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番外編(高田の話)
「貴女を愛することはない」という年上の次期番頭に玉砕覚悟で告白したら、溺愛されています……? -3
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父の言葉に、高田は心臓がつかまれたように痛んだ。
「それは……、家の財産をちらつかせることで、怜二に結婚を承諾させよということですか?」
父に問う言葉が、怒りで震えそうになる。
父は、高田自身では、怜二に結婚を了承させるのは難しいと考えているのだろう。
それは、いい。
悔しいけれど、怜二に想いが気づかれているのに、距離をとろうとされているのなら、父の考えは正しいだろう。
怜二は高田より10歳年上の27歳。
大人の男性だ。
すずやかな目元の怜悧な美形で、目の下にある黒子が色っぽいと、高田と同じ年齢くらいの女学生から有閑夫人、芸事のお師匠様たちにも人気で、怜二が店に来る時間を狙って買い物にくる客も多い。
なかには積極的な女性もいて、大人な彼女たちの誘いを、怜二は丁寧にお断りしているようだけれど、まんざらでもないように見える。
もしも怜二が女性を選ぶのなら、ああいう女性を選びそうだと、高田だって思っている。
高田が彼女たちより有利な点は、父がいうとおり、高田がこの高田呉服店の一人娘で、高田が結婚した相手がおそらくこの家の経営権を得るだろうということだけだろう。
けれどそれはすこし考えれば誰しもが思い当たることで、父はむかしから高田の結婚相手がこの店を継ぐと言っていた。
ならば、怜二だって、そのことに気づいているはずだ。
気づいてもなお、高田を遠ざけようとしているのなら、怜二はたとえこの店を得ることができたとしても、高田と結婚するのはいやだと思っているに違いない。
けれど、それは怜二がなんの強制もなく選ぶとすればの話だ。
もし、高田が。あるいは、父が、怜二に「万智子と結婚すれば、この店はお前のものになるぞ」と言えば、怜二にとっては強制されたも同然ではないか。
たとえ父が「断ってもかまわない」といっても、それを怜二は信頼できるだろうか。
高田との結婚を断れば、店で冷遇されるかもしれない、そう思わずにいられるだろうか。
しずかに怒りをこめた目で、高田は父を睨む。
すると父は、苦笑いをうかべた。
「不満かい?」
「そんなのは、怜二に失礼です」
「怜二に?」
「ええ。もしお父様が怜二にわたくしとの結婚を望むといえば、怜二は嫌でも断れないでしょう。お父様は、怜二の仕事ぶりを見込んで、この店を任せられるとお考えになったはず。それなのに、そのなさりようは怜二のこれまでの実績をないがしろにするものです!」
キッと父をにらんで、高田が言う。
すると父は、「ふむ」と小さくうなずいた。
「べつに、怜二のこれまでの努力をないがしろにするつもりはないよ。ただまったくのよそ者である怜二がこの店を潤滑に受け継ぐには、お前との結婚がいちばんいいと判断したまでだ。もちろんそこには、お前にあまい父親として、お前が好いた男と一緒になれればいいなという気持ちはあるよ。けれどその相手が怜二でなければ、さりげなく他の男を紹介するなり、いい見合いを探すなりしたさ。……まったく、お前の趣味がよくて助かったよ」
「お父様……!」
高田は顔を赤くして、父に抗議した。
父はかわいい娘のかわいい抗議を、笑って受け止める。
そして、ごく落ち着いた表情で、娘に尋ねた。
「万智子。お前は怜二のためだと言って怒っているが、それは見当違いというものだよ。怜二は、自分の店を持ちたいのだ。自分が采配をふるい、客をひきつける店をつくり、店を繁盛させたい。思うがままに店の者を教育し、職人と交渉し、良い品と良い接客で最上の店をつくりたい。あれのそんな野心を、おまえも感じているだろう?」
「それは……、そうだと思いますけれども」
父に真面目に問われて、高田は不承不承うなずいた。
たしかに、父の指摘する怜二の経営への情熱は、高田も感じていた。
だが。
「怜二は、それを自分の手で成し遂げたいと思っているのではないでしょうか。結婚でそれを得ることは、怜二は望んでいないと思います」
「それは、怜二の以前の婚約者のことがあるからかい?」
高田が言いよどんだ怜二の過去を、父はあっさりと俎上に載せた。
「それは……、家の財産をちらつかせることで、怜二に結婚を承諾させよということですか?」
父に問う言葉が、怒りで震えそうになる。
父は、高田自身では、怜二に結婚を了承させるのは難しいと考えているのだろう。
それは、いい。
悔しいけれど、怜二に想いが気づかれているのに、距離をとろうとされているのなら、父の考えは正しいだろう。
怜二は高田より10歳年上の27歳。
大人の男性だ。
すずやかな目元の怜悧な美形で、目の下にある黒子が色っぽいと、高田と同じ年齢くらいの女学生から有閑夫人、芸事のお師匠様たちにも人気で、怜二が店に来る時間を狙って買い物にくる客も多い。
なかには積極的な女性もいて、大人な彼女たちの誘いを、怜二は丁寧にお断りしているようだけれど、まんざらでもないように見える。
もしも怜二が女性を選ぶのなら、ああいう女性を選びそうだと、高田だって思っている。
高田が彼女たちより有利な点は、父がいうとおり、高田がこの高田呉服店の一人娘で、高田が結婚した相手がおそらくこの家の経営権を得るだろうということだけだろう。
けれどそれはすこし考えれば誰しもが思い当たることで、父はむかしから高田の結婚相手がこの店を継ぐと言っていた。
ならば、怜二だって、そのことに気づいているはずだ。
気づいてもなお、高田を遠ざけようとしているのなら、怜二はたとえこの店を得ることができたとしても、高田と結婚するのはいやだと思っているに違いない。
けれど、それは怜二がなんの強制もなく選ぶとすればの話だ。
もし、高田が。あるいは、父が、怜二に「万智子と結婚すれば、この店はお前のものになるぞ」と言えば、怜二にとっては強制されたも同然ではないか。
たとえ父が「断ってもかまわない」といっても、それを怜二は信頼できるだろうか。
高田との結婚を断れば、店で冷遇されるかもしれない、そう思わずにいられるだろうか。
しずかに怒りをこめた目で、高田は父を睨む。
すると父は、苦笑いをうかべた。
「不満かい?」
「そんなのは、怜二に失礼です」
「怜二に?」
「ええ。もしお父様が怜二にわたくしとの結婚を望むといえば、怜二は嫌でも断れないでしょう。お父様は、怜二の仕事ぶりを見込んで、この店を任せられるとお考えになったはず。それなのに、そのなさりようは怜二のこれまでの実績をないがしろにするものです!」
キッと父をにらんで、高田が言う。
すると父は、「ふむ」と小さくうなずいた。
「べつに、怜二のこれまでの努力をないがしろにするつもりはないよ。ただまったくのよそ者である怜二がこの店を潤滑に受け継ぐには、お前との結婚がいちばんいいと判断したまでだ。もちろんそこには、お前にあまい父親として、お前が好いた男と一緒になれればいいなという気持ちはあるよ。けれどその相手が怜二でなければ、さりげなく他の男を紹介するなり、いい見合いを探すなりしたさ。……まったく、お前の趣味がよくて助かったよ」
「お父様……!」
高田は顔を赤くして、父に抗議した。
父はかわいい娘のかわいい抗議を、笑って受け止める。
そして、ごく落ち着いた表情で、娘に尋ねた。
「万智子。お前は怜二のためだと言って怒っているが、それは見当違いというものだよ。怜二は、自分の店を持ちたいのだ。自分が采配をふるい、客をひきつける店をつくり、店を繁盛させたい。思うがままに店の者を教育し、職人と交渉し、良い品と良い接客で最上の店をつくりたい。あれのそんな野心を、おまえも感じているだろう?」
「それは……、そうだと思いますけれども」
父に真面目に問われて、高田は不承不承うなずいた。
たしかに、父の指摘する怜二の経営への情熱は、高田も感じていた。
だが。
「怜二は、それを自分の手で成し遂げたいと思っているのではないでしょうか。結婚でそれを得ることは、怜二は望んでいないと思います」
「それは、怜二の以前の婚約者のことがあるからかい?」
高田が言いよどんだ怜二の過去を、父はあっさりと俎上に載せた。
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