12 / 44
たべわすれ 〜かずのこ〜
2-7
しおりを挟む「これは……きっと、私が、家を出た時に残していった、食べ忘れた、ものです。私は、自分勝手な想いで無性にイライラしていて、妻に悪態をついて家を出ました。妻がいたから、私は……家庭を、家族をつくることができたのに。妻の……千絵のサポートに全く気づかず、自分のことばかり優先して、阿呆ですよ……本当に」
誠二さんが御座布に手を触れたとたん、お皿に乗った数の子が通常サイズになった。
「私は……てっきり、妻が、単純に……余った数の子を考えなしに私の皿に盛ったものだとばかり思って、そこに腹を立てましたが……落ち着いて考えてみれば、そんなこと、千絵がするわけがないんですよ。いつだって、私のことや子供たちのことに気を配っていたんです。私が定年後、時間を持て余していた時も何もいわずにそばにいてくれましたし、いつだって、私たちが、私が暮らす家を清潔に保ってくれました。ああ、どうして私は死ぬまでそれに気がつかなかったのか……。あの数の子は、来れない子供たちの心中を妻が代弁してくれたものだったのに。子供たちは、もういい大人だ。それぞれ事情がある。私のことを嫌って家に寄りつかないわけではないのだと……少し考えばわかったのに。どうして……。すまない、千絵……」
数の子の上に誠二さんが手をかざすと、あっという間に六本の数の子はなくなってしまった。
私は目を見張るけれど、満足そうな顔をしている誠二さんの前で狼狽えるわけにはいかない。
意味深に頷いてみせると、誠二さんもそれに応えて同じ動きをしてくれた。
「御忘物は、みつかりましたね」
いつ眠りの世界から帰ってきたのか、ハツカちゃんが扉を開けた。
「はい、預かっていてくださり、ありがとうございました」
誠二さんは私とハツカちゃんを交互に見て、深々と頭を下げる。
「いいえ。では、良き次の有涯を」
入ってきた扉からでていくのかと思いきや、誠二さんは下げた頭を上げることなく、私の目の前で瞬きの間に消えてしまった。
「えっ……!?」
「みんな、こうやって帰るんだよ」
「帰るって……どこへ?」
「成仏とか、昇天とか、下とか上とか、宗教によって言い方は違うけど、まあそんなところ。ありがとね、志穂さん。アタシ、途中から眠くってさぁ~」
ふぁ、と欠伸をするハツカちゃん。
「つっまんない話だったよねぇ~。嫌な親父!!!」
「えっ?」
「もう死んだくせに。ぐだぐだ未練たらたらでさぁ。自分の勘違いが原因で周りを傷つけたのに、自分のしたことは棚に上げて安らかな顔しちゃって。もう、気持ち悪いったらない」
開けた扉を閉めながら、ハツカちゃんはべーっと舌を出した。
「そ、そんなことないんじゃないかな……? 誠二さんは今まで一生懸命生きてきて、家族を働いて養ってきたんだし、最後はちょっと、気持ちがすれ違っちゃったけど、こうしておわすれものを受け取って……」
誠二さんの話を今まで聞いていて、そんな感想!?と、ビックリした。
私は自分の家族に誠二さんの言葉を重ね合わせて、感情移入して結構ウルウルしていたんだけどな……。やっぱり若い子とはもう感性が違うのかな……と、思いながらなんとかフォローしようとする。
「いや、やっぱり気持ち悪いよ。ねぇどうして男は好き勝手仕事してるだけで、最後をほめたたえてもらえるの? あの人、幼稚なガキなだけ。他人の気持ち、わかんないしわかろうとしないし。奥さんの細やかなフォローがなければとっくに家庭崩壊してたでしょ」
「まあ、あれぐらいの年代の人は働きづくめの夫と家業に専念する専業主婦ってパターンが多いからさ……」
「時代が悪いって言うんの? だいたい、もう結婚だのあとつぎだの、あほらしいにほどがあるし、結局長女も次女もできちゃった婚じゃないと結婚に踏み切れなかったのは、親が見せていた夫婦像がヒドかったからでしょ」
だめだ。
全然聞く耳をもってくれない。
こんなにも拒絶反応を示すと言うことは、ハツカちゃんはもしかしたら家族関係についてなにか問題を抱えているのかもしれない。
自分の中に、家族に対して良いイメージがないから、他人の家族の話も反発してうまく受け入れられないのかもしれない。
「なんであんなひとが、立派な人ヅラして眠れるわけ? あれが正しい人生? もーホント、アホらしいったら……」
「こら、よしなさい」
しかし、あまり故人のことを悪く言うのは良くない。
止めどなくあふれ出しそうな悪口をどう止めようか考えていたら、ハツカちゃんの頭上から手刀が降ってきた。
「あいたっ!」
「ハツカ」
「お、おばあちゃん……」
背後に立っていたのは、かなりご高齢のご婦人だった。
見事な白髪を綺麗に結い上げて、藤色の着物を優雅に着こなしている。お化粧も完璧だ。
私は自分の今の姿を省みて、同じ女性として少し恥ずかしくなった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
黄昏は悲しき堕天使達のシュプール
Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・
黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に
儚くも露と消えていく』
ある朝、
目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。
小学校六年生に戻った俺を取り巻く
懐かしい顔ぶれ。
優しい先生。
いじめっ子のグループ。
クラスで一番美しい少女。
そして。
密かに想い続けていた初恋の少女。
この世界は嘘と欺瞞に満ちている。
愛を語るには幼過ぎる少女達と
愛を語るには汚れ過ぎた大人。
少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、
大人は平然と他人を騙す。
ある時、
俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。
そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。
夕日に少女の涙が落ちる時、
俺は彼女達の笑顔と
失われた真実を
取り戻すことができるのだろうか。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
月の女神と夜の女王
海獺屋ぼの
ライト文芸
北関東のとある地方都市に住む双子の姉妹の物語。
妹の月姫(ルナ)は父親が経営するコンビニでアルバイトしながら高校に通っていた。彼女は双子の姉に対する強いコンプレックスがあり、それを払拭することがどうしてもできなかった。あるとき、月姫(ルナ)はある兄妹と出会うのだが……。
姉の裏月(ヘカテー)は実家を飛び出してバンド活動に明け暮れていた。クセの強いバンドメンバー、クリスチャンの友人、退学した高校の悪友。そんな個性が強すぎる面々と絡んでいく。ある日彼女のバンド活動にも転機が訪れた……。
月姫(ルナ)と裏月(ヘカテー)の姉妹の物語が各章ごとに交錯し、ある結末へと向かう。
ハナノカオリ
桜庭かなめ
恋愛
女子高に進学した坂井遥香は入学式当日、校舎の中で迷っているところをクラスメイトの原田絢に助けられ一目惚れをする。ただ、絢は「王子様」と称されるほどの人気者であり、彼女に恋をする生徒は数知れず。
そんな絢とまずはどうにか接したいと思った遥香は、絢に入学式の日に助けてくれたお礼のクッキーを渡す。絢が人気者であるため、遥香は2人きりの場で絢との交流を深めていく。そして、遥香は絢からの誘いで初めてのデートをすることに。
しかし、デートの直前、遥香の元に絢が「悪魔」であると告発する手紙と見知らぬ女の子の写真が届く。
絢が「悪魔」と称されてしまう理由は何なのか。写真の女の子とは誰か。そして、遥香の想いは成就するのか。
女子高に通う女の子達を中心に繰り広げられる青春ガールズラブストーリーシリーズ! 泣いたり。笑ったり。そして、恋をしたり。彼女達の物語をお楽しみください。
※全話公開しました(2020.12.21)
※Fragranceは本編で、Short Fragranceは短編です。Short Fragranceについては読まなくても本編を読むのに支障を来さないようにしています。
※Fragrance 8-タビノカオリ-は『ルピナス』という作品の主要キャラクターが登場しております。
※お気に入り登録や感想お待ちしています。
Emerald
藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。
叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。
自分にとっては完全に新しい場所。
しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。
仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。
〜main cast〜
結城美咲(Yuki Misaki)
黒瀬 悠(Kurose Haruka)
※作中の地名、団体名は架空のものです。
※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。
※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。
ポリン先生の作品はこちら↓
https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
LOVE NEVER FAILS
AW
ライト文芸
少年と少女との出逢い。それは、定められし運命の序曲であった。時間と空間の奔流の中で彼らが見るものは――。これは、時を越え、世界を越えた壮大な愛の物語。
※ 15万文字前後での完結を目指し、しばらく毎日更新できるよう努力します。
※ 凡人の、凡人による、凡人のための物語です。
三度目の庄司
西原衣都
ライト文芸
庄司有希の家族は複雑だ。
小学校に入学する前、両親が離婚した。
中学校に入学する前、両親が再婚した。
両親は別れたりくっついたりしている。同じ相手と再婚したのだ。
名字が大西から庄司に変わるのは二回目だ。
有希が高校三年生時、両親の関係が再びあやしくなってきた。もしかしたら、また大西になって、また庄司になるかもしれない。うんざりした有希はそんな両親に抗議すべく家出を決行した。
健全な家出だ。そこでよく知ってるのに、知らない男の子と一夏を過ごすことになった。有希はその子と話すうち、この境遇をどうでもよくなってしまった。彼も同じ境遇を引き受けた子供だったから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる