霊感不動産・グッドバイの無特記物件怪奇レポート

竹原 穂

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第三話 特定街区の飛び降り団地

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「ぅ、うわ……むぐっ!!」

 辛抱たまらず叫びだしそうになったところで、所長に口元をガシッと抑えつけられた。

「シーッ! 仮にも依頼者宅なんだから叫ぶのはまずいって!」
「そ、そうは言っても……!」

 僕に見えるってことは、しかも話しかけるってくるってことは相当まずい幽霊なんじゃ……!

「おにーちゃんも、青子あおこちゃんの声が聞こえるんだね! うれしい!」
「え、えっと……」

 空子くうこちゃんの言葉に偽りはない。
 ぴょんぴょん跳ねてうれしそうに友達を共有できる喜びを表している姿を目の当たりにすると、空子くうこちゃんには「おまえがしねばいいのに」とは聞こえていないんだと分かる。

「ど、どうして同じ言葉のはずなのに霊感の度合いによって伝わる言葉が違うんですか!?」
「希望的観測が入るからだよ。さっきも言ったけど、幽霊を形作っているのは恐怖っていう曖昧な感情だからな。ここに愛とか情とか、余計なものは入ると混じって雑音になる。中立な立場じゃないと、死者の真言は聞こえないんだ。俺にはできない。だから朝くんが必要なんだよ」

 所長は青子ちゃんの位牌をヒョイと拾い上げて、玄関で立ち尽くしていた内坂ないさかさんに問いかける。

「奥さん。コレ、だめですよ」
「ヒッ……」
「中身、どこにあるんですか?」

 対お客様向けの柔和な笑みで、だけど有無を言わさぬ強さがあった。
 さっきまで楽しそうだった空子くうこちゃんは、どこか虚ろな目で空中を見つめている。
 僕はどっちに気を揉んで良いか分からず、とりあえず呆けている空子くうこちゃんが急に倒れて怪我をしないようにその場に座らせてから、所長の元へ急いだ。

「わた、私たちは、ただ、一緒に居たかったんです……っ! 一緒に生まれたんだから、一緒に死なせてやりたいじゃないですか……!」

 内坂ないさかさんが涙ながらに所長に訴える。
 でも、所長には全く響いていない。

「そうですね、分かります。本当によく分かります。家族を大事にする気持ち。痛いほど分かります。共感の雨霰です。ですが……」

 所長は膝から崩れ落ちた内坂ないさかさんに目線を合わせるために、自分もしゃがみ込む。

「こういうことをするには、『覚悟』が必要なんですよ」
「か、覚悟……?」
「死者を引き留めておくっていうのは、その後に起こる怪奇現象体調不良奇々怪々超常現象そのすべてを、受け止めて引き受ける覚悟が要るんです」
「………」
「安らかな死者にとって、地上は耐え難い苦痛なのです。事実、青子あおこちゃんは幽霊達の温床にされて、すっかり原型を留めていません」
「あ、青子あおこが……!?」
「別れが惜しい気持ちは分かりますが、青子あおこちゃんのことを真に想うのならば……彼女の遺体の場所、教えていただけませんか?」

 内坂ないさかさんは音もなく大粒の涙を幾筋も流してから、力なく寝室の押入を指さした。
 教えられた場所を調べると、そこには衣類の他にピンクの毛布に包まれた小さな箱が置いてあった。
 これは……魔鏡館まきょうかんで見覚えがある。
 絶対開けたくない……。
 でも、まだ玄関で泣き続けている内坂さんに所長はつきっきりだ。
 空子ちゃんの様子も気になる。早いところ決着をつけないと……! という気持ちで思い切って毛布を解き蓋を開けた。

「みっ……!?」

 てっきり、魔鏡館まきょうかんの時のように遺骨が入っているのかと思っていたら……遺骨ではなく、ミイラのように干からびた赤ん坊だった。

 



※※※





「内坂さんのところはな、元々双子だったんだ。でも生まれてすぐに片方が亡くなって、その遺体をどうしても燃やしたくなかったらしい。いつか空子ちゃんが亡くなるときに、一緒に棺に入れたくてそれまでああやって隠しておくつもりだったって白状してくれたよ」
「それって……遺体遺棄とかになるんでしょうか」
「グレーだなぁ。内坂さんは引っ越す度に遺体も一緒に持ち歩いていたみたいだし。ま、不動産的に言うと完璧アウトだけどな。これで晴れてあそこも事故物件って訳だ。ちゃんと火葬して埋葬してくれりゃいーけど」

 帰りの車中で、僕と所長はそんな会話を交わす。
 原因を突き止めた後はドライなのはいつものことだけれど、今回は新しい結界の張り方をレクチャーしたりしていたから、親切な方だと思う。
 やっぱり、まだ住んでいる人がいるからかな。
 それとも、身内を引き留める気持ちが、妹を亡くした所長には身に沁みて分かるからかもしれない。

「上から見たとき、まるで団地の形に黒い穴が空いているように見えましたが、あれは屋上が不法投棄で汚れていたから本当に黒かったんですね」

 番場さんを待つ間に眺めていた景色を思い出す。

「周りが高層ビルばかりだと、隣接していない限り上から見てもわかんないよな~」
「これで良かったんでしょうか……」
「満点だろ? だって、正しい盛り塩のやり方も教えたし。霊道の流れを変えることはできないけど、結界である程度防ぐことはできる。これで他の首吊り団地からの流れ弾は防げるし、屋上を綺麗にすればさらに万全だぜ。今回はたまたま、タイミングが悪かったんだよ」
「タイミング……ですか」
「そう。がめつい奴らが幽霊団地を取り壊さなければ霊道を伝って流れてこなかったし、きたとしても依頼主の家みたいな格好の依代がいなければせいぜい寿命がちょっと縮まるぐらいだって」
「そうですか……」
「依頼主にとっても、ミイラとの生活が自然すぎて忘れていたんだろうな。自分たちがなにをしているのか。だから、空子ちゃんの奇行ばかりが目に付いた。最初におかしなことをしたのは、親の方だっていうのに。全く」
「……遺体とか遺骨とか、そういうのをちゃんとお墓に入れないのってやっぱり良くないんですね」
「そりゃあそうだろ~? 死者にとって、この世界は毒なんだよ。俺たちだって、幽霊が近くにいると体調が悪くなるし。住む世界が違うんだ。お墓ってのはそのケジメなんだよ。そうしないと、どっちつかずになる」

 なるほど……。
 
「今回の仕事は良かったな」
「……僕、屋上から落ちそうになったんですけど」

 その時の衝撃で、今もちょっと首が痛い。
 他にも、頭に保冷剤が当たったりさんざん頬を叩かれたり、自業自得だけれどライターで指も炙っている。

「ははは! そういえばそうだったな! 朝くんはもう高いところに上らないほうがいいかもな~」
「笑い事じゃないですよ……」
「でもさ、これで見えるし聞こえるようになったじゃんか。次は話せるようになろうな~。俺にはできないことだし」
「えぇ……イヤなんですけど……」
「だめだめ、それが仕事なんだから」

 そう言われてしまうと辛い。

「……けど、僕は取り憑こうとしていない霊は分からないんですよ?」
「そりゃ、ぜーんぶ見えるのはよっぽど強い奴だけだからな。朝くんは中の上ってところだ。世の中には上の上もいるんだから、あんまり気にするなって」
「そういう意味じゃなくてですね……あの、それじゃあ霊感レーダーの役割を果たしてないんじゃないかと思いまして……」
「レーダー? あぁ、あれは依頼主に分かり易くそう例えただけだぜ。俺は朝くんのこと、大事な相棒だと思ってるからな!」

 所長は運転中にも関わらず、助手席に座る僕に顔を向けていつもの顔全体を歪める笑い方をした。

「うっ、運転中は前を向いて下さい!」

 その言葉がうれしくないと言えば嘘になるけれど……なんだか少しだけ引っかかった。

「ほいほい。じゃ、遺志留いしどめに帰ろうぜ」
「……途中で運転、かわりましょうか? 所長もお疲れでしょう?」

 屋上での憑かれた様子を思い出す。
 所長には霊感がほとんどない、一般人と同じなのだ。

「大丈夫だって! 気にするなよ。俺は幽霊なんて関係ないけど、朝くんは違うだろ? ゆっくり休んでくれよ。俺はドライブ楽しんでおくからさ」

 そう、所長には霊感がないはずなんだ。
 ……でも、その割には鋭かったりする気がするんだけれど……やっぱり気のせいなのか?

「それじゃあ、お言葉に甘えます……」

 違和感の正体は、まだわからない。
 でもなんとなく、小骨が喉に挟まったような感覚だった。
 深追いしようと思えばできるけれど、今は車の振動と適温の空調が心地よくて瞼が下りてしまった。
 眠りに落ちる直前、所長が何か言っていたような気がするけれどうまく聞き取れなかった。





※※※





「ふぅ……」

 今日も一日、無事に終えることができた。
 与えられた部屋に引っ込んで、さっさと三階の自室に上がってしまった所長の代わりに花瓶の水を入れ替えて回る。
 竜胆の花は、今日も綺麗に色づいていた。
 これがちゃんと咲いてるうちは、幽霊が通っていないんだっけ。
 でも、妹さんはこの家の中にいるんだよな……じゃあ普段はどこかに閉じこもっているのかな?
 そんなことを考えながら一通りの仕事を終えてベッドに倒れ込むと、テーブルに置かれていた写真立てに足が当たって落ちてしまった。

「おっと」

 あれは確か、所長の妹さんの大切な写真だったはず。
 急いで拾って確認する。
 幸い、ヒビは入っていなかった。
 良かった……と胸をなで下ろしていたら、気がつきたくないことに気がついてしまう。

「……あれ?」

 ここに配属された初日、所長に見せてもらった写真の中の妹さんは、白いワンピース姿でブランコに乗って笑っていたはずだった。

 でも、今の写真の妹さんは……ブランコから下りていた。

 両手を後ろで組んで、ニコニコ笑いながらブランコの横に立ってこちらを見ている。
 ……写真は複数あって、所長が定期的に入れ替えているのだろうか。
 そんな手の込んだことをしそうには思えないけれど、現状、それが一番現実的だと思う。

「まさか、ね……」

 よくある怪談話。
 写真の中の故人が徐々に動いて、最終的には写真の持ち主を呪う話。

「ダメだダメだ……」

 また変なことを考えてしまいそうになる。
 こういうところがダメなんだ僕は……!
 こんなの、明日所長に聞けば良いだけの話じゃないか。
 絶対、所長が写真を変えているだけに決まってる。
 うん、そうに違いない。

「寝よう……」

 それでも、写真立てはしっかり裏返しておいた。
 ……だって、写真を見る度に近づいてくるタイプだったら怖いじゃないか。

「………」

 寝れない。
 眠れるわけがない。
 車内で結構寝てしまったことも手伝って、疲れているのに睡魔が全く襲ってこない。仕方なく起き出した僕は、枕元のスマホをちょっとだけイジることにした。
 本当は眠る前に触るのはよくないんだろうけど……やむを得ない。
 でもなにを調べようか……。
 SNSの類はやっていないし、下手に何かを検索したら余計に恐怖をあおりそうだ。
 なにか、恐怖とは無縁のものを……。

「そうだ」

 たしか、さっきお世話をした竜胆の花言葉について、所長が以前何かを言っていたような気がする。
 花言葉なら、まぁ大丈夫だろう。

「えーっと、竜胆、花言葉、っと……」

 最初にヒットしたのは、『勝利』『正義感』だった。
 なかなか良い意味の言葉だ。
 所長が気に入るのも分かる。……所長はもうちょっと、ひねくれていると思うけど。

「へぇ~……」

 その他にも、薬として使われたり太陽に向かって咲くことから前向きな印象を与えると知った。いろんな意味があるんだなぁ……とスマホ画面をスクロールしていくと、気になる一文が目に留まる。


【悲しみに暮れるあなたを愛する】


 数ある花言葉のうち、この一つだけがネガティブだと感じた。

「……なんでだろ」

 さらに検索しようとしたけれど、そこで記憶が飛んで気がついたらもう朝だった。
 テーブルの上に置いた裏返しの写真立ては、寸分の狂いもなく昨夜のままそこにある。
 ひっくり返して表を確かめる度胸なんてない僕は、そそくさと起き出して朝の支度を始めた。



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