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さがしわすれ 〜自転車の鍵〜
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しおりを挟む「……だけど、一度でも由香里ちゃんに会ったことがある人なら……由香里ちゃんのことを、ちゃんと血の通った人間だと、こんなにすてきな女の子だと知っている人なら……そんなこと、思いません」
「ほ、ホント……?」
「はい。由香里ちゃんを責める前に、由香里ちゃんを亡くした悲しみで……責めるなんて、考えもしないと思います」
姑と夫を亡くした事故の当日。
寝込んでいた私が悪いだとか、俳諧をした姑が悪いだとか、家を出て行くのに気がつかなかった夫が悪いだとか……さまざまな言葉が私の前に立ちふさがった。
私が寝込んでいたのは、お姑さんの認知症の介護に疲れてしまったからだ。夫の一志さんはもちろん助けてくれたけれど、日中仕事をしながらの手助けは限界がある。
地域の助けを利用すれば良かったとも言われたけれど、お姑さんの認知症はまだら模様で、なかなか地域の助けが降りる許可がとれなかった。さらに、田舎だから、介護サービスの枠も少ない。助けは借りられなかった。
そして、お姑さんのトヨさんだって、なりたくて認知症になったわけではない。
これまで普通に一緒に暮らしてきた人が、突然前触れもなく徘徊を始めるなんて、なかなか受け入れられるものではない。
あとから来た嫁の私ならともかく、生まれたときから一緒に暮らしていた一志さんなら尚更だ。
だからあの日、トヨさんが出て行ったことにすぐ気づけなかった一志さんを責める気には、家を出たトヨさんを責める気には、とても私はなれなかった。
そんなことよりも、二人を永遠に失ってしまった事実の方が、重く苦しかった。
責める気持ちなんて、沸き上がるはずもない。
「でも、でもでもっ! かなしいのがなくなったら、きっと、恨むよ……だって、由香里が悪いのは本当だもん」
「失ったかなしさがなくなることなんて、ないですよ。もし、由香里ちゃんがお父さんやお姉さんを失ったとして……そのかなしみは、なくなることなんて……ないでしょう?」
由香里ちゃんの動きがピタリと止まった。
自分を責める気持ちが、少し違う方向に向いたのだろうか。
由香里ちゃんの辛さや、その家族の苦しみは私にはわからない。
でも、わからないなりに、自分の経験に照らし合わせて想像してみることはできる。
そうすると、私は由香里ちゃんを抱きしめたくてたまらない気持ちになった。
すでに死者である彼女に対して、それはかなわない願いだと知っていても、思わずにはいられない。
「……日置、さん?」
「はい?」
「なんで日置さんが……泣いてるの?」
私の頬を、静かに涙が伝う。
これまでに何度も流した自分のための涙は、燃えるように熱かった。
だけど、今の涙は流れているのも気がつかないぐらいの温度だ。
「……どうして、でしょうね。たぶん、由香里ちゃんの代わりに……流れているのかもしれません」
「由香里の、代わり……?」
「……怖かった、ですよね」
私は由香里ちゃんの事故を知らないから、自分の記憶の中の、防犯カメラの中の最期の一志さんとトヨさんの表情を思い出す。
「いきなり、死んじゃって……すごく、怖かったでしょう」
「う、うん……。でも、由香里なんかより、お母さんのほうが怖かっただろうし……」
「それでも、由香里ちゃんのことは由香里ちゃん自身にしかわからないでしょう? 由香里ちゃんの気持ち、大事に……して、ください」
遺された立場で、こんなことを言うのはひどく心苦しい。
大事な人を亡くすというのは、誰か自分以外を責めないと、その場に立っていられないぐらいの衝撃だった。
だけど……もしも、一志さんが私のことを心配しすぎて苦しんでいたとしたら、もう間違いなく安らかになってほしいと思うだろう。私のことなんていいから、と。
私の気持ちは、私がなんとかするしかない。
誰かが、自分のために苦しんで欲しいなんて思わない。それが大事な人なら、なおさら。
「でも、でも……由香里は、由香里のせいで……由香里が、この鍵をなくしたから……」
「はい、由香里ちゃんが鍵をなくしてしまったのは、本当のことです。でも、事故がいつ起こるかなんて、誰にも分からないことなのです。鍵を忘れてしまったことが、そのまま、事故の原因とは……限らない、ですよ」
これは自分にも言い聞かせるように、ひとつひとつ丁寧に絞り出す。
私が、疲れて眠ったこと……トヨさんが認知症になったこと……一志さんが徘徊にすぐ気づけなかったこと……地域の手助けを得られなかったこと……信号がもう少し早く変わっていれば……その、全てが。あの日、一点に集まったからこそ事故は起きてしまった。
ひとつひとつは、日常によく起こり得る些細なことだったはずだ。
「だから……いま、鍵をちゃんと見つけることができて……由香里ちゃんは、もう大丈夫なんです」
「だいじょう、ぶ?」
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