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さがしわすれ 〜自転車の鍵〜
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ハツカちゃんはまだ若いから、お化粧なんてしなくていいのがうらやましい。
高校生でもばっちりお化粧する子はいるんだろうけど……ハツカちゃんはあまり興味がないようだ。バシャバシャと水で顔を洗って着替えた頃には、随分としっかりした表情になる。
なにかポリシーがあって黒いキャップを被っているのかと思っていたら、どうやら寝癖隠しらしいことはボサボサの金髪を帽子をねじ込む動作でなんとなく察した。
アパートから職場までは歩いて10分もかからないから、あっと言う間に到着だ。
道中、コンビニがあるのでそこでハツカちゃんの朝ご飯を調達することもあるけれど、最近は私が作ったサンドイッチやおにぎりを食べてもらっている。
高校生とはいえ、やはり育ち盛りだし。そのためのお金も追加でいただいてしまったし。
自分の分はいくらでも節約して切り詰めることはできるし、口にいれるものなんてなんでもいいけど、子供はね、ちゃんと食べさせてあげたいと思う。
あと、ここで暮らし初めてコンビニの多さに驚いた。
私が嫁いでいた土地は最寄りのコンビニまで歩いて30分はかかったのに……。
場所が変わると、こんなにも生活は変わるんだなぁ。
嫁ぎ先の生活も、もちろん楽しかったけれど、今は当時の良い記憶が全部事故に塗りつぶされてしまっているから、田舎での暮らしを思い出さないぐらいの環境の変化は、私にとって良かったのかもしれない。
一志さん、ごめんね。
貴方のことを忘れたいわけでは決してないの。
でも、私はまだ生きているから。
毎日起きて、食べて、動いて、そして眠る。
そのためには、ちょっとだけ、思い出から目を離さないといけないときもあるみたい。
「今日の朝ご飯、なに?」
「胡瓜とたまごのホットサンドですよ」
「やったぁ! たまご好きなんだぁ。マスタードは?」
「粒にして、たくさん入れました」
「ありがと~! いただきますっ! うん、志穂さんママよりお料理うまいかも」
「まさか。そんなことないですって」
市につくやいなや、アルミホイルに包まれた朝ご飯にかぶりつくハツカちゃんをほほえましく眺めながら店内の掃除をする。
私と一志さんの間に子供はいなかったけれど、もしもいたらこんな感じだろうか。
「くれぐれも、甘やかさないでくださいね」とナユタさんにきつく言われているけれど……少しぐらいは、いいよね?
だってハツカちゃんかわいいし。見た目はもちろんだけど、なんだか、歳相応よりも幼くて素直なのだ。
ナユタさんは、子供の頃からハツカちゃんは自分の金髪をとても気にしていて、引っ込み思案で他者との関わりが少なかったからではないかと推測していた。
高校に行かなくなったのならば、店主代理として働くことで少しでも人生経験を積んでほしい、というのがおばあさんの願いだった。
そうでもしないと、ずっと家にひきこもることになるから……、と。
でもまあ、お店に来てもハツカちゃんはソファに座ってスマホをいじったり、参考書を使って勉強に勤しんだりしているから、家に居るのとそんなに変わらないのかもしれないけど……。
「志穂さん、今日はどうする?」
朝ご飯を平らげたハツカちゃんは、指についたマスタードを舐めながら私に聞く。
「そうですね、まだ一人もお客様が来たことがありませんし……一応、ここにいようと思います」
「せっかくなんだし、どこか行ってきたら? ずっとアタシと二人きりじゃん。アタシは別にいいんだけどさ、久しぶりにコッチに帰ってきたんでしょ?」
ナユタさんからお店を任されてから、実はまだ一度もお客様が来られたことがない。
初日に二人も来たのだから、働き出したらどんどん来るのかもしれない……と身構えていただけにちょっと拍子抜けだった。
もしかしたら、私という異物がいるせいで来にくいのかもしれない。
はたまた、私たちが二人いないと店主不在ということになってしまうのかもしれない。
そんな果てのない疑問が頭をグルグルと回って、私はこの一週間どこにも行かずにずっとハツカちゃんとお店番をしていた。
だけど、別に退屈と思ったことはない。
お店にずっといるうちに、最初は焦点が合わなかった本棚の中身もしっかり見えるようになったし、手にとって読むことができた。
ハツカちゃんとも、年齢が倍近く違うのにもかかわらず気があった。
私が幼いのか、彼女が大人びているのかわからないけれど、ハツカちゃんは基本的に冷めていて物事をナナメにみる癖がある。だけど、気を許した相手には素直だ。
よく笑い、よく怒り、そしてきちんと反省する。
こんなに性格が良いのなら、きっと学校に行っても人気者になるだろうに、ハツカちゃんは学校については頑なに拒否していた。なにか、よほど嫌な思い出でもあるのだろう。まだ聞いたことはないし、自分から聞くつもりもないけれど、いつか、話せるようになれたらいいな、と思う。
私相手でなくても良い。
誰かに辛さを聞いてもらうという経験は、予想以上に自分の心を助けるものだと、私は自分が経験してようやく理解することができた。
高校生でもばっちりお化粧する子はいるんだろうけど……ハツカちゃんはあまり興味がないようだ。バシャバシャと水で顔を洗って着替えた頃には、随分としっかりした表情になる。
なにかポリシーがあって黒いキャップを被っているのかと思っていたら、どうやら寝癖隠しらしいことはボサボサの金髪を帽子をねじ込む動作でなんとなく察した。
アパートから職場までは歩いて10分もかからないから、あっと言う間に到着だ。
道中、コンビニがあるのでそこでハツカちゃんの朝ご飯を調達することもあるけれど、最近は私が作ったサンドイッチやおにぎりを食べてもらっている。
高校生とはいえ、やはり育ち盛りだし。そのためのお金も追加でいただいてしまったし。
自分の分はいくらでも節約して切り詰めることはできるし、口にいれるものなんてなんでもいいけど、子供はね、ちゃんと食べさせてあげたいと思う。
あと、ここで暮らし初めてコンビニの多さに驚いた。
私が嫁いでいた土地は最寄りのコンビニまで歩いて30分はかかったのに……。
場所が変わると、こんなにも生活は変わるんだなぁ。
嫁ぎ先の生活も、もちろん楽しかったけれど、今は当時の良い記憶が全部事故に塗りつぶされてしまっているから、田舎での暮らしを思い出さないぐらいの環境の変化は、私にとって良かったのかもしれない。
一志さん、ごめんね。
貴方のことを忘れたいわけでは決してないの。
でも、私はまだ生きているから。
毎日起きて、食べて、動いて、そして眠る。
そのためには、ちょっとだけ、思い出から目を離さないといけないときもあるみたい。
「今日の朝ご飯、なに?」
「胡瓜とたまごのホットサンドですよ」
「やったぁ! たまご好きなんだぁ。マスタードは?」
「粒にして、たくさん入れました」
「ありがと~! いただきますっ! うん、志穂さんママよりお料理うまいかも」
「まさか。そんなことないですって」
市につくやいなや、アルミホイルに包まれた朝ご飯にかぶりつくハツカちゃんをほほえましく眺めながら店内の掃除をする。
私と一志さんの間に子供はいなかったけれど、もしもいたらこんな感じだろうか。
「くれぐれも、甘やかさないでくださいね」とナユタさんにきつく言われているけれど……少しぐらいは、いいよね?
だってハツカちゃんかわいいし。見た目はもちろんだけど、なんだか、歳相応よりも幼くて素直なのだ。
ナユタさんは、子供の頃からハツカちゃんは自分の金髪をとても気にしていて、引っ込み思案で他者との関わりが少なかったからではないかと推測していた。
高校に行かなくなったのならば、店主代理として働くことで少しでも人生経験を積んでほしい、というのがおばあさんの願いだった。
そうでもしないと、ずっと家にひきこもることになるから……、と。
でもまあ、お店に来てもハツカちゃんはソファに座ってスマホをいじったり、参考書を使って勉強に勤しんだりしているから、家に居るのとそんなに変わらないのかもしれないけど……。
「志穂さん、今日はどうする?」
朝ご飯を平らげたハツカちゃんは、指についたマスタードを舐めながら私に聞く。
「そうですね、まだ一人もお客様が来たことがありませんし……一応、ここにいようと思います」
「せっかくなんだし、どこか行ってきたら? ずっとアタシと二人きりじゃん。アタシは別にいいんだけどさ、久しぶりにコッチに帰ってきたんでしょ?」
ナユタさんからお店を任されてから、実はまだ一度もお客様が来られたことがない。
初日に二人も来たのだから、働き出したらどんどん来るのかもしれない……と身構えていただけにちょっと拍子抜けだった。
もしかしたら、私という異物がいるせいで来にくいのかもしれない。
はたまた、私たちが二人いないと店主不在ということになってしまうのかもしれない。
そんな果てのない疑問が頭をグルグルと回って、私はこの一週間どこにも行かずにずっとハツカちゃんとお店番をしていた。
だけど、別に退屈と思ったことはない。
お店にずっといるうちに、最初は焦点が合わなかった本棚の中身もしっかり見えるようになったし、手にとって読むことができた。
ハツカちゃんとも、年齢が倍近く違うのにもかかわらず気があった。
私が幼いのか、彼女が大人びているのかわからないけれど、ハツカちゃんは基本的に冷めていて物事をナナメにみる癖がある。だけど、気を許した相手には素直だ。
よく笑い、よく怒り、そしてきちんと反省する。
こんなに性格が良いのなら、きっと学校に行っても人気者になるだろうに、ハツカちゃんは学校については頑なに拒否していた。なにか、よほど嫌な思い出でもあるのだろう。まだ聞いたことはないし、自分から聞くつもりもないけれど、いつか、話せるようになれたらいいな、と思う。
私相手でなくても良い。
誰かに辛さを聞いてもらうという経験は、予想以上に自分の心を助けるものだと、私は自分が経験してようやく理解することができた。
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