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第九話② 出国

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その日の夕方。
ユール神がヨシュアとディートハルトの記憶を改竄した事により、真理衣はサグドラ国から出て隣国エルトニアの教会で保護して貰える事になった。あの緊迫したやり取りがまるで無かったかのようで、真理衣としては少々不気味であった。

「神パワー怖すぎる」

真理衣の呟きに、悠がふすふすと同意を示す様に鼻を鳴らした。

「悠ちゃん最近お鼻が詰まってるね…大丈夫かな」
「おや、ユウさんは風邪ですかな?向こうの教会に着いたら風邪薬を調合してもらうと良いですよ」
「…そうですね」

ディートハルトの風邪薬、という言葉で真理衣はハッとした。そう言えば予防接種やビタミンK2シロップはどうしたら良いのだろう、と。

「うわー…悠ちゃんの抵抗力が心配…」
「マリーさん、荷馬車の準備ができましたよ?」

うんうん唸っている真理衣に、ヨシュアが声をかける。彼は報告がてら一度エルトニアへ戻る事にした。その時ついでに真理衣を連れて行く事にしたのである。
ヨシュアにディートハルトがこそりと囁く。

「ヨシュア殿、移転陣は使わないので?」
「昔と違って、検問に魔力探知機が備えられる様になったんです…移転陣も察知されて、すぐさま拘束されるらしいです。以前仲間がそれで数人殺られました」
「なんと…昔のサグドラ国なら簡単に出られたんですがなぁ…」

ディートハルトは現役時代の昔を懐かしんだ。

「ま、それは我が国も同様なので、技術がどんどん向上するのは良い事ですよ」
「それもそうですな。では気を付けてお帰り下さい」
「ええ、また」

真理衣の持ち物はリュックのみなので、ひょいと背負うと準備完了である。悠のオムツも替えたばかりなので暫くは問題無い。

「あぁ…オムツも残り少ない…ドラッグストア行きたい…」

真理衣は日本の生活が恋しくて仕方ない。あまり日本の事を考えないようにしていた真理衣だが、つい考えてしまう。
彼女の脳裏に出戻り娘を暖かく迎えてくれた両親の顔が浮かぶ。もっと両親に親孝行したかったなぁ、と彼女は溜め息をついた。二度と会えないなんて死別と同じではないか。

「友達にも何も伝えられなかった…」
「泣くとバレるのでユウちゃんに魔法かけますね。あと魔力封じの腕輪を付けさせて下さい」

ヨシュアは悠に向け防音魔法を使い、その小さな手に腕輪を装着した。悠は腕輪の重みが気に入らないのかモソモソと手を動かす。
悠を取り戻したのに暗い真理衣を、ヨシュアは検問を無事に越えられるか心配しているのだろうと思い、特に触れずに教会の外へと連れ出した。

荷馬車に積まれた大きな箱の中に、膝を曲げた状態で横向きになって寝かされた真理衣は自身の腕を枕に悠も寝かせる。背中に当たる箱の底面が硬くて嫌なのか、悠が手足をバタバタさせ泣き出す。
防音魔法を掛けているとはいえ泣いている姿は可哀想だ、とヨシュアは薄手のクッションを差し出した。

「ちょっと痛そうですねコレ使って下さい」
「ありがとうございます」

ヨシュアに手渡されたクッションの上に悠を乗せると、少しマシになったのか手足を暴れさす事はなくなった。

「検問で荷物を確認される事があるので、申し訳無いんですが上に布を詰めさせて頂きます」
「そうすると…動かない方が良って事ですね」
「ええ。確認中に動かれるとさすがにバレます。検問さえ越えたら直ぐに出してあげられるので」

真理衣は神妙に頷くと、悠が布で圧迫されない様に腕でガードした。

ガタゴトと荷馬車は揺れながら教会から遠ざかっていく。雨は止み石畳には水溜りがあちこちにある。
雲の隙間から太陽の日差しが注いでいた。

これから馬車は、エルトニア国へと向かう。
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