13 / 30
第八話① 再会
しおりを挟む
ナタリーは赤子の世話をするよう命じられた同僚の手伝いをしていた。彼女の同僚は日夜関係なく大泣きする赤子に手を焼き、兄弟がたくさんいるナタリーに助けを求めたのである。たった一日で音をあげた同僚に呆れつつも、兄弟が赤子の時を思い出すのでナタリーは快く手伝った。
同僚が手洗いに行っている間、赤子が起きて泣き始めた。
彼女の背後でギィと音がする。
ナタリーは百合の間の扉が開かれ神官が二人入室して来た事に困惑した。女性神官は手に赤い花を持っている。
「あの…礼拝堂でしたら回廊を右に…」
「いえいえ、僕たちは赤子の泣き声に誘われて来たのです。是非、祝福の祝詞を捧げたく思いまして」
ナタリーの言葉に被せる様にヨシュアが和かに話しかける。ナタリーがオロオロとしているうちに、真理衣は我が子へと近寄った。
ふぎゃふぎゃと泣き続ける悠を、彼女はそっと抱き上げ抱き締める。悠はスリ、とひとつ頬を母の胸に擦り付けた。しかしまだグズグズと機嫌が悪そうにしている。彼女はお腹が空いているのだ。
「え…?貴女…」
赤子を抱き上げた女が真理衣である事に気付いたナタリーは目を見開いた。てっきり真理衣は死んだものと思っていたのだ。それに真理衣はギョッとした。悠以外のものが目に入らなかったのである。ヨシュアの目が細められ、小さな声で彼女を問いただす。
「おや、マリーさんお知り合いで?」
「離宮に監禁されてた時にティーセットを持って来た人です…」
あちゃー、とヨシュアは手を額に当てた。目撃者がいるのは非常に不味い。ヨシュアがどうするか思案しているとナタリーが真理衣に向かって口を開いた。
「赤ちゃんを迎えにいらしたんですね」
「ええ。私の大切な子だから」
「再会できて良かったです…」
真理衣はナタリーと和やかに会話しつつ、相手の出方を伺った。ヨシュアもナタリーが抵抗かつ仲間を呼ぶ可能性を考え、まだ動かないでいた。しかし時間が無い為、ヨシュアは直球で問うことにする。最悪の場合、彼はメイドを排除するつもりでいた。
「貴女はこのまま我々が赤子を連れて行っても良いと?」
「私と同僚が咎を受けない様にして頂ければ構いません。私も同僚も国に忠誠を誓っている訳ではないので」
はっきりと嫌悪を滲ませたナタリーの声に、ヨシュアは何とも言えない心持ちになった。王都の住民そして使用人、これ程までに民衆の支持が落ちているのを放置する意味がヨシュアには分からない。怒りの矛先は必ず王家に向かうというのに、と彼はぶるりと震えた。
ここまで愚かな王族が自国の者で無くてよかった、とヨシュアは心底思う。
悠がいよいよ激しく泣き始めた。母の腕に居るのに未だに乳を貰えないのが不服なのである。真理衣は慌ててあやすが、泣き止む事はない。
「悠ちゃん、お腹空いたのね…まだちょっとオッパイあげられないのよ…ごめんね…」
赤子は泣くのが仕事といえど、いつ近衛兵が嗅ぎつけるかも分からない。ヨシュアはナタリーに念を押す。
「時間もありませんからね…メイドの方、我々が来た事は内密にできますね?」
「勿論です。誰にも申しません」
「ではマリーさん、お子さんに魔法を掛けますよ。あと花をベッドに置いて下さい」
真理衣はヨシュアの言葉に従い赤い花をベビーベッドに置き、悠を抱き直した。
ヨシュアの手から柔らかな青白い光が溢れ、それは流れるように悠に巻きついた。
シャラリシャラリと光の粒が舞う。悠の姿は徐々に先程まで真理衣が持っていた赤い花に変化した。真理衣は我が子を探し視線を彷徨わせる。
「えっ?!悠?!」
慌てて真理衣がベビーベッドを確認すると、そこには悠が眠った状態でいた。真理衣は訳が分からないとヨシュアを見つめる。
「おっと、間違えないで下さいよ。本当の赤ん坊は今マリーさんが持っている花なんですから」
ヨシュアはそんな真理衣の様子に苦笑しつつも注意する。ここで間違っても彼女が花を置いて行ったら、危険を冒して宮殿に侵入した事が無意味になってしまうのだ。
「さて、流石に長居はできません。メイドの方、この花は三日間は赤子の姿をしていますが、それ以降は元に戻ります。貴女の不在証明が出来るように細工して下さい。マリーさん行きましょう」
「はい」
ヨシュアに促され、真理衣は扉へと向かう。そして途中で振り返ってナタリーに頭を深く下げた。
「本当にありがとう」
笑顔を浮かべて二人を見送ったナタリーは、母子にこれから先幸せが訪れるようにと願った。
同僚が手洗いに行っている間、赤子が起きて泣き始めた。
彼女の背後でギィと音がする。
ナタリーは百合の間の扉が開かれ神官が二人入室して来た事に困惑した。女性神官は手に赤い花を持っている。
「あの…礼拝堂でしたら回廊を右に…」
「いえいえ、僕たちは赤子の泣き声に誘われて来たのです。是非、祝福の祝詞を捧げたく思いまして」
ナタリーの言葉に被せる様にヨシュアが和かに話しかける。ナタリーがオロオロとしているうちに、真理衣は我が子へと近寄った。
ふぎゃふぎゃと泣き続ける悠を、彼女はそっと抱き上げ抱き締める。悠はスリ、とひとつ頬を母の胸に擦り付けた。しかしまだグズグズと機嫌が悪そうにしている。彼女はお腹が空いているのだ。
「え…?貴女…」
赤子を抱き上げた女が真理衣である事に気付いたナタリーは目を見開いた。てっきり真理衣は死んだものと思っていたのだ。それに真理衣はギョッとした。悠以外のものが目に入らなかったのである。ヨシュアの目が細められ、小さな声で彼女を問いただす。
「おや、マリーさんお知り合いで?」
「離宮に監禁されてた時にティーセットを持って来た人です…」
あちゃー、とヨシュアは手を額に当てた。目撃者がいるのは非常に不味い。ヨシュアがどうするか思案しているとナタリーが真理衣に向かって口を開いた。
「赤ちゃんを迎えにいらしたんですね」
「ええ。私の大切な子だから」
「再会できて良かったです…」
真理衣はナタリーと和やかに会話しつつ、相手の出方を伺った。ヨシュアもナタリーが抵抗かつ仲間を呼ぶ可能性を考え、まだ動かないでいた。しかし時間が無い為、ヨシュアは直球で問うことにする。最悪の場合、彼はメイドを排除するつもりでいた。
「貴女はこのまま我々が赤子を連れて行っても良いと?」
「私と同僚が咎を受けない様にして頂ければ構いません。私も同僚も国に忠誠を誓っている訳ではないので」
はっきりと嫌悪を滲ませたナタリーの声に、ヨシュアは何とも言えない心持ちになった。王都の住民そして使用人、これ程までに民衆の支持が落ちているのを放置する意味がヨシュアには分からない。怒りの矛先は必ず王家に向かうというのに、と彼はぶるりと震えた。
ここまで愚かな王族が自国の者で無くてよかった、とヨシュアは心底思う。
悠がいよいよ激しく泣き始めた。母の腕に居るのに未だに乳を貰えないのが不服なのである。真理衣は慌ててあやすが、泣き止む事はない。
「悠ちゃん、お腹空いたのね…まだちょっとオッパイあげられないのよ…ごめんね…」
赤子は泣くのが仕事といえど、いつ近衛兵が嗅ぎつけるかも分からない。ヨシュアはナタリーに念を押す。
「時間もありませんからね…メイドの方、我々が来た事は内密にできますね?」
「勿論です。誰にも申しません」
「ではマリーさん、お子さんに魔法を掛けますよ。あと花をベッドに置いて下さい」
真理衣はヨシュアの言葉に従い赤い花をベビーベッドに置き、悠を抱き直した。
ヨシュアの手から柔らかな青白い光が溢れ、それは流れるように悠に巻きついた。
シャラリシャラリと光の粒が舞う。悠の姿は徐々に先程まで真理衣が持っていた赤い花に変化した。真理衣は我が子を探し視線を彷徨わせる。
「えっ?!悠?!」
慌てて真理衣がベビーベッドを確認すると、そこには悠が眠った状態でいた。真理衣は訳が分からないとヨシュアを見つめる。
「おっと、間違えないで下さいよ。本当の赤ん坊は今マリーさんが持っている花なんですから」
ヨシュアはそんな真理衣の様子に苦笑しつつも注意する。ここで間違っても彼女が花を置いて行ったら、危険を冒して宮殿に侵入した事が無意味になってしまうのだ。
「さて、流石に長居はできません。メイドの方、この花は三日間は赤子の姿をしていますが、それ以降は元に戻ります。貴女の不在証明が出来るように細工して下さい。マリーさん行きましょう」
「はい」
ヨシュアに促され、真理衣は扉へと向かう。そして途中で振り返ってナタリーに頭を深く下げた。
「本当にありがとう」
笑顔を浮かべて二人を見送ったナタリーは、母子にこれから先幸せが訪れるようにと願った。
20
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
世界のピンチが救われるまで本能に従ってはいけません!!〜少年聖女と獣人騎士の攻防戦〜
アマンダ
恋愛
「世界を救ってほしい!でも女ってバレないで!!」
え?どういうこと!?オカマな女神からの無茶ぶりに応え、男の子のフリをして―――異世界転移をしたミコト。頼れる愉快な仲間たちと共に世界を救う7つの至宝探しの旅へ…ってなんかお仲間の獣人騎士様がどんどん過保護になっていくのですが!?
“運命の番い”を求めてるんでしょ?ひと目見たらすぐにわかるんでしょ?じゃあ番いじゃない私に構わないで!そんなに優しくしないでください!!
全力で逃げようとする聖女vs本能に従い追いかける騎士の攻防!運命のいたずらに負けることなく世界を救えるのか…!?
運命の番いを探し求めてる獣人騎士様を好きになっちゃった女の子と、番いじゃない&恋愛対象でもないはずの少年に手を出したくて仕方がない!!獣人騎士の、理性と本能の間で揺れ動くハイテンションラブコメディ!!
7/24より、第4章 海の都編 開始です!
他サイト様でも連載しています。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【本編完結】五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!
七海美桜
恋愛
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。
この作品は、小説家になろうにも掲載しています。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
転生したら美醜逆転世界だったので、人生イージーモードです
狼蝶
恋愛
転生したらそこは、美醜が逆転していて顔が良ければ待遇最高の世界だった!?侯爵令嬢と婚約し人生イージーモードじゃんと思っていたら、人生はそれほど甘くはない・・・・?
学校に入ったら、ここはまさかの美醜逆転世界の乙女ゲームの中だということがわかり、さらに自分の婚約者はなんとそのゲームの悪役令嬢で!!!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる