死神公爵と契約結婚…と見せかけてバリバリの大本命婚を成し遂げます!

daru

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 私も立ち上がってキャビネットの前に移動したが、公爵様は居心地悪そうに膝を抱えたま俯いて、目も合わない。

「狭くありませんか?」

 頭がぶつかっていますけど。

「…とても。」

 それなら早く出てくればいいのに。
 子供のように小さくなっている公爵様が可笑しくて、笑いが込み上げた。

 俯く公爵様に右手を差し出す。

「ふふふ、お体を痛めますよ。」

 そう言ってようやく顔を上げた公爵様は、私の手を取り、ゆっくりとキャビネットの中から出てきた。

 うっ、と呻きながら顔を歪めるところを見るに、体の節々が痛むのだろう。

 当然だ。私がこの部屋に入ってからすでに1時間近く経っている。それ以上の時間、縮こまって隠れていたというわけだ。

 というか、なぜ隠れていたのか。もしかしなくても今の話を全部聴かれていたのだろう。
 そしてその首謀者は、どう考えてもこの隠れ場所を知っているアリスだ。

 よろよろと歩く公爵様をソファに座らせて、首の後ろを揉みほぐして差しあげた。

「大丈夫ですか?」

「面目ありません。」

 すっ、とアリスを見据える。

「アリス、どういうこと?」

 アリスは悪びれる風でもなく、向かいのソファに腰を下ろし、両の手の平を天井に向けた。

「騙す形になってごめんなさいね、フローラ。閣下がどうしてもフローラの気持ちを知りたいって仰るから。」

 血の気が引いて、公爵様を見る。

「アリスに頼み事をしたのですか?一体、何を担保に?」

「そこなの?」

 アリスは呆れた表情を浮かべたが、がめついアリスのことだ。公爵様を相手にただで協力する筈がない。

 しかしそんな心配をよそに、公爵様は私の手を握った。
 フローラ、と黒い瞳が真っ直ぐに私を射抜く。

「私に、好意を持ってくれているのですか?」

 どきりとした。公爵様と初めて対面した、あの時と同じ言葉だったから。

 あの時はビジネスだと自分を言い聞かせて答えを誤魔化したが、先程の会話を全部聴かれていた手前、同じ手は通用しない。
 そもそも誤魔化す必要も無くなったのだが。

 とりあえず、あの時にも公爵様が疑っていた、財産や権力目当てというのは否定しておくべきか。
 そう思ったが、私が口を開く前に、すみません、と公爵様が謝罪をした。

「レディーにこんな訊き方は無粋ですね。」

 前もしたけれど。

「先に、私の気持ちをお伝えしてもよろしいですか?」

 続く言葉を待ったが、公爵様はなかなか話さない。どうぞ、促してみたが、それでも言葉を呑み込んでいるようだった。

 レディー・アリス、と視線を移す。

「2人にしてもらえませんか?」

 アリスはにこにこしながらお茶を飲んでいたカップから口を離し、置いた。
 私には分かる。笑顔に怒気を孕んでいる。

「閣下、私に黙っていたことがおありでしたね?」

 黙っていたこと?
 ちらりと公爵様を窺うと、気まずそうなお顔。心当たりがあるらしい。

「誘拐の件を黙っていたことは…申し訳ありませんでした。」

 なるほど。アリスが、隠しておくなんて、と怒っていたのは、公爵様に対してだったのか。

「故意に、隠されましたね?なぜでしょうか?」

「…怒られると思いましたので。」

 可愛い!
 口元が弛んだところを、きっ、とアリスに睨まれたので、一生懸命引き締める。

「協力を得られなければ元も子もありません。」

「会話を聴いていたのでお分かりかと存じますが、協力を打ち切ろうと思ったほど腹を立てております。」

「…申し訳ありません。」

 公爵様の肩がどんどん落ちていく。
 アリスもそんなに怒らなくてもいいのに。

「これからも何かあるごとにわたくしの協力が必要だとお考えでしたら、わたくしの目の前で、フローラに想いをお伝え下さい。はっきりと。もう擦れ違うことのないように、明確に。」

 公爵様の唾を呑み込む音が聞こえた。

「分かりました。」

 ああ、公爵様が手玉に取られている。

 こくりと頷いた公爵様はもう1度私に向き直り、真っ直ぐに見据えた。

「フローラ。」

「は、い。」

 ただならぬ雰囲気に、少し声が裏返った。

「以前、心から寄り添える相手を見つけてくださいと、そう私に言いましたね。」

「…はい。」

「貴女では、いけませんか。」

「…はい?」

 言葉の意味は分かっていたが、脳が混乱を来たし理解しようとしなかった。結果、間の抜けた声が出た。

「貴女は、船の錨ように暗い水底に沈んでいく私を、救い上げてくれました。地上での呼吸の仕方を、思い出させてくれました。」

 公爵様は握っていた私の手に額を充てる。どきどきと体中の血が騒ぎ始めた。

「貴女のいない邸は、まるで水の無い砂漠です。私自身が砂となり、今にも跡形もなく崩れ落ちてしまいそうです。」

「それは…どういう…。」

「戻って来てくれませんか。貴方を愛しています、フローラ。心から、愛しているのです。」

 私の手に公爵様の口付けが落とされ、そこから体の隅々まで電気が走ったような衝撃を受けた。ぴりぴりと指先が痺れ、熱いものが目に込み上げた。

「契約相手ではなく、心から寄り添い合うパートナーとして、私の側にいてほしい。」

 顔を上げた公爵様の黒い瞳に自分が映った。

「結婚してください、フローラ。」

 上目遣いが可愛い。しかし、それ以上に送られた言葉が嬉しくて、真っ直ぐ見つめられているのが恥ずかしくて、私は俯いた。
 目に溜まった熱が、ぽろりとこぼれる。

 今起きていることは現実だろうか。実はまだ侯爵邸にいて、自分に都合の良い夢を見ているのではないだろうか。
 でもしっかりと繋がれた手に、公爵様の熱を感じる。

「はいと、言ってください…。」

 そう言いたいが、涙ばかり出て肝心の声が出てこない。

「でないと…。」

 急に不穏な接続詞が聞こえて、視線を上げる。
 すると、公爵様がぼそりと低い声をだした。

「権力行使をするはめに…。」

「え?」

 今のは公爵様の言葉?耳を疑い涙が引っ込んだ。

 だん!アリスがテーブルを叩きつけた音で、私の肩が竦む。

「あらあら、今、フローラを脅す声が聞こえましたが、気のせいですよね?」

「脅していません。」

 え、脅しましたよね。

「まさか力ずくでフローラを手に入れようなんて、思っていませんよね?」

「良い返事を頂ければ。」

「閣下、それを脅迫というのです。」

 アリスは氷点下の笑顔で凄む。美人の凄みは迫力があった。

 私は2人の間に入るように、公爵様の手をぐいと引っ張った。

「はいです!返事は、はいですから!」

 その言葉が耳に届くなり、公爵様の表情が和らいだ。安心したように長く息を吐き、私に額をくっつけて、良かった、と呟いた。

「なんだか情緒に欠けるわねぇ。」

 そう言うアリスは、見えないけれど、たぶん唇を尖らせている。
 そういうことを言うからでしょう、と反論したいところだが、至近距離に公爵様の顔があってそれどころではない。

「わ、私の返事を分かっていて、冗談を仰ったの…ですよね?」

 私の気持ちは、話を盗み聞きしてとっくに知っていたわけだから。
 そう思ったのに、公爵様は額を離して目を逸らした。

「貴女の態度は…その、いまいち確信が…。」

「え?どの辺がですか?」

「言っていましたよね…目が窪んでいるとか、隈が濃いとか、頬が痩けているとか、他にも…。」

「全部好ましいって言いました!」

「…すみません、悪口かと。」

 ぷっとアリスが吹出した。口を塞いでどうにか声を抑えている。

「それは、ふふふ、私でも悪口に聞こえるわよ、フローラ。」

 違うのに。
 しかし、素敵なプロポーズをしてくださった公爵様に対して、盗み聞きをしていたのだから私の気持ちは分かるだろう、ではフェアではないな、と心を決めた。

 私は真っ直ぐに公爵様の黒い瞳を見つめた。いや、目を合わせるのは無理だ。俯いた。

「好きです。」

 ぽつりと呟き、俯いたまま続けた。

「公爵様のことを、心からお慕いしています。」

 顔を上げられずにいると、不意に公爵様の手が私の背に回り、抱き寄せられた。嬉しいです、と耳元で響いた為にますます顔は熱くなり、もうしばらく上げられそうにない。

 アリスがぱちぱちと拍手を鳴らす。

「フローラは愛する人と結婚できるし、わたくしの結婚の危機は回避できたし、強力な後ろ盾も得たし、三件落着ね。」

 すっと熱が冷めた。顔を上げて、首を捻る。

「どうして公爵様がアリスの後ろ盾になることが決定しているの?」

「閣下の愛するフローラは、私のことが大好きでしょう?」

「だからって、政治のことまで持ち込めないわ。」

 公爵様も冷静に頷いた。

「フローラに頼まれれば多少の肩入れはするかもしれませんが、後ろ盾というほど偏った支持はできません。」

 公爵様はきっぱりと言い放ったが、アリスは不敵に笑った。

「あらあら、そんなことを仰っていいのでしょうか、閣下。」

「どういう意味です?」

「私はフローラのお気に入りの殿方がたをランキング順にリスト化できるのですよ?」

「きゃー!何を言っているのアリス!」

 勢いよく立ち上がった。
 確かに夜会等で見かける殿方の中に、目の保養にしているような方もいる。そしてそれをアリスにも話していた。

「お気に入りの…。」

 公爵様には分かりやすく暗雲が立ち込めている。

「…何をしたら頂けますか?」

「そんな情報買わないでください!」

 ふふふ、と愉快そうに笑うアリス。
 公爵様と落ち着いて話したかったのに、私はアリスを止めることで忙しくなった。
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