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かくりよでのこと 2

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 自分の知らない、高雄にとって大切な人がいる。
ただそれだけのことなのに、胸が痛む。

 この胸の痛みは、大切な人ができたからだ。
なにも持たなかったころは知らなかった苦しさ。
ある意味、喜ばしいことなのかもしれない。

 けれど、悲しいと思ってしまう。
高雄のことは信じているのに。

 初音の視線がうつむきそうになったとき、樹莉がとがめるように口をはさんだ。

「高雄様ったら。そのような言い方では、初音様のお気持ちは落ち着かないと思いますわ。はっきりと、自分がお好きなのは初音様だけで、木蓮のことは、ただの幼馴染みだとおっしゃったほうがいいと思います」

「うん? しかし俺が初音のことだけを愛していることは、何度も伝えているし、初音だってわかっているだろう」

 つい先ほど、火焔になんでもかんでも初音への愛の言葉にするのはやめろと言われたばかりの高雄は、不思議そうに樹莉に言う。
 樹莉は、ゆっくりと首を横にふって、言い聞かせるように応えた。

「時と場合によるのですわ。そして今は、はっきりとお伝えするべき時でしてよ」

 樹莉の隣で雪姫も、樹莉の言葉を後押しするようにうなずく。

 高雄はじゃっかん疑いの面持ちながらも、初音に言う。

「初音。わかっていることとは思うが、俺が好きなのは君だけだ。木蓮は、ただの幼馴染みで、婚約者候補などというのも、なにも知らない輩が勝手に言っているだけの噂話だ」

「そうですか……」

 初音は、高雄の目を見て、しっかりとうなずいた。

「高雄様のお気持ちは、信じております。ですが、お言葉をいただけて嬉しいです」

 口にした言葉は、真実だった。
けれど、初音の心には、まだ不安が残る。

 なにも知らない輩の勝手な噂だと高雄は言うが、あの少女はあやかしの総意だと言っていた。

 おそらく少女の発言は、大げさに言っているだけだろう。
 初音自身のことは気にくわなくとも、統領である高雄がみずから求めた婚約者と別の娘を推す者は、そう多くないと思いたい。

 けれど、やはり一定数のあやかしたちは、高雄のこの婚約に反対なのだ。
 そして高雄の幼馴染みだという木蓮は、高雄が選んだ婚約者の対抗馬として名を挙げられるほど優れた娘なのだろう。

 初音の周囲では、家の思惑で結婚が決まることは多かった。
 そもそも初音自身、母は実家のために売られるように父に嫁がされて産まれた娘だ。
 同じ学舎で学んでいた少女たちも、多くが家に決められた婚約者がいたり、結婚させられたりしていた。
 それが恵まれた生活の代償のようだと、嘆いていた娘の顔を思いだす。

 では、高雄は?
かくりよのあやかしたちの統領である高雄は、周囲の思惑を無視して、ただ自身が気に入ったという理由だけで結婚することなどできるのだろうか。

 胸の奥に湧いて生まれる不安を、初音は見てみぬふりをしようと思った。
 けれど、そこにまた樹莉が口をはさんだ。

「初音様も、お心をはっきりとお伝えくださいませ」

 見透かしたような樹莉の言葉に、初音はそろりと樹莉のほうへと視線を動かした。
 樹莉は励ますような暖かな目で、初音を見ていた。


 
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