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第三話 特定街区の飛び降り団地
②
しおりを挟む「依頼されてる物件、には?」
……と、いうことは依頼されていない他の物件にはなにか曰くがあるのだろうか……。
「おぅ。上から見たとき、取り残された団地は複数あっただろ?」
「はい……。パッと見ただけでも、三つぐらいありました」
「グッド。よく見てるな。でもな、依頼はその中の一件だけなんだよ」
「……またダブルブッキングですか?」
遺志留支店は依頼を受けて原因なき怪現象が相次ぐ無特記物件の調査を主に行っているけれど、その依頼主は個人から企業まで様々だ。
基本的に誰でも歓迎しているので、一つの物件に複数の会社から依頼が入ることも珍しくない。
「違う違う。今度はピンのご依頼だって。目的の団地には今も住民がいるんだけど、怪現象が多すぎるからなんとかして欲しいんだと」
「怪現象って何ですか?」
「昼夜問わず、誰かが階段を歩いている音がする・インターホンが鳴る・屋上へと続くドアが何度直してもすぐに壊される・水の出が悪い・部屋から出られない……ざっとこんなもんかな。最初以外は、経年劣化のせいで設備不良や立て付けが悪いために起きているんだろうけど、最初の足音だけがなぁ……」
「それが一番、実害なさそうですけど」
「いやいや、音っていうのは生活に深刻な影響を与えるんだぜ? 隣の家のピアノがうるさいって理由で隣人を殺せるのが人間なんだから。騒音被害を巡る裁判だってあるし」
「じゃあ、実際に誰かが歩いているんですか?」
霊感持ちじゃなければ、幽霊の足音なんてまともに関知できないはずだ。
住民が被害を訴えるほどならば、多くの人が足音を認識しているということだろう。
「住民の中で、足音を録音したって証言があるんだよ」
「録音! それじゃあ、今回は少なくとも幽霊の仕業ではないんですね!」
思わず喜びが顔に出てしまった。
慣れてきたといっても、積極的に関わりたいわけじゃない。
生来のビビりは、少々霊感開花したぐらいでは変わらないのだから。
「ん~……。それはどうかと思うぜ?」
所長は含みを持たせた言い方をする。
普段、どうでもいいことでもわざと溜めたりするから、その真意がどこにあるのかよく分からなかったけれど、「おっ。コンビニみっけ」と立ち寄ったコンビニエンストアの駐車場でその意味するところが分かった。
「買いに行く前に、コレ見ていけよ。いや、聞いていけと言った方が正しいかな」
所長が見せてくれたのは、調査依頼のメールに添付されていた音声ファイルだった。
これが、例の足音を録音したデータなのだろう。
「ちなみに、俺の耳にはほとんど雑音しか聞こえなかった。ノイズや布切れの音が多すぎて、足音が聞こえると言われればぎりぎりそうかもしれないってレベルだな」
所長が再生ボタンを押した。
この時、スピーカーモードにしてくれて、本当に良かったと思う。
もしも、イヤホン越しに聞いていたら、僕はたぶん当分寝込んでいただろう。
再生されても、僕の耳には雑音なんて聞こえなかった。
ただ、鮮明な大音量で……。
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