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スヴェリオが家の前で洗濯物を干しているところに、カルゼラが飛びついてきた。
「スヴェリオただいまー!」
その後ろにはもれなくカルダと護衛の近衛騎士たちも付いてくる。
王一行が村に滞在して3日になる。1日目は予想外の再会のせいで潰れたが、2日目からは当初の目的の為に動いていた。
エルフの奇薬。これの元になる薬草について、カルダは聞けば聞くほど魅力を感じた。盗賊や他の良からぬ輩に狙われてもおかしくない代物だ。カルダはすぐにこの村の保護を申し出た。
今も、エルフの薬草栽培を国家事業とし、兵を駐屯させて安全を確保して、人員を集めて更なる量産を、と村長と交渉を行ってきた帰りだった。
カルダにニコの墓を案内して以来、カルゼラはずっとカルダにくっついて歩いていた。カルダもそれを良しとし、時には抱き上げ、遊びに付き合い、よく笑った。父子はあっという間に打ち解けた。
「明日ついにお城に出発するんだって!」
スヴェリオはカルゼラに飛びつかれた時と同じ衝撃を、胸に感じた。そうか、とだけ返して腰にまわされたカルゼラの腕を解き、金の髪をくしゃくしゃと撫でる。
「良かったな。」
返事の代わりに、満面の笑みが返ってきた。
「お前の荷物、必要な物はまとめてあるから、他に大事なもんはないか確認しておけよ。」
スヴェリオがそう言うと、カルゼラの笑顔がゆっくりと消えた。目を丸くして首を傾げる。
「スヴェリオは?」
「ん?」
「スヴェリオはこれからまとめるの?一緒に行くんだよね?」
言葉に詰まったスヴェリオはカルダにちらりと目を向けた。それに気が付いたカルゼラもそうする。
「お父様、スヴェリオも一緒ですよね?」
「本人が望むなら。」
スヴェリオ、とカルゼラは縋りつくように見つめた。スヴェリオは髪をくしゃりとして息を吐いた。
「カルゼラ、俺はここに残る。」
もしかしたら残ることもしないかもしれないとは言わなかった。
「どうして?僕といるの嫌になった?それともお父様が嫌い?」
「なんでそうなる。」
「だって…コイガタキ、なんでしょ?」
スヴェリオの顔が瞬時に歪む。興奮した猫のように、瞳孔がぶわっと広がるようだった。
「誰だぁ?お前にそんなくだらない言葉を教えたのは?」
顔に真っ黒い影を落として覗き込むものだから、カルゼラが額に汗を浮かべてきょどきょどとした。
「ラ、ラウベルさん…。」
てめぇ!とスヴェリオがラウベルを睨み付けるが、彼は冷めた表情でそっぽを向いていた。カルダはあながち間違いではあるまいと思いながら呆れる。
「お、お母様、言ってた。スヴェリオは付いてきてくれるって。僕に。どこまでも。」
カルゼラの表情が萎れ、頭がどんどん垂れ下がる。
「なのに、どうして僕から離れるの。」
王都で何が起こったか、スヴェリオが何をしてきたかを説明するには、カルゼラはまだ幼い。なんと言って誤魔化すべきか。スヴェリオがそう考えていると、予想外にも口を開いたのはカルダだった。
「スヴェリオ。」
2人は再び視線を交えた。
「お前がカルゼラの側にいたいと思うならば、余はそれを許す。」
ただし、と続く。
「今度こそ騎士の叙任を受け、近衛騎士として仕えるのだ。雇われ傭兵などという雇用関係は許さん。」
スヴェリオは眉根を寄せ、眉間にしわが寄った。
騎士になるつもりなど毛頭なかった。だが他の誰でもないニコが、スヴェリオをカルゼラの側に置くことを望み、カルゼラ自身もそう願っている。以前、意気がってこだわっていた自由はとっくに手放した。今では意思決定にニコとカルゼラが必ず絡まる。
それならば、とスヴェリオはその場に片膝を付いた。カルダに向けて、ゆっくりとこうべを垂れる。
カルゼラが何かと思い、目を丸くした。近衛騎士たちも目を見張る。カルダは剣を抜き、1歩、2歩、3歩とスヴェリオに歩み寄った。身体の前で剣先を真っ直ぐ上に立て、そうしてからその剣先をスヴェリオの肩に置いた。
「スヴェリオ、そなたの忠誠、しかと受け取った。ここに、第一級騎士の称号と近衛の任を与える。」
スヴェリオは驚きのあまり顔を上げる。
「第一級?!」
第一級騎士とは、騎士の階級の中でも最も高い階級だ。近衛騎士隊では隊長であるラウベルがそれだった。
「余の妃を最期の時まで支え、王子を守り抜いたのだ。当然だろう。」
スヴェリオは不審に顔を歪めたまま、とりあえず再び頭を下げた。
カルダが剣を腰に戻すと、スヴェリオ?と幼い方の金の目がスヴェリオの顔を覗きこんだ。その声にスヴェリオは顔を上げる。
「カルゼラ様、俺も一緒に参ります。」
ぱぁ、とカルゼラに笑顔が戻り、スヴェリオの首に抱きついた。スヴェリオはその背をポンポンと軽く叩き、頬を綻ばせる。
その様子を見てカルダもふっと笑った。ようやく騎士にできたと達成感に似たものを感じていた。そして1番にエイソンの顔が浮かぶ。教えたら喜ぶのだろうなと。
「嬉しいけど…カルゼラ様なんてやめてよ。変だよ。」
「…そうはいきませんよ。」
スヴェリオはカルゼラの肩を押さえて身体を引き離す。
「あなたはご主君、俺は臣下。カルゼラ様がどう扱われるべき存在なのか、1番側にいた俺こそが示さなければなりません。」
カルゼラは口を尖らせたが、渋々了承した。
「お前がそんな立派な事を言えるとは思わなかった。見直したよ。」
心底感心したように頷くラウベルに、受け売りだ、とスヴェリオは乱暴に返した。
道中カルゼラはカルダと一緒の馬に乗り、スヴェリオはその後ろにラウベルと並んで進んだ。カルゼラは初めての村の外の景色にはしゃぎ、スヴェリオは時々エイデンの姿に肩を竦め、一行は2日間かけて無事に王都に到着した。
城内にいた臣下や使用人たちがカルゼラを見るなり、目玉を落すかと思われるほど驚く。カルダはこれで後継者問題などと詰め寄られずに済むと、晴れやかな思いだった。
カルダがすぐにエイソンを呼び、騎士になったスヴェリオを見せると、エイソンは嬉しそうに目尻にしわを作りがっしがっしとスヴェリオの頭を撫でた。その力が強すぎてスヴェリオの髪が数本抜け、スヴェリオは涙目で馬鹿力!と叫んだ。
カルゼラは目まぐるしい日々に追われた。さっそく王妃の名誉回復と王子の帰還が公表され、式典や宴会に間に合うように王子用の衣服や装具が手配され、礼儀作法の授業も1日にびっしりと入った。
それでも合間合間に広い城のあちこちを探検して回ったり、見たこともないような家具や装飾に目を輝かせた。
忙しいのはカルゼラばかりではない。カルダもエルフの薬草の村を国家事業にする為に様々な準備に追われた。そればかりか、王子のお披露目を早い日程で行わなければ環獣祭と被ってしまう為、こちらも急を要した。そんな中、時折顔を見せに来る息子が愛らしく、癒された。賑やかな環獣祭を見たらどれほど喜ぶだろうかと、想像するだけで頬が緩む。
スヴェリオは近衛騎士の隊服に身を包んでバーバリオの元を訪れた。変わらない場所、あの皮革工房で、相変わらずでかい声を出していた。その姿を確認するなり、スヴェリオはバーバリオに抱きつかれ、一瞬、全身鳥肌が立った。自分からそうしたことはあったが、される側は微妙だなと密かに思う。そこにティテルやバーバリオの弟子たちまで加わるものだから、スヴェリオの顔は青ざめる。
王子のお披露目の日は、まるで空まで歓迎しているかのように雲1つない快晴だった。
城が開城され、都民に加え、あちこちから集まったたくさんの国民がぎっしりと広場に詰まっているのが、バルコニーから確認できる。
カルゼラは見たこともないような高級仕立ての金刺繍がたくさん入った正装姿でおどおどとしていた。カルダが先にバルコニーに立ち、挨拶のスピーチを終えると後ろを振り返り、カルゼラに出てくるよう促した。
カルゼラは自身が無くとも、とにかく胸を張り、堂々とカルダの横に立った。大きな歓声が上がる。それに圧倒されたカルゼラの耳に、カルダの手を振れという言葉は届かない。カルダはくすりと笑ってカルゼラを抱き上げた。カルダがカルゼラの手を取り左右に振ると、より一層大きい歓声に包まれ、カルゼラはその圧を感じながらも嬉しそうにふわりと笑顔に花を咲かせた。
「スヴェリオただいまー!」
その後ろにはもれなくカルダと護衛の近衛騎士たちも付いてくる。
王一行が村に滞在して3日になる。1日目は予想外の再会のせいで潰れたが、2日目からは当初の目的の為に動いていた。
エルフの奇薬。これの元になる薬草について、カルダは聞けば聞くほど魅力を感じた。盗賊や他の良からぬ輩に狙われてもおかしくない代物だ。カルダはすぐにこの村の保護を申し出た。
今も、エルフの薬草栽培を国家事業とし、兵を駐屯させて安全を確保して、人員を集めて更なる量産を、と村長と交渉を行ってきた帰りだった。
カルダにニコの墓を案内して以来、カルゼラはずっとカルダにくっついて歩いていた。カルダもそれを良しとし、時には抱き上げ、遊びに付き合い、よく笑った。父子はあっという間に打ち解けた。
「明日ついにお城に出発するんだって!」
スヴェリオはカルゼラに飛びつかれた時と同じ衝撃を、胸に感じた。そうか、とだけ返して腰にまわされたカルゼラの腕を解き、金の髪をくしゃくしゃと撫でる。
「良かったな。」
返事の代わりに、満面の笑みが返ってきた。
「お前の荷物、必要な物はまとめてあるから、他に大事なもんはないか確認しておけよ。」
スヴェリオがそう言うと、カルゼラの笑顔がゆっくりと消えた。目を丸くして首を傾げる。
「スヴェリオは?」
「ん?」
「スヴェリオはこれからまとめるの?一緒に行くんだよね?」
言葉に詰まったスヴェリオはカルダにちらりと目を向けた。それに気が付いたカルゼラもそうする。
「お父様、スヴェリオも一緒ですよね?」
「本人が望むなら。」
スヴェリオ、とカルゼラは縋りつくように見つめた。スヴェリオは髪をくしゃりとして息を吐いた。
「カルゼラ、俺はここに残る。」
もしかしたら残ることもしないかもしれないとは言わなかった。
「どうして?僕といるの嫌になった?それともお父様が嫌い?」
「なんでそうなる。」
「だって…コイガタキ、なんでしょ?」
スヴェリオの顔が瞬時に歪む。興奮した猫のように、瞳孔がぶわっと広がるようだった。
「誰だぁ?お前にそんなくだらない言葉を教えたのは?」
顔に真っ黒い影を落として覗き込むものだから、カルゼラが額に汗を浮かべてきょどきょどとした。
「ラ、ラウベルさん…。」
てめぇ!とスヴェリオがラウベルを睨み付けるが、彼は冷めた表情でそっぽを向いていた。カルダはあながち間違いではあるまいと思いながら呆れる。
「お、お母様、言ってた。スヴェリオは付いてきてくれるって。僕に。どこまでも。」
カルゼラの表情が萎れ、頭がどんどん垂れ下がる。
「なのに、どうして僕から離れるの。」
王都で何が起こったか、スヴェリオが何をしてきたかを説明するには、カルゼラはまだ幼い。なんと言って誤魔化すべきか。スヴェリオがそう考えていると、予想外にも口を開いたのはカルダだった。
「スヴェリオ。」
2人は再び視線を交えた。
「お前がカルゼラの側にいたいと思うならば、余はそれを許す。」
ただし、と続く。
「今度こそ騎士の叙任を受け、近衛騎士として仕えるのだ。雇われ傭兵などという雇用関係は許さん。」
スヴェリオは眉根を寄せ、眉間にしわが寄った。
騎士になるつもりなど毛頭なかった。だが他の誰でもないニコが、スヴェリオをカルゼラの側に置くことを望み、カルゼラ自身もそう願っている。以前、意気がってこだわっていた自由はとっくに手放した。今では意思決定にニコとカルゼラが必ず絡まる。
それならば、とスヴェリオはその場に片膝を付いた。カルダに向けて、ゆっくりとこうべを垂れる。
カルゼラが何かと思い、目を丸くした。近衛騎士たちも目を見張る。カルダは剣を抜き、1歩、2歩、3歩とスヴェリオに歩み寄った。身体の前で剣先を真っ直ぐ上に立て、そうしてからその剣先をスヴェリオの肩に置いた。
「スヴェリオ、そなたの忠誠、しかと受け取った。ここに、第一級騎士の称号と近衛の任を与える。」
スヴェリオは驚きのあまり顔を上げる。
「第一級?!」
第一級騎士とは、騎士の階級の中でも最も高い階級だ。近衛騎士隊では隊長であるラウベルがそれだった。
「余の妃を最期の時まで支え、王子を守り抜いたのだ。当然だろう。」
スヴェリオは不審に顔を歪めたまま、とりあえず再び頭を下げた。
カルダが剣を腰に戻すと、スヴェリオ?と幼い方の金の目がスヴェリオの顔を覗きこんだ。その声にスヴェリオは顔を上げる。
「カルゼラ様、俺も一緒に参ります。」
ぱぁ、とカルゼラに笑顔が戻り、スヴェリオの首に抱きついた。スヴェリオはその背をポンポンと軽く叩き、頬を綻ばせる。
その様子を見てカルダもふっと笑った。ようやく騎士にできたと達成感に似たものを感じていた。そして1番にエイソンの顔が浮かぶ。教えたら喜ぶのだろうなと。
「嬉しいけど…カルゼラ様なんてやめてよ。変だよ。」
「…そうはいきませんよ。」
スヴェリオはカルゼラの肩を押さえて身体を引き離す。
「あなたはご主君、俺は臣下。カルゼラ様がどう扱われるべき存在なのか、1番側にいた俺こそが示さなければなりません。」
カルゼラは口を尖らせたが、渋々了承した。
「お前がそんな立派な事を言えるとは思わなかった。見直したよ。」
心底感心したように頷くラウベルに、受け売りだ、とスヴェリオは乱暴に返した。
道中カルゼラはカルダと一緒の馬に乗り、スヴェリオはその後ろにラウベルと並んで進んだ。カルゼラは初めての村の外の景色にはしゃぎ、スヴェリオは時々エイデンの姿に肩を竦め、一行は2日間かけて無事に王都に到着した。
城内にいた臣下や使用人たちがカルゼラを見るなり、目玉を落すかと思われるほど驚く。カルダはこれで後継者問題などと詰め寄られずに済むと、晴れやかな思いだった。
カルダがすぐにエイソンを呼び、騎士になったスヴェリオを見せると、エイソンは嬉しそうに目尻にしわを作りがっしがっしとスヴェリオの頭を撫でた。その力が強すぎてスヴェリオの髪が数本抜け、スヴェリオは涙目で馬鹿力!と叫んだ。
カルゼラは目まぐるしい日々に追われた。さっそく王妃の名誉回復と王子の帰還が公表され、式典や宴会に間に合うように王子用の衣服や装具が手配され、礼儀作法の授業も1日にびっしりと入った。
それでも合間合間に広い城のあちこちを探検して回ったり、見たこともないような家具や装飾に目を輝かせた。
忙しいのはカルゼラばかりではない。カルダもエルフの薬草の村を国家事業にする為に様々な準備に追われた。そればかりか、王子のお披露目を早い日程で行わなければ環獣祭と被ってしまう為、こちらも急を要した。そんな中、時折顔を見せに来る息子が愛らしく、癒された。賑やかな環獣祭を見たらどれほど喜ぶだろうかと、想像するだけで頬が緩む。
スヴェリオは近衛騎士の隊服に身を包んでバーバリオの元を訪れた。変わらない場所、あの皮革工房で、相変わらずでかい声を出していた。その姿を確認するなり、スヴェリオはバーバリオに抱きつかれ、一瞬、全身鳥肌が立った。自分からそうしたことはあったが、される側は微妙だなと密かに思う。そこにティテルやバーバリオの弟子たちまで加わるものだから、スヴェリオの顔は青ざめる。
王子のお披露目の日は、まるで空まで歓迎しているかのように雲1つない快晴だった。
城が開城され、都民に加え、あちこちから集まったたくさんの国民がぎっしりと広場に詰まっているのが、バルコニーから確認できる。
カルゼラは見たこともないような高級仕立ての金刺繍がたくさん入った正装姿でおどおどとしていた。カルダが先にバルコニーに立ち、挨拶のスピーチを終えると後ろを振り返り、カルゼラに出てくるよう促した。
カルゼラは自身が無くとも、とにかく胸を張り、堂々とカルダの横に立った。大きな歓声が上がる。それに圧倒されたカルゼラの耳に、カルダの手を振れという言葉は届かない。カルダはくすりと笑ってカルゼラを抱き上げた。カルダがカルゼラの手を取り左右に振ると、より一層大きい歓声に包まれ、カルゼラはその圧を感じながらも嬉しそうにふわりと笑顔に花を咲かせた。
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