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第二話 サグドラ国
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サグドラ国の宮殿、栄光の間。
その部屋は豪華絢爛の一言に尽きる。王に謁見する際に使用される部屋である為、特に贅を凝らしているのである。
壁面装飾だけでも目に眩しい。真紅の壁紙を縁取るように巡らされた金のレリーフ。廻り縁も柱も全て同じレリーフで彩られている。壁に直接接着された燭台も金色に輝きを放つ。
レリーフに縁取られた天井画と天井自体の凹凸が渾然一体となっており、奥行きと立体感を生み出していた。
三段高くなった場所には椅子が並べられており、王を中心として王族が並んで座っている。近くには王の側近と近衛兵が静かに待機している。
魔力を膨大に保持している人間を召喚するのに、随分な期間を費やした。そうまでして召喚するのにはとある計画があったからだ。
「計画は上手くいくのでしょうか?」
第二王子であるエーギルは、父王アウグスティンに対して疑問をぶつけた。それに答えたのはアウグスティンでは無く兄である王太子エドヴァルドだった。立案者は彼だからである。
「特別な地位の人間が攫われたとなれば、間違いなく戦争に持ち込める。俺の計画に問題なんて無いさ…それに美人だったら側妃にしても良いし」
ボソリと呟かれた後半は誰にも聞かれる事は無かったが、女好きの兄の性格を知っているエーギルはそれに想像がついていたので少々呆れた。アウグスティンは椅子にもたれ掛かり息子たちの会話を黙って聞いている。王妃はそんなアウグスティンに身を寄せてほんのりの笑みを浮かべた。
「しかし兄上、それなら別に国内の令嬢でも宜しいのでは?」
「全く関係のない人間ならば、いくらでも切り捨てられるからな。お前だって自分の婚約者を使いたくはないだろ?」
「…まぁ、そうですね。最終的に殺す事になりそうですし」
召喚した人間を聖女とし高い地位に付かせ、隣国エルトニア国に拐われたように偽装し、それを理由に戦争をしかける。
聖女には契約書に署名させ、サグドラ国に従わせる。破った場合は死を持たらす魔法契約書である。膨大な魔力は武器系統の魔道具に込めさせる計画だ。聖女の魔力が尽きて死ぬまで。
だがそんな杜撰な計画が上手くいくとは思えない。アウグスティンはエルトニア国に侵攻出来さえすれば良いらしく、計画などについては無関心である。王妃に関しては贅沢をする事にしか興味が無い。
エーギルにとって兄は数年早く生まれただけで王太子になった無能な人間であった。エーギルが助言をしなければ、この計画は途中で頓挫するだろう。
エドヴァルドの計画が失敗に終われば、兄は失脚する可能性がある…そうすれば自分が王太子だ、とエーギルはそっとほくそ笑んだ。
入り口に居る騎士と男の声が聞こえてくる。暫くして、書類の束を持った文官が栄光の間へと入って来た。文官は跪き王の言葉を待った。
「何事だ?」
「偉大なる国王陛下にご挨拶申し上げます。一部の領主から嘆願書が届いております」
「嘆願書だと?」
「税の値上げが厳しいそうで、民が潰れてしまうと危惧しているようです」
文官の男は頭を低く下げ、王に書類の束を差し出しす。王の側近が書類を受け取ったが、アウグスティンは書類へ目を向けることも無くそれを魔法で燃やした。文官の男の額に汗が滲む。
王妃はそんなやり取りを見てコロコロと笑う。
「あら、そんな下層民に心を割く必要などありませんのに。一体どこの領主かしらねぇ?」
アウグスティンはそんな王妃にひとつ頷くと文官に向けて言い放つ。
「些末な事で私の時間を割くな。不愉快だ。税を納めぬ者は国民と認めない。身分を落として奴隷とせよ。そう周知しろ」
「う、承りました」
「下がれ」
文官の男はアウグスティンの怒りの矛先が変わる前にと、頭を深く下げそそくさと退室して行った。
この国は腐敗しきっている、聞かれれば即刻処刑されるだろう事を思いながら文官は窓の外をぼんやりと見た。
王都ナタルディアの住民ですら餓死する者が出ているのに王族も、政治に関わる高位貴族も知らぬ存ぜぬを押し通している。彼らは自分たちだけが潤っていれば他は気にならないのだ。
国外に逃げ出したいと願う国民は多い。
しかし6歳になると魔法契約書に署名するという、50年前に定められた法律によりそれは叶わない。無断で国外へ出ると死が訪れる契約である。
署名をしていない年齢の者も、家族が署名している為それが足枷となって結局逃げ出せる者は少ない。
逃げられない民から税を吸い上げるだけ吸い上げているのだ。それにより民の不満はどんどん溜まってゆく一方である。
「聖女とやらも不運な事だ…」
文官は呟くと自分の仕事へと戻って行った。
***
「聖女をお連れ致しました」
真理衣が入室すると、不躾な視線が突き刺さった。
なるほどコイツらが王族か、と真理衣は表情を引き締めた。王族全員が金髪碧眼であり、その冷え冷えとした眼差しさえ抜きにすれば美形である。
彼女はいかにして家へ返してもらうかを懸命に考えているが一向に良い案が浮かばない。
「その女が聖女なのか?」
エドヴァルドの明らかに落胆した声にエーギルは内心腹を抱えて笑った。彼らの目の前の女は異国人の風貌が珍しいものの特筆すべき美しさの無い平凡な女であったのだ。更には腕に赤子を抱いている。おまけに王族を敬う気配は皆無である。
「水盤を持ってこい」
召喚した理由も話さず、アウグスティンは鷹揚に側近に命じる。それに真理衣は確信した。やはりここにはまともな人間は居ないのだと。
「こちらに手を入れて下さい」
イェオリが真理衣に水がたっぷりと入った水盤を差し出す。レリーフが施された銀の水盤に入っている水がキラキラと細かな輝きを纏っている。
彼女は悠を片腕に抱え直すと、恐る恐る水盤へと手を浸した。
何も起こらない。
「イェオリ!どう言う事だ!魔力が無いなんてあり得ない!」
エドヴァルドがガタンと音を立て椅子から立ち上がり声を荒げた。これでは計画が台無しになってしまうと、彼は苛立ちを隠さず真理衣を睨みつけた。
イェオリが宥める様に口を開く。
「お待ちください王太子殿下。赤子の方も試してみましょう。さぁ、赤子の手を浸せ」
魔力が無いと分かるやいなや真理衣に対するイェオリの言葉遣いが粗雑なものになった。嫌な予感がして、真理衣は震える手で悠の柔らかく小さな手を水に浸した。
水盤を中心に、広間は眩い光で照らされる。
「おおっ」
「これはこれは…」
「凄い魔力量と見えますな」
悠の手を引っ込めた真理衣の心臓はバクバクと嫌な音を立てている。間違いなく厄介な事になった。これ以上無い程最悪な事に、悠が聖女とやらに仕立て上げられる…と真理衣は震える腕で我が子を抱きしめた。
「兄上、どうするのです?」
「この魔力量だ。予定通りで良いだろう…むしろ赤子の方が都合が良いかもしれん。女の方は契約書に署名させろ。イェオリ、持ってこい」
真理衣の目の前に契約書が差し出された。思わず後ずさった彼女に無理やりペンを持たせたイェオリはこう囁いた。
「今ここで死にたくなきゃ、大人しく署名する事だ」
真理衣は契約書に目を落とす。しかし見たこともない文字で書かれているため読む事は不可能だった。言葉は分かるのに…と真理衣は途方に暮れる。
「これ、何て書いてあるのよ…?」
彼女はイェオリに訊ねるも、答えは返ってこない。真理衣はふと思いついた。わざわざ馬鹿正直に本名を書く必要は無いのでは、と。
サラサラと契約書に書き始めた真理衣をエドヴァルドもイェオリも疑わなかった。エドヴァルドは王太子である自身を欺く者が今まで誰一人いない世界で生きて来た。故に詰めが甘かったのである。イェオリに関しては脅されている状況下で、何も出来やしないと馬鹿にしていたからである。
彼女の名を聞きもせず、日本語で書かれた文字を誰一人読む事など出来ない。彼女が署名させられた物は、例の魔法契約書だったが、真名を書かなければ意味を成さない類のものであった。どんな物にも抜け道はある。
咄嗟に思いついた真理衣の行動、王太子の詰めの甘さと傲慢さ、そして王の無関心さが彼女を救う事となった。
因みに書かれた偽名は、夫の不倫相手の名前である。
「ふん、では赤子は百合の間にでも放り込んでおけ。女は離宮で良いだろう。父上、それで宜しいですか?」
「計画さえ狂わなければ、構わん」
「そこはご安心下さい…連れて行け!」
エドヴァルドに命じられた近衛兵が歩み出て、真理衣の腕から悠を取り上げた。悠が激しく泣き始める。
「やめて!!悠を返して!!!」
暴れる真理衣を冷たく見据えたエドヴァルドは顎を軽く上げ、嘲笑った。
「精々大人しくしていろ」
扉が閉じ、真理衣と悠の姿が消えると王妃がエドヴァルドに向け口を開いた。
「ねぇ、エドヴァルド。母親を生かしておく必要は無いのではなくって?何処の馬の骨とも知れぬ者を離宮とはいえ宮殿内に置いて欲しくないわ」
「それもそうですね。では処分致します」
「是非そうしてちょうだい」
王妃はそう言い残すと、アウグスティンと腕を組んで栄光の間から退室して行った。
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魔力を膨大に保持している人間を召喚するのに、随分な期間を費やした。そうまでして召喚するのにはとある計画があったからだ。
「計画は上手くいくのでしょうか?」
第二王子であるエーギルは、父王アウグスティンに対して疑問をぶつけた。それに答えたのはアウグスティンでは無く兄である王太子エドヴァルドだった。立案者は彼だからである。
「特別な地位の人間が攫われたとなれば、間違いなく戦争に持ち込める。俺の計画に問題なんて無いさ…それに美人だったら側妃にしても良いし」
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入り口に居る騎士と男の声が聞こえてくる。暫くして、書類の束を持った文官が栄光の間へと入って来た。文官は跪き王の言葉を待った。
「何事だ?」
「偉大なる国王陛下にご挨拶申し上げます。一部の領主から嘆願書が届いております」
「嘆願書だと?」
「税の値上げが厳しいそうで、民が潰れてしまうと危惧しているようです」
文官の男は頭を低く下げ、王に書類の束を差し出しす。王の側近が書類を受け取ったが、アウグスティンは書類へ目を向けることも無くそれを魔法で燃やした。文官の男の額に汗が滲む。
王妃はそんなやり取りを見てコロコロと笑う。
「あら、そんな下層民に心を割く必要などありませんのに。一体どこの領主かしらねぇ?」
アウグスティンはそんな王妃にひとつ頷くと文官に向けて言い放つ。
「些末な事で私の時間を割くな。不愉快だ。税を納めぬ者は国民と認めない。身分を落として奴隷とせよ。そう周知しろ」
「う、承りました」
「下がれ」
文官の男はアウグスティンの怒りの矛先が変わる前にと、頭を深く下げそそくさと退室して行った。
この国は腐敗しきっている、聞かれれば即刻処刑されるだろう事を思いながら文官は窓の外をぼんやりと見た。
王都ナタルディアの住民ですら餓死する者が出ているのに王族も、政治に関わる高位貴族も知らぬ存ぜぬを押し通している。彼らは自分たちだけが潤っていれば他は気にならないのだ。
国外に逃げ出したいと願う国民は多い。
しかし6歳になると魔法契約書に署名するという、50年前に定められた法律によりそれは叶わない。無断で国外へ出ると死が訪れる契約である。
署名をしていない年齢の者も、家族が署名している為それが足枷となって結局逃げ出せる者は少ない。
逃げられない民から税を吸い上げるだけ吸い上げているのだ。それにより民の不満はどんどん溜まってゆく一方である。
「聖女とやらも不運な事だ…」
文官は呟くと自分の仕事へと戻って行った。
***
「聖女をお連れ致しました」
真理衣が入室すると、不躾な視線が突き刺さった。
なるほどコイツらが王族か、と真理衣は表情を引き締めた。王族全員が金髪碧眼であり、その冷え冷えとした眼差しさえ抜きにすれば美形である。
彼女はいかにして家へ返してもらうかを懸命に考えているが一向に良い案が浮かばない。
「その女が聖女なのか?」
エドヴァルドの明らかに落胆した声にエーギルは内心腹を抱えて笑った。彼らの目の前の女は異国人の風貌が珍しいものの特筆すべき美しさの無い平凡な女であったのだ。更には腕に赤子を抱いている。おまけに王族を敬う気配は皆無である。
「水盤を持ってこい」
召喚した理由も話さず、アウグスティンは鷹揚に側近に命じる。それに真理衣は確信した。やはりここにはまともな人間は居ないのだと。
「こちらに手を入れて下さい」
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何も起こらない。
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エドヴァルドがガタンと音を立て椅子から立ち上がり声を荒げた。これでは計画が台無しになってしまうと、彼は苛立ちを隠さず真理衣を睨みつけた。
イェオリが宥める様に口を開く。
「お待ちください王太子殿下。赤子の方も試してみましょう。さぁ、赤子の手を浸せ」
魔力が無いと分かるやいなや真理衣に対するイェオリの言葉遣いが粗雑なものになった。嫌な予感がして、真理衣は震える手で悠の柔らかく小さな手を水に浸した。
水盤を中心に、広間は眩い光で照らされる。
「おおっ」
「これはこれは…」
「凄い魔力量と見えますな」
悠の手を引っ込めた真理衣の心臓はバクバクと嫌な音を立てている。間違いなく厄介な事になった。これ以上無い程最悪な事に、悠が聖女とやらに仕立て上げられる…と真理衣は震える腕で我が子を抱きしめた。
「兄上、どうするのです?」
「この魔力量だ。予定通りで良いだろう…むしろ赤子の方が都合が良いかもしれん。女の方は契約書に署名させろ。イェオリ、持ってこい」
真理衣の目の前に契約書が差し出された。思わず後ずさった彼女に無理やりペンを持たせたイェオリはこう囁いた。
「今ここで死にたくなきゃ、大人しく署名する事だ」
真理衣は契約書に目を落とす。しかし見たこともない文字で書かれているため読む事は不可能だった。言葉は分かるのに…と真理衣は途方に暮れる。
「これ、何て書いてあるのよ…?」
彼女はイェオリに訊ねるも、答えは返ってこない。真理衣はふと思いついた。わざわざ馬鹿正直に本名を書く必要は無いのでは、と。
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彼女の名を聞きもせず、日本語で書かれた文字を誰一人読む事など出来ない。彼女が署名させられた物は、例の魔法契約書だったが、真名を書かなければ意味を成さない類のものであった。どんな物にも抜け道はある。
咄嗟に思いついた真理衣の行動、王太子の詰めの甘さと傲慢さ、そして王の無関心さが彼女を救う事となった。
因みに書かれた偽名は、夫の不倫相手の名前である。
「ふん、では赤子は百合の間にでも放り込んでおけ。女は離宮で良いだろう。父上、それで宜しいですか?」
「計画さえ狂わなければ、構わん」
「そこはご安心下さい…連れて行け!」
エドヴァルドに命じられた近衛兵が歩み出て、真理衣の腕から悠を取り上げた。悠が激しく泣き始める。
「やめて!!悠を返して!!!」
暴れる真理衣を冷たく見据えたエドヴァルドは顎を軽く上げ、嘲笑った。
「精々大人しくしていろ」
扉が閉じ、真理衣と悠の姿が消えると王妃がエドヴァルドに向け口を開いた。
「ねぇ、エドヴァルド。母親を生かしておく必要は無いのではなくって?何処の馬の骨とも知れぬ者を離宮とはいえ宮殿内に置いて欲しくないわ」
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