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プロローグ(前)
第三話
しおりを挟むこの国……もっと言えば、この大陸では男尊女卑思想が常識として蔓延っている。
だから性差で簡単に差別されるし、女だからと足元を見られる。お上がどうこうしようとしても簡単には改善できない。これが私が暮らしている国とは全く無関係の出来事ならどうとも思わないけど、そんなIFの話に意味なんかない。
他の国に当てなんてなく、この国で暮らしていく以上、私はどこまでいっても当事者なのだ。
(それでも、私の立身出世は法律と制度で認められている)
となれば、私が目指すべき場所は一つ……エルドラド王国における魔術師の最高位、宮廷魔導士しかない。
それも工房長みたいな生産力で成り上るんじゃなく、ただ純粋な戦闘力……すなわち、私こそがこの国最強の魔術師となって、王家に私には価値があるのだと示すのだ。
そしていざ宮廷魔導士になれば私は公爵相当の地位が約束されるから国王陛下以外から見下される謂れはなくなるし、もし私に対して無礼を働くようなら遠慮なく罰することもできる。
(性差や身分でマウントを取ってくる奴には更に高位の身分でマウントを取り、暴力で屈服させようとする奴には更なる暴力で捻じ伏せる……まさに私が目指すべき理想そのものだ……!)
物騒なこの時代を切り開くための純然たる暴力。王家以外の何者にも憚る事のない権力。宮仕えの中でも最高峰の待遇によって得られる財力……この三つの力を手にすることこそが、私がこの世界で身を立てる最適解だと確信している。
というか、それ以外の選択肢がない。何の力もないままでいれば足元みられて食い物にされ、結婚しても夫となる男の所有物扱い、よしんば権力と財力を手にしても暴力で捻じ伏せられてしまう……前世でも昔はそんな感じだったと聞くけど、私はそんな世の中で腐りながら生きたくない。
(そりゃ大人しく待ってれば、いつかは王家が色々変えてくれるかもだけど……そんな確証の無い話を信じて黙って耐え続けるほど、私は殊勝じゃないし)
安易に他人に頼るんじゃなくて、まず自分から行動してみるというのが私の信条である。
富も権力も興味ない、自由気ままに過ごしたいなんて言う人もいるけど、人生を豊かにするには金と権利が必須だ。それを用意しないで自由だけ享受しようなんて、世の中舐めてるとしか思えない。人里から離れて暮らせばいい? サバイバルの過酷さを理解しての発言だろうか?
(宮廷魔導士になるのに魔術師として実力や成果以外に必要になるものはないみたいだしね)
実際、工房長も元々は平民で貴族に色々難癖付けられまくってた時期もあったけど、エルドラド王国の魔道具技術に革新的な発展をもたらしたことで宮廷魔導士になり、今では同格の公爵からもとやかく言われなくなったらしい。
これが前科者とかだったらいざ知らず、こちとら身綺麗な一般人だ。法律と制度が制限を設けていない以上、実力と成果さえ示せば私が宮廷魔導士になることに異議を申し立てることは出来ないはずだ。
(唯一宮廷魔導士を下に見れるのは王家だけだけど、その王家が女の社会進出を推奨しているなら、いざ私が宮廷魔導士になっても粗雑には扱われないでしょ)
ちなみに私の考えを工房長に聞かせた時、「道の果てに待っているものは進んでみなきゃ分からねぇ」と言って、あの人は賛成も反対もしなかった。
まぁ気持ちは分かる。私がしようとしていることは、多分前例がない。結果的にどうなるのかは工房長でも予測できないんだろう。
……ただあの人は、現実がどれだけ困難なものであるのか、目的を現実に変えるにはどうすればいいのか、淡々と教えてくれただけだ。
(……意外だったのは、ファンタジー世界における魔術師の最高位なのに、戦闘特化で宮廷魔導士になれたのは歴代でも5人もいなかったってことか)
少なくも、現役の宮廷魔導士の中で戦闘能力が認められて位が与えられた魔術師は存在しない。言い換えればそれは、周りよりちょっと強いだけでは国益と認められる魔術師にはなれないという事だ。
国が抱えている軍隊の精鋭化も影響しているんだろう。少なくとも、個人で軍隊に匹敵するだけの力を示さなければ話にならない。
(それだけの力を手にするにはまず、私が抱えている問題をクリアーしないと)
私には魔術師として、先天的な欠陥を宿している。それは私の魔力は大気に反応し、すぐに分解・霧散してしまうという事だ。
これは魔術の行使にも大きく影響していて、例えば攻撃魔術を発動しても敵に当たる前に消えてしまうし、結界魔術を発動しても数秒ほどしか維持できないという、魔術師としては致命的な体質だろう。
(これを防ぐ為には、魔力が霧散しないように特別な魔術を使わないといけないんだけど……)
世の中そんなに甘くない。そんな解決策も、新しい問題を浮上させてくる。
人間は生物的な構造の関係上、多数の魔術を同時に発動することが出来ない。人によっては常人よりも1つか2つほど多くの魔術を同時発動出来たりもするんだけど、それでも10には届かないだろう。
(これだけ聞くと「2~3の魔術を同時発動できれば十分じゃね?」って感じだけど、実はそうでもないし)
例えば、炎を放射する単純な魔術。実はこの魔術を発動するには、まず火を発生させる魔術と、それを前方に向かって放射する魔術の、合計2つの魔術を発動して初めて成立する。
(そうなってくると、魔術の同時発動は途端にシビアになってくる。一見すると単一の魔術も、細かく分ければ2つ以上の魔術を同時発動して、ようやく戦闘にも使える魔術になるから)
予め調べて分かったんだけど、私の魔力が霧散しないようにしようとしたら、その為の魔術を複数同時発動しないといけない。そこに戦闘に必須な身体強化魔術と感知魔術まで加わってくるのだ。どうやっても私は普通の魔術師に後れを取ることになる。
(でもこれらの問題を全て解決できる方法がある……!)
それこそが魔道具の力だ。
魔道具は魔力を注ぐだけで魔術と同じ現象を引き起こしている道具だから、厳密に言えば魔術師自体が魔術を発動しているわけじゃない……つまりは、同時発動できる魔術の数を増やせるという事だ。
あらかじめ魔道具に施しておいた術式を戦闘中に変えるなんて出来ないから応用性には欠けるけど、それを踏まえても魔道具がもたらす戦闘時での恩恵は大きい。
(ぶっちゃけ、魔術師の戦闘力は魔道具に依存している部分が大きいって言われてるくらいだし)
とは言っても、これだけでは根本的な解決にはなっていない。互いに魔道具を使って戦う以上、普通にやっても向こうの方に余裕ができるからだ。
そこで私は考えた。ただ魔力を霧散しないようにするんじゃない……魔力の超圧縮し、それを弾丸として放てないかと。
(イメージ的にはバラバラになりそうな魔力を無理矢理押し固める感じにして、それを発射する……いわばファンタジー世界版の拳銃だ)
しかも弾丸の調達をする必要が無い、魔力がある限り撃ち続けることが出来る、夢のある代物。
もしもこれが実現すれば、私にとって最大の武器になり得る……そう確信した私は、早速魔道具を作ってみることにした。
幸いにも、工房長から初歩的な魔道具の作り方を教わっているし、安物だけど自主練用の素材をいくつか与えられている。売りに出せるほどではないけど、設計図の魔道具の原型を作ることくらいはできるのだ。
「……できた……!」
そうして出来上がったのは、木製の小さなバケツに台座を取り付けたような……銃というよりもちょっとした大砲みたいな粗末な魔道具だ。
一応、魔道具の要である術式を台座の内部に刻んでいるから問題なく稼働するはず。まずは物の試しにと魔力を注ぎ込んでみると、バケツからハンドボールくらいの魔力弾が発射され……的として置いておいた薪を真っ二つに圧し折った。
「……え?」
とりあえず撃ち出した魔力弾が霧散しなかった……それは良かったんだけど、思った以上に威力が出ていて、自分でも若干引いている。
薪って言っても人間基準だと相当堅いよ? それを弾き飛ばすくらいなら御の字だと思ってたのに、まさか圧し折ってしまうなんて……。
狙ってやったこととはいえ、子供が扱うには危険な魔道具を作ってしまったのかもしれない。そう考えた私は工房長に判断を仰ぐことにし、魔導具の威力をその目で見てもらう事にした。
「……アルマ、これはお前が考えて術式組んだのか? 1人で?」
「え、えぇ、まぁ。他の攻撃魔道具を参考にはしましたけど、1人で作りました」
圧し折れた2本目の薪を見た工房長の低い声色に、私は思わずドキリとした。
一応、術式は私が自分1人で組み立てて魔道具を作ったけど、着想に関しては前世の知識を応用した部分があって、実は放たれた魔力弾は回転していたのだ。
いわゆるライフリングという奴である。回転の力によって威力、速度、命中率、射程を上げるというもので、それを参考にした術式を魔力圧縮術式とは別に組み込んでみたんだけど、偶然にもそれが上手くいったらしい。
(……危険だから開発禁止とか言われたらどうしよう)
だとすると非常に困る。魔術式の銃の研究は、宮廷魔導士になるために今の私が思い至れる秘策なのだ。
……そんな私の不安を感じ取ったのか、工房長は私の頭を少し乱暴を撫で回してきた。
「んな不安そうな顔すんな。攻撃魔道具なんてどれも危険な代物だ。それを踏まえた上で開発を許した以上、今さら止めろなんて言いやしねぇよ」
その言葉に思わず胸を撫で下ろす……が、工房長は「ただし」と念押ししてきた。
「この魔道具の開発と研究の詳細は俺以外の誰にも教えない事。いいな?」
「うす。分かりました」
その言葉の意味は私には図りかねるけど、魔術式の銃……魔導銃とでも名付けるか……それの研究が許された。
これからもっと高性能な魔導銃を作って、いつか絶対に宮廷魔導士になってやるっ。
―――――――
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