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番外編(上村の話)
「結婚しようかな」とつぶやいたところ、幼馴染に求婚されました。ずっと溺愛されてたなんて知りませんっ……!-9
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幼いころの上村なら、こんな情けない男は、恋の相手や結婚の相手としては「なし」だと切り捨てただろう。
けれど、いまの上村には、圭司の気持ちが嬉しく感じられた。
いまの上村は、たくさんの好きなことやしたいことに出会い、自分の人生を自分のものとして歩んでいきたいと思っている。
けれど、そんなことが自分にできるだろうかという不安もたっぷり持っていた。
女性は結婚したら夫や子どものために尽くすのが幸せな生き方だと無邪気に信じつつ、一方で同時に、自分は一生を父たちに愛されて好きなことをして暮らすのだと当然のように信じていた幼いころの上村とは、ともに人生を歩みたい相手の理想も変わっているのだ。
きっと、こんなに自分のことを好きになってくれる人は、他にはいない。
圭司のすこし情けないところも、上村を想う故だと思えば、かわいく思える。
圭司に有能な面もあるのも、知っている。
ただひとつ気になるのは、圭司が好きなのは、ほんとうにいま上村なのか、ということだ。
「圭司さん」
上村は、しょげしょげと泣く圭司にハンケチを差し出しながら、声をかけた。
圭司は涙にぬれた目で、上村を見る。
無駄に凛々しい顔が、ほんとうに台無しである。
けれど、それはささいなことだ。
「圭司さんが、わたくしに求婚してくださるのなら、わたくし、それを嬉しく思います。けれど、圭司さんがお好きなのは、いまのわたくしですか? それとも、幼いころのわたくしですか?」
上村が問いかけると、圭司は硬直した。
圭司の表情がこわばるのを、上村はすこし悲しい気持ちで見つめながら、言う。
「むかしのわたくしが、軽挙にも求婚者に条件をつけるなどと恥ずかしい真似をしたことは謝罪いたします。圭司さんの求婚を、まともに取り合わなかったことも。……ですが、それはずいぶんむかしのことでしょう? すくなくとも、この数年のうち、わたくしにとって結婚が現実味を帯びてきたころの話ではないはずです」
「うん……、そうだね」
「それならば、どうして、もう一度わたくしに求婚してくださらなかったのですか? 他からのお見合いのお話などに気を向けるのであれば、その前にわたくしの意思を確認してくださってもよかったではないですか」
言いながら、上村はだんだん腹がたってきた。
たしかに、圭司の求婚を無下にしたあげく、博士か大臣になるまで話も聞かないといったのは、上村も悪かった。
けれど、それは幼いころの話なのだ。
年ごろになってから求婚されたのなら、上村だってもっとまじめにとりあったはずだ。
「父は、圭司さんに、わたくしが望まぬかぎり嫁にはやらないと申し上げたのですよね? それは圭司さんに、わたくしが望んで圭司さんのところへお嫁に行きたくなるように努力しろという意味ではないのですか? 父の言葉もずいぶんとわたくし贔屓ではありますけれど、そう言われた圭司さんは、わたくしに声もかけず、ただただ幼いころにわたくしが言った求婚の条件を果たそうとされていただけなのですか?」
圭司の顔色が、蒼くなる。
かわいそうに思えるが、上村はばっさりと言い放った。
「そんなの、わたくしは存じ上げませんでしたわ。きっと昨日にでも素敵な男性に求婚されれば、あっさりとお受けしたと思います。圭司さんだって、それを危惧されていたのでしょう? 父には、他の求婚者を退けてほしいとおっしゃっていたんですものね。でも、それならどうしてひとこと、わたくしにも言葉をくださらなかったのですか? 幼いころのわたくしには言えた言葉を、いまのわたくしに贈ってはくださいませんでしたの?」
「そ、それは……」
圭司は、青い顔で、なにかを言おうと口を開けた。
上村は、待った。
辛抱強く、彼の言葉を待った。
けれど、ずいぶんな時間を待ったつもりだったが、圭司はもごもごと言うばかりで、はっきりとした言葉をくれない。
じれったくなって、上村はつい口をはさんでしまった。
「……言い訳もできないんですね。でも、それならばそれでかまいません。……機会をさしあげますわ、いま! ここで! はっきりと、言いたいこと、言うべきことをおっしゃってください。いいですか? ぜったいに圭司さんが間違えてとらえないようにはっきりと申し上げますけれど、博士にならなくても、大臣にならなくても、求婚する機会を与えてさしあげると言っているのですよ……!」
上村のあまりにも傲慢な言葉に、兄たちがあんぐりと口を開けたのが見えるが、知ったことか。
弟の爆笑も、見なかったことにする。
上村がいまの言葉を伝えたいと思った相手は、きちんと上村の言葉を受け止めてくれたようだから。
困惑と疑念をたっぷりと顔にうかべて、それでも圭司の顔色はいっしゅんで赤く変わる。
そして、この機会を逃してはならぬとばかりに、非常なはやくちで、上村に言った。
「千鶴ちゃんが、好きです! いまも、むかしも、千鶴ちゃんだけが大好きです! 年ごろになって以来、千鶴ちゃんに求婚を断られたら、今までどおりの幼馴染でもいられないと思って、千鶴ちゃんに求婚することができなくなりました。僕はそんな頼りない男だけど、千鶴ちゃんが僕の手をとってくれるのなら、千鶴ちゃんを幸せにするためなら、なんでもする所存です! どうか、僕のお嫁さんになってください!」
けれど、いまの上村には、圭司の気持ちが嬉しく感じられた。
いまの上村は、たくさんの好きなことやしたいことに出会い、自分の人生を自分のものとして歩んでいきたいと思っている。
けれど、そんなことが自分にできるだろうかという不安もたっぷり持っていた。
女性は結婚したら夫や子どものために尽くすのが幸せな生き方だと無邪気に信じつつ、一方で同時に、自分は一生を父たちに愛されて好きなことをして暮らすのだと当然のように信じていた幼いころの上村とは、ともに人生を歩みたい相手の理想も変わっているのだ。
きっと、こんなに自分のことを好きになってくれる人は、他にはいない。
圭司のすこし情けないところも、上村を想う故だと思えば、かわいく思える。
圭司に有能な面もあるのも、知っている。
ただひとつ気になるのは、圭司が好きなのは、ほんとうにいま上村なのか、ということだ。
「圭司さん」
上村は、しょげしょげと泣く圭司にハンケチを差し出しながら、声をかけた。
圭司は涙にぬれた目で、上村を見る。
無駄に凛々しい顔が、ほんとうに台無しである。
けれど、それはささいなことだ。
「圭司さんが、わたくしに求婚してくださるのなら、わたくし、それを嬉しく思います。けれど、圭司さんがお好きなのは、いまのわたくしですか? それとも、幼いころのわたくしですか?」
上村が問いかけると、圭司は硬直した。
圭司の表情がこわばるのを、上村はすこし悲しい気持ちで見つめながら、言う。
「むかしのわたくしが、軽挙にも求婚者に条件をつけるなどと恥ずかしい真似をしたことは謝罪いたします。圭司さんの求婚を、まともに取り合わなかったことも。……ですが、それはずいぶんむかしのことでしょう? すくなくとも、この数年のうち、わたくしにとって結婚が現実味を帯びてきたころの話ではないはずです」
「うん……、そうだね」
「それならば、どうして、もう一度わたくしに求婚してくださらなかったのですか? 他からのお見合いのお話などに気を向けるのであれば、その前にわたくしの意思を確認してくださってもよかったではないですか」
言いながら、上村はだんだん腹がたってきた。
たしかに、圭司の求婚を無下にしたあげく、博士か大臣になるまで話も聞かないといったのは、上村も悪かった。
けれど、それは幼いころの話なのだ。
年ごろになってから求婚されたのなら、上村だってもっとまじめにとりあったはずだ。
「父は、圭司さんに、わたくしが望まぬかぎり嫁にはやらないと申し上げたのですよね? それは圭司さんに、わたくしが望んで圭司さんのところへお嫁に行きたくなるように努力しろという意味ではないのですか? 父の言葉もずいぶんとわたくし贔屓ではありますけれど、そう言われた圭司さんは、わたくしに声もかけず、ただただ幼いころにわたくしが言った求婚の条件を果たそうとされていただけなのですか?」
圭司の顔色が、蒼くなる。
かわいそうに思えるが、上村はばっさりと言い放った。
「そんなの、わたくしは存じ上げませんでしたわ。きっと昨日にでも素敵な男性に求婚されれば、あっさりとお受けしたと思います。圭司さんだって、それを危惧されていたのでしょう? 父には、他の求婚者を退けてほしいとおっしゃっていたんですものね。でも、それならどうしてひとこと、わたくしにも言葉をくださらなかったのですか? 幼いころのわたくしには言えた言葉を、いまのわたくしに贈ってはくださいませんでしたの?」
「そ、それは……」
圭司は、青い顔で、なにかを言おうと口を開けた。
上村は、待った。
辛抱強く、彼の言葉を待った。
けれど、ずいぶんな時間を待ったつもりだったが、圭司はもごもごと言うばかりで、はっきりとした言葉をくれない。
じれったくなって、上村はつい口をはさんでしまった。
「……言い訳もできないんですね。でも、それならばそれでかまいません。……機会をさしあげますわ、いま! ここで! はっきりと、言いたいこと、言うべきことをおっしゃってください。いいですか? ぜったいに圭司さんが間違えてとらえないようにはっきりと申し上げますけれど、博士にならなくても、大臣にならなくても、求婚する機会を与えてさしあげると言っているのですよ……!」
上村のあまりにも傲慢な言葉に、兄たちがあんぐりと口を開けたのが見えるが、知ったことか。
弟の爆笑も、見なかったことにする。
上村がいまの言葉を伝えたいと思った相手は、きちんと上村の言葉を受け止めてくれたようだから。
困惑と疑念をたっぷりと顔にうかべて、それでも圭司の顔色はいっしゅんで赤く変わる。
そして、この機会を逃してはならぬとばかりに、非常なはやくちで、上村に言った。
「千鶴ちゃんが、好きです! いまも、むかしも、千鶴ちゃんだけが大好きです! 年ごろになって以来、千鶴ちゃんに求婚を断られたら、今までどおりの幼馴染でもいられないと思って、千鶴ちゃんに求婚することができなくなりました。僕はそんな頼りない男だけど、千鶴ちゃんが僕の手をとってくれるのなら、千鶴ちゃんを幸せにするためなら、なんでもする所存です! どうか、僕のお嫁さんになってください!」
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