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プロローグ(後)
第八話
しおりを挟むそれから、屋内を徘徊していたゾンビを時にやり過ごし、時に排除しながら、目立たない小さな用具室に身を潜めることで、私たちはようやく一息付けた。
内側から鍵もかけられるし、扉も頑丈。今なら落ち着いて話ができるだろう……そう思った私は、改めて部屋から連れ出した女の子を眺める。
(ていうか……凄い美人さん)
同性の私から見ても、目を瞠るほど綺麗な子だ。
身長は私と同じくらい小柄だけど、全体的に顔立ちが異様に整っていて、立ち振る舞いも私と違ってどこか気品のようなものを感じさせる。そして何より目を引くのが、膝まで届く綺麗な白銀の髪だ。
この大陸の美人の基準の一つに、髪の長さというものがある。元々は女の短い髪は罪人の証とされていた名残らしいけど、そういう価値基準はエルドラド王国にも強く根付いている。
(そんでもって、間違いなくやんごとない身分の人だよねぇ)
私は結構雑に伸ばして括ってるだけだけど、本来長髪というのは手入れが大変だ。これほど長い髪を痛ませず、艶やかに手入れされているというだけでも、やんごとなき身分であることは疑う余地はないと思う。
実際、身に纏う衣服は見るからに上質そうな生地で織られたドレスだし、少なくとも貴族の中でも高位の位置する家柄の令嬢なのでは?
「あ、あの……もしや貴女は、ゴールドバーグ卿のお弟子さんでしょうか……?」
「え? そうですけど……何で分かったんです?」
とりあえず何から話したものかと悩んでいると、思いがけない言葉が飛び出してきた。
工房長は有名人だけど、見ず知らずの相手にまで知られるほど、私の事までそんなに有名だったっけ……?
「えっと、それ……魔導銃、ですよね? ゴールドバーグ卿の工房で開発中の……私と同じ年頃の女性の弟子が中心となって開発中だと、彼から聞き及んでいますので……」
「その口ぶり……工房長と知り合いなんですか?」
「はい……名乗るのが遅れて、申し訳ありません」
両手を前で組み、頭を下げる……そんなありきたりな所作ですら、どことなく気品を感じさせる立ち振る舞いに私は思わず少しだけ魅入られた。
「私はエルドラド国王オーガストが娘、ユースティア・ヴァレスタイン・エルドラド……です。この度は至らぬ我が身を救っていただき、感謝の言葉もありません」
その名前を聞いた時、私が真っ先に思ったのは「マジかよ」の4文字だった。
お偉いさんだとは思ってたけど、まさか王族とは……いや、聖騎士団は元々、王家直属の組織だし、その聖騎士団に護衛されているという事はつまり、そういう事なんだろう。そんな遅い自覚と共に、私も慌てて頭を下げた。
「えっと、私はアルマ……ダグラス・ゴールドバーグの工房で魔導銃開発をさせてもらっている者です。無理矢理連れ出した挙句、名乗るのが遅れてすみません」
「あ、頭を上げてください……っ。状況が状況でしたし、他ならぬ貴女に些末事で頭を下げさせるわけには……」
「そ、そうですか……? じゃあ、遠慮なく……」
……やけに腰の低い人だ。王族や貴族って言うと、もっとこう、良くも悪くも偉そうにしてるイメージがあったんだけど。
「ユースティア殿下、まずはお互い事情の説明を始めませんか? 正直、今何が起こっているのか全然把握できてないんですよ」
「そ、そうですね。では私から……」
とりあえず、私たちはお互いにここに至るまでの経緯を話し合う事にした。
ユースティア殿下の話を簡単に纏めると、次の王位を狙う政敵のリック公子と、その傘下に入ったエドモン・オリバールがゾンビを率いて馬車を襲撃、護衛を皆殺しにして殿下を誘拐し、貞操の危機に私が駆け付けたということらしい。
とりあえず、あのデブ親父を蹴り飛ばしたことは間違いじゃなかったことに安堵していると、ユースティア殿下は今にも泣きそうなのを必死に堪えているような顔で頭を下げてきた。
「そういえば、護衛をしていた聖騎士団はどうして負けたんですか? 確かにゾンビは難敵ですけど……」
聖騎士団は王国の精鋭だ。そんな連中を倒した戦力が向こうにあるなら、少しでも情報が欲しい。
「彼らを倒したのはゾンビであったのかどうか……それは正直に言って、戦うところを見ていた私にも分かりません」
「……というと?」
「最初の内は聖騎士団の奮闘によって、オリバール子爵が率いたゾンビを殲滅する目前まで迫ったのです。ですがその事態に焦った子爵の呼び声に応えるように、恐ろしい怪物が現れ、騎士たちは瞬く間に全滅させられてしまいました」
「怪物? それってどんな?」
「人に類似する姿をしていた三メートルを超える大きさで……腕が4本もあって、その先端に鋭利な刃物が付いていました。それ以上の情報は……分かりません」
「三メートル……デカさだけなら中型魔獣ってことか」
ていうか何その化け物。原作だと人間よりもずっと強いグリフォンのゾンビみたいなのが登場した覚えがあるけど、そんなガチでバケモンみたいなのは私の原作知識内にはない。
まぁ私の原作知識なんて大して当てにならないんだけど……そう頭を悩ませていると、殿下は暗い顔をして俯いてしまった。
「ごめんなさい、アルマ……私などを助けるために、貴女をこんな危険な場所に……」
「などって……そんな、私は私のやりたいようにやってるだけだから、そこは気にする必要ないですよ。これで私がどんな目に遭おうと、それは私の責任なんで」
そう言ってみたものの、殿下の表情が明るくなる様子がない……もしかして強がっているだけなんて思われてたりするんだろうか?
何というか、腰が低いだけじゃなくて自己肯定感まで低いように感じる。まるで自分の命よりも私の命の方が重要だと言っているような……。
(まぁ初めて会った人間の事だし、私の勘でしかないんだけど)
国王陛下の唯一の実子であるユースティア殿下の評判は、私の耳にはほとんど届いていない。
別に悪い評判があったわけじゃない。ただあんまり表に出ていないのか、私たち平民の耳にまで殿下の話が届いていないのだ。だから私はこの人がどういう人なのか、判断のしようもない。
(でもこの様子だと……かなり舐められてるんだろうなぁ)
優しそう性格ではありそうだけど、あくどいことを企んでる連中を相手に渡り合えるようには見えない。現にエドモンとリック公子が最悪な手段で下克上を実行してるし。
(……ぶっちゃけ、この人が王位に就いて、この国大丈夫か?)
初対面の人間相手に手厳しいと思われるだろうけど、ユースティア殿下を見ているとそんな気持ちが芽生えてきた。
宮廷魔導士を目指す私にとって、将来的に仕える相手である次期国王に関する話題は他人事じゃない。仕え甲斐があるかどうかで、私も方針転換をせざるを得ないかもしれないんだし、どうしても「ウダウダしてないで、もっとシャンとしろ」と思ってしまう。
(あれ……? そう言えばこの状況、どこかで……)
そんなことを考えていると、また妙な既視感が脳裏を駆け巡る。
何だろう、ユースティア殿下とこの状況下に、私の記憶を刺激するような何かがあるのだろうか? 考えられるとしたら、やっぱり原作知識なんだろうけど……私の知る範囲内で、作中にユースティア殿下が登場した覚えは……。
(……いや、ある! あったわ! 確かに顔は出てないけど、名前は出てきている!)
原作開始の数年前、何者かに誘拐されたユースティア殿下がレイプされた挙句に殺されたみたいな説明描写が確かにあった!
それが原因で国内の情勢が大荒れして、国王陛下が鬱病を患うっていう展開だったはず……そうか、その事件が起こっていたのが、今日だったんだ。
(しかし……参ったなぁ。これ絶対に原作ブレイクが起こるよね?)
作中でわざわざ明言したという事は、ユースティア殿下の身に起こるはずだった惨劇は【英雄騎士のブイリーナ】におけるターニングポイントの1つだったんだと思う。それも国そのものを巻き込むほど大きな。影響力が無い一介の奴隷ヒロインでしかないアルマとはわけが違う。
それを知らず知らずの内に干渉し、原作の流れを大きく変えてしまった。それが良い意味で影響が出ればいいけど、下手したら主人公であるレイドが、これから起こるであろう様々な問題を解決できなくなるかもしれない……。
「あの……どうか、しましたか……?」
柄にもなく不安を感じていると、ユースティア殿下が恐る恐るといった感じに声をかけてきた。
聞こえてくる息遣いも、仄かに感じられる温もりも作り物では到底あり得ない、正真正銘生きた人間の気配を間近で感じ取り、私は考え方を改めた。
(今ここで、こうして生きている人間を助け出した事……それ自体が間違いなわけがない)
この人を助けたこと自体は後悔はしていない。原作の流れが狂っても狂わなくても、見捨ててたら絶対に胸糞悪くなってたはずだから。
(それに私は、知らず知らずの内に腑抜けていたらしい)
この世界で思うように生き抜くはずが、原作シナリオなんていうものに影響されて、自分の選択肢を狭めようとしていたなんて。
原作シナリオがなんぼのもんだと言うのか。私は強さを突き詰めて、無力な奴隷ヒロインから宮廷魔導士になることを目指した女。物語のラスボスだろうが何だろうが、私の暴力で捻じ伏せてやればいいのだ。
「すみません、殿下。ちょっと考え事をしてました」
いずれにせよ、ユースティア殿下を無事に王城まで送り届けるのは確定事項だし、他の事は後で考えよう。
「ひとまず、移動しましょう。ここを出ない事にはどうしようもありませんし、私が先行するんで付いて来てほしいんですけど……」
「は……はいっ。分かりました……っ」
「それから、結界魔術は使えますか? 殿下の事は全力で守りますけど、いざっていう時には自衛してもらう必要もありますし」
「護身術の一環で、多少は扱えます。……強度には、あまり自信はありませんが……」
「十分です。それじゃあ行きましょう」
――――――――――
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