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本編こぼれ話(書籍化御礼の小話)

わたくしは悪いことなどしていないのに 上(華代の後日譚)

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【ご挨拶】
 本日、本屋さんでこちらの書籍を発見しました!
嬉しすぎて、なにかしたいのですが、いま公開できるものがなにもないので、
公開するつもりはなかった(あるいはもっとずっと後に公開するつもりだった)お話を置いておきます。

 本編から数か月後の華代のお話です。
 こちらのラストが、かくりよでの初音たちのお話とつながるのはだいぶん先です。
そこまでお話がたどりつくのがいつになるのかわからないので
先を知りたくない方は、申し訳ございませんが避けてください。
 いちおうお話は、ふたつにわけて、前半部分だけでも読めるようにします。
(けれど後半を読むと印象が変わると思います)

 言い訳が長くなりましたが、本編読了後、上記ご確認の上、お読みください。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 青い海と、輝くような太陽が美しい小さな島。
そこが、華代に定められた行き先だった。

 燦々と光が入り込んでくる小さな屋敷の窓辺に立って、華代はぎりぎりとくちびるを噛みしめた。

(どうして、わたくしがこんなめにあわなくてはならないの……っ? こんなの絶対におかしいわ!)

 腹の底から怒りがこみあげてくる。
あたりちらして、怒鳴りたい。
手近なものを投げて、誰かを泣かせたい。
誰かのみじめな姿を見れば、この鬱屈した気分もおさまりそうな気がするのに。

 すこし前までは、あたりちらすのにちょうどいい人間が、いつも華代の傍にいた。
いちばんのお気に入りは、姉の初音だ。

 ひとつ年上の姉とは、生まれた時からずっといっしょに暮らしてきた。
姉は、頭も悪く、異能も持たず、性格も暗くて、いつもおどおどとしていた。

 そして華代が怒鳴れば、おろおろして涙をにじませ、はいつくばって謝罪する。
その様子の、おかしいことったら!
 初音のあの顔を見るだけで、華代の気分は楽しくなった。

 初音がいないときは、召使いたちにあたりちらした。
それもいなければ、自分の使役する小鬼にあたりちらした。
 だけどやはりいちばん楽しいのは、初音をいたぶることだった。

 無能とはいえ、みずからの姉で、高貴な西園寺の血をひいた女。
なにもかも華代にかなわず、けれど召し使いたちのようにあきらめきった目になることはついぞなかった。
最後まで、華代に屈しないという目をしていた。
 その初音にひどい言葉でののしり、殴ったりして泣かせるのは、とても楽しかった。

 あの姉は、華代を恨んでいるだろう。
そして、反撃の機会をうかがっていたのだろう。

 華代は、姉の婚約者のせいで、これまで育ててきた小鬼を取り上げられた。
小鬼を殴ったり、傷つけたりする人間の元に、小鬼たちを置いておけないとか言われて……。

 華代が小鬼を傷つけるのは、小鬼たちに言うことを聞かせるために必要な、西園寺の秘儀なのに!

そりゃあちょっとは自分の気分でものを投げたり、つぶしたりしたけれど、そんなことは誰でもやっていたはずだ。

 それなのに、華代ばかりが悪いように言われて、身分も財産も、輝かしい未来さえ取り上げられて、こんな田舎の島に追いやられてしまった。

「ぐ……ぅぅぅ……」

 部屋の片隅の暗がりから、くぐもった声がした。
父の声だ。

 当初は気落ちしながらも、こぎれいな屋敷を住まいとして与えられたことに安堵し、再起を図っていた父は、徐々に怪しい行動をとるようになった。

 陽ざしを恐れ、暗がりで身を縮めて過ごさなければ、恐ろしさにぶるぶると震えるのだ。
おまけにだんんだん言葉も忘れたかのように、意味のある言葉を発せなくなった。
 最近はずっと部屋の片隅で、なにかわからぬ言葉をぶつぶつと囁くか、唸り声をあげるかだ。

 これは、西園寺に降りかかった呪いのせいなのだろうか。

 初音の婚約者は、初音を守っていた母の精霊が、西園寺の呪いも抑えていたといっていた。
 初音はこの世からいなくなり、母の精霊は母とともに別の島へ向かった。
 だから、父はおかしくなったのか。

「わたくしも、お母様といっしょに行けばよかったわ」

 華代は、窓の外を眺めながら、嘆いた。

 父と母は、罰が決まるまでの間に、離婚した。
母の事情をおもんぱかった帝の弟が、そのように手配したらしい。
 そのため、母は別の島に行くことになったのだが、いっしょに行こうという母の誘いを、華代は断った。

 だって、その時は、父も健在だったのだ。
 父と離婚して平民となった母とともに行けば、華代も平民になる。
なってしまう。
 そりゃぁ今だって、お父様は爵位を取り上げられたけれど、それでもお父様の傍にいれば、わたくしは「元公爵令嬢」として、いい暮らしができるって思っていた。
 だから、お父様と暮らすことを決めたのに……。

 お父様と一緒に行くと華代が言ったとき、父はあからさまに迷惑そうな顔をした。
 姉の婚約者のせいで異能も取り上げられたので、そんなわたくしは父にとって無価値になってしまったのだろうか……。

 実際、ここで暮らすようになってから、父は華代に冷たくあたるようになっていた。

 この島は、定期的に外から送られた荷物を受け取れるようになっている。
刑罰として、ここに住まわされたものであっても、それは同じだ。
 だから親族などが島外にいる者は、比較的食べるものや着るものなどに困ることはない。

 父は、あらかじめそのことを知っていたようで、自分の知人や部下に、手元に残った財産を渡すことで、ここへ食糧などを送って貰えるように取り計らっていた。

 だが父は、その食糧を華代に分けることすら嫌そうにしていた。
 あやかしを使役する能力を失くした華代に、価値などないとでもいうように。

「なぜお前のような無能の娘に、貴重な食糧を分けなければならないのか。とっとと島の男でもひっかけて、こっちに食糧を渡すのが、娘の役割だろう」

 まるで初音を見るかのような冷たい目で父に見られ、そう言われた時の怒りと屈辱は、いまもありありと胸を焦がす。

 だが、その父も、今は呪いのせいか正気すら怪しい。
ざまぁみろと思うけれど、これが西園寺の者を狙う呪いなら、華代とて、いつまで正気でいられるだろうか。

(そんなの嫌よ……! どうして? わたくしは何も悪いことなどしていないのに……)

 呪いだけではない。
ここでの暮らしでは、食べ物を手に入れることすら難しい。

 今はまだ、父の財産を得た知人たちが食糧を送ってきているが、父が正気を失くしたことを知られれば、それすらなくなってしまうかもしれない。

 そうしたら、わたくしはどうして生きていけばいいの……?
こんな、なにもない島で。
父以外の知り合いもおらず、食べ物さえままならない場所で……。

 もはや華代には、あやかしを操る力さえないというのに。

 ざぁん、ざぁん、という波の音が、華代の耳にこだまする。
 それは、華代はもう、ここから逃れることなどできないのだとささやいているかのように、華代には聞こえた。
 
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