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プロローグ(後)
第七話
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後で修正点を見つけて直した都合上、前回のお話を少しだけ改稿しました。
――――――
オーロッソ砦。数百年前、領民に圧制を強いた地方を治める貴族たちと、貴族への不満を持った平民を味方に引き込んだ王族との対立によって引き起こされた内乱の際に建造された砦は、当時の建築技術にしては基礎がしっかりしており、今現在でも改修されれば使用できるとまで言われていた。
だからこの砦は数百年もの間、緊急時の避難先として、最低限人が生活できるだけの手入れがされ続けていたのだが――――。
(……それが悪用されてしまうなんて)
年に数回ほど手入れが入る程度の、普段は誰もいない建物であることを逆手に取られた。そんなことを砦の最上階にある、これ見よがしに拘束具付きのベッドが中央に置かれた一室に軟禁されたドレス姿の少女は、ぼんやりと考えながら、窓から外の様子を窺い、息を呑んだ。
「ゾンビが……あんなに……っ」
ところどころ壁が崩れた古い砦には、人間や魔物問わず、大量のゾンビが這い回っていた。
少女がいる部屋から見える砦の屋外だけでも数十体はいるのだ。砦の内部を含めたそれ以外の場所を含めれば100体以上……下手をすれば、数百体は下らないかもしれない。
「失礼いたしますよ」
陥った事態に顔を青褪めさせていると、一言断りを入れただけで返事も待たずに部屋の中に1人の男が入ってきた。
仕立ての良い服に身を包んだ肥満体系の男だ。その男を見るなり、少女は1歩後ずさる。
「オリバール子爵……っ」
エドモン・オリバール……王都の東側に位置するオリバール子爵領を統治する貴族であり、このオーロッソ砦の管理者……そして、ゾンビを操って聖騎士団を壊滅させ、少女を誘拐した張本人でもある。
「そのように露骨な警戒するなど感心しませんな。女たるもの、いかなる時であっても男の尊厳を傷つけない立ち回りを身に付けなければ」
怯えを隠し切れない少女に気をよくしたのか、エドモンはニヤニヤと優越感と加虐心に満ちた笑みを浮かべる。
「女など所詮は政略結婚の駒にしかならぬのですから、末来の夫となる者の機嫌を損ねるようなことをしてはなりません。これは1人の臣下としての、主家の方に対する進言です。……お分かりになりますよね? ユースティア王女殿下」
臣下からの進言などと口にしながら、明らかにこちらを見下した意図を隠し切れない発言の数々に少女……エルドラド王国第一王女、ユースティア・ヴァレスタイン・エルドラドはドレスのスカートを両手で握りしめて、必死に冷静になれるように努めるしかできなかった。
この状況を端的に説明するなら、エドモンによる王族の誘拐事件だ。その為に護衛を務めていた聖騎士団の一部隊を壊滅に追いやったことも踏まえれば、もしたくらみが失敗すればエドモンの極刑は免れないのだが、彼にはそのリスクを考慮している様子は見られない。
「もっとも、この忠告も無駄に終わるでしょうがね」
「……私をどうしようというのですか……?」
「それについては僕から答えよう」
震える声で舌質問の返事をしたのは、エドモンの後ろから現れた金髪の貴公子だった。
腰に剣を佩き、容姿こそまるで物語に出てくる王子のように整っているが、王女に対する隠す気配もない侮蔑の視線を向ける青年を見て、ユースティアは「やはり」と内心で呟く。
「……リック公子。やはり裏には貴方が……叔父上がいるのですね。という事は……王位を狙っているのですか……?」
「あぁ、そうだとも」
現国王の実子はユースティア一人だけしかいない。順当にいけば次の王位はユースティアが継ぐことになるのだが、エルドラド王国の王位継承権は、国王の三親等……つまり王の甥や姪にも与えられる。
そんな制度の下に選ばれた王位継承権第二位の持ち主が、王兄の息子であるリック・ヴァレスタイン。ユースティアより4歳上の、今年17歳になった公子だ。
「ふん……女のくせに妙に小賢しいところは相変わらず気に食わないが、それも今日限りだと思うと清々するというもの。恨むのなら、この僕と権力争いをする羽目になった自分の出自と、素直に僕に王位を譲ろうとしない父親、そして女の社会進出などという世迷言を実現させてしまった母親を恨むのだな!」
その言葉を聞いた時、震えて俯いてばかりだったユースティアは顔を上げてリックを睨む。
「……っ! お、お母様の政策は、決して世迷言などでは……!」
「黙れ! そんな目で睨みつけて僕に意見するなど、何様のつもりだ!!」
そんなユースティアの態度が気に入らなかったのか、リックは自分よりも身分が上である王女を突き飛ばす。
ここまでされた以上、もはや確定だ。リックたちは自分を生かして帰す気がないのだと、床に倒されたユースティアは痛みに呻きながらも確信した。
「全くもって忌々しい! 貴様のような女がいるから近頃の庶民や女が生意気になるのだ! それこそがエルドラド王国を腐敗させる原因になるという事に気付かないなど、頭が悪いにもほどがある!」
「まぁまぁ、リック様。どうか気をお静め下さい」
今にも追撃してきそうな勢いのリックをエドモンが丁寧に宥める。しかし、それは決してユースティアを慮っての行動でないというのは、彼の粘着質で下卑た視線を見れば明らかだった。
「ゾンビの貯蔵に我が砦を使うことを条件に、ユースティア殿下は私に下さるというお約束のはず。であれば、殿下の教育は私にお任せください」
「ふんっ。まぁいいだろう……聞いての通りだ。逃げれば痛い目を見るという事を覚えておけ!」
そう言い残して、リックは部屋から出ていくと同時に、エドモンはユースティアに獣欲に塗れた視線を向けながら踊りかかる。
「ぬふふふふっ! ようやく……ようやく2人っきりになれましたな、殿下!」
エドモンはユースティアの腕を掴んで力任せにベッドの上に放り投げると、肥えて弛んだ体にしては俊敏な動きでユースティアの上に覆い被さる。
自分の上に圧し掛かる巨体を何とか押し退けようとするが、ユースティアでは力が足りない。それどころか、生まれて初めて明確に向けられる、敵意とも殺意とも異なる害意に底知れない恐怖と嫌悪感が湧いて出てきて、力が抜けそうになる。
「亡き王妃殿下は陛下とご結婚なさるまで、国中の貴族子息の憧れの的でしてねぇ。かく言う私もその1人……殿下が初めてお披露目されてより13年、王妃殿下の美貌をしかと受け継いでおられた貴女の体をいつか存分に弄びたいと願っていたのです!」
興奮のあまり、ドレスを力任せに引き裂こうとするエドモンに対し、ユースティアはあまりにも無力だった。その事実が、ユースティアの心に重く圧し掛かる。
王族たるもの、敵に屈するようなことはあってはならない。ひとたび屈すれば国家臣民の危機に直結する……その事を理解しながらも、リックたちにされるがままの状態に陥っている自分にほとほと嫌気が差した。
(お母様……やはり私は、貴女のようには……)
絶望に目の前が真っ暗になりそうになった……そんな時、窓ガラスが突然、木っ端微塵に砕け散った。
「な、何だぶげえええっ!?」
驚きながらエドモンと同時に反射的に窓の方に顔を向けるユースティア。一体何が起こったのかを頭で理解するより間もなく、窓枠から部屋の中に乱入してきた小柄な少女が、エドモンを蹴り飛ばすのだった。
=====
見ず知らずの誰かの危機を一々助けてやる義理なんてない……そう割り切って斜に構えられるほど、私は冷酷になり切れなければ、頭もよくなかったらしい。
敵に対して慈悲は与えない。それがこの世界で生きるための処世術だと割り切っている。でもそれ以外の人間に対する人情まで捨てた覚えはない。
(そりゃあ、どこにいるかも分からない被害者と加害者をわざわざ探し出して手助けしてやろうって気にはならないけど、困ってる人に会ったら手を差し伸べる良心くらい、私にだってある)
保身に走ることは悪いことじゃない。でもそれで助けられるはずの相手を助けられなかったとなったら、私は必ず後悔する。それが分かったからこそ、私は他の誰でもない自分の為に……これから先も胸を張って生きる為に砦に向かう事にした。
そもそもやってもいない事を憶測だけで諦めてしまうなんて私の性に合わない。やらずに後悔するよりも、やって後悔する方が万倍マシだ。
(本当は書置きくらい現場に残しておきたかったんだけど……)
生憎、ペンもメモも持ち合わせていなかった。血文字で書置きしようにも、周りにあるのは血塗れの鎧や服を着た騎士たちの死体に、全体的に黒塗りの壊れた馬車。メッセージを残せるような余白が無かったし、地面に書くっていう手段も考えたけど、襲撃現場は深い草で覆われた草原地帯……多分最初はゾンビから逃げようとして、結局は戦闘になったんだろうけど、そんな場所ではメモは残せない。
誘拐された被害者の保護はスピードがものを言う。1分1秒を争う中、下手に悩んで時間食って誘拐された要人が殺されでもしたら目も当てられない。
そう考えて何も残せないことを心残りに思いながら駆け出し、私はオーロッソ砦に辿り着いた。
(さて……予想の通り、ゾンビがウヨウヨいるな)
ちょっとした城のように城壁に囲まれ、中庭部分も存在する、4階建ての結構大きめな砦だ。そんな砦の内部を高い樹の上から遠見の魔術を使って外から偵察しているんだけど、城壁の内側には多種多様なゾンビが大量にウロウロしているのが見えた。
(誘拐犯がゾンビを操っているというのは予想できていたけど、誰が、どうやってゾンビなんて操ってんの?)
死体が動いて人を襲うゾンビ化現象の謎の追うっていうのが【英雄騎士のブイリーナ】の大まかなストーリーだけど、私が持っている限りの原作知識では、そこら辺の情報は一切存在しない。
そんなことができるとしたら魔術なんだろうけど……大陸中の国に喧嘩売るようなことをしてまで、何をしようとしているのか。
(いや、今はどうでもいい。問題は、どこにその人質とやらがいるかだけど……)
遠見の魔術に加え、魔力感知の魔術を併用して砦内に探りを入れてみたものの、人間や魔物と同様にゾンビにだって魔力はあるから、魔力感知はあんまり役に立たない。せめて誘拐された人間の魔力量でも分かれば話は違うんだけど……。
「……ん? あれって……」
何気なしに一番目立つ砦内中央の建物……その最上階の窓に目を向けると、ドレスを着ているっぽい女の子が、窓から外を眺めているのが見えた。少なくとも、こんな廃砦に居るような恰好人間だと思えない。
(もしかして、あの子が誘拐されたっていう……?)
聖騎士団に護衛されて、馬車で移動してるような人種となると、ドレスが普段着の貴族っていうのが一番しっくりくる。
そんな半ば確信に近い予感を抱いていると、部屋の中に2人組の男が入って来て、何んらかのやり取りをした後、その内の1人が女の子を突き飛ばしたのが見えた。
私が思わずギョッとしていると、もう片方の男が女の子の腕を掴んでどこかに放り投げた。壁に遮られて何が起こっているのか見えないけど、よろしくない事が起こっていることくらい、容易に想像がつく。
(もう迷ってる時間はない!)
そこから私は壁の上や屋根の上を突っ切る最短ルートで目的の部屋へと一直線に向かい、魔導拳銃を確実に当てる自信がある射程圏内に件の窓を捉えると、中で何かをやっている男に対する威嚇を兼ねて、魔力弾で窓を割った。
そうすると部屋の中から、何やら混乱しているような声が聞こえてくる。その隙を見逃さず、大量の魔力を足に込めて強化し、忍者みたいに壁を駆け上がることで例の部屋の中に窓から乱入すると、涙目になっている女の子を、肥満体系の中年男が覆い被さっているのを確認した。
「オラアアっ!」
これは弁解の余地なしだろう……そう即断した私は、中年男をドロップキックをぶちかました。
豚のような悲鳴を上げながらベッドから吹き飛んだ男はそのまま壁に激突し、動かなくなる。どうやら気絶したらしい。
「え、あ……貴女は……!?」
「すみません、後にしてもらってもいいですか!?」
問いかけに被せるように早口で言った直後、私が乱入してきた窓から2体のゾンビが奇声を上げながら部屋の中に入ってきた。
とっさにホルスターから二丁の魔導拳銃を抜いて魔力弾を同時発射。弾は片方のゾンビの頭に、もう片方のゾンビの左胸に風穴を空けるが、胸に弾を受けた方のゾンビは魔力弾の威力に少し仰け反っただけで、自分が負った傷に一切構うことなく襲い掛かってきた。
(ちっ……! 外した……!)
ゾンビというのはいくつかの特徴がある厄介な敵で、第一に身体強化魔術を使わないと太刀打ちできないくらいのパワーとスピードがあり、第二に痛みと恐怖を感じず、第三に簡単には死なないという特徴がある。
具体的には、急所である脳が傷つけるか、首と胴体を切り離すか、身動きが取れないくらいバラバラになるか、あるいは全身を消滅させるかでもしないと倒せないのだ。心臓を撃ち抜いた程度じゃ怯ませるのが精々である。
「こんの……くたばれぇっ!」
私に掴みかかってきたゾンビの頭に、改めて魔力弾をゼロ距離から撃ち抜く。これで部屋の中に入ってきたゾンビは処理できたけど、割れた窓を進入口に、すぐさまゾンビたちが次から次へと雪崩れ込んできた。
「やっぱり気付かれてた……!」
緊急事態であると察して隠れることなく最短ルートでこの部屋に突っ込んだから、中庭に居たゾンビたちに察知されることは予想できていた。
私だけならどうとでもなるけど、人1人を守りながらゾンビたちから逃げ切れると自惚れていないし、逃げ場のないこの部屋で迎え撃つのも論外。一度身を隠し、チャンスを伺う必要がある。
「……色々聞きたいことがあるかもしれませんけど、時間がありません。今は私の事を信じて付いて来てもらえませんか?」
「は、はいっ!」
思いの外、素直にこちらの言う事に従ってくれたことに感謝しつつ、私は先導する形で女の子を連れて部屋から出るのだった。
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