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プロローグ(前)
第六話
しおりを挟む肩掛け用の紐が取り付けられ、背負うように持ち運べるようにされた魔導小銃は、これまで研究開発をしていたハンドガン型の魔導銃……区別するために魔導拳銃と呼び分ける……の派生形として試作した代物だ。
魔導具というのは機械と似たようなもので、内部に術式を刻む関係上、大きければ大きいほど高性能にしやすい。魔導拳銃は取り回しを追求し、小型化した分、純粋な射撃武器として追及するのには、威力・弾速・命中率・射程を妥協した部分があったんだけど、逆にそこを追求したのが魔導小銃だ。
(取り回しにくくなったっていう改悪点もあるけど、状況で使い分ければ……)
私は魔物が蔓延る森の中に突入し、見晴らしのいい樹上に登って遠見の魔術を発動する。
いわゆるスコープの代わりだ。この魔術のおかげで遥か遠い場所にある物体も捉えられるようになった私は、さっそく魔物の姿を捉えた。
オーガと呼ばれる、緑色の肌と頭から生えた角が特徴的な人に近い姿をした大型の魔物だ。近距離から中距離戦になれば速い、硬い、強いの三拍子が揃った難敵だが、この魔導小銃の射程があれば……!
(ここだ……っ)
私の意思に応じて射出された魔力弾が、オーガの頭部に風穴を空ける。
それを遠見の魔術で確認した私は、達成感に胸が震えるのを自覚できた。
(……いきなりヘッドショット成功はでき過ぎだけど)
私とオーガの距離は目測で数百メートルくらい……この距離の狙撃を成功させることができたのは奇跡的ではあるけど、単なる偶然ではない。
魔導拳銃が完成してから狙撃の腕は毎日欠かさず磨いてきたし、魔導小銃の開発段階でも長距離狙撃は数えきれないくらい試している。魔物相手の試運転は今日が初めてだけど、当てれるだけの下地は積んできたつもりだ。
(とりあえず、この調子で実戦でのデータを集めないと)
こうして私は場所を変えながら森の中の魔物を狙撃しまくっていったんだけど……これが中々当たらいのなんの。
(最初の一射はラッキーだと分かってたけど、やっぱりそう簡単にはいかないものだな)
遠見の魔術を使う必要のない間合いでの中距離狙撃と遠距離狙撃とでは勝手が違う。基本的に急所である頭に狙いを付けて狙撃してはいるんだけど、これがとにかく外れるのだ。
手足や胴体に当たるだけならまだいいんだけど、魔物の体に掠りもしない事だってざらにある。
(ただ、狙撃が外れても魔物が私の存在に気付けていないっていうのは、成果としては上々かな)
魔導拳銃の射程だと、1発で仕留められなければこちらの位置を探り当てられてしまうこともあるんだけど、魔導小銃なら敵の探知範囲の外側から一方的に狙撃できるということがよく分かった。
もちろん、探知能力は魔物の種類によりけりだから絶対ではないし、魔術師が相手なら射線からこちらの位置を割り出すなんてこともできそうだから油断はできないけど、相手の不意を突いて一撃で仕留められるだけのポテンシャルがあるということを実際に確認できただけで満足だ。
(あとは私自身の腕をとにかく磨くだけだ)
最終的にはやはりその課題に辿り着く。どれだけ優れた兵器を生み出しても、それを扱う人間に技量が無ければ話にならない。
私は遠見の魔術を発動し直し、次の標的を探すのだった。
=====
1発、また1発と、発射音と共に魔力弾が宙を駆け抜けて魔物の体を貫く。それを確認した私が息を吐くと、いつの間にか魔力切れを起こしかけて体力が消耗していることに気が付いた。
どうやら私はかなり集中していたらしく、一息つくまで虚脱感に気付かなかった。全身汗でビッチャリだし、魔力回復も兼ねて一度休むとしよう。
「その前に……と」
私は上着の内ポケットからドライフルーツのクッキーが入った小さな袋と、水入りの小瓶を取り出す。
携帯食料ってやつだ。ドライフルーツのクッキーは日持ちして持ち運びが楽な物の中では疲労回復効果が高い……みたいな知識を前世で学んだ記憶があったから、私は王都の外で訓練する時は昼食代わりに持ってくる時が多い。
(庶民でも甘味が簡単に手に入る時代に転生できたのは僥倖ってやつかな)
魔導列車の事といい、どうやらこの世界は割と文明が発達しているらしく、砂糖の大量生産方法も確立してるんだとか。まぁエルドラド王国自体が海外貿易も盛んな大陸有数の強国っていうのもあるらしいんだけど…‥‥今はどうでもいいことだ。
(長距離狙撃も、ちょっとずつ当たるようになってきた)
場所を変え、構え方を変え、銃身の向きを変え、とにかく色々と試行錯誤をしながら狙撃を繰り返している内に、長距離狙撃を当てるコツみたいなのが分かってきた。
発射から着弾までのタイムラグとか、標的の動きの予測とか、考えることは色々あるけど、着実に進歩しているという感覚はある。
この調子でどんどん上達していこう……魔力が十分回復したのと同時に気合を入れ直し、再び遠見の魔術を使って標的を探し出したところで、私はある物を見つけた。
「何あれ……?」
森から少し外れた場所……街道から大きく逸れた草原地帯に何かが散乱している。それが一体何なのか気になって目を凝らすと、それが何なのかが分かってしまった。
「ちょっ……!? あれって人!?」
遠すぎて魔術を使っても詳しくは分からないが、無数の人間が倒れているのは見えた。
私は身体強化魔術を全開にして木から木へと飛び移りながら現場へと急行すると、そこに広がっていたのは地獄絵図……元々は立派な造りをしていたであろう、無残に壊された黒塗りの馬車と、その周りに散乱する騎士たちの血濡れの死体だった。
(しかもただの騎士じゃない……この紋章は、聖騎士団のだ)
騎士たちが装備している鎧にはどれも、翼と剣が象られた紋章……王国の精鋭部隊である聖騎士団のエンブレムが刻まれている。
つまるところ、負けたのだ。エルドラド王国有数の精鋭部隊が。原作開始後に、主人公と共に国なり世界なりを救う騎士団が。
この場で何が起こったのか……私の浅い原作知識では分からない。原作でも語られない、物語の展開に影響を及ぼさない悲劇っていう可能性もあるけど……。
(……いや、待って? 確かこういう展開が原作にあったような気が……)
何とか記憶を呼び起こそうとしていると、「うぅ……」という呻き声が聞こえてきた。
弾かれるように顔を上げ、呻き声が聞こえてきた方角に目を向けると、死体だと思っていた騎士たちの内の1人が身動ぎをしたのが見えた。
「ちょっと、大丈夫――――」
大丈夫ですか……そう声をかけようとして、止めた。唯一の生存者だと思っていたけど、その騎士もまた肩から脇腹にかけて大きな裂傷を刻まれていたからだ。
完全に致命傷だ。急いで病院に運んでも間に合わない。私は言葉を飲み込むと、騎士は確かに私に視線を向けて、弱弱しく口を開いた。
「う、ぁ……た、頼む……聖、騎士団……本部に伝えて、くれ……」
この騎士は今わの際、遺言を私に託そうとしている。それを直感で理解した私は、彼の言葉を遮らないよう静かに耳を傾けた。
「ゾンビに……襲撃を……あのお方が、連れ去られて、しまった……! 恐らく……オーロッソ、砦に……至急……応援……を…………」
そう言い残して、騎士は事切れた。たどたどしい内容の遺言だったけど、内容は理解できる。
恐らく、要人の移動警護中にゾンビに襲撃されて、その要人を誘拐されてしまった。本部にその事を伝えて応援を出してくれ……そう言いたかったんだろう。
(オーロッソ砦っていうのは、この近くにあるやつだ)
エルドラド王国は数百年前に大規模な内乱があって、その時に建てられた砦が、ここからほど近い森の傍に残っている。
となれば話は早い。ダッシュで聖騎士団本部まで行って、事の次第を伝えればいいだけだ。
(……そのはずなんだけど……)
何でだろう……猛烈に嫌な予感がする。
確たる根拠があるわけじゃない。思い出しきれない原作知識が私をそうさせるのか、素直に聖騎士団本部に直行することに躊躇いが生じているのだ。
そもそも、悠長に報告しに行って間に合うのかって話だ。聖騎士団の本部まで状況を伝えに行って、応援が出されるまで時間が掛る。その間、誘拐された人が無事である保証がどこにもない。
(じゃあ私が1人で助けに向かう?)
確かにそれが最速だろう……目的を達成出来るかどうかを度外視すれば。
要人を誘拐した目的は理解できないけど、相手は事前情報一切なしの、ゾンビ退治のエキスパートである聖騎士団すら勝てなかった敵だ。そんな奴を相手に私1人で勝てる算段なんて立てられないし、そこまでしてやる義理もない。
私には私の目標と人生がある。それを見ず知らずの誰かの為に分の悪い賭けのチップにしてやる道理がどこにあるのか。
(自分の身の安全を優先して、素直に聖騎士団に任せる……それが賢い選択のはずだ)
むしろそうするべきである。一般人の子供が嘴を突っ込むようなことじゃないと理解している。
……理解した上で、私は痛烈な舌打ちをしてから走り出した。
――――――――――
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