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エイソンが軍義室を出ると、遠征へ同行した2人と、カルダについて部屋の前にいた2人、4人の部下に囲まれた。
「隊長、遠征お疲れ様です。」
「あぁ。城にいた組はもう知っているかもしれないが、2日後にノウラへ出陣することになった。」
おぉ、と小さく歓声が上がる。
「詳しいことは後で話すが、王妃様の護衛として半分残して行くことになった。遠征組は残すとして、一応お前たちの希望も聞いておきたい。」
エイソンは城組の2人に訊いたのだが、否応なしに残すと言われ、遠征組の2人が声を上げた。
「ちょっと待ってください!隊長は行かれるのですよね?私も戦場へ出ます!」
「私も行けます!」
その2人を、エイソンは片手で制す。
「私は行くが、なるべく戦力は均等に分けたい。王妃様の護衛も重要な任務だからな。準備期間も短い。戻ったばかりのお前たちよりも、城にいて予め知らされていた者たちの方が効率も良い。」
きっぱりとした物言いに、この決定は覆りそうにないと悟り、遠征組の2人はしょんぼりと肩を落とした。
「私は今度こそ隊長に付いていきたいです!」
「私はどちらでも。任された任務を全うします。」
城組の意見に、エイソンは分かったと頷いた。
「スヴェリオは訓練に参加していたか?」
「いえ、1度も。」
だろうな、とエイソンはため息を吐いた。あの男が、無理矢理引きずる自分がいないのに、自発的に参加するわけがない。
エイソンは遠征組の2人に休むよう伝え、その場を解散し、その足で王妃の部屋へ向かった。
王妃の部屋の扉の前で、胡座をかいて壁に背を預けたスヴェリオは、居眠りをしていた。
悪阻が酷いのか、それともただ落ち込んでいるだけなのか、ニコは1人になりたいと部屋から出てこず、スヴェリオは退屈していたのだ。
しかし、誰かが近づく気配に目を覚まし、顔を上げるとその表情が条件反射に歪んだ。
天敵の接近に、思わず声が漏れる。
「げ。」
大男に見下ろされるのは居心地が悪く、スヴェリオはなんとなく立ち上がった。立ち上がったところで頭1つ分の身長差があり、見下ろされるのは変わらないが。
「王妃様の具合は?」
「…そんなことわざわざ訊きに来たのか?」
いつもは部屋の中でぺちゃくちゃと喋っているのにと、エイソンは少し心配になった。
「今はお休みでいらっしゃるのか?」
「1人になりたいんだと。」
「あぁ、閉め出されて拗ねているのか。」
「怪しい大男を追い払ってんだよ。」
びしっとスヴェリオがエイソンに人差し指を向けた。エイソンはその指を摘まみ、ぐいと上へ向ける。
スヴェリオの人差し指は逆関節方向へ曲げられ、ぎゃあああと悲鳴が廊下に響いた。
関節の柔らかいスヴェリオが痛がるほどなので、軽々と見えて凄まじい力で曲げたのだ。
「痛ってぇ!この馬鹿力!」
エイソンの指から引き抜いた自身の指を優しくさするスヴェリオ。
「お前がぎゃあぎゃあ騒いでいるところを見るに、王妃様も本当に大丈夫なようだな。」
ちくしょう、とエイソンを睨み付けるスヴェリオの目は僅かに潤んでいる。
「あんたなんか出陣する前に俺が切り刻んでやりたい。」
「訓練をサボっていたようだしな、稽古をつけてやってもいい。」
キィ、と静かに扉が開いた。グレーの瞳をくるりと丸くしたニコが顔を覗かせる。
瞬時にエイソンが跪いた。
「王妃様、お部屋の前で騒ぎ立ててしまい、申し訳ありません。」
「二重人格。」
「いいえ。スヴェリオが騒いでいるから何かと思ったら、近衛隊長だったのですね。お帰りなさい。此度の遠征、ご苦労様でした。」
「なんで俺だけが騒いでることになってんだよ。」
ふわりと微笑むニコの目元は赤い。
「どのようなご用件でしょうか。」
「申し訳ありません。弟子の様子を見に来ただけなのです。」
「だれが弟子だ、こらおっさん。」
ニコが口元を隠してくすくす笑う。
「ふふ、親子のように仲が良いですね。」
途端、スヴェリオの全身の毛がぞわぞわと逆立った。エイソンもそこまでではないものの、顔をひきつらせた。
「王妃様…お言葉ですが…息子はもっと聞き分けが良く、聡明です。」
「俺だって親父なんかいねぇよ!」
そんなやり取りに、ニコはますます笑いが込み上げた。その笑顔にエイソンは少しホッとする。
「ところで先ほど、これから訓練をなさるとか聞こえたのですが。」
「ええ。この者が私に相手になって欲しいと言うので、少しの間お借りしてもよろしいですか?」
「言ってねぇ。」
「言ってただろ。」
「言ってねぇ!おいおっさん、ボケが始まったんじゃねぇか?いいからあんたは休んでろよ。サゾオツカレノコトデショウ。」
ニコが少し考えるように首を傾け、黒い髪がさらりと揺れる。長いまつげが目の下に影を作った。
「…あの、私も見物させて頂いてもいいですか?」
はぁ?!と顔を歪ませたスヴェリオの必死の抵抗も空しく、ニコとエイソンの間でとんとん拍子に話は進んだ。
スヴェリオにとってもエイソンにとっても久しぶりの訓練場に騎士の姿は少なく、皮肉にもどこもかしこも貸切状態に近い。そもそもエイソンが使いたいと言えばそれまで誰が使っていようがどかない者はいないが。
エイソンの力強い一振りで、スヴェリオの手から剣が離れ、その喉元に、エイソンの剣先が向けられた。
「スヴェリオ、お前は王妃様と距離が近すぎる。」
化け物め。スヴェリオは心の中で毒づく。
訓練場に移動する前のことだ。王妃の部屋の扉前で、さっそく訓練場に向かおうとしたニコに、スヴェリオがそんな顔で外にでるのか?と眉を潜めた。ニコがなぜかと問えば、いかにも泣きはらした顔をしていると素直に突っ込むスヴェリオ。
ニコは慌てて両手を隠し、お化粧をするから待っててと扉を閉めようとした。その扉が閉まる前にスヴェリオががしっと押さる。
「俺がしてやろうか?」
にこりと笑うスヴェリオの首根っこにエイソンが手を掛け、ぐいと強引に引っ張った。扉が閉まるのと同時にスヴェリオの首も締まり、ぐえっとカエルのような声が出た。
エイソンが諌めているのはこのことだった。
スヴェリオはさっと体制を低くし、身体を捻りながら剣を持つエイソンの手をめがけて足を繰り出す。エイソンがこれを避けた隙に、落とした剣を素早く拾った。
目の前のおっさんは汗もしっかりと流しているし、それなりに肩も上下させている。そもそも遠征から帰ったばかりで疲労が溜まっているはずなのに、その動きの衰えのなさにスヴェリオは納得いかなかった。
「礼を尽くすというのは、何も主に無礼を働かない為、というばかりではない。お前は王妃様を敬っているんだろう?」
スヴェリオは眉根を寄せてちらりとニコに視線を向けた。
「それならお前自身が、王妃様は敬われる存在だということを体現するべきだと思わないか?」
うるせぇ、と言えないのは、エイソンが言っていることが理解できるからだ。しかし、スヴェリオの中にある、自分はニコ様に無礼を許されているという自負がそれを受け入れさせない。スヴェリオの気安い態度がニコの心を開いたのも確かだ。
スヴェリオは何を言われようと、態度を変えようとは思わなかった。
「お前の態度がそのまま、主がどのように扱われるべきなのかを表すんだ。お前が軽んじれば周りも軽んじ、お前が重んじれば周りもそうする。礼というのは、そういうものだ。」
スヴェリオは小さく舌打ちをし、エイソンに向かって走りだし、剣を繰り出した。
ニコは木の長椅子に座り、カンッカンッと剣を交える2人を眺める。体格の差もあってか、まるで本当の親子のように見えた。スヴェリオは否定していたが、エイソンが”弟子”と呼ぶくらいなので、育てようとしていることは間違いないのだろう。
ニコがまだ子供の頃、ハープナーがまだノウラにいた時代だ。同じように剣の鍛錬を見物したことがあった。叔父のことをまだ名前で呼んでいて、小さい時から遊んでくれていたハープナーの後を追いかけていた。
そんなハープナーが、剣の鍛錬の時間だけは側にいることを許してくれなかった。何度頼み込んでも、首を横に振られた。何をそんなにひた隠すのかと、ニコは余計に好奇心を煽られ、ある日こっそりと見に行った。
木の陰に潜んで覗き見ると、汗をたくさん流して、いつも穏やかな顔を疲労に歪ませている姿が見えた。消して弱くはないのだろうが、剣さばきも、線の細い体つきも、騎士の人たちと比べると、子供の目にも見劣りした。
ニコはもやもやとした気持ちになり、そのことをはっきりハープナーに伝えたのだ。庭に敷物を引いて、ピクニックをしている時だった。
「ハープナー様はどうして剣を習うのですか?」
ニコの口を尖らせた表情に、ハープナーはすぐに気が付いた。
「…もしかして、見たの?」
「正直、似合っていませんよ。」
ハープナーの目が大きく開く。
「ハープナー様は本やペンの方が似合っています。医師になるのだから、剣なんて必要ないじゃありませんか。」
ハープナーの片手がニコの頭に伸びる。優しく頭を撫で、自分と同質の髪を指で梳き、もう片方の手も頭を撫で始め、だんだん荒っぽくなるその手で、ニコの髪がくしゃくしゃと乱れた。
「ちょっ…やめてください!」
ニコの抵抗も空しくハープナーの手はますますくしゃくしゃとニコの髪を乱した。この攻防に、ニコもハープナーも声を出して笑った。
処刑を見に行かなくて良かったかもしれない、とニコはしんみり思う。きっと見てしまっていたら、こんなに穏やかな記憶は思い出されなかっただろう。
ニコは、エイソンに向かって剣を振り続けるスヴェリオを目に映す。右、左、と剣を繰り出すその様子は、かつてのハープナーよりもよほどキレがある。じわりと滲んだその姿に心の中で告げた。ありがとう。
「隊長、遠征お疲れ様です。」
「あぁ。城にいた組はもう知っているかもしれないが、2日後にノウラへ出陣することになった。」
おぉ、と小さく歓声が上がる。
「詳しいことは後で話すが、王妃様の護衛として半分残して行くことになった。遠征組は残すとして、一応お前たちの希望も聞いておきたい。」
エイソンは城組の2人に訊いたのだが、否応なしに残すと言われ、遠征組の2人が声を上げた。
「ちょっと待ってください!隊長は行かれるのですよね?私も戦場へ出ます!」
「私も行けます!」
その2人を、エイソンは片手で制す。
「私は行くが、なるべく戦力は均等に分けたい。王妃様の護衛も重要な任務だからな。準備期間も短い。戻ったばかりのお前たちよりも、城にいて予め知らされていた者たちの方が効率も良い。」
きっぱりとした物言いに、この決定は覆りそうにないと悟り、遠征組の2人はしょんぼりと肩を落とした。
「私は今度こそ隊長に付いていきたいです!」
「私はどちらでも。任された任務を全うします。」
城組の意見に、エイソンは分かったと頷いた。
「スヴェリオは訓練に参加していたか?」
「いえ、1度も。」
だろうな、とエイソンはため息を吐いた。あの男が、無理矢理引きずる自分がいないのに、自発的に参加するわけがない。
エイソンは遠征組の2人に休むよう伝え、その場を解散し、その足で王妃の部屋へ向かった。
王妃の部屋の扉の前で、胡座をかいて壁に背を預けたスヴェリオは、居眠りをしていた。
悪阻が酷いのか、それともただ落ち込んでいるだけなのか、ニコは1人になりたいと部屋から出てこず、スヴェリオは退屈していたのだ。
しかし、誰かが近づく気配に目を覚まし、顔を上げるとその表情が条件反射に歪んだ。
天敵の接近に、思わず声が漏れる。
「げ。」
大男に見下ろされるのは居心地が悪く、スヴェリオはなんとなく立ち上がった。立ち上がったところで頭1つ分の身長差があり、見下ろされるのは変わらないが。
「王妃様の具合は?」
「…そんなことわざわざ訊きに来たのか?」
いつもは部屋の中でぺちゃくちゃと喋っているのにと、エイソンは少し心配になった。
「今はお休みでいらっしゃるのか?」
「1人になりたいんだと。」
「あぁ、閉め出されて拗ねているのか。」
「怪しい大男を追い払ってんだよ。」
びしっとスヴェリオがエイソンに人差し指を向けた。エイソンはその指を摘まみ、ぐいと上へ向ける。
スヴェリオの人差し指は逆関節方向へ曲げられ、ぎゃあああと悲鳴が廊下に響いた。
関節の柔らかいスヴェリオが痛がるほどなので、軽々と見えて凄まじい力で曲げたのだ。
「痛ってぇ!この馬鹿力!」
エイソンの指から引き抜いた自身の指を優しくさするスヴェリオ。
「お前がぎゃあぎゃあ騒いでいるところを見るに、王妃様も本当に大丈夫なようだな。」
ちくしょう、とエイソンを睨み付けるスヴェリオの目は僅かに潤んでいる。
「あんたなんか出陣する前に俺が切り刻んでやりたい。」
「訓練をサボっていたようだしな、稽古をつけてやってもいい。」
キィ、と静かに扉が開いた。グレーの瞳をくるりと丸くしたニコが顔を覗かせる。
瞬時にエイソンが跪いた。
「王妃様、お部屋の前で騒ぎ立ててしまい、申し訳ありません。」
「二重人格。」
「いいえ。スヴェリオが騒いでいるから何かと思ったら、近衛隊長だったのですね。お帰りなさい。此度の遠征、ご苦労様でした。」
「なんで俺だけが騒いでることになってんだよ。」
ふわりと微笑むニコの目元は赤い。
「どのようなご用件でしょうか。」
「申し訳ありません。弟子の様子を見に来ただけなのです。」
「だれが弟子だ、こらおっさん。」
ニコが口元を隠してくすくす笑う。
「ふふ、親子のように仲が良いですね。」
途端、スヴェリオの全身の毛がぞわぞわと逆立った。エイソンもそこまでではないものの、顔をひきつらせた。
「王妃様…お言葉ですが…息子はもっと聞き分けが良く、聡明です。」
「俺だって親父なんかいねぇよ!」
そんなやり取りに、ニコはますます笑いが込み上げた。その笑顔にエイソンは少しホッとする。
「ところで先ほど、これから訓練をなさるとか聞こえたのですが。」
「ええ。この者が私に相手になって欲しいと言うので、少しの間お借りしてもよろしいですか?」
「言ってねぇ。」
「言ってただろ。」
「言ってねぇ!おいおっさん、ボケが始まったんじゃねぇか?いいからあんたは休んでろよ。サゾオツカレノコトデショウ。」
ニコが少し考えるように首を傾け、黒い髪がさらりと揺れる。長いまつげが目の下に影を作った。
「…あの、私も見物させて頂いてもいいですか?」
はぁ?!と顔を歪ませたスヴェリオの必死の抵抗も空しく、ニコとエイソンの間でとんとん拍子に話は進んだ。
スヴェリオにとってもエイソンにとっても久しぶりの訓練場に騎士の姿は少なく、皮肉にもどこもかしこも貸切状態に近い。そもそもエイソンが使いたいと言えばそれまで誰が使っていようがどかない者はいないが。
エイソンの力強い一振りで、スヴェリオの手から剣が離れ、その喉元に、エイソンの剣先が向けられた。
「スヴェリオ、お前は王妃様と距離が近すぎる。」
化け物め。スヴェリオは心の中で毒づく。
訓練場に移動する前のことだ。王妃の部屋の扉前で、さっそく訓練場に向かおうとしたニコに、スヴェリオがそんな顔で外にでるのか?と眉を潜めた。ニコがなぜかと問えば、いかにも泣きはらした顔をしていると素直に突っ込むスヴェリオ。
ニコは慌てて両手を隠し、お化粧をするから待っててと扉を閉めようとした。その扉が閉まる前にスヴェリオががしっと押さる。
「俺がしてやろうか?」
にこりと笑うスヴェリオの首根っこにエイソンが手を掛け、ぐいと強引に引っ張った。扉が閉まるのと同時にスヴェリオの首も締まり、ぐえっとカエルのような声が出た。
エイソンが諌めているのはこのことだった。
スヴェリオはさっと体制を低くし、身体を捻りながら剣を持つエイソンの手をめがけて足を繰り出す。エイソンがこれを避けた隙に、落とした剣を素早く拾った。
目の前のおっさんは汗もしっかりと流しているし、それなりに肩も上下させている。そもそも遠征から帰ったばかりで疲労が溜まっているはずなのに、その動きの衰えのなさにスヴェリオは納得いかなかった。
「礼を尽くすというのは、何も主に無礼を働かない為、というばかりではない。お前は王妃様を敬っているんだろう?」
スヴェリオは眉根を寄せてちらりとニコに視線を向けた。
「それならお前自身が、王妃様は敬われる存在だということを体現するべきだと思わないか?」
うるせぇ、と言えないのは、エイソンが言っていることが理解できるからだ。しかし、スヴェリオの中にある、自分はニコ様に無礼を許されているという自負がそれを受け入れさせない。スヴェリオの気安い態度がニコの心を開いたのも確かだ。
スヴェリオは何を言われようと、態度を変えようとは思わなかった。
「お前の態度がそのまま、主がどのように扱われるべきなのかを表すんだ。お前が軽んじれば周りも軽んじ、お前が重んじれば周りもそうする。礼というのは、そういうものだ。」
スヴェリオは小さく舌打ちをし、エイソンに向かって走りだし、剣を繰り出した。
ニコは木の長椅子に座り、カンッカンッと剣を交える2人を眺める。体格の差もあってか、まるで本当の親子のように見えた。スヴェリオは否定していたが、エイソンが”弟子”と呼ぶくらいなので、育てようとしていることは間違いないのだろう。
ニコがまだ子供の頃、ハープナーがまだノウラにいた時代だ。同じように剣の鍛錬を見物したことがあった。叔父のことをまだ名前で呼んでいて、小さい時から遊んでくれていたハープナーの後を追いかけていた。
そんなハープナーが、剣の鍛錬の時間だけは側にいることを許してくれなかった。何度頼み込んでも、首を横に振られた。何をそんなにひた隠すのかと、ニコは余計に好奇心を煽られ、ある日こっそりと見に行った。
木の陰に潜んで覗き見ると、汗をたくさん流して、いつも穏やかな顔を疲労に歪ませている姿が見えた。消して弱くはないのだろうが、剣さばきも、線の細い体つきも、騎士の人たちと比べると、子供の目にも見劣りした。
ニコはもやもやとした気持ちになり、そのことをはっきりハープナーに伝えたのだ。庭に敷物を引いて、ピクニックをしている時だった。
「ハープナー様はどうして剣を習うのですか?」
ニコの口を尖らせた表情に、ハープナーはすぐに気が付いた。
「…もしかして、見たの?」
「正直、似合っていませんよ。」
ハープナーの目が大きく開く。
「ハープナー様は本やペンの方が似合っています。医師になるのだから、剣なんて必要ないじゃありませんか。」
ハープナーの片手がニコの頭に伸びる。優しく頭を撫で、自分と同質の髪を指で梳き、もう片方の手も頭を撫で始め、だんだん荒っぽくなるその手で、ニコの髪がくしゃくしゃと乱れた。
「ちょっ…やめてください!」
ニコの抵抗も空しくハープナーの手はますますくしゃくしゃとニコの髪を乱した。この攻防に、ニコもハープナーも声を出して笑った。
処刑を見に行かなくて良かったかもしれない、とニコはしんみり思う。きっと見てしまっていたら、こんなに穏やかな記憶は思い出されなかっただろう。
ニコは、エイソンに向かって剣を振り続けるスヴェリオを目に映す。右、左、と剣を繰り出すその様子は、かつてのハープナーよりもよほどキレがある。じわりと滲んだその姿に心の中で告げた。ありがとう。
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