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第5話 奴隷船
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臭い。私は異臭を感じ取り目を開けた。
意識がはっきりとするにつれ気持ち悪さを感じる。後頭部に鈍い痛みを感じた。
「うをおぇっ」
何日も洗っていないような体臭、雑巾のような臭い、酸っぱい臭い、様々な臭いが混ざり合っていた。
あまりの臭さに鼻を摘まもうとするが、手首に重みと冷たさを感じそちらに視線を向けた。
手首には金属製の枷がはめられていた。足首にも同じように枷があり、鎖で繋がっている。
呆然と鎖の先を辿ると、壁に接合されていた。
私は息を止めつつ、指で鼻を摘まんだ。
助けを求める相手を完全に間違えた。胸のあたりがヒヤリと冷たくなってくる。
一畳あるか無いかという広さの薄暗い所に私はいた。目の前には頑丈そうな鉄格子。私の荷物は無くなっていた。汚い木製の床には桶が転がっている。背後にあった窓は10㎝角ほどの正方形でガラスは無く、光が差し込んでいる。窓の近くには茶色い引っ掻き傷のような跡が残されていた。血の跡に見えるそれは、誰かが引っ掻いたのだろうかと背中が寒くなる。外を覗くと海の上だった。
どうやら船の中だったらしい。窓に近づくと海風がかすかに頬を撫でた。
鉄格子越しに右を見ると私のほかに拘束されている外国人女性が床に座っていた。
左にもいる。どうやら一人ひとり別に入れられているようだ。足の長さから見て、女性も身長が高そうだ。通路の向かいには子供までいる。向かい側は全員子供のようだった。155㎝の私は子供よりやや大きいくらいのサイズだった。だが、子供側の牢に入れられていないのを見ると大人として認識されたらしい。
全員外国人で古臭いデザインの洋服を着ている。私の恰好だけ異質だ。
「イタイアニンサアカオ!」
「ノルイニコドンサアカオ!」
子供たちが耐え切れなくなった様子で泣き叫び始めた。
私の右隣の牢にいる若い女性が子供たちに何か言う。
「テシニカズシ、ワウャチキガリハミ!」
女性が何を言ったのかは分からないが、子供たちは泣き止まない。
天井から足音が聞こえた。
ガコンと鈍い音が鳴り、階段を下りているような足音が近づいてくる。
通路に大きな男が現れた。私を捕まえた男たちの中にいたような気がする。
牢の中の人間を一人一人睨みつけながら歩いてくる。
子供たちの目の前で止まると男たちは木の棒を鉄格子の間に差し込み子供を叩き始めた。
「ロシニカズシェセルウ!」
何という酷いことを…私は怒りで頭に血が上った。
子供は余計に泣き始める。男は舌打ちすると、子供に向かって何か言う。
「ゾルスニサエノフルトイナラマダ!」
よほど恐ろしい事を言われたのか、子供たちは真っ青な顔になりブルブルと震え始めた。
私は怒りに任せて男を睨みつける。私にできることは何もない、ただ睨むだけである。
男は私の視線に気づいたのかこちらへやって来た。
目の前で立ち止まった男は私の顔をみてニヤリと気味悪く笑った。
背中がムズムズするような気持ち悪さを感じ、後ずさる。
男の太い腕が鉄格子の中に入ってきて私の首を掴む。
「ぐっ」
息が辛うじてできる力加減で絞められた。
真綿で首を絞められているような息苦しさ。
「ナニノタッヤテッガイワカバレケナャジンヒウョシマダメガエマオ」
何を言っているか分からなかったが、男の気持ち悪い視線に恐怖を感じ目を背けた。
男は満足したのか私の首から手を外した。
私は息を吸い込みせき込む。それを横目に男は去っていった。
私は自分の首をさする。危うく窒息死するところだった。
何もできないくせに、睨むんじゃなかったと後悔する。
ため息をはく。
ふと視線を感じて左を見ると、30代半ば程の女性が私を気遣うような表情で話しかけてきた。
金色の髪は緩く波打ち、ブルーの瞳は静かな海を連想させた。綺麗な人だ。
「ヨワイイガウホイナレラケツヲメリマア」
「ごめんなさい、私言葉が分からないんです…」
せっかく話しかけてくれたのに英語すら分からない女で申し訳ない気持ちになる。
女性は驚いたように私の顔をまじまじと見つめた。少々居心地が悪い。
「ネノナコノクコイイオト」
女性はそれ以上話しかけてこず、ぼんやりと鉄格子を眺める事にしたようだった。
久しぶりに人と会話したのに意味が分からないなんて。
私は落ち込んだ。
何もする事が無いが、疲れ切っていた体だけは回復していた。お腹が空いた。窓の外は夕日で赤く染まっている。ご飯は出ないのだろうか。私の予想だと、この扱いは奴隷のように見える。
さすがに死なせる事はないと思いたい。
靴下だけの足を見る。散々歩き回ったせいで土まみれで、穴が開いていた。
それを脱ぎ捨てて、素足になった。あちこち傷だらけで今更痛みを感じてきた。
バッグがあれば替えの靴下があったのに。手元にないのが残念である。
足を優しくさすっていると、ガコンと鈍い音が再び鳴った。
今度は複数の男たちがやってきて、何やら箱を持っている。
子供たちが鉄格子に近づき手を伸ばす。また叩かれたりしないのか心配になる。
心配は杞憂に過ぎなかったようだ。箱の中からは小さな皿が出てきたのだ。
待ちに待った食事である。私の牢にも食事が入れられた。男たちは全員に配り終わると去っていった。
「少なっ」
思わず小さな声で文句を言いたくなるほど少ない。
手のひらに収まるサイズの深めの皿にスープが入っている。
具材はよく分からないが、小さな肉が1つと独特な色の葉野菜が数枚のみ。
葉野菜は紫とオレンジ色のマーブル模様だった。毒じゃないですよね、と確認したい。
大きな極楽鳥といい、ピンク色のリスもどきといい、カラフル過ぎるのだこの世界は。
非常に目に痛い。
だが空腹には耐えられず、恐る恐る葉野菜を口に含み咀嚼してみる。
見た目も独特だが、味も独特だ。春菊のクセをもっと強くしたような味わい。
肉をかじってみると、こちらは味が淡泊なのかよく分からなかった。
スープの味は、塩のみ。一言で表現するならば。
「非常にまずい。葉野菜予想以上、拷問スープだよ」
一言で収まらなかった。日本での食事がいかに素晴らしかったかを実感した。
私がわけの分からない外国語を喋るせいか、右隣の若い女性は微妙な顔で私を見ている。
目が合ったので笑ってみたら、目を逸らされ、傷ついた。
何もする事なく時間だけが過ぎていく。窓の外が暗くなるのと比例して船内は真っ暗になっていく。
船に揺られて2日目。窓の光で朝が来たことを確認する。異臭には慣れてしまった、むしろ鼻が麻痺したと言うべきか。今日も閉じ込められているだけでやることがない。また食事が運ばれて来た。どうやら食事は朝夕2回なのだろう。
ニ食昼寝付きの生活、豚になった気分だ。
悲しいことに昨日と同じメニューだった。
「拷問スープ再びこんにちは」
誰とも喋れない日が続いているせいか、私の独り言は酷くなるばかりである。
どうにか出してもらえないだろうか。
こんな日本語しか喋れない女なんて使い物にならないと思うのだ。
奴隷といえば力仕事のイメージだが、私の腕力はへなちょこだ。
家事も日本でならばできるが、この船の感じからして文明はさほど発達していないように思う。
手枷は金属のようだが、船自体は木造でエンジン音も聞こえない。帆船だと思われる。
そんな文明の調理器具が高性能なはずがない。
凡人は奴隷になっても使えないのである。
しかし、解放されたとしても私に普通の生活を送る術はない。
どうにか生活できる力を身に着けてから脱出するしかないだろう。どう身に着けるのか分からないが。
葉野菜をよく咀嚼しながら鉄格子を睨んだ。まずは、逃げるための体力をつけなければ。
食べ終わった皿を床に置き、お腹が落ち着いてからストレッチとスクワットをはじめた。
左の女性が興味深そうに私を見ている。
「一緒にやりますか?」
言葉は通じないが体を動かしながら聞いてみる。
女性は不思議そうに私を見ながら首をかしげた。やはり通じないか、と思ったが。
女性が立ち上がり私の真似をしはじめた。言葉が通じなくても言いたいことは通じたようだ。
嬉しくなって私は笑いながら頷いた。
良い汗をかいた後女性は私の方を向き自分の顔を指さし、一言喋った。
「ヴィエラ」
私が首をかしげると、もう一度同じ事を言う。
もしや名前を名乗っているのだろうか。ピンときて私も同じように自分を差して名を告げる。
「リツ」
彼女、ヴィエラは嬉しそうに微笑み私の名前を繰り返しつぶやいた。
この世界でのはじめての会話の成立である。
夕食前にも軽く運動をする。ヴィエラも一緒に運動してくれるようになった。
特に喋るわけではないが、目があえば微笑みあう関係にはなっている。
勝手にこの世界はじめての友だち認定をしているのは秘密である。
それからヴィエラと毎日運動するのが日課になった。
食事と軽い運動、寝ているよりもずっと良い。
右隣の若い女性が不審な目で見てくるのが少し悲しいが。
5日目の夜のことである。ズン、という音と共に船が大きく揺れた。
寝ていた私は慌てて体を起こす。あたりは真っ暗でよく見えない。
手探りで窓を探し当て、覗き見た。いくつかの光が浮いていた。
「ちがう、松明の火だ」
何人もの人たちが、そこにはいた。ただ遠い為よく見えない。
ガコン、耳慣れた鈍い音がした。男たちが入ってくる。
私は窓から離れ眠っているふりをした。
子供たちの眠そうな声が聞こえてきた。
「ノクイコド」
「ヨイムネ」
聞こえていた子供たちの声が突然くぐもった。
もごもごと言う声に不穏な空気を感じる。
何が起きているのだろう。薄目を開けても暗いせいで全く状況が分からない。
ガシャガシャという金属の擦れる音、くぐもった声それから階段を上るような音も増えた。
連れ出されているのだろうか。
ヴィエラの方からも音がする。嫌な予感がする。
「デイナラワサ、テメヤ!」
ヴィエラの声だ。暗闇に目をこらすと隣で人影が複数動いているのが分かった。
「ヴィエラ!ヴィエラ!連れて行かないで!」
私の声にヴィエラが叫び返す。
「リツ!」
すぐにその声はくぐもった音に変わった。
「ヴィエラ!」
金属と複数の足音と共にヴィエラは連れていかれてしまった。
音がどんどん遠くなる。右の方からも音が聞こえない。
皆いなくなってしまったのだろうか。
私はまた、ひとりになった。
意識がはっきりとするにつれ気持ち悪さを感じる。後頭部に鈍い痛みを感じた。
「うをおぇっ」
何日も洗っていないような体臭、雑巾のような臭い、酸っぱい臭い、様々な臭いが混ざり合っていた。
あまりの臭さに鼻を摘まもうとするが、手首に重みと冷たさを感じそちらに視線を向けた。
手首には金属製の枷がはめられていた。足首にも同じように枷があり、鎖で繋がっている。
呆然と鎖の先を辿ると、壁に接合されていた。
私は息を止めつつ、指で鼻を摘まんだ。
助けを求める相手を完全に間違えた。胸のあたりがヒヤリと冷たくなってくる。
一畳あるか無いかという広さの薄暗い所に私はいた。目の前には頑丈そうな鉄格子。私の荷物は無くなっていた。汚い木製の床には桶が転がっている。背後にあった窓は10㎝角ほどの正方形でガラスは無く、光が差し込んでいる。窓の近くには茶色い引っ掻き傷のような跡が残されていた。血の跡に見えるそれは、誰かが引っ掻いたのだろうかと背中が寒くなる。外を覗くと海の上だった。
どうやら船の中だったらしい。窓に近づくと海風がかすかに頬を撫でた。
鉄格子越しに右を見ると私のほかに拘束されている外国人女性が床に座っていた。
左にもいる。どうやら一人ひとり別に入れられているようだ。足の長さから見て、女性も身長が高そうだ。通路の向かいには子供までいる。向かい側は全員子供のようだった。155㎝の私は子供よりやや大きいくらいのサイズだった。だが、子供側の牢に入れられていないのを見ると大人として認識されたらしい。
全員外国人で古臭いデザインの洋服を着ている。私の恰好だけ異質だ。
「イタイアニンサアカオ!」
「ノルイニコドンサアカオ!」
子供たちが耐え切れなくなった様子で泣き叫び始めた。
私の右隣の牢にいる若い女性が子供たちに何か言う。
「テシニカズシ、ワウャチキガリハミ!」
女性が何を言ったのかは分からないが、子供たちは泣き止まない。
天井から足音が聞こえた。
ガコンと鈍い音が鳴り、階段を下りているような足音が近づいてくる。
通路に大きな男が現れた。私を捕まえた男たちの中にいたような気がする。
牢の中の人間を一人一人睨みつけながら歩いてくる。
子供たちの目の前で止まると男たちは木の棒を鉄格子の間に差し込み子供を叩き始めた。
「ロシニカズシェセルウ!」
何という酷いことを…私は怒りで頭に血が上った。
子供は余計に泣き始める。男は舌打ちすると、子供に向かって何か言う。
「ゾルスニサエノフルトイナラマダ!」
よほど恐ろしい事を言われたのか、子供たちは真っ青な顔になりブルブルと震え始めた。
私は怒りに任せて男を睨みつける。私にできることは何もない、ただ睨むだけである。
男は私の視線に気づいたのかこちらへやって来た。
目の前で立ち止まった男は私の顔をみてニヤリと気味悪く笑った。
背中がムズムズするような気持ち悪さを感じ、後ずさる。
男の太い腕が鉄格子の中に入ってきて私の首を掴む。
「ぐっ」
息が辛うじてできる力加減で絞められた。
真綿で首を絞められているような息苦しさ。
「ナニノタッヤテッガイワカバレケナャジンヒウョシマダメガエマオ」
何を言っているか分からなかったが、男の気持ち悪い視線に恐怖を感じ目を背けた。
男は満足したのか私の首から手を外した。
私は息を吸い込みせき込む。それを横目に男は去っていった。
私は自分の首をさする。危うく窒息死するところだった。
何もできないくせに、睨むんじゃなかったと後悔する。
ため息をはく。
ふと視線を感じて左を見ると、30代半ば程の女性が私を気遣うような表情で話しかけてきた。
金色の髪は緩く波打ち、ブルーの瞳は静かな海を連想させた。綺麗な人だ。
「ヨワイイガウホイナレラケツヲメリマア」
「ごめんなさい、私言葉が分からないんです…」
せっかく話しかけてくれたのに英語すら分からない女で申し訳ない気持ちになる。
女性は驚いたように私の顔をまじまじと見つめた。少々居心地が悪い。
「ネノナコノクコイイオト」
女性はそれ以上話しかけてこず、ぼんやりと鉄格子を眺める事にしたようだった。
久しぶりに人と会話したのに意味が分からないなんて。
私は落ち込んだ。
何もする事が無いが、疲れ切っていた体だけは回復していた。お腹が空いた。窓の外は夕日で赤く染まっている。ご飯は出ないのだろうか。私の予想だと、この扱いは奴隷のように見える。
さすがに死なせる事はないと思いたい。
靴下だけの足を見る。散々歩き回ったせいで土まみれで、穴が開いていた。
それを脱ぎ捨てて、素足になった。あちこち傷だらけで今更痛みを感じてきた。
バッグがあれば替えの靴下があったのに。手元にないのが残念である。
足を優しくさすっていると、ガコンと鈍い音が再び鳴った。
今度は複数の男たちがやってきて、何やら箱を持っている。
子供たちが鉄格子に近づき手を伸ばす。また叩かれたりしないのか心配になる。
心配は杞憂に過ぎなかったようだ。箱の中からは小さな皿が出てきたのだ。
待ちに待った食事である。私の牢にも食事が入れられた。男たちは全員に配り終わると去っていった。
「少なっ」
思わず小さな声で文句を言いたくなるほど少ない。
手のひらに収まるサイズの深めの皿にスープが入っている。
具材はよく分からないが、小さな肉が1つと独特な色の葉野菜が数枚のみ。
葉野菜は紫とオレンジ色のマーブル模様だった。毒じゃないですよね、と確認したい。
大きな極楽鳥といい、ピンク色のリスもどきといい、カラフル過ぎるのだこの世界は。
非常に目に痛い。
だが空腹には耐えられず、恐る恐る葉野菜を口に含み咀嚼してみる。
見た目も独特だが、味も独特だ。春菊のクセをもっと強くしたような味わい。
肉をかじってみると、こちらは味が淡泊なのかよく分からなかった。
スープの味は、塩のみ。一言で表現するならば。
「非常にまずい。葉野菜予想以上、拷問スープだよ」
一言で収まらなかった。日本での食事がいかに素晴らしかったかを実感した。
私がわけの分からない外国語を喋るせいか、右隣の若い女性は微妙な顔で私を見ている。
目が合ったので笑ってみたら、目を逸らされ、傷ついた。
何もする事なく時間だけが過ぎていく。窓の外が暗くなるのと比例して船内は真っ暗になっていく。
船に揺られて2日目。窓の光で朝が来たことを確認する。異臭には慣れてしまった、むしろ鼻が麻痺したと言うべきか。今日も閉じ込められているだけでやることがない。また食事が運ばれて来た。どうやら食事は朝夕2回なのだろう。
ニ食昼寝付きの生活、豚になった気分だ。
悲しいことに昨日と同じメニューだった。
「拷問スープ再びこんにちは」
誰とも喋れない日が続いているせいか、私の独り言は酷くなるばかりである。
どうにか出してもらえないだろうか。
こんな日本語しか喋れない女なんて使い物にならないと思うのだ。
奴隷といえば力仕事のイメージだが、私の腕力はへなちょこだ。
家事も日本でならばできるが、この船の感じからして文明はさほど発達していないように思う。
手枷は金属のようだが、船自体は木造でエンジン音も聞こえない。帆船だと思われる。
そんな文明の調理器具が高性能なはずがない。
凡人は奴隷になっても使えないのである。
しかし、解放されたとしても私に普通の生活を送る術はない。
どうにか生活できる力を身に着けてから脱出するしかないだろう。どう身に着けるのか分からないが。
葉野菜をよく咀嚼しながら鉄格子を睨んだ。まずは、逃げるための体力をつけなければ。
食べ終わった皿を床に置き、お腹が落ち着いてからストレッチとスクワットをはじめた。
左の女性が興味深そうに私を見ている。
「一緒にやりますか?」
言葉は通じないが体を動かしながら聞いてみる。
女性は不思議そうに私を見ながら首をかしげた。やはり通じないか、と思ったが。
女性が立ち上がり私の真似をしはじめた。言葉が通じなくても言いたいことは通じたようだ。
嬉しくなって私は笑いながら頷いた。
良い汗をかいた後女性は私の方を向き自分の顔を指さし、一言喋った。
「ヴィエラ」
私が首をかしげると、もう一度同じ事を言う。
もしや名前を名乗っているのだろうか。ピンときて私も同じように自分を差して名を告げる。
「リツ」
彼女、ヴィエラは嬉しそうに微笑み私の名前を繰り返しつぶやいた。
この世界でのはじめての会話の成立である。
夕食前にも軽く運動をする。ヴィエラも一緒に運動してくれるようになった。
特に喋るわけではないが、目があえば微笑みあう関係にはなっている。
勝手にこの世界はじめての友だち認定をしているのは秘密である。
それからヴィエラと毎日運動するのが日課になった。
食事と軽い運動、寝ているよりもずっと良い。
右隣の若い女性が不審な目で見てくるのが少し悲しいが。
5日目の夜のことである。ズン、という音と共に船が大きく揺れた。
寝ていた私は慌てて体を起こす。あたりは真っ暗でよく見えない。
手探りで窓を探し当て、覗き見た。いくつかの光が浮いていた。
「ちがう、松明の火だ」
何人もの人たちが、そこにはいた。ただ遠い為よく見えない。
ガコン、耳慣れた鈍い音がした。男たちが入ってくる。
私は窓から離れ眠っているふりをした。
子供たちの眠そうな声が聞こえてきた。
「ノクイコド」
「ヨイムネ」
聞こえていた子供たちの声が突然くぐもった。
もごもごと言う声に不穏な空気を感じる。
何が起きているのだろう。薄目を開けても暗いせいで全く状況が分からない。
ガシャガシャという金属の擦れる音、くぐもった声それから階段を上るような音も増えた。
連れ出されているのだろうか。
ヴィエラの方からも音がする。嫌な予感がする。
「デイナラワサ、テメヤ!」
ヴィエラの声だ。暗闇に目をこらすと隣で人影が複数動いているのが分かった。
「ヴィエラ!ヴィエラ!連れて行かないで!」
私の声にヴィエラが叫び返す。
「リツ!」
すぐにその声はくぐもった音に変わった。
「ヴィエラ!」
金属と複数の足音と共にヴィエラは連れていかれてしまった。
音がどんどん遠くなる。右の方からも音が聞こえない。
皆いなくなってしまったのだろうか。
私はまた、ひとりになった。
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