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九話

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「王都からの脱出、容易ではありませんぞ?」

 王都脱出のため、話し合いは深夜に及ぶ。
 家臣のひとり、老練の知将ガリウスは髭に手をあて唸る。
 王家指南役を退いてから十数年。古巣のヴァンハイアー家に骨をうずめるため戻ってきて下さった、戦の天才と呼ばれた御老人だ。
 
「騎馬も足りぬ、物資も足りぬでは、いくら士気が高かろうと戦はできませぬ。油断することなかれ。王子直轄の兵士たちは、練度も高く精鋭揃い。この国最新鋭の装備も好きなだけ与えられていると聞く。そのような敵を相手に、我々はお嬢様を守りきれるのか?」

 ガリウスの懸念はもっともに思えた。
 家臣たちで固めて私を警護して下されば頼もしいのだけれど、目立ってしまう。
 ここは敵地。
 真正面からぶつかっては、こちらに不利であると彼は言いたいのね。

「やってやれないことはない。いざとなれば俺がこの身を盾にする」

 アーサーは不機嫌そうに答えた。
 自分を安く見られていると感じたのかもしれない。
 ガリウスは想定した反応だというように微笑み、アーサーをなだめる。

「落ち着き召され若者よ。老人の言葉は形だけでも最後まで聞くことじゃ。さて、このガリウス。皆が邸宅の防備を固めておる間、じつは街の中を彷徨いていたでな。これも次の一手、その次の一手のため」

「酒でもあおっていたのではありませんな?」

「ふぉっふぉ。アーサー殿は鋭い。当たりですぞ?」

「悠長な……ガリウス様の功績は理解しています。ですが、今はどうやってお嬢様を王都の外へと出すか話し合う場。どうか自重召されて下さい」

「話は最後まで聞くものじゃよ」

 ガリウスは手を軽く叩き、ドアに目配せした。
 すると、ひとりの男性が部屋に入ってきた。
 正装の中年男性で、身綺麗にしている。

「ハボット商会のアランです。このたび、ガリウス様のお話を聞かせて頂き、商会連合を代表してヴァンハイアー家に協力の意思をお伝えに参りました。商会連合は、王都の商人たちはカテリーナ様への物資の提供を惜しみません」

 アラン様の言葉が正しければ、ヴァンハイアー家には物資面で最強の味方ができたことになる。
 アーサーは小躍りして喜んだ。

「……これは驚いた。素晴らしい。いったい何を吹き込めば、いがみ合いバラバラの商人たちをこうまでして引き込めるのだ。ガリウス様は魔法でも使ったのか?」

「いえ、違いますぞアーサー殿。素晴らしい才能と器量をお持ちのお嬢様ならばともかく、このガリウス。頭を働かせる能しかございませぬ。なので、商人たちと酒を酌み交わし、これからの王家について数字をもって解説させて頂いたまで。賢い商人たちは、単純に儲かる方についたというわけです」

 ハボット商会のアランは深々と私に向かって頭を下げた。

「カテリーナ様、お近くで拝見すると、なお美しい。私たち商人は戦を望みません。ですが、もっと望まないのは、暴君の台頭です。ガリウス様のお話を受けたときはあの王子を裏切るなどゾッとしたものですが、皆は覚悟を決めております。馬も、武器も、食料も。なんでもお申し付け下さい。貴方様のため、今後の儲けのため、商会連合を使い潰してください。王家とは理由をつけ、取引を段階的に辞めていくつもりです」

 すごい。
 商人たちが王家に逆らうのがどれだけ大変な出来事なのか、この場にいる誰もが理解していた。
 商人たちはすでに王子を見かぎり、ヴァンハイアー家に付くという意思表示に来たのだ。
 ガリウス様はそれをたった一人でやってのけたの?


「ふぉっふぉ。王都からの脱出、容易ではないのはスティーヴ殿下の方でしたわい。あの小便たれ小僧。公然とカテリーナお嬢様を侮辱しおって。このガリウス目の黒いうちは。お嬢様につく小虫を粉々に握り潰してやろう」
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