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「どうでしたか?」
悲劇に対して笑顔で訊いたのがいけなかっただろうか。公爵様は眉をひそめて、そうですね、と苦々しい声を出した。
「自分と将軍を重ねてしまいました。」
「ふふ、私もです。将軍に嫁いだヒロインを観て、このような女性になりたいと憧れてしまいました。」
すると公爵様はますます眉間のしわを深めた。それは困ります、と俯く。
「死なないと、約束したはずです。」
ヒロインと将軍は燃えるような恋愛結婚を果たした後、悪役に手玉に取られ、2人とも死ぬことになった。将軍に不義を犯したと誤解されたヒロインは最後まで潔白を訴えたが、怒り狂う将軍に殺されたのだ。そして真実を知った将軍も、自らを刺して息絶えた。
「私がお約束したのは自ら死を選ばないことです。殺されるのは不可抗力ではないですか。」
こほっこほっと乾いた咳に、はぁ、と重々しいため息。
この演劇を初めてアリスと観たときは、悪役許すまじ!と盛り上がったものだったが、どうやら公爵様は悲劇があまり好きではないらしい。
「私たちの契約婚の方がよほど健全に見えますね。このように、嫉妬に狂って人が変わるなんてことにはなりえませんから。」
一気に視界が陰った気がした。首を支えている力が抜ける。意気消チーン。
それでも差し出された手を取れば暖かく、口まで出かかった反論の言葉は溶けて無くなった。
約束通り、4人で食事をすることになった。それぞれの馬車でレストランへと向かう。
公演終わりに食事はどこへ行くかと話し、公爵様が前もって予約している店があると言うと、すんなりそこに決まった。
到着するなり上品な給仕スタッフに上階の個室に通された。予定より2人増えるくらい大丈夫でしょう、と公爵様は言っていたが、スタッフが殿下を見ても驚きも慌てもしなかった様子を見るに、最初から人数も誰が行くかも伝えてあったのではないかと思えた。
四角いテーブルにセッティングされた席の壁側に殿下とアリス、出入口側に公爵様と私が着席した。
「素敵なところですね。」
アリスが部屋を見回すと、公爵様が、ありがとうございますと僅かに口角を持ち上げた。
「バルバストル家の料理長の長子が開いたレストランです。」
「それでは、公爵様のお邸で頂く食事と似たお味なのですか?」
ぴくりと殿下が反応した。
これまで何度か公爵邸で食事を共にした。実家の食事も充分美味しいが、公爵邸の食事はまた別格の味だった。
たくさんの調味料を使うというよりは、シンプルで素材の味を活かすような料理でしつこさが無く、それがやみつきになる。
「そうですね、似ているかもしれません。しかしデザートは父より前衛的で、見たこともない花やかなケーキを作ります。それをぜひ貴女にお見せしたかったのです。」
これは見せつける為の演技だろうか。それとも素だろうか。どちらにせよ胸が高まり、困る。
あらあら、というアリスの声で、2人きりではないことを思い出した。
「愛されていてるのねぇ、フローラ。」
「ふふ、嬉しいです。」
料理が美味しいこともあり、食事は和やかに進んだ。殿下は時折視線を送ってきたが、私はとことん作り笑いを返した。
演劇の話で盛り上がり、婚約式の話でアイデアを出し合い、公爵様一押しのデザートで私とアリスが蕩けた。
公爵様と殿下が食後酒であるブランデーを飲み始めると、話の方向は次第に政治へと向かった。領地の観光事業や南部の災害復興の話をする公爵様を私はずっと見ていられたが、アリスから何やら視線が送られてきた。
どうやら部屋を出ないかということのようだ。私は小さく頷いて返す。
「マーセル殿下、閣下、少しフローラと席を外してきてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、構わないが。」
「レディ・アリス、どちらに?」
「少し、風に当たりに。恥ずかしながら、ケーキに入っていたブランデーで少し酔ってしまったようで、涼みたいのです。」
もちろん嘘だ。ケーキにブランデーが入っていたのは本当だが、アリスはざるだ。いくら度数の高いお酒を飲もうが酔ったところなど見たことが無い。私が先に潰れていて見れなかったという可能性はあるが。
不意に公爵様の手が私に伸びてきて、白く細長い指の背が頬に触れた。
「貴女は大丈夫ですか?」
「は、い。」
「少し赤いですね。」
あなたのせいです、あなたの。
「3階のバルコニーからの眺めがいいので、案内しましょう。」
そうして3人で立ち上がったが、公爵、と殿下が引き留めた。
「2人で話がしたい。」
もしかして、修羅場なのでは。
少しピリついた空気にどきどきと心音が大きく鳴ったが、公爵様は動じることなく分かりましたと返事をして、テーブルにあったベルをチリンと鳴らした。
すぐに給仕スタッフが入室する。
「2人を3階のバルコニーへ案内するように。」
スタッフは畏まった返事をして、こちらですと退室した。私とアリスもそれに続く。
しかし部屋の戸が閉まるとアリスがすぐに足を止め、待ってとスタッフを制止した。人差し指を立てて口に充て、小さな声で話す。
「ごめんなさい、バルコニーは結構よ。」
スタッフはみるからに困惑している。私もてっきり向かうものと思っていた為、首を捻った。
「え、行かないの?」
「あら、男2人の会話、興味ないの?」
ある。すごく。
「しかもなんだか、ただならない空気だったじゃない。聴いたら絶対面白いわ。」
私もこくこく頷いた。あの、お嬢様方?と呼びかけてくるスタッフに、私とアリス、2人でしっと人差し指を立てた。目が三角になっていたかもしれない。
スタッフが指でばってんを作り口に充てたのを確認して、音を鳴らさないように慎重に壁に耳を付ける。
ぼそぼそと話し声は聞こえるが、内容までは聞き取りずらい。
「あの、なんでもいいからガラスコップを貸してもらえないかしら?」
アリスの問い掛けでスタッフのばってんが取れた。
「あ、はい、お持ちします。」
スタフがガラスコップを持ってくると、さそっくその口部分を壁に付けて、底に耳をくっつける。
「あ、今フローラって言ったわ。やっぱりフローラの話をしているのね。」
アリスが楽しそうにくすくす笑うと、スタッフがまた、あの、と声を掛けてきた。
「そういうことでしたら、通路よりも隣の部屋の方が良く聞こえるかもしれません。」
「使ってもいいの?」
「はい。閣下には静かに過ごせるようにと3部屋分の料金を頂いておりますので、両隣は空いております。」
スタッフに案内された個室に入り、もう1度壁にガラスコップと耳をくっつける。話している位置が近いのか、さっきよりも良く聞こえ、私とアリスは目を輝かせた。
「ありがとう。このことは中の2人には内緒でお願いね。」
私がまた人差し指を立てるとスタッフは畏まりましたと頭を下げ、退室した。
私とアリスはコップから伝わる声に集中する。
「分かった。公爵とフローラ嬢が惹かれあっているということは信じよう。フローラ嬢があれほど楽しそうに異性と話をしているのは初めて見たしな。すごく…意外だけど…。」
殿下の声だ。なれ初めの話でもしていたのだろうか。
「だが結婚というのはどうだろう。素直に婚約を祝ってやれず申し訳ないとは思うが、フローラ嬢はアリス嬢の親友でもあり、僕も彼女の幸せを願っているんだ。」
「ですから結婚をするのです。幸せな家庭を築けるように。」
「こんな言い方をしたくはないが、その幸せは何年続くんだ?10年?20年?30年持てば長い方だろうが、それでも、フローラ嬢はまだ48歳だ。」
「殿下、私たちが愛し合うにあたって、その話をしなかったと思いますか?」
愛し合う!
私がコップから耳を離し身悶えていると、アリスにばしっと肩を叩かれた。コップを指差され、再びコップに耳を付ける。
「私は楽です。高い確率で彼女より先に逝くでしょう。ですがフローラは、避けることのできないいつかの別れより、手が届くのに諦める事の方が辛いと言ってくれました。私のことを愛してくれる女性は、生涯彼女だけでしょう。明るく花を咲かせてくれるような彼女の笑顔を、私も手放したくないのです。」
「きゃー、手放したくないですって!」
小声ではしゃぐ私に、あなたには都合のいい言葉しか聞こえないの?とアリスが冷めた視線を向けた。
「愛だけで乗り切れるとは思えない。今日の演劇も観ただろう。公爵はあの将軍のように劣等感を持っているんじゃないのか?公爵位とはいえ、若くて可愛らしいフローラに見劣りすると。そういうところを突かれると、あの劇みたいに悲劇の結果をもたらすんじゃないだろうか。」
殿下、なかなか良い事をいいますね。
公爵様の自虐的な言い回しは、私も気になるところだ。
「なるほど確かに。殿下の仰る通り、私はもう少し自覚を持つべきですね。フローラに選ばれた光栄な男であると。」
仰る通り!
「あらあら、防御と見せかけて攻撃なさるなんて、さすが閣下ね。」
アリスに褒められると、蕩けた顔がますます弛む。
「殿下のご忠告は大変痛み入りますが、私には殿下が他人にかまけている余裕は無いように思えます。」
反撃をし始めた。いいぞ、とアリスと目を合わせる。
「殿下の大切になさるべき女性は、婚約者の親友ではなく、婚約者自身ではありませんか?勘違いだったら申し訳ありませんが、ずいぶんとフローラを気になさっているように感じます。」
「それは…アリス嬢の親友で、私も顔なじみだから…。」
「そうですか。今後フローラには私がおりますので心配は無用です。殿下はご自身のご結婚準備をなさいませ。南部の大洪水により伸びてしまいましたが、復興の目途が立ったらすぐに話が進むだろうと陛下もお話になっておりましたので。」
「…分かっている。アリス嬢とは結婚後の話もしているし、いつ式を挙げてもいいように心の準備はできている。」
「そうですか。それは安心しました。」
私はそろそろ会話の熱が冷めてきたようだと思い、コップを下ろした。アリスも耳を離す。
「結婚後の話とかしてるのね。」
「まぁ、それなりにはね。王家が欲しているのはうちでやっている鉄道開発事業だもの。結婚後は殿下がそれを引っ張る形になる約束だから、熱が入っているのよ。」
「そうよね。ますます私にちょっかい出す意味が分からないわ。」
「ふふ、結婚前の火遊びでもしたいのかしらね?」
迷惑な話だ。
そろそろ行きましょうか、とアリスと共に公爵様と殿下のいる個室へ戻った。
2人共さすがなのは感情が顔に出ていないことだ。私とアリスは隣で全部聴いていたけれど。
悲劇に対して笑顔で訊いたのがいけなかっただろうか。公爵様は眉をひそめて、そうですね、と苦々しい声を出した。
「自分と将軍を重ねてしまいました。」
「ふふ、私もです。将軍に嫁いだヒロインを観て、このような女性になりたいと憧れてしまいました。」
すると公爵様はますます眉間のしわを深めた。それは困ります、と俯く。
「死なないと、約束したはずです。」
ヒロインと将軍は燃えるような恋愛結婚を果たした後、悪役に手玉に取られ、2人とも死ぬことになった。将軍に不義を犯したと誤解されたヒロインは最後まで潔白を訴えたが、怒り狂う将軍に殺されたのだ。そして真実を知った将軍も、自らを刺して息絶えた。
「私がお約束したのは自ら死を選ばないことです。殺されるのは不可抗力ではないですか。」
こほっこほっと乾いた咳に、はぁ、と重々しいため息。
この演劇を初めてアリスと観たときは、悪役許すまじ!と盛り上がったものだったが、どうやら公爵様は悲劇があまり好きではないらしい。
「私たちの契約婚の方がよほど健全に見えますね。このように、嫉妬に狂って人が変わるなんてことにはなりえませんから。」
一気に視界が陰った気がした。首を支えている力が抜ける。意気消チーン。
それでも差し出された手を取れば暖かく、口まで出かかった反論の言葉は溶けて無くなった。
約束通り、4人で食事をすることになった。それぞれの馬車でレストランへと向かう。
公演終わりに食事はどこへ行くかと話し、公爵様が前もって予約している店があると言うと、すんなりそこに決まった。
到着するなり上品な給仕スタッフに上階の個室に通された。予定より2人増えるくらい大丈夫でしょう、と公爵様は言っていたが、スタッフが殿下を見ても驚きも慌てもしなかった様子を見るに、最初から人数も誰が行くかも伝えてあったのではないかと思えた。
四角いテーブルにセッティングされた席の壁側に殿下とアリス、出入口側に公爵様と私が着席した。
「素敵なところですね。」
アリスが部屋を見回すと、公爵様が、ありがとうございますと僅かに口角を持ち上げた。
「バルバストル家の料理長の長子が開いたレストランです。」
「それでは、公爵様のお邸で頂く食事と似たお味なのですか?」
ぴくりと殿下が反応した。
これまで何度か公爵邸で食事を共にした。実家の食事も充分美味しいが、公爵邸の食事はまた別格の味だった。
たくさんの調味料を使うというよりは、シンプルで素材の味を活かすような料理でしつこさが無く、それがやみつきになる。
「そうですね、似ているかもしれません。しかしデザートは父より前衛的で、見たこともない花やかなケーキを作ります。それをぜひ貴女にお見せしたかったのです。」
これは見せつける為の演技だろうか。それとも素だろうか。どちらにせよ胸が高まり、困る。
あらあら、というアリスの声で、2人きりではないことを思い出した。
「愛されていてるのねぇ、フローラ。」
「ふふ、嬉しいです。」
料理が美味しいこともあり、食事は和やかに進んだ。殿下は時折視線を送ってきたが、私はとことん作り笑いを返した。
演劇の話で盛り上がり、婚約式の話でアイデアを出し合い、公爵様一押しのデザートで私とアリスが蕩けた。
公爵様と殿下が食後酒であるブランデーを飲み始めると、話の方向は次第に政治へと向かった。領地の観光事業や南部の災害復興の話をする公爵様を私はずっと見ていられたが、アリスから何やら視線が送られてきた。
どうやら部屋を出ないかということのようだ。私は小さく頷いて返す。
「マーセル殿下、閣下、少しフローラと席を外してきてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、構わないが。」
「レディ・アリス、どちらに?」
「少し、風に当たりに。恥ずかしながら、ケーキに入っていたブランデーで少し酔ってしまったようで、涼みたいのです。」
もちろん嘘だ。ケーキにブランデーが入っていたのは本当だが、アリスはざるだ。いくら度数の高いお酒を飲もうが酔ったところなど見たことが無い。私が先に潰れていて見れなかったという可能性はあるが。
不意に公爵様の手が私に伸びてきて、白く細長い指の背が頬に触れた。
「貴女は大丈夫ですか?」
「は、い。」
「少し赤いですね。」
あなたのせいです、あなたの。
「3階のバルコニーからの眺めがいいので、案内しましょう。」
そうして3人で立ち上がったが、公爵、と殿下が引き留めた。
「2人で話がしたい。」
もしかして、修羅場なのでは。
少しピリついた空気にどきどきと心音が大きく鳴ったが、公爵様は動じることなく分かりましたと返事をして、テーブルにあったベルをチリンと鳴らした。
すぐに給仕スタッフが入室する。
「2人を3階のバルコニーへ案内するように。」
スタッフは畏まった返事をして、こちらですと退室した。私とアリスもそれに続く。
しかし部屋の戸が閉まるとアリスがすぐに足を止め、待ってとスタッフを制止した。人差し指を立てて口に充て、小さな声で話す。
「ごめんなさい、バルコニーは結構よ。」
スタッフはみるからに困惑している。私もてっきり向かうものと思っていた為、首を捻った。
「え、行かないの?」
「あら、男2人の会話、興味ないの?」
ある。すごく。
「しかもなんだか、ただならない空気だったじゃない。聴いたら絶対面白いわ。」
私もこくこく頷いた。あの、お嬢様方?と呼びかけてくるスタッフに、私とアリス、2人でしっと人差し指を立てた。目が三角になっていたかもしれない。
スタッフが指でばってんを作り口に充てたのを確認して、音を鳴らさないように慎重に壁に耳を付ける。
ぼそぼそと話し声は聞こえるが、内容までは聞き取りずらい。
「あの、なんでもいいからガラスコップを貸してもらえないかしら?」
アリスの問い掛けでスタッフのばってんが取れた。
「あ、はい、お持ちします。」
スタフがガラスコップを持ってくると、さそっくその口部分を壁に付けて、底に耳をくっつける。
「あ、今フローラって言ったわ。やっぱりフローラの話をしているのね。」
アリスが楽しそうにくすくす笑うと、スタッフがまた、あの、と声を掛けてきた。
「そういうことでしたら、通路よりも隣の部屋の方が良く聞こえるかもしれません。」
「使ってもいいの?」
「はい。閣下には静かに過ごせるようにと3部屋分の料金を頂いておりますので、両隣は空いております。」
スタッフに案内された個室に入り、もう1度壁にガラスコップと耳をくっつける。話している位置が近いのか、さっきよりも良く聞こえ、私とアリスは目を輝かせた。
「ありがとう。このことは中の2人には内緒でお願いね。」
私がまた人差し指を立てるとスタッフは畏まりましたと頭を下げ、退室した。
私とアリスはコップから伝わる声に集中する。
「分かった。公爵とフローラ嬢が惹かれあっているということは信じよう。フローラ嬢があれほど楽しそうに異性と話をしているのは初めて見たしな。すごく…意外だけど…。」
殿下の声だ。なれ初めの話でもしていたのだろうか。
「だが結婚というのはどうだろう。素直に婚約を祝ってやれず申し訳ないとは思うが、フローラ嬢はアリス嬢の親友でもあり、僕も彼女の幸せを願っているんだ。」
「ですから結婚をするのです。幸せな家庭を築けるように。」
「こんな言い方をしたくはないが、その幸せは何年続くんだ?10年?20年?30年持てば長い方だろうが、それでも、フローラ嬢はまだ48歳だ。」
「殿下、私たちが愛し合うにあたって、その話をしなかったと思いますか?」
愛し合う!
私がコップから耳を離し身悶えていると、アリスにばしっと肩を叩かれた。コップを指差され、再びコップに耳を付ける。
「私は楽です。高い確率で彼女より先に逝くでしょう。ですがフローラは、避けることのできないいつかの別れより、手が届くのに諦める事の方が辛いと言ってくれました。私のことを愛してくれる女性は、生涯彼女だけでしょう。明るく花を咲かせてくれるような彼女の笑顔を、私も手放したくないのです。」
「きゃー、手放したくないですって!」
小声ではしゃぐ私に、あなたには都合のいい言葉しか聞こえないの?とアリスが冷めた視線を向けた。
「愛だけで乗り切れるとは思えない。今日の演劇も観ただろう。公爵はあの将軍のように劣等感を持っているんじゃないのか?公爵位とはいえ、若くて可愛らしいフローラに見劣りすると。そういうところを突かれると、あの劇みたいに悲劇の結果をもたらすんじゃないだろうか。」
殿下、なかなか良い事をいいますね。
公爵様の自虐的な言い回しは、私も気になるところだ。
「なるほど確かに。殿下の仰る通り、私はもう少し自覚を持つべきですね。フローラに選ばれた光栄な男であると。」
仰る通り!
「あらあら、防御と見せかけて攻撃なさるなんて、さすが閣下ね。」
アリスに褒められると、蕩けた顔がますます弛む。
「殿下のご忠告は大変痛み入りますが、私には殿下が他人にかまけている余裕は無いように思えます。」
反撃をし始めた。いいぞ、とアリスと目を合わせる。
「殿下の大切になさるべき女性は、婚約者の親友ではなく、婚約者自身ではありませんか?勘違いだったら申し訳ありませんが、ずいぶんとフローラを気になさっているように感じます。」
「それは…アリス嬢の親友で、私も顔なじみだから…。」
「そうですか。今後フローラには私がおりますので心配は無用です。殿下はご自身のご結婚準備をなさいませ。南部の大洪水により伸びてしまいましたが、復興の目途が立ったらすぐに話が進むだろうと陛下もお話になっておりましたので。」
「…分かっている。アリス嬢とは結婚後の話もしているし、いつ式を挙げてもいいように心の準備はできている。」
「そうですか。それは安心しました。」
私はそろそろ会話の熱が冷めてきたようだと思い、コップを下ろした。アリスも耳を離す。
「結婚後の話とかしてるのね。」
「まぁ、それなりにはね。王家が欲しているのはうちでやっている鉄道開発事業だもの。結婚後は殿下がそれを引っ張る形になる約束だから、熱が入っているのよ。」
「そうよね。ますます私にちょっかい出す意味が分からないわ。」
「ふふ、結婚前の火遊びでもしたいのかしらね?」
迷惑な話だ。
そろそろ行きましょうか、とアリスと共に公爵様と殿下のいる個室へ戻った。
2人共さすがなのは感情が顔に出ていないことだ。私とアリスは隣で全部聴いていたけれど。
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