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Side キリ 7
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は?
正直、なにがおこったのかわからなかった。
言い訳するなら、私は結界に阻まれた人間を直接見るのは、初めてだった。
結界がはられるのは、貴族のお屋敷などがほとんどだ。
公共の施設には、重要人物が座る場所の近くに小さな結界が貼られているそうだけど、個人用の結界が使用される。
結界にはじかれるというのは、相手への敵意を明確化すること。
だから、人は十分に注意して、結界に対処する。
結界をはるほうも、お互いの内心を明確化しないように気づかって、自宅など以外では基本的には張らないし、結界に入るほうもはじかれるかもしれなければ避ける。
そう、クリスとケイトのように、結界にはじかれるかもしれないと不安があれば、近づかないようにするのが普通だ。
私は、はじかれるという意味を、あの時初めて目の当たりにした。
さっきまで私の近くでせっせと小物の用意をしていたリジーが、美咲様の近くによることは許さないと言わんばかりに、美咲様のそばからはじかれた。
まるで見えない巨大な手で振り払われたように、リジーは壁まで飛ばされた。
リジーは背中を強く打ち、苦しそうにその場で丸くうずくまった。
私たちの中で、真っ先に動いたのは美咲様だった。
美咲様はリジーがとばされたことに驚いて、でもその意味を知らないかのように、リジーに手を伸ばした。
「だいじょうぶ?」
すぐにメアリーさんが、ふたりの間に立つ。
その瞬間、部屋に駈け込んで来たブロッケンシュタイン家の従僕たちが、リジーの背に馬乗りになって、腕をひねりあげた。
「美咲、無事か……?」
一瞬後、レイモンド様も部屋に駈け込む。
そしてまっすぐに美咲様のところへ行き、ケガなどがないか視線で確認したあと、美咲様の手をとった。
その間に、リジーは従僕さんたちに腕をつかまれて、どこかへ連れられて行く。
まずいことが起きたのだという実感がじわりじわりと浮かんだ。
「そんな。リジーがはじかれるなんて」
か細い声でそういったのは、リジーと仲が良かったマリーだろう。
いまは、口をはさむべきじゃない。
そう視線で伝えようとマリーを見ると、マリーはがくがくと震えながら、自分の手を握りしめていた。
レイモンド様は、いまこの部屋の結界のレベルが高くなっていて、ちょっとした不満でも結界に阻まれることがある、とおっしゃった。
そこでようやく、私はリジーが結界に阻まれたのだと気づいた。
言われてみれば、さっきの状況は、それしか考えられなかった。
リジーが、オサド商会の人間が、訪れた貴族の家の、主一家の婚約者に敵意を抱いた。
そんなの、あってはいけないことだ。
ざーっと、自分の顔から血の気が引くのを感じた。
遅れてこの場に現れたオサドさんも、青い顔でレイモンド様と美咲様に頭を下げる。
レイモンド様はなおも気にしないように言ってくださり、美咲様に試着の続きをと促された。
「試着の続きですか?」
美咲様は、自分に敵意を持つ人間が身近にいたことの恐怖を感じているのだろう。
すこしぼんやりとした表情で、レイモンド様を見つめられた。
そして、思案気にレイモンド様を見つめ続け、やがて大きな瞬きをして、言った。
「あの女の子は、ひどい扱いはされませんか?」
それは、私たちがいちばんに気になっていたことだった。
リジーが、なにか悪いことを考えたらしいというのは、確信ありげに振る舞うレイモンド様や、それを納得しているオサドさんの様子からも明らかだ。
でも、リジーは私たちの仲間だ。
大きな商会の娘であるリジーは、花嫁修業のような気持ちでオサド商会で働いている子だ。
でもマナーとかが完璧で、小器用だから、準備もはやい。
素直で、ちょっと信じやすくて、あほっぽいところのあるごく普通の女の子だ。
そんなに悪いことを考えたなんて、信じられなかったのに、あんなふうに男たちに連れていかれて。
不安だった。
でも、私たちの立場で、なにかを聞けるはずがない。
だから、美咲様がそう聞いてくださって、その気持ちをおもんぱかったレイモンド様が「暗器でも持っていない限り、ひどい扱いはしないって保証する」と言ってくださって。
少なくとも、リジーが殺されたりすることはなさそうだとわかって、心からほっとした。
美咲様は、まだ青い顔をしているのに、私たちにぎこちなく笑って「試着の続きをお願いします」と笑ってくださった。
私はその瞬間、いつか美咲様のためにお役にたてることがあれば、なんでもしてさしあげようと、そう心に誓った。
正直、なにがおこったのかわからなかった。
言い訳するなら、私は結界に阻まれた人間を直接見るのは、初めてだった。
結界がはられるのは、貴族のお屋敷などがほとんどだ。
公共の施設には、重要人物が座る場所の近くに小さな結界が貼られているそうだけど、個人用の結界が使用される。
結界にはじかれるというのは、相手への敵意を明確化すること。
だから、人は十分に注意して、結界に対処する。
結界をはるほうも、お互いの内心を明確化しないように気づかって、自宅など以外では基本的には張らないし、結界に入るほうもはじかれるかもしれなければ避ける。
そう、クリスとケイトのように、結界にはじかれるかもしれないと不安があれば、近づかないようにするのが普通だ。
私は、はじかれるという意味を、あの時初めて目の当たりにした。
さっきまで私の近くでせっせと小物の用意をしていたリジーが、美咲様の近くによることは許さないと言わんばかりに、美咲様のそばからはじかれた。
まるで見えない巨大な手で振り払われたように、リジーは壁まで飛ばされた。
リジーは背中を強く打ち、苦しそうにその場で丸くうずくまった。
私たちの中で、真っ先に動いたのは美咲様だった。
美咲様はリジーがとばされたことに驚いて、でもその意味を知らないかのように、リジーに手を伸ばした。
「だいじょうぶ?」
すぐにメアリーさんが、ふたりの間に立つ。
その瞬間、部屋に駈け込んで来たブロッケンシュタイン家の従僕たちが、リジーの背に馬乗りになって、腕をひねりあげた。
「美咲、無事か……?」
一瞬後、レイモンド様も部屋に駈け込む。
そしてまっすぐに美咲様のところへ行き、ケガなどがないか視線で確認したあと、美咲様の手をとった。
その間に、リジーは従僕さんたちに腕をつかまれて、どこかへ連れられて行く。
まずいことが起きたのだという実感がじわりじわりと浮かんだ。
「そんな。リジーがはじかれるなんて」
か細い声でそういったのは、リジーと仲が良かったマリーだろう。
いまは、口をはさむべきじゃない。
そう視線で伝えようとマリーを見ると、マリーはがくがくと震えながら、自分の手を握りしめていた。
レイモンド様は、いまこの部屋の結界のレベルが高くなっていて、ちょっとした不満でも結界に阻まれることがある、とおっしゃった。
そこでようやく、私はリジーが結界に阻まれたのだと気づいた。
言われてみれば、さっきの状況は、それしか考えられなかった。
リジーが、オサド商会の人間が、訪れた貴族の家の、主一家の婚約者に敵意を抱いた。
そんなの、あってはいけないことだ。
ざーっと、自分の顔から血の気が引くのを感じた。
遅れてこの場に現れたオサドさんも、青い顔でレイモンド様と美咲様に頭を下げる。
レイモンド様はなおも気にしないように言ってくださり、美咲様に試着の続きをと促された。
「試着の続きですか?」
美咲様は、自分に敵意を持つ人間が身近にいたことの恐怖を感じているのだろう。
すこしぼんやりとした表情で、レイモンド様を見つめられた。
そして、思案気にレイモンド様を見つめ続け、やがて大きな瞬きをして、言った。
「あの女の子は、ひどい扱いはされませんか?」
それは、私たちがいちばんに気になっていたことだった。
リジーが、なにか悪いことを考えたらしいというのは、確信ありげに振る舞うレイモンド様や、それを納得しているオサドさんの様子からも明らかだ。
でも、リジーは私たちの仲間だ。
大きな商会の娘であるリジーは、花嫁修業のような気持ちでオサド商会で働いている子だ。
でもマナーとかが完璧で、小器用だから、準備もはやい。
素直で、ちょっと信じやすくて、あほっぽいところのあるごく普通の女の子だ。
そんなに悪いことを考えたなんて、信じられなかったのに、あんなふうに男たちに連れていかれて。
不安だった。
でも、私たちの立場で、なにかを聞けるはずがない。
だから、美咲様がそう聞いてくださって、その気持ちをおもんぱかったレイモンド様が「暗器でも持っていない限り、ひどい扱いはしないって保証する」と言ってくださって。
少なくとも、リジーが殺されたりすることはなさそうだとわかって、心からほっとした。
美咲様は、まだ青い顔をしているのに、私たちにぎこちなく笑って「試着の続きをお願いします」と笑ってくださった。
私はその瞬間、いつか美咲様のためにお役にたてることがあれば、なんでもしてさしあげようと、そう心に誓った。
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