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【番外編①】3 完
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予想通り、と言っては失礼だとは思いながらも、その通り、プルトン様は獲物を持たずして帰ってきた。その横で、陛下とお祖父様は大変ご機嫌である。
「いやぁ鹿がよく育っていたよ!こんなに大きい鹿、見たのも仕留めたのも初めてだ!」
「お見事でございました、陛下。」
陛下は「なぁ、プルトン!」と話を振るが、当のプルトン様の表情は暗く、そうですね、とだけ返した。
それを見て陛下は豪快に笑う。
「はっはっは、そんなにいじけるな。」
「陛下が大いに楽しめたようで、なによりです。」
「うむ。お前と狩なんて久しぶりだからな。少しはしゃいでしまったかな。」
少し?とプルトン様の低い声が漏れたが、陛下は快活に王妃様に報告をし始めており、その耳には届かなかったようだ。
私は、一瞬冷やりとした胸を撫で下ろす。
プルトン様が陛下からの厚い信頼を受けていることは最初から知っていたが、正式に結婚をして、何度か夫婦揃って拝謁する度に、その関係にはとても肝を冷やさせられた。
陛下がプルトン様を随分と慕っているのは一目瞭然だが、プルトン様の方はそんな陛下にどこか冷たい。
会話をしていてもプルトン様が笑顔を見せるようなことは全く無く、最低限の礼節こそ守っているものの、陛下の言葉によっては冷めた視線を送り、思ったことをズバズバと発言し、反論や否定も何のその。
側で聞いていて、相手がこの国で最も尊い御方であるということを忘れているのではないかと思うほどだった。
それだけ仲が良いということなのだろうか。
手の甲で額の汗を拭うプルトン様に歩み寄り、ハンカチを差し出す。
「お帰りなさい。」
笑顔で迎えると、プルトン様もハンカチを受け取り頬を僅かに緩めた。
持っている銃に使った形跡が見られないのが微笑ましい。やはりプルトン様に荒っぽい狩猟は似合わない。今朝のような強引な態度も素敵ではあったけれど。
今朝のような。ソファに押し倒された場面が頭に浮かび、思わず顔が熱くなった。
あれはあれで良かったと、勝手に口元がにやける。
そして、そういえばと気がついた。
「体調は大丈夫ですか?」
「はい、残念ながら。」
その返しに苦笑する。
「安心しました。森に入るというのに、下剤だなんて。」
「…すみません。」
「獲物が獲れる獲れないに関わらず、森には危険がいっぱいなんですよ。」
「はい、もうしません。」
当たり前です!と叱ったところで、きゃあと悲鳴が聞こえ、一気に騒然とした。
見れば、森の方から1頭の大きなイノシシ。すごい勢いでこちらをめがけて突っ込んでくる。
使用人は慌てふためき逃げ惑い、護衛の騎士たちがそれぞれ王夫妻と私たち夫婦の前に立った。
プルトン様は咄嗟に私を抱き寄せたが、私はその胸板を押して体を離した。
瞬時にプルトン様が持つ銃に手を伸ばす。使い慣れたそれを取り上げ、装填されていることを確認し、目の前の騎士にもどくように告げた。
銃口をまっすぐ標的に向け、ぐんぐんと距離を詰めてくるイノシシの眉間に照準を合わせる。的は目前。
引き金を引く前に、銃声が嫌いだというプルトン様の為にひと言。
「耳を塞いでください。」
ダァーン!
10メートルという距離まで来ていたイノシシは前のめりになって倒れ込み、勢いそのまま前転するように転がってきた。
私は再びプルトン様に引き寄せられ、気づけばプルトン様の胸板で視界が遮られていた。たぶん、イノシシから庇われるようにして腕に閉じ込められている。
なかなか弛まない腕の中でぐいぐいと身じろぎし、どうにかプルトン様の影から顔を出すと、どうやら転がってきたイノシシは、前に出た騎士たちが受けたようだ。ぐったりとしたイノシシの眉間から血が流れているのが見えた。
一瞬の静寂の後、1番に歓声を上げて拍手を始めたのは陛下だった。
「よくやった公爵夫人!」
それに続いてぱらぱらと拍手が増え、瞬く間に使用人たちによる大喝采に囲まれた。誰が吹いているのか、指笛の音まで聞こえた。
そして、徐々に後悔の念に襲われる。
今の対処は、可愛くなかったのでは?
じわりと額に汗がにじんだ。
黙っていれば騎士たちが対処してくれていたのでは?最悪、お祖父様もいたわけだし、任せておけば仕留めてくれていたのでは?
しかしイノシシは俊敏だ。もうすぐそこまで迫っていたし、余裕をこいて襲われでもしていたら大変だった。
牙のひと突きで死ぬこともある猛獣だ。プルトン様をそんな危険な目には合わせられない。
でも、絶対可愛くなかった。
ぐるぐると回る思考で固まっていると、ふいにプルトン様の手によって顎を持ち上げられた。
真っ黒い瞳には自分が映っている。
「フローラ、怪我はありませんか?」
銃の扱いは子供の頃からお祖父様に習っていたので、プルトン様のように肩を痛めるなんてことはない。
イノシシにおいても確実に仕留め、その身体は騎士が止めてくれたので大事ない。
怪我などしようもなかった。怪我などしようもなかったが、これは好機だ。
忙しない脳内会議の結果、しおらしく、プルトン様の胸にしだれかかった。
「怖かったです。」
そう呟くと、プルトン様は一層腕に力を込めて、抱きしめてくれた。
「貴女のお陰で被害が出ませんでした。ありがとうございます。」
抱かれたまま優しく頭を撫でられ、ほっとする。
間違っていなかったと思いたい。可愛くはなかったけれど。絶対。ちっ。
まだそのままでいたかったが、陛下に王妃様、それからお祖父様も歩み寄ってきたものだから、そうもいかない。
体を離すと、すぐさま陛下に手を握られた。
「すごいな夫人!まさか銃を扱えるとは!しかも狙いも精確だ!」
「あ、ありがとうございます。」
握られた手をぶんぶんと縦に振られ、勢いのよさに呆気にとられる。
その手を、プルトン様が引き離してくれた。
「陛下、あまり人の妻に気安く触れるのは感心しません。」
陛下はぽかんと口を開けた後、豪快に笑い始めた。王妃様も声こそ殺しているが、陛下の後ろで肩を揺らしているのが見える。
「フローラも気をつけてください。」
陛下相手にどうしろと。
「銃が使えるのなら、小銃でも持たせましょうか。」
陛下相手にどうしろと?!
「プルトン!私に謁見する者は武器の所持は禁止だ!」
青ざめる陛下。
いや、いくら私でも陛下を撃ったりしませんが。
とりあえず笑っておけと思い苦笑を浮かべていると、ぴりぴりとするプルトン様の元へバルバストル家の騎士団長が駆け寄ってきた。
「閣下、3班が戻りました。」
私までぴくりと反応してしまう。騎士団の班編成は私も気になっていたのだ。
1班はプルトン様の共に、2班は私の護衛に就いていた。3班も編成されたと聞いたが、一体何を任せられたかと。
振り返ると、がちゃがちゃと何やらたくさんの器具や金属製の篭が乗った荷車の横に、3班員が整列していた。
頭に大きなクエスチョンマークが浮かぶ。
プルトン様がすたすたとそちらへ向かうのに合わせて騎士団長もついて行くので、私もそれに続いた。
「成果は?」
班長らしき騎士が1歩前に出る。
「はい、ご報告致します。Aエリア、Bエリアは全滅でしたが、Cエリアの1つにだけ掛かりました。」
すると、班長の後ろにいた騎士が片手で持てる程度の四角い篭を持ち、前に出た。
篭の中には、ウサギが1羽。茶色い毛をした野ウサギがどしりと篭の隅で丸くなっている。その黒くて丸い瞳と目があった。
どうしよう。心なしか、プルトン様に似ている気がする。
笑ってしまわないように口元を引き締めた。
プルトン様はウサギをじっと見つめた後、ご苦労だったと班員を労うと、篭を受け取り私に向き直った。
「フローラ。」
「はい。」
「獲物です。」
「はい?」
生きていますが。
「銃を撃つのは苦手なので、許可を取って罠を仕掛けさせていただいたのです。結果はウサギが1羽、のみですが。」
「罠、ですか。」
我慢の限界だった。しっかり力を込めて閉じていた口を、笑いの波がこじ開けてくる。
あはははと声を出して笑うと、プルトン様はバツの悪そうな顔をして少し俯いた。
「すみません。」
「あはは、なぜ謝るのですか?」
「…格好悪いでしょう。」
「そんなことありません。」
視線を上げたプルトン様の頬に手を伸ばし、骨ばった輪郭をさらりと撫でる。
「優しくて、プルトン様らしいです。」
僅かに瞼を持ち上げたプルトン様は、ほんの少しだけ頬を染めて私の手を取ると、その手の甲にキスをした。
2人きりだったら唇も寄せていただろう雰囲気に、理性を保つのが難しい。
しかしこれ以上、国王夫妻のにやにやを助長させるのはあまりにも気恥ずかしい。
プルトン様も同じ思いなのか、繋がれた手を名残惜しげにそっと離した。
「ウサギはシチューにでもしてもらいましょうか。」
「それなのですが。」
もう1度ウサギをじっと見つめる。真っ黒い瞳が、細い手足が、どしりと構えた様子が、やっぱりプルトン様に重なる。
くすりと笑みが零れた。
「この子、飼ってもいいでしょうか?」
「野ウサギをですか?」
「はい。運良く生き延びたプルトン様の獲物ですので。」
「…運良く。」
「ですので、幸運のウサギとして育てましょう。」
今度はプルトン様が笑みを零した。
「ふふ、幸運なのは、フローラに見初められたことです。」
プルトン様は、丁重に扱うようにという言葉を添えて、篭を騎士団長に渡した。団長もほっこりした様子でそれを受け取る。
別荘への帰り道、国王夫妻とは別の馬車だったので、私は遠慮なくプルトン様に寄り添い、馬車に揺られた。
どんな家を用意してあげようか。邸宅の庭をぴょんぴょんと跳ねるウサギを思い浮かべると、わくわくした。
そして、幸運のウサギというキャッチフレーズで、幸運グッズのブランドを作ってみるのもありかも知れないと脳内でかしゃかしゃと計算が始まる。
庭の改築案や事業案をあれこれ提案し、プルトン様はそんな私の肩を抱きながら、賛同したり、意見をしたり、そして、時折歯を見せて笑った。
【番外編① 完】
「いやぁ鹿がよく育っていたよ!こんなに大きい鹿、見たのも仕留めたのも初めてだ!」
「お見事でございました、陛下。」
陛下は「なぁ、プルトン!」と話を振るが、当のプルトン様の表情は暗く、そうですね、とだけ返した。
それを見て陛下は豪快に笑う。
「はっはっは、そんなにいじけるな。」
「陛下が大いに楽しめたようで、なによりです。」
「うむ。お前と狩なんて久しぶりだからな。少しはしゃいでしまったかな。」
少し?とプルトン様の低い声が漏れたが、陛下は快活に王妃様に報告をし始めており、その耳には届かなかったようだ。
私は、一瞬冷やりとした胸を撫で下ろす。
プルトン様が陛下からの厚い信頼を受けていることは最初から知っていたが、正式に結婚をして、何度か夫婦揃って拝謁する度に、その関係にはとても肝を冷やさせられた。
陛下がプルトン様を随分と慕っているのは一目瞭然だが、プルトン様の方はそんな陛下にどこか冷たい。
会話をしていてもプルトン様が笑顔を見せるようなことは全く無く、最低限の礼節こそ守っているものの、陛下の言葉によっては冷めた視線を送り、思ったことをズバズバと発言し、反論や否定も何のその。
側で聞いていて、相手がこの国で最も尊い御方であるということを忘れているのではないかと思うほどだった。
それだけ仲が良いということなのだろうか。
手の甲で額の汗を拭うプルトン様に歩み寄り、ハンカチを差し出す。
「お帰りなさい。」
笑顔で迎えると、プルトン様もハンカチを受け取り頬を僅かに緩めた。
持っている銃に使った形跡が見られないのが微笑ましい。やはりプルトン様に荒っぽい狩猟は似合わない。今朝のような強引な態度も素敵ではあったけれど。
今朝のような。ソファに押し倒された場面が頭に浮かび、思わず顔が熱くなった。
あれはあれで良かったと、勝手に口元がにやける。
そして、そういえばと気がついた。
「体調は大丈夫ですか?」
「はい、残念ながら。」
その返しに苦笑する。
「安心しました。森に入るというのに、下剤だなんて。」
「…すみません。」
「獲物が獲れる獲れないに関わらず、森には危険がいっぱいなんですよ。」
「はい、もうしません。」
当たり前です!と叱ったところで、きゃあと悲鳴が聞こえ、一気に騒然とした。
見れば、森の方から1頭の大きなイノシシ。すごい勢いでこちらをめがけて突っ込んでくる。
使用人は慌てふためき逃げ惑い、護衛の騎士たちがそれぞれ王夫妻と私たち夫婦の前に立った。
プルトン様は咄嗟に私を抱き寄せたが、私はその胸板を押して体を離した。
瞬時にプルトン様が持つ銃に手を伸ばす。使い慣れたそれを取り上げ、装填されていることを確認し、目の前の騎士にもどくように告げた。
銃口をまっすぐ標的に向け、ぐんぐんと距離を詰めてくるイノシシの眉間に照準を合わせる。的は目前。
引き金を引く前に、銃声が嫌いだというプルトン様の為にひと言。
「耳を塞いでください。」
ダァーン!
10メートルという距離まで来ていたイノシシは前のめりになって倒れ込み、勢いそのまま前転するように転がってきた。
私は再びプルトン様に引き寄せられ、気づけばプルトン様の胸板で視界が遮られていた。たぶん、イノシシから庇われるようにして腕に閉じ込められている。
なかなか弛まない腕の中でぐいぐいと身じろぎし、どうにかプルトン様の影から顔を出すと、どうやら転がってきたイノシシは、前に出た騎士たちが受けたようだ。ぐったりとしたイノシシの眉間から血が流れているのが見えた。
一瞬の静寂の後、1番に歓声を上げて拍手を始めたのは陛下だった。
「よくやった公爵夫人!」
それに続いてぱらぱらと拍手が増え、瞬く間に使用人たちによる大喝采に囲まれた。誰が吹いているのか、指笛の音まで聞こえた。
そして、徐々に後悔の念に襲われる。
今の対処は、可愛くなかったのでは?
じわりと額に汗がにじんだ。
黙っていれば騎士たちが対処してくれていたのでは?最悪、お祖父様もいたわけだし、任せておけば仕留めてくれていたのでは?
しかしイノシシは俊敏だ。もうすぐそこまで迫っていたし、余裕をこいて襲われでもしていたら大変だった。
牙のひと突きで死ぬこともある猛獣だ。プルトン様をそんな危険な目には合わせられない。
でも、絶対可愛くなかった。
ぐるぐると回る思考で固まっていると、ふいにプルトン様の手によって顎を持ち上げられた。
真っ黒い瞳には自分が映っている。
「フローラ、怪我はありませんか?」
銃の扱いは子供の頃からお祖父様に習っていたので、プルトン様のように肩を痛めるなんてことはない。
イノシシにおいても確実に仕留め、その身体は騎士が止めてくれたので大事ない。
怪我などしようもなかった。怪我などしようもなかったが、これは好機だ。
忙しない脳内会議の結果、しおらしく、プルトン様の胸にしだれかかった。
「怖かったです。」
そう呟くと、プルトン様は一層腕に力を込めて、抱きしめてくれた。
「貴女のお陰で被害が出ませんでした。ありがとうございます。」
抱かれたまま優しく頭を撫でられ、ほっとする。
間違っていなかったと思いたい。可愛くはなかったけれど。絶対。ちっ。
まだそのままでいたかったが、陛下に王妃様、それからお祖父様も歩み寄ってきたものだから、そうもいかない。
体を離すと、すぐさま陛下に手を握られた。
「すごいな夫人!まさか銃を扱えるとは!しかも狙いも精確だ!」
「あ、ありがとうございます。」
握られた手をぶんぶんと縦に振られ、勢いのよさに呆気にとられる。
その手を、プルトン様が引き離してくれた。
「陛下、あまり人の妻に気安く触れるのは感心しません。」
陛下はぽかんと口を開けた後、豪快に笑い始めた。王妃様も声こそ殺しているが、陛下の後ろで肩を揺らしているのが見える。
「フローラも気をつけてください。」
陛下相手にどうしろと。
「銃が使えるのなら、小銃でも持たせましょうか。」
陛下相手にどうしろと?!
「プルトン!私に謁見する者は武器の所持は禁止だ!」
青ざめる陛下。
いや、いくら私でも陛下を撃ったりしませんが。
とりあえず笑っておけと思い苦笑を浮かべていると、ぴりぴりとするプルトン様の元へバルバストル家の騎士団長が駆け寄ってきた。
「閣下、3班が戻りました。」
私までぴくりと反応してしまう。騎士団の班編成は私も気になっていたのだ。
1班はプルトン様の共に、2班は私の護衛に就いていた。3班も編成されたと聞いたが、一体何を任せられたかと。
振り返ると、がちゃがちゃと何やらたくさんの器具や金属製の篭が乗った荷車の横に、3班員が整列していた。
頭に大きなクエスチョンマークが浮かぶ。
プルトン様がすたすたとそちらへ向かうのに合わせて騎士団長もついて行くので、私もそれに続いた。
「成果は?」
班長らしき騎士が1歩前に出る。
「はい、ご報告致します。Aエリア、Bエリアは全滅でしたが、Cエリアの1つにだけ掛かりました。」
すると、班長の後ろにいた騎士が片手で持てる程度の四角い篭を持ち、前に出た。
篭の中には、ウサギが1羽。茶色い毛をした野ウサギがどしりと篭の隅で丸くなっている。その黒くて丸い瞳と目があった。
どうしよう。心なしか、プルトン様に似ている気がする。
笑ってしまわないように口元を引き締めた。
プルトン様はウサギをじっと見つめた後、ご苦労だったと班員を労うと、篭を受け取り私に向き直った。
「フローラ。」
「はい。」
「獲物です。」
「はい?」
生きていますが。
「銃を撃つのは苦手なので、許可を取って罠を仕掛けさせていただいたのです。結果はウサギが1羽、のみですが。」
「罠、ですか。」
我慢の限界だった。しっかり力を込めて閉じていた口を、笑いの波がこじ開けてくる。
あはははと声を出して笑うと、プルトン様はバツの悪そうな顔をして少し俯いた。
「すみません。」
「あはは、なぜ謝るのですか?」
「…格好悪いでしょう。」
「そんなことありません。」
視線を上げたプルトン様の頬に手を伸ばし、骨ばった輪郭をさらりと撫でる。
「優しくて、プルトン様らしいです。」
僅かに瞼を持ち上げたプルトン様は、ほんの少しだけ頬を染めて私の手を取ると、その手の甲にキスをした。
2人きりだったら唇も寄せていただろう雰囲気に、理性を保つのが難しい。
しかしこれ以上、国王夫妻のにやにやを助長させるのはあまりにも気恥ずかしい。
プルトン様も同じ思いなのか、繋がれた手を名残惜しげにそっと離した。
「ウサギはシチューにでもしてもらいましょうか。」
「それなのですが。」
もう1度ウサギをじっと見つめる。真っ黒い瞳が、細い手足が、どしりと構えた様子が、やっぱりプルトン様に重なる。
くすりと笑みが零れた。
「この子、飼ってもいいでしょうか?」
「野ウサギをですか?」
「はい。運良く生き延びたプルトン様の獲物ですので。」
「…運良く。」
「ですので、幸運のウサギとして育てましょう。」
今度はプルトン様が笑みを零した。
「ふふ、幸運なのは、フローラに見初められたことです。」
プルトン様は、丁重に扱うようにという言葉を添えて、篭を騎士団長に渡した。団長もほっこりした様子でそれを受け取る。
別荘への帰り道、国王夫妻とは別の馬車だったので、私は遠慮なくプルトン様に寄り添い、馬車に揺られた。
どんな家を用意してあげようか。邸宅の庭をぴょんぴょんと跳ねるウサギを思い浮かべると、わくわくした。
そして、幸運のウサギというキャッチフレーズで、幸運グッズのブランドを作ってみるのもありかも知れないと脳内でかしゃかしゃと計算が始まる。
庭の改築案や事業案をあれこれ提案し、プルトン様はそんな私の肩を抱きながら、賛同したり、意見をしたり、そして、時折歯を見せて笑った。
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