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さがしわすれ 〜自転車の鍵〜
3-2
しおりを挟むナユタさんは目を閉じて、一呼吸置いてから言った。
「店主の権利は、一子相伝ではないということです」
「まぁ、それもそうだよね。だって、おばあちゃんの実の娘であるアタシのお母さんだって、店を継ぐ気なんてゼロで自分の好きなことをやり続けてるし。店番なんてしたことないんじゃないかな。お兄ちゃんは昔から、なんでかお店が気に入ってたみたいだけど」
「この家業は、子供の未来を縛ってまで続けるようなことではないと思っていました。有涯以外にも、御座布を戴く分署はたくさんありますから。ここが消えても、他の市が開かれるだけです。全国津々浦々、同じような生業は存在します。死者のための市ですから、生者にとっては縁遠い話ですが」
「そうなんですか……なんかもっと、死者……死んだ人に関わることだから、特別なのかと思っていました」
「もちろん、特別ですよ? 特別だからこそ、一カ所に権力を集めないのです。死者様の御都合を細かく分析し、もっとも適した市にご案内することで、細く永く、連綿と続いてきたのです。常に新しい命が生まれるのと同様に、死者様が生まれない日など、ないのですから」
「たしか……ここに来るのは穏やかな気質の方が多いんでしたっけ?」
ハツカちゃんに聞いたことを思い出して記憶を辿る。
「そうだよ。さっき説明した通り。御座布の上に現れる時は小さいけど、この店に入るサイズの大きさの御忘物しか届かないし、みんな受け取ったらさっさと消えてくれるから安心だよ」
「ハツカ、言葉に気をつけなさい。良き次の有涯に向かわれた……と言うように」
「はぁい」
おばあちゃんの言うことは、本当に素直に聞くんだなぁ。
「御忘物は、死者様の有涯がどのような時間であったかによって、実に様々です。私どもが思いもよらないような物質に執着を示す方もいらっしゃいます。人の形を保たれていない方もいますし、そもそも、天寿を全うされる方は御忘物を残さないことが多いです」
「と、いうことはつまり……」
「そうですね、先ほどの方のように、不慮の事故での突然死や、殺人の被害者であるケースがほとんどですね」
「あっ、でも殺された敵討ちしたいとか、そういう危ないお客は違う市に行くから! もっと武闘家の店主もいるし! ねっ? だからこの『有涯』は安全だから!」
ハツカちゃんは、どうやらどうしても私と一緒にお店番をしたいみたいだ。
「私の代で市が消えてしまっても、それは致し方のないことだと思っておりました。市の開祖様には申し訳なく思いますが、望まぬ店主ほど死者様に失礼な行為はありませんので。ですが、私にもそれなりに市に愛着があります。孫たちがこの場に興味を示してくれた時は、うれしく思いましたよ」
「お兄ちゃんは小学生の時からずっとおばあちゃんのところに入り浸っていたよね」
「どこに行くにも見習いの如くついて来て、たぐいまれな記憶力であっという間に要領を掴みました」
「アタシも覚えるのは得意だけど、お兄ちゃんはもっと凄いよ」
「記憶力の他に、洞察力や共感力も強く、良い店主になると期待していたのですが……如何せん、店主にもっとも重要な中立の姿勢が絶望的に足りていませんでした」
はぁ、と小さくため息を吐き出すナユタさん。
「御客様に一目惚れするわ、御身内様を探し出して御忘物の経緯を伝えるわ、御身内様が女性ならば年齢関係なく交際を申し込むわ……」
そ、それはなかなか……。
「早い段階で気がつきましたよ。あの子に店主は無理だと。事実、店番を任せても市に常駐していることのほうが希有でしたから。そんな時、ハツカが店主代理を申し出たのです」
「アタシ、いま学校行ってなくて暇だからさ。家に一人でいるより、ちょうどいいかなって。不登校ってヤツ。志穂さんも知ってるよね?」
「それは、もちろん……。私の学校にも何人かいたし」
「よかったー。おばあちゃん、やっぱり昔の人だからさ、学校に行けるのに行かないなんて贅沢が過ぎるってうるさいんだよ」
「きちんとした理由があれば、こんな嫌事は言いません。ハツカはただの怠惰でしょう」
「怠けじゃないもん。この金髪のせいで先生からも目を付けられるし。男子からも女子からも変な目で見られるし、なにより話したこともないクラスメイトからヤンキーとか不良扱いされるのが嫌なの!」
「あなたの兄は、そんなこと一言も言いませんでしたよ」
「アタシをお兄ちゃんみたいな脳天気と一緒にしないで。お兄ちゃんは金髪を自分からネタにして友達もたくさんいたけど……アタシはお兄ちゃんみたいにはなれないもん」
「そんなことありません。中学時代までは、ちゃんと登校できていたでしょう」
「中学と高校では、仕組みが全然違うの! みんな、自分と違う存在を排除するのに躊躇しないんだから!」
ハツカちゃんとナユタさんの言い合いがはじまってしまった。
ご両親は世界を飛び回って仕事をしているみたいだし、ナユタさんはハツカちゃんにとって親代わりにも等しいのだろう。
全くの部外者の私はどうすることもできず、ただ手のひらを中途半端な位置に上げて「ま、まぁまぁ……」と言うことしかできない。
そんな私の仕草に気がついたのか、ナユタさんは小さな咳払いをした。
「コホン、お見苦しいところをお見せしてしまってすいません。子供の意に添わないことを強要するつもりはないのですが……」
「わかってるよ。おばあちゃんが本気だったら、私の首に縄を括りつけてでも連れて行くもんね」
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