死神公爵と契約結婚…と見せかけてバリバリの大本命婚を成し遂げます!

daru

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プロローグ

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 フローラという名前だけあって壁の花という言葉がよく似合う、と我ながら感心する。もちろんただの花ではなく、それなりに壁を美しく飾っている自覚もあるが。

 王宮で開かれた舞踏会とはいえ、そもそもダンスというものに興味が無い。侯爵令嬢の嗜みとして子供の頃から教わっていたから、踊れないわけではないけれど。

 きらびやかなホールには優雅な音楽が流れ、華やかに着飾った貴族たちがくるくると踊っている。どの夜会もだいたい同じ景色だし、私好みの殿方も見当たらない。お父様のご友人と話している方がどれほど楽しいことか。

 自然とため息が出た。
 すると、下がった視線に男性のものと思しき手の平が滑り込んできた。

 またダンスの申し込みか。うんざりした。しかしこちらも結婚相手を探さなければならない身。一応チェックはしておくべきだ。

 カフスにはいかにも高級そうな宝石が埋め込まれている。なかなかの金持ちなようだ。

 そして、視線を上げて唖然とした。

 ふわりと靡かせる金髪に、宝石のように輝く碧眼。おとぎ話に出てくる王子様のような容貌のこの男は、正真正銘この国の第1王子だ。

「フローラ嬢、よければ僕に、貴女と踊る栄誉を頂けませんか?」

「申し訳ありません、マーセル王子殿下。恥ずかしながら、踵が擦り切れ痛むのです。」

 嘘の言葉に嘘の笑顔を重ねる。

「それは気付かず失礼をした。それなら休憩室に案内しよう。僕用の休憩室だからゆっくり休んでいいよ。」

 心配そうに見つめてくるが、その瞳に違和感を覚えた。見知った仲とはいえ、未婚の異性を安々と自身の休憩室に誘うものだろうか。それも、婚約者のいる方が。

「ええと…。」

 私が言い淀んで口元に手を充てると、ヒーロー登場!と言わんばかりにタイミング良く、私と同じ侯爵令嬢である親友アリスが現れた。
 艶めく黒髪に妖美な目鼻立ち。美しい紅色のドレスが彼女の抜群のプロポーションを際立たせている。誰もが振り向く社交界の華だ。

「マーセル殿下、お義母様がお呼びでしたよ。」

「あぁ、アリス嬢…分かったよ。」

 殿下は後ろ髪を引かれているかのように振り返り、私を見つめるその目は、やはりどこか熱を感じた。
 気のせいだといいけれど。

 殿下の背中を見送ると、アリスと目が合う。

「殿下とどんな話をしていたの?」

「ダンスに誘われたの。踵が痛いからって断ったわ。」

「それで?」

「今度は休憩室に誘われて。アリスが来てくれて助かったわ。」

 私がため息をつくと、やっぱりね、とアリスも軽く息を吐いた。
 一体、何がなのだろう。

「前からそうなのではないかしら、とは思っていたのよ。」

「そうって?」

 眉間に力が入った。私の顔は歪んでいることだろう。

 アリスは私の手を引いて、バルコニーに場所を移した。確かに予想がその通りなら、人がたくさんいるところでできる話ではない。

 外の空気は室内よりはいくらか涼しく、コルセットできつく締まった胸にも気持ちが良かった。

「それで?」

 話の続きを促す私に、アリスは冷静に腕を組んだ。

「あなた本当に鈍感ねぇ。」

 そうではない。気が付きたくないだけだ。

「殿下はあなたに惹かれているのよ。間違いないわ。」

 気が付きたくない現実に、がっくりと首が折れた。

「無理もないわ。わたくしから見たってあなたは魅力的だもの。ピンクアッシュの髪も、グリーンの瞳も、愛らしい顔立ちも、名前の通り花の女神のようだわ。」

 老若男女、全ての人が見惚れるほどの絶世の美女に微笑まれ、そう褒められると悪い気はしない。それどころかじわじわと頬が熱を持つのを感じた。

 私は目を逸らし、口を尖らせる。

「そんなこと言っている場合、アリス?親友と王子の板挟みなんて絶対に嫌よ。」

 アリスは指先を頬に充て、困ったように息を吐いた。

「わたくしも怪しいと感じた時に、これ以上あなたに惹かれることのないように、一応あなたの好みをそれとなく伝えたのよ?」

「どうして私の好みを伝えると惹かれることがなくなるの?」

「でも、わたくしの話を信じていないようで。」

「私の質問は無視?」

「あなたに恋人でもできれば証明できるのだけれど。」

「流す気なのね、分かったわ。」

 私の質問に対して一切の反応を見せないアリスは、再び大きなため息を吐いた。
 そしてじっと、秋の快晴のような色の薄い空色の瞳に閉じ込められる。

「フローラ、あなた少しは好みの殿方とお近づきになったらどう?」

 秋じゃない。この視線は氷点下だ。本気の目だ。
 酷いわアリス、知っているくせに。

「私の好みの殿方は、ほとんど既婚者じゃない。」

 私は渋めの年上至上主義。魅力を感じるオジサマ方はほとんどが既婚者で、言い寄るなど以ての外。別に涙が出たわけでもなかったが、嘆くように両手で顔を覆った。

「あらあら、フローラいち押しのあの方は独身でしょう?」

「独身というか、寡夫。」

「いいじゃない、いいじゃない。」

 何が?
 顔を上げた私の脳裏にはクエスチョンマークが浮かぶばかりだったが、アリスは清々しくうんうん頷いている。

「だって、あのお顔、好きなのでしょう?」

 あの方を思い浮かべる。それだけでどきどきできる。私は再び赤くなったであろう顔を隠した。

「好き。」

「あの雰囲気も好きなのでしょう?」

「好き。」

「それなら何も問題無いじゃない。」

 フローラさえやる気になれば、と念を押されるが、絶対にそんなことはない。問題は山積みだ。

 まず相手は格上の公爵であるし、年齢も25歳離れている。王子妃となるアリスと違って、接点も全くと言っていいほど無い。その上、社交界にも滅多に出てこず、このような王家主催の宴会の場でようやく遠目に拝見することができるだけの、手の届かない存在だった。

「あなたにその気があるのなら、口利きするくらいはできるわよ?どうする?」

 自分の婚約者が好意を持っている相手に対し、妬むでも嫌味を言うでもなく、丸く収まる解決策を探しているあたり、さすがアリスだ。冷静沈着、本当に王子妃に相応しい。親友としても鼻が高くなる。ちょっと強引なところはあるけれど。

 アリスと王子は政略的に結ばれた立場であるし、アリスがその為に準備や妃教育で忙しくしていることも知っている。
 私も絶対にアリスの邪魔にはなりたくない。

「分かったわ。」

 自分の唾を飲みこむ、決意の音が大きく鳴った。


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