死神公爵と契約結婚…と見せかけてバリバリの大本命婚を成し遂げます!

daru

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【番外編②】3

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 陛下に呼ばれて登城すると、すっかり見慣れた豪華なラウンジに通された。

 このラウンジは陛下の趣味の宝庫だ。壁の一面には書物や楽譜が敷き詰められ、部屋の一角にはバーカウンターが、そのすぐ斜め前にはピアノが置かれている。
 部屋の至るところにソファとテーブルがセットで置かれていたが、私が来る場合は決まってバーのすぐ横の席だった。そして使用人がバーカウンターに立っている。

 私の姿を確認するなり、グラスを持ち上げてカランと鳴らし、「おぉ、プルトン!」と上機嫌だ。すでに何杯か飲んでいるようだ。

 一礼をして陛下の前に座ると、陛下が私の分のお酒も注文した。

「御用はなんでしょうか。」

 そう訊くと、陛下は上機嫌だった筈の顔をすぐに曇らせた。

「お前は相変わらず冷たい奴だな。会ってすぐに用事を訊くとは。世間話のひとつもできないのか?」

 何の為に?そう思ったが御所望ならと、一言挟む。

「本日は小雨が降っていましたが、御用はなんでしょうか?」

「雨だったからか?雨の日に呼んだからそんなに冷たいのか?」

 なかなか用件を言わない陛下に多少苛立ち、軽く息を吐くと、グラスに酒を注いで側まで来ていた使用人がびくりと肩を竦ませた。恐る恐る私の前にグラスを置き、そそくさとカウンターに逃げて行く。

 そんな反応は慣れていたが、久しぶりだったので少し新鮮だった。

 そういえば死神公爵と呼ばれていたのだったと思い出す。
 フローラと結婚をしてからというもの、邸内の使用人はどこか明るく、城でも笑顔で挨拶されることが増え、人々に忌み避けられていたことをすっかり忘れていた。

「ありがとう。」

 怯える使用人に向けてそう言うと、彼は一瞬呆けた後、いえっ!と畏まった。
 余計に怖がらせてしまっただろうか。

 ほう、と感嘆の声を漏らしたのは陛下だ。

「変わったな、プルトン。お前から使用人に礼を言うとは。」

「フローラが、よく気さくに話しかけるのです。細かい仕事から髪型を変えたというような個人的なことにまで、使用人のあれこれによく気がつくようで。」

 だから若騎士も勘違いをしたのだろう。

「それは、そうだろうな。」

「どういう意味です?」

「お前の良いところを見つけて惚れるような子だろう。」

 よく人を見ている証拠だと言われ、なるほどと納得しかけたが、すんでのところで首を捻った。
 確か最初は見た目が好みだったと言っていたような。そうなってくると、ただの趣味の変わった女の子だ。

「お前も人間らしくなったというか、近寄るなオーラが薄れたというか。」

「そんなオーラを出していたつもりはありませんが。」

「ともかく、お前が良い嫁を貰ったようで本当に安心したよ。女性でありながらイノシシの脳天をぶち抜くような、肝の据わった方だしな。実にお似合いだ。あっはっは!」

 はっとしてグラスを置く。

「それは、フローラの前では仰らないよう、お願い申し上げます。」

「なぜだ?素晴らしい腕前だったのに。」

「どうしてもです。」

 フローラが格好良いことは百も承知だ。心の芯がとても強く、包容力もあり人としての器が大きい。
 何度も心身共に助けられたし、銃の腕前は男の私も惚れ惚れするほどだった。

 しかし、彼女はそう見られることを望んでいないようなのだ。
 格好良く場を収めた後は、必ず取り繕ったようにわざとらしく女の子らしさを見せようとする。そうやって甘えてくる姿もまた可愛く、つい騙されたふりをしてしまう。

「ふーん、まぁいいさ。お前がそう言うのなら触れずにおこう。」

「ありがとうございます。」

 互いにそれぞれ酒をひと口流し込み、またグラスを置いた。

「それで、ご用件はなんでしょう。」

 チッと陛下の舌打ちが鳴った。

「世間話は終了か?」

「ご用件を聞いてからでも世間話はできますよ。」

「嘘をつけ!お前すぐに帰るだろう!」

 当たり前だ。早く帰ってフローラと一緒に過ごしたい。夜の時間が短くなった分、日中しかゆっくりできないのだから。

 あまり無礼を働きたくはなかったが、自然と重いため息を溢してしまった。

「プルトン、お前、私にそんな態度で許されると思っているのか!」

「はぁ、すみません。」

 また出た。あくまでも自然にだ。そうしようと思って出しているわけではない。

 わなわなと陛下の手が震え、びしっと私に人差し指が向けられた。

「態度を改めないのなら、お前を宰相に任命してやるぞ!」

「やめてください!」

 忙しい城勤めなど絶対にご免被る。
 陛下が即位したばかりの頃は本気で打診されたが、全身全霊を込めて断り、それ以来、宰相に任命するぞという言葉が私を脅す常套句となった。

 私が首都にいるのも、これが原因だった。
 そもそも父の死後は領地でひっそりと静かに過ごし、代官も立てずに自ら領地を運営する予定だった。しかし、首都を出て行こうとするならば、とその常套句で脅され、首都外に住むことを許されなかったのだ。

 王というのは全く厄介だ。

「私にどうして欲しいのですか。」

「お前のとこの植物園で、どでかい花が咲いたのだろう?スケッチは無いのか?」

 にっこりと笑って見せる陛下。
 明確な用件を言わないところを見るに、どうやら話し相手として呼ばれたらしい。

「持ってきていません。」

「なぜだ?!」

「御所望だとは知りませんでしたので。」

「知らなくても、友人である私と喜びを共有しようとは思わないのか?!」

 確かに幼い頃から面識はあったが、性格も好きな事柄も真逆の彼とは全くもって馬が合わなかったのに、なぜ友人と見なされているのかいつも疑問に思う。

 更に言えば、脅迫して行動を制御しようとする者を果たして友人と呼べるのだろうか。

「共有でしたら妻としました。」

 チッと再び陛下の舌打ちが鳴った。目が三角に吊り上っている。

「いいかプルトン。確かに夫人はとても良い嫁だ。若くて可愛いし、お前が優先する気持ちもよく分かる。しかしな、ラブラブなんていつまでも続かないぞ。子ができれば夫なんか後回しにされるのだからな。そんな時に大切なのは愚痴を溢せる友人だとは思わないか?お前の友人といえば、私だろう?」

 はっとした。

 なぜ気がつかなかったのだろう。
 フローラの突然の生活習慣の改善。口にするものに気を使い、アルコールを避け、体を冷やさないように気を付けていた。
 更には診察後の大切な話となれば、大病でなかったとすると、それの可能性だって大いにあるではないか。全ての辻褄が合う。

 フローラは懐妊したのでは。

 自然と立ち上がった。すぐにでも彼女の元へ向かわなければ。

「すみません、急用を思い出しました。」

 そう言って足早に戸口へ向かう。

「は?まだ話の途中だろう?」

 そのまま流してもよかったが、陛下の言葉がきっかけとなって気がついたわけだから、感謝はするべきかと1度振り返った。

「後日、花のスケッチを持って改めて参ります。」

「呼ばずとも、お前から来てくれるということか?!」

 陛下の目が輝いた。まるで顔に嬉しいと文字が書いてあるようだ。心なしか犬のように左右に揺れる尻尾も見える気がする。

 何がそんなに嬉しいのやら。
 可笑しくて、ふっと笑みが零れた。

「それでは失礼させて頂きます。」

 ぽかんと口を開けた陛下を残し、私はその場を後にした。 
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