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第30話 貴族の屋敷
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宮殿と庁舎が藍色の中に白く浮き上がり、家屋から漏れる淡い光が地上を彩る。日本とは異なる夜景に目を奪われる。夜の涼しい風が頬を撫でた。
自分が未だにサージェに抱きついていることを思い出し恥ずかしくなった。慌てて離れようとするが彼の腕ががっちり腰に固定されていた為身動きできずに終わる。
「あの、恥ずかしいので、少し離れたいのですが」
「離すと落ちるぞ」
提案を却下されてしまった。仕方がないこうなれば思う存分堪能しようと考え、意外と厚みのある固い胸元にこっそりと顔を埋めてみる。息を吸い込むと、ふわりと良い香りがした。
サージェを窺い見れば、片手で顔を覆っていた。やはり嗅ぐのは変態じみていただろうか。
まずい、嫌われるだろうか。無かったことにして、そろりと夜景に視線を戻した。
地上にいた男たちの声が徐々に聞こえなくなり、ほっとする。
これでもう安心だろうか。今後も帰り道は気を付けねばなるまい。
「行ったようだな、下に降りるぞ」
「はい、お願いします」
再び抱きかかえられ、浮遊感が襲う。このお腹の中が妙にそわそわする感覚が苦手なのだ。
屋根の上に立ったときよりも、やや大きめの衝撃が伝わってくる。
地上に降りたのだろう。目を開けると、表通りに立っていた。
人通りはまばらで、誰も私たちが下りてきたことに気づいていない様子だった。
恐らく周りが暗いためだろう。
サージェの腕がゆっくりと離れ、少し肌寒く感じる。
「また見つかる前に行くぞ」
「はい」
二人並んで夜道を歩く。ゆっくりと歩いてくれるお陰で、早足にならず歩きやすい。
全然"氷の魔王"では無いではないか。こんなにも優しいのだ。
淡い家屋の光にほんのりと浮かぶ彼の横顔に見惚れた。
「リツ、次の休みに予定はあるか?」
「いいえ、特にはありません」
「正午に家まで迎えに行く」
「え、迎え?待ち合わせではなく?」
「心配だからな、絡まれ防止だ」
楽しみだ、と笑う彼にそのまま言いくるめられた。
開け放たれた扉の前に、パルマとアラムが立っている。
逆光で顔は見えないが心配させてしまったのだろう。
アラムが走ってきて私に抱き着いた。
ぎゅうぎゅうと絞めあげられて内臓が潰れやしないか若干不安になった。
「リツ!遅いから心配したんだよ!」
「心配させてごめんね、サージェ様に助けて頂いたの」
パルマがうっすら涙を浮かべている。
「サージェ様、リツを送って頂きありがとうございました」
パルマが頭を深く下げるのに対し、サージェが微笑みかける。
「いえ、私が送りたかっただけです。頭をお上げください」
サージェが私に向き直る。
「また会いに行く」
一礼して去っていくサージェは誰が見ても文句なしに格好良かった。
二人は食事をせずに待っていてくれたようだった。心配をかけた上に、待たせてしまい申し訳なく思う。帰り道にあった出来事を話す。
「サージェ様には本当に感謝しなければね」
「いつもの兄ちゃんが休みだったのか、でもリツが無事で良かった!」
本当に、感謝してもしきれないほどの恩がある。
「ご心配おかけしました」
「あなたが無事なら良いのよ」
ゆらりと揺れるランプを背景に微笑むパルマの輪郭が光って見え、その姿は聖母のごとく神々しく見えた。慈悲の塊のような人。
三人で食事を囲む。冷めてしまっているのにそれはどれも美味しく感じた。
眩しく感じ目が覚める。どうやら窓から白い光が差し込んでそれが瞼に当たったようである。
窓に顔を近づけ上を見上げた。
空一面に薄灰色の雲が覆っており、景色がいつもよりも白みを帯びて見える。
雨が降りそうな不安げな空模様だ。窓をそっと開けると湿潤な空気が流れ込んでくる。
アグダンは通常乾燥した気候の為、雨具が充実していない。折りたたみ傘が恋しくなった。
雨よけに厚みのあるストールを用意した方が良いだろうか。
本日は、サージェの家へ招かれる日である。
正午に迎えに来ると言われたが、雲がかかり太陽が見えない。
時間が分からずそわそわと落ち着かない。早めに支度を済ませたほうが無難だろう。
今日はミントグリーン色の被服を着ていくと決めてある。白い光を受け銀糸の刺繍が細かく輝いている。
上品な印象なので、貴族の屋敷へ招かれる格好としても問題ないとパルマからのお墨付きだ。
マナーなどが不安で、彼女から色々聞いたが普段通りで問題ないらしい。
パルマやアラムの食べ方を見様見真似していた為に、自然と食事マナーは身についていたらしい。
言葉遣いも敬語でさえ喋っていれば良いとの事だ。
それでも不安は拭えない。
薄っすらと丁寧に化粧を施し、唇に紅をほんのりとのせる。
「おはよう、リツ。今日はいよいよね」
「おはようパルマ。心臓が飛び出そうなの」
私の言葉にパルマはくすくすと可憐に笑い、櫛を手にした。
「緊張しないおまじないを掛けてあげるわ」
パルマの手が優しく髪を取り、櫛を通す。
流れるようにパルマの指が髪をすくい上げていく。
地肌に触れる彼女の指がくすぐったく微かに笑みをこぼす。
あっという間に、ふんわりとしたハーフアップが完成した。
「髪飾りはサージェ様に贈ってもらいなさいな」
いたずらを思いついたような笑顔で笑うパルマに苦笑する。
これ以上何かを貰ったら色々と返しきれない。
身支度が終わったので、パルマや起きてきたアラムと共に話に花を咲かせていると、扉をノックする音が聞こえた。緊張で顔が強張るのが分かる。正午にはまだ早い気もするが彼だろう。
立ち上がろうと腰を浮かせるが、パルマから制されそのまま座った。
「どなたかしら?」
「サージェ・アル=イルハームです。リツ嬢を迎えに参りました」
低い心地の良い声は間違いなくサージェであろう。
パルマが扉を開けると、思った通り彼がそこに立っていた。
藍色の長い被服を纏い、首元から裾にかけて銀糸で細かな刺繍が施されている。
銀糸がお揃いのようで少し嬉しくなってしまった。我ながら単純な脳細胞だと思う。
パルマが脇に退き、手で私の方を示した。サージェと視線が絡む。
立ち上がり彼へ歩み寄る。
差し出された手に、恐る恐る自分の手を重ねた。
「じゃあリツ、楽しんできてね」
「はい、行ってきます」
手を振るパルマとアラムに微笑み、背を向ける。
繋がれた手は冷たく、それが何とも心地よかった。
「本当は鳥車で迎えに来る予定だったのだが、イデアに止められてな」
「ちょうしゃ?」
鳥車とは馬ではなく鳥に引かせる乗り物らしい。最近貴族の間で流行っているのだとか。
そして彼はイデアとどんな会話をしたのだろうか。少々気になった。
「面白そうだと思ったのだが残念だ」
個人的に見てみたい気もするが、目立ちそうなので助言したイデアに心の中で感謝した。
「一緒に歩くの、好きですよ」
手を繋げるし、という言葉は飲み込む。
微笑むサージェの雰囲気はとてつもなく色気があり、背中がぞわぞわとむず痒くなった。
市場を通り抜け、広場へ出る。天気が今一つな為か、珍しく人通りはまばらだ。それともまだ時間が早いのだろうか。朝見たときよりも暗くなった空を見上げる。風に雨の匂いが混じりこんでいるようだ。
これは本当に降ってきそうな予感がする。
広場はそれぞれ東、西、北へと広い道が繋がっている。南には大きな門があり宮殿の敷地が広がっていた。私が住む家は西側にあり、庶民たちの暮らす区域である。アブダッドのカフワは広場に近い西の通りにある。東は貴族や豪商たちの住む高級住宅街だ。北の道は店が立ち並んでおり、遠くには海が見える。サージェはルフの彫刻の前を通り過ぎ、東へ向かっている。
東の道へ入ると雰囲気ががらりと変わり、賑やかさは消え静かな雰囲気が広がっていた。
石畳は美しく磨かれ、顔が映りこみそうなほど艶々している。
まだ点灯していないが街灯まであり、きっと夜でもそこまで暗くないのであろう。
土壁でできている家屋はなくなり、滑らかな白い石造りの建物が増えた。
奥に向かうにつれどんどん大きな建物が増える。イスラーム建築を連想するドーム型の屋根が立ち並ぶ様はとても美しい。
手を引かれ大通りよりも狭い道へ曲がる。奥に白く輝く屋敷が見えた。
「あそこが私の家だ」
予想していた以上に大きい建物に、私の目は死んだ魚のようになっているに違いない。
大きさは、銀座四丁目の交差点に面している時計が有名なあの建物くらいは余裕で超えるであろう。
彼一人で住んでいるとは思えない程の大きさだ。
頑丈そうな鉄製の門の両側には、制服を着た体格の良い男たちが二人立っている。門番だろう。
門を通り過ぎると、真っ白な長方形の建物の上にドーム状の屋根が手前と奥に二つあるのが見える。
緑色と金色がブルーの屋根を縁取り、うっすらとした太陽光の元でも美しく輝いている。建物を挟むようにミナレットのような塔が二つ立っている。
敷地内の地面には全て翡翠色と白のマーブル状の石が使われており、滑らかな光沢があった。
「私場違いでは、ありませんか?」
荘厳な建物を目の前にし怖気づく私の背中をサージェが支える。
いやこれは支えるというよりも、逃げないように押えられているのだろうか。
生き生きとした笑顔が何だか怖く見える。
「古くからある建物というだけだ、問題ない」
サージェの腕が背中に回り、右手はしっかりと掴まれている。逃げ場がない事を悟った。
尖頭アーチ状の入り口を潜り抜けると中庭が見えた。中庭の真ん中には小さなルフの彫刻像が置いてある。
中庭を中心として東西南北にイーワーンがそれぞれ配置されていた。イーワーンとは片面が完全に開き、三方が壁で囲まれた天井がアーチ状となっている開放的な空間である。よくイスラーム建築に見られる様式だが、この国は本当によく似ている。
中庭を囲う回廊はカーテンで仕切られている部分もあるようだ。
壁は緑とブルーのタイルで彩られており、床はいつの間にか真っ白な光沢のある石に変わっていた。
使用人らしき人たちが三人並び迎えられる。
「お帰りなさいませ」
「お部屋の準備は整っております」
「お嬢様、肩掛けをお預かりいたします」
もはやどこに驚けば良いのか分からなくなってくる。私はこっそりとため息をつき現実逃避をはじめた。
自分が未だにサージェに抱きついていることを思い出し恥ずかしくなった。慌てて離れようとするが彼の腕ががっちり腰に固定されていた為身動きできずに終わる。
「あの、恥ずかしいので、少し離れたいのですが」
「離すと落ちるぞ」
提案を却下されてしまった。仕方がないこうなれば思う存分堪能しようと考え、意外と厚みのある固い胸元にこっそりと顔を埋めてみる。息を吸い込むと、ふわりと良い香りがした。
サージェを窺い見れば、片手で顔を覆っていた。やはり嗅ぐのは変態じみていただろうか。
まずい、嫌われるだろうか。無かったことにして、そろりと夜景に視線を戻した。
地上にいた男たちの声が徐々に聞こえなくなり、ほっとする。
これでもう安心だろうか。今後も帰り道は気を付けねばなるまい。
「行ったようだな、下に降りるぞ」
「はい、お願いします」
再び抱きかかえられ、浮遊感が襲う。このお腹の中が妙にそわそわする感覚が苦手なのだ。
屋根の上に立ったときよりも、やや大きめの衝撃が伝わってくる。
地上に降りたのだろう。目を開けると、表通りに立っていた。
人通りはまばらで、誰も私たちが下りてきたことに気づいていない様子だった。
恐らく周りが暗いためだろう。
サージェの腕がゆっくりと離れ、少し肌寒く感じる。
「また見つかる前に行くぞ」
「はい」
二人並んで夜道を歩く。ゆっくりと歩いてくれるお陰で、早足にならず歩きやすい。
全然"氷の魔王"では無いではないか。こんなにも優しいのだ。
淡い家屋の光にほんのりと浮かぶ彼の横顔に見惚れた。
「リツ、次の休みに予定はあるか?」
「いいえ、特にはありません」
「正午に家まで迎えに行く」
「え、迎え?待ち合わせではなく?」
「心配だからな、絡まれ防止だ」
楽しみだ、と笑う彼にそのまま言いくるめられた。
開け放たれた扉の前に、パルマとアラムが立っている。
逆光で顔は見えないが心配させてしまったのだろう。
アラムが走ってきて私に抱き着いた。
ぎゅうぎゅうと絞めあげられて内臓が潰れやしないか若干不安になった。
「リツ!遅いから心配したんだよ!」
「心配させてごめんね、サージェ様に助けて頂いたの」
パルマがうっすら涙を浮かべている。
「サージェ様、リツを送って頂きありがとうございました」
パルマが頭を深く下げるのに対し、サージェが微笑みかける。
「いえ、私が送りたかっただけです。頭をお上げください」
サージェが私に向き直る。
「また会いに行く」
一礼して去っていくサージェは誰が見ても文句なしに格好良かった。
二人は食事をせずに待っていてくれたようだった。心配をかけた上に、待たせてしまい申し訳なく思う。帰り道にあった出来事を話す。
「サージェ様には本当に感謝しなければね」
「いつもの兄ちゃんが休みだったのか、でもリツが無事で良かった!」
本当に、感謝してもしきれないほどの恩がある。
「ご心配おかけしました」
「あなたが無事なら良いのよ」
ゆらりと揺れるランプを背景に微笑むパルマの輪郭が光って見え、その姿は聖母のごとく神々しく見えた。慈悲の塊のような人。
三人で食事を囲む。冷めてしまっているのにそれはどれも美味しく感じた。
眩しく感じ目が覚める。どうやら窓から白い光が差し込んでそれが瞼に当たったようである。
窓に顔を近づけ上を見上げた。
空一面に薄灰色の雲が覆っており、景色がいつもよりも白みを帯びて見える。
雨が降りそうな不安げな空模様だ。窓をそっと開けると湿潤な空気が流れ込んでくる。
アグダンは通常乾燥した気候の為、雨具が充実していない。折りたたみ傘が恋しくなった。
雨よけに厚みのあるストールを用意した方が良いだろうか。
本日は、サージェの家へ招かれる日である。
正午に迎えに来ると言われたが、雲がかかり太陽が見えない。
時間が分からずそわそわと落ち着かない。早めに支度を済ませたほうが無難だろう。
今日はミントグリーン色の被服を着ていくと決めてある。白い光を受け銀糸の刺繍が細かく輝いている。
上品な印象なので、貴族の屋敷へ招かれる格好としても問題ないとパルマからのお墨付きだ。
マナーなどが不安で、彼女から色々聞いたが普段通りで問題ないらしい。
パルマやアラムの食べ方を見様見真似していた為に、自然と食事マナーは身についていたらしい。
言葉遣いも敬語でさえ喋っていれば良いとの事だ。
それでも不安は拭えない。
薄っすらと丁寧に化粧を施し、唇に紅をほんのりとのせる。
「おはよう、リツ。今日はいよいよね」
「おはようパルマ。心臓が飛び出そうなの」
私の言葉にパルマはくすくすと可憐に笑い、櫛を手にした。
「緊張しないおまじないを掛けてあげるわ」
パルマの手が優しく髪を取り、櫛を通す。
流れるようにパルマの指が髪をすくい上げていく。
地肌に触れる彼女の指がくすぐったく微かに笑みをこぼす。
あっという間に、ふんわりとしたハーフアップが完成した。
「髪飾りはサージェ様に贈ってもらいなさいな」
いたずらを思いついたような笑顔で笑うパルマに苦笑する。
これ以上何かを貰ったら色々と返しきれない。
身支度が終わったので、パルマや起きてきたアラムと共に話に花を咲かせていると、扉をノックする音が聞こえた。緊張で顔が強張るのが分かる。正午にはまだ早い気もするが彼だろう。
立ち上がろうと腰を浮かせるが、パルマから制されそのまま座った。
「どなたかしら?」
「サージェ・アル=イルハームです。リツ嬢を迎えに参りました」
低い心地の良い声は間違いなくサージェであろう。
パルマが扉を開けると、思った通り彼がそこに立っていた。
藍色の長い被服を纏い、首元から裾にかけて銀糸で細かな刺繍が施されている。
銀糸がお揃いのようで少し嬉しくなってしまった。我ながら単純な脳細胞だと思う。
パルマが脇に退き、手で私の方を示した。サージェと視線が絡む。
立ち上がり彼へ歩み寄る。
差し出された手に、恐る恐る自分の手を重ねた。
「じゃあリツ、楽しんできてね」
「はい、行ってきます」
手を振るパルマとアラムに微笑み、背を向ける。
繋がれた手は冷たく、それが何とも心地よかった。
「本当は鳥車で迎えに来る予定だったのだが、イデアに止められてな」
「ちょうしゃ?」
鳥車とは馬ではなく鳥に引かせる乗り物らしい。最近貴族の間で流行っているのだとか。
そして彼はイデアとどんな会話をしたのだろうか。少々気になった。
「面白そうだと思ったのだが残念だ」
個人的に見てみたい気もするが、目立ちそうなので助言したイデアに心の中で感謝した。
「一緒に歩くの、好きですよ」
手を繋げるし、という言葉は飲み込む。
微笑むサージェの雰囲気はとてつもなく色気があり、背中がぞわぞわとむず痒くなった。
市場を通り抜け、広場へ出る。天気が今一つな為か、珍しく人通りはまばらだ。それともまだ時間が早いのだろうか。朝見たときよりも暗くなった空を見上げる。風に雨の匂いが混じりこんでいるようだ。
これは本当に降ってきそうな予感がする。
広場はそれぞれ東、西、北へと広い道が繋がっている。南には大きな門があり宮殿の敷地が広がっていた。私が住む家は西側にあり、庶民たちの暮らす区域である。アブダッドのカフワは広場に近い西の通りにある。東は貴族や豪商たちの住む高級住宅街だ。北の道は店が立ち並んでおり、遠くには海が見える。サージェはルフの彫刻の前を通り過ぎ、東へ向かっている。
東の道へ入ると雰囲気ががらりと変わり、賑やかさは消え静かな雰囲気が広がっていた。
石畳は美しく磨かれ、顔が映りこみそうなほど艶々している。
まだ点灯していないが街灯まであり、きっと夜でもそこまで暗くないのであろう。
土壁でできている家屋はなくなり、滑らかな白い石造りの建物が増えた。
奥に向かうにつれどんどん大きな建物が増える。イスラーム建築を連想するドーム型の屋根が立ち並ぶ様はとても美しい。
手を引かれ大通りよりも狭い道へ曲がる。奥に白く輝く屋敷が見えた。
「あそこが私の家だ」
予想していた以上に大きい建物に、私の目は死んだ魚のようになっているに違いない。
大きさは、銀座四丁目の交差点に面している時計が有名なあの建物くらいは余裕で超えるであろう。
彼一人で住んでいるとは思えない程の大きさだ。
頑丈そうな鉄製の門の両側には、制服を着た体格の良い男たちが二人立っている。門番だろう。
門を通り過ぎると、真っ白な長方形の建物の上にドーム状の屋根が手前と奥に二つあるのが見える。
緑色と金色がブルーの屋根を縁取り、うっすらとした太陽光の元でも美しく輝いている。建物を挟むようにミナレットのような塔が二つ立っている。
敷地内の地面には全て翡翠色と白のマーブル状の石が使われており、滑らかな光沢があった。
「私場違いでは、ありませんか?」
荘厳な建物を目の前にし怖気づく私の背中をサージェが支える。
いやこれは支えるというよりも、逃げないように押えられているのだろうか。
生き生きとした笑顔が何だか怖く見える。
「古くからある建物というだけだ、問題ない」
サージェの腕が背中に回り、右手はしっかりと掴まれている。逃げ場がない事を悟った。
尖頭アーチ状の入り口を潜り抜けると中庭が見えた。中庭の真ん中には小さなルフの彫刻像が置いてある。
中庭を中心として東西南北にイーワーンがそれぞれ配置されていた。イーワーンとは片面が完全に開き、三方が壁で囲まれた天井がアーチ状となっている開放的な空間である。よくイスラーム建築に見られる様式だが、この国は本当によく似ている。
中庭を囲う回廊はカーテンで仕切られている部分もあるようだ。
壁は緑とブルーのタイルで彩られており、床はいつの間にか真っ白な光沢のある石に変わっていた。
使用人らしき人たちが三人並び迎えられる。
「お帰りなさいませ」
「お部屋の準備は整っております」
「お嬢様、肩掛けをお預かりいたします」
もはやどこに驚けば良いのか分からなくなってくる。私はこっそりとため息をつき現実逃避をはじめた。
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