有涯おわすれもの市

竹原 穂

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たべわすれ 〜かずのこ〜

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「これは……きっと、私が、家を出た時に残していった、食べ忘れた、ものです。私は、自分勝手な想いで無性にイライラしていて、妻に悪態をついて家を出ました。妻がいたから、私は……家庭を、家族をつくることができたのに。妻の……千絵のサポートに全く気づかず、自分のことばかり優先して、阿呆ですよ……本当に」

 誠二さんが御座布に手を触れたとたん、お皿に乗った数の子が通常サイズになった。

「私は……てっきり、妻が、単純に……余った数の子を考えなしに私の皿に盛ったものだとばかり思って、そこに腹を立てましたが……落ち着いて考えてみれば、そんなこと、千絵がするわけがないんですよ。いつだって、私のことや子供たちのことに気を配っていたんです。私が定年後、時間を持て余していた時も何もいわずにそばにいてくれましたし、いつだって、私たちが、私が暮らす家を清潔に保ってくれました。ああ、どうして私は死ぬまでそれに気がつかなかったのか……。あの数の子は、来れない子供たちの心中を妻が代弁してくれたものだったのに。子供たちは、もういい大人だ。それぞれ事情がある。私のことを嫌って家に寄りつかないわけではないのだと……少し考えばわかったのに。どうして……。すまない、千絵……」

 数の子の上に誠二さんが手をかざすと、あっという間に六本の数の子はなくなってしまった。
 私は目を見張るけれど、満足そうな顔をしている誠二さんの前で狼狽えるわけにはいかない。
 意味深に頷いてみせると、誠二さんもそれに応えて同じ動きをしてくれた。

「御忘物は、みつかりましたね」

 いつ眠りの世界から帰ってきたのか、ハツカちゃんが扉を開けた。

「はい、預かっていてくださり、ありがとうございました」

 誠二さんは私とハツカちゃんを交互に見て、深々と頭を下げる。

「いいえ。では、良き次の有涯を」

 入ってきた扉からでていくのかと思いきや、誠二さんは下げた頭を上げることなく、私の目の前で瞬きの間に消えてしまった。

「えっ……!?」
「みんな、こうやって帰るんだよ」
「帰るって……どこへ?」
「成仏とか、昇天とか、下とか上とか、宗教によって言い方は違うけど、まあそんなところ。ありがとね、志穂さん。アタシ、途中から眠くってさぁ~」

 ふぁ、と欠伸をするハツカちゃん。

「つっまんない話だったよねぇ~。嫌な親父!!!」
「えっ?」
「もう死んだくせに。ぐだぐだ未練たらたらでさぁ。自分の勘違いが原因で周りを傷つけたのに、自分のしたことは棚に上げて安らかな顔しちゃって。もう、気持ち悪いったらない」

 開けた扉を閉めながら、ハツカちゃんはべーっと舌を出した。

「そ、そんなことないんじゃないかな……? 誠二さんは今まで一生懸命生きてきて、家族を働いて養ってきたんだし、最後はちょっと、気持ちがすれ違っちゃったけど、こうしておわすれものを受け取って……」

 誠二さんの話を今まで聞いていて、そんな感想!?と、ビックリした。
 私は自分の家族に誠二さんの言葉を重ね合わせて、感情移入して結構ウルウルしていたんだけどな……。やっぱり若い子とはもう感性が違うのかな……と、思いながらなんとかフォローしようとする。

「いや、やっぱり気持ち悪いよ。ねぇどうして男は好き勝手仕事してるだけで、最後をほめたたえてもらえるの? あの人、幼稚なガキなだけ。他人の気持ち、わかんないしわかろうとしないし。奥さんの細やかなフォローがなければとっくに家庭崩壊してたでしょ」
「まあ、あれぐらいの年代の人は働きづくめの夫と家業に専念する専業主婦ってパターンが多いからさ……」
「時代が悪いって言うんの? だいたい、もう結婚だのあとつぎだの、あほらしいにほどがあるし、結局長女も次女もできちゃった婚じゃないと結婚に踏み切れなかったのは、親が見せていた夫婦像がヒドかったからでしょ」

 だめだ。
 全然聞く耳をもってくれない。
 こんなにも拒絶反応を示すと言うことは、ハツカちゃんはもしかしたら家族関係についてなにか問題を抱えているのかもしれない。
 自分の中に、家族に対して良いイメージがないから、他人の家族の話も反発してうまく受け入れられないのかもしれない。

「なんであんなひとが、立派な人ヅラして眠れるわけ? あれが正しい人生? もーホント、アホらしいったら……」
「こら、よしなさい」

 しかし、あまり故人のことを悪く言うのは良くない。
 止めどなくあふれ出しそうな悪口をどう止めようか考えていたら、ハツカちゃんの頭上から手刀が降ってきた。

「あいたっ!」
「ハツカ」
「お、おばあちゃん……」

 背後に立っていたのは、かなりご高齢のご婦人だった。
 見事な白髪を綺麗に結い上げて、藤色の着物を優雅に着こなしている。お化粧も完璧だ。
 私は自分の今の姿を省みて、同じ女性として少し恥ずかしくなった。
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