは、リリスの言葉に絶句した。
彼らの前にいるのは、平民出身の、魔力ばかりは強いけれど、か弱くたよりなく、自分たちが守ってやらなくては生きていくことさえままならないあどけない少女のはずだった。
 けれど王太子たちの信じがたい思いを裏切って、地にふしたリリスの背からも、マリアンヌの背にはえたものに似た黒い翼がはえてきた。

「ま、まさかリリス、君も悪魔なのか!?」

 王太子は絶叫した。
けれどそんな彼の叫びなど聞こえないふうに、リリスとマリアンヌは会話を続ける。

「そんな、魔王様のお遊びを、私ごときが譲っていただくなんて、恐れ多いです!ほんとうに、魔王様がいらっしゃるなんて知らなかったんですぅぅっ!この国は王太子をはじめ、有力者の子弟がちょろいのでお勧めって、先輩に言われて来ただけでっ」

「あー、もしかして、新人研修?」

「はぃい。新人研修の難易度C、初心者向け狩場に指定されていましたぁ」

「ありゃま、ごめんね。最近、研修のリストとかチェックしてなくてさぁ。まぁ、でも貴女なかなかいい仕事してたわよ!自作自演の嫌がらせをわたくしのせいにする技とか、うまいなぁって思ってたの。だからここは貴女に譲ろうとおもったんだけどね」

「ま、魔王様にお褒めの言葉をいただけるなんてぇ。光栄ですぅ!」

 リリスは顔を赤らめて、嬉しげに羽をぱたぱたとした。
マリアンヌはリリスの前に膝をつき、彼女の手をひいて立たせてあげた。

「どっちにしても、ここはもうわたくしたちには無理ね。いったん魔界に帰りましょうか?」

「えっ、魔王様とご一緒にですか!?はわわぁ…、光栄ですぅ」

「大げさねぇ。一緒に帰るってだけでしょ。まぁ、研修のほうは口添えしてあげるわよ。まさか新人研修の先にわたくしが潜伏していたなんて、研修の監督者たちだって予定外でしょうし」

 マリアンヌはリリスのドレスをかるくはたき、汚れをおとしてやる。
蕩けそうな笑顔で顔を赤く染めるリリスを、王太子たちは呆然と見ているだけだった。

 マリアンヌは、10年以上の時を婚約者として過ごした王太子に顔を近づけると、耳元で囁いた。

「残念だわ、王太子。あんたのそのあくどいとこと顔は好きだったのよ。……知っているのよ?リリスを暴漢に襲わせたのは、あなたでしょう?愛する女が襲われるのを見て楽しむなんて、いい趣味ね?まぁ騎士団長の息子のおかげで、リリスでは楽しめなかったようだけど?」

「……王太子?」

 マリアンヌの言葉に、騎士団長の息子が王太子を見た。
魔王の言葉なんて信じませんから、といいかけた彼は、王太子の顔色が真っ青になっているのを見て、まさかと叫ぶ。

「リリスのバッグにナイフを仕込んで、怪我をするように仕組んだり?毒虫はリリスの自作自演だったけど、男爵家のメイドを買収して、リリスのベッドに蛇を仕込んだりもしていたわよねぇ。その映像を遠見鏡で見て楽しんでいるとか…、とんだ”王子様”よね。……まぁ、そんなところが好きだったんだけど」

 王太子は、マリアンヌの言葉に首を横にふり、「違う、違うんだ」とうわごとのように否定する。
けれど彼の取り巻きたちも、その目に不信をうかべている。
その不信の背を押すように、リリスがぽんと手を打った。

「あ、あの蛇って、王太子の仕業だったんですかぁ。大きくてー、ぬめぬめした蛇がベッドにいてびっくりでした!気づかずにおふとんの中にはいっちゃったんで、絡みつかれて逃げるの大変だったんですよぉ。叫んでも、なかなかメイドさんが助けにきてくれなくてぇ。そっかぁ、あれ、王子のしわざだったんですねぇ。それでメイドさんたちもなかなか助けてくれなかったんだぁ」

 リリスの言葉に、王太子の顔からは脂汗がうかんだ。
マリアンヌは苦笑して、そんな王太子の唇にお別れのキスをした。

「じゃぁね、王太子。ほんとあんたのそういうクズなとこ、好きだったよ。うっかり人間のふりをして10年も傍にいるくらい。あんたの傍なら楽しそうだから、王妃になって、敵国を滅ぼしてもいいとか思ってたんだけど…。しょうがないね」

 マリアンヌは飛び立つ準備として、大きく羽を動かした。
10年以上も人間の子のふりをしてきたから、羽を動かすのもひさしぶりだ。
けれど久々に広げてみれば、それはマリアンヌの心を一息に高揚させた。

「悪魔ってね、自分が裏切るのはいいけど、裏切られるのは許さないって種族なの。わたくしは、わたくしを裏切ったあんたを決して許さないわ。それは覚えておいて。……まぁどうせこの国は新人研修のリストにあがっているみだいだし、滅ぶのもそう先のことじゃないかもしれないけど」

 最後に呪いの言葉をはいて、マリアンヌは元婚約者に別れを告げた。
漆黒の翼を広げて空へ飛び立つ彼女を追って、リリスも翼をひろげる。

「それでは、皆様。ごきげんよう!」

 かわいらしい笑顔を残して、悪魔は去った。
とりあえず、この一瞬は。


 マリアンヌが消えて、拘束の魔術が消えた王太子たちは、即座にマリアンヌとリリスの実家へ兵を挙げた。
けれどそこには人の姿どころか、屋敷の跡もなかった。
魔王の怒りをかったうえ、悪魔たちの研修場に指定されたこの国がどうなったのか、今では知る人もないという。
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