塔の妃は死を選ぶ

daru

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 レイシーは相変わらずお喋りだ。週に1度ニコの部屋に遊びに来のんびりとお茶をしているが、どれだけ喋り倒しても、会うたび会うたび新しい話題をぶら下げてきた。

 そんなレイシーは、ニコが提供してしまった話題のせいでますます目を輝かせ、鼻息を荒くしていた。

「王様と王妃様がついにご旅行なんて!素敵ですわ~!」

 両頬に手を充ててくねくねと体を揺らすレイシーの顔は眠った子猫のように緩んでいて、夫のキートスにそっくりだ。

「旅行、というか、社会勉強のようですが…。」

 困ったように笑うニコの言葉を、聞いてるのか聞いていないのか、照れなくてもいいですよぉ、とレイシーはさらにくねくねさせた。





 数日前の話だ。
 ニコの乗馬の練習は、芝生の生えた広い庭で行われた。カルダの愛馬アイオロスに2人で跨り、後ろに乗るカルダが重心移動や手綱の引き方を丁寧にニコに教えていた。

 ニコがだんだん慣れてくると、カルダは馬を小走りさせたり、後ろからニコの耳をかじったりと悪戯を始め、2人の楽しそうな声が少し離れたところに並ぶ護衛たちにもかすかに聞こえてきた。

 スヴェリオがあれは練習じゃなくていちゃついてるだけじゃねぇのか、と呆れ、エイソンがそれも目的なんだろうというやり取りがされていたことなど、ニコとカルダは知るはずもない。

「ニコ。」

 カルダが耳元で囁けば、ニコは頬を赤く染める。

「今度、トードの大市に行かないか?」

「トードというと、ここから北にある都市ですよね?ダマルカとの交易の中間地点だという。」

「良く知っているな。」

「司書様にご教授頂いてますので。」

 ふわりと微笑むニコを、カルダが後ろから優しく抱きしめる。

「大市は2ヶ月間行われててな、あと1ヶ月あるのだ。大市には行ったことあるか?」

「いいえ、ありません。」

「トードの大市ではダマルカの珍品も見れるだろうし、ニコにも楽しんでもらえると思うのだ。視察もかねて行けば、王妃としての社会勉強にもなるだろう?」

「ぜひ、行ってみたいです。」

「良かった。それでは準備させよう。」

 あ、とニコが眉尻を下げた。

「もしかして、馬に乗って行くのですか?」

 ニコに心配そうに見つめられ、カルダはその愛おしさに歯を見せた。

「まさか。馬車を用意するから心配しなくていい。」

 ほっと胸を撫で下ろすニコとは反対に、カルダは額を中指で擦った。

「スヴェリオはダマルカ出身だと言っていたな?」

「はい、そう聞いています。」

「トードに土地勘はあるだろうか?」

「どうでしょう?あちこち行ってる、とは聞いたことありますが。」

「本人に聞いてみてくれ。知らない土地であればあらかじめ地図を渡しておくと。」

「分かりました。」





 スヴェリオの方が楽しみにしている様子だったな、とニコは思い出す。
 トードの大市には、友人の手伝いで何度か行ったことがあると言っていた。それを聞いたニコは、本業の分からない人だとつくづく思った。それなのにこんなに信頼を寄せているのはなぜなのか不思議でならないが、しいて言えば、王族の直感といったところか。

 カルダが、王妃の護衛としてみすぼらしい恰好をするなと、スヴェリオに服を用意した時は、口では文句を言いながら、楽しそうにそれを着た姿をニコに見せに来た。
 ニコが、だんだん騎士らしくなっていくわね、と言うと、罠か!、と脱ぎ捨てていたが。

 そう言いながら、拾って埃を叩いていた姿を思い出し、ニコはくすりと微笑んだ。

「王妃様も楽しみにされているのですね!」

 嬉しそうに手を合わせるレイシー。

「そうですね…。もちろんたくさん並ぶ店舗や見世物なんかも楽しみですが、大市では夜も明るいと聞くので、夜の景色がとても楽しみです。」

 それは純粋に、言葉通りの意味だったのだが、レイシーが明るい夜が楽しみだなんて大胆ですね!なんて体をくねらせるものだがら、ニコは慌てて否定した。しかし、レイシーの誤解を解くほど難解な問題はなかなかない。

「でも、そんな夜に授かった子供は、なんだかとても特別感がありますねぇ。」

 ますます飛躍していく話にニコも諦めて泣く泣くそうですね、と返すしかなかった。願わくは、この話がキートスに伝わりませんように。
 レイシーがキートスにこの話をしてしまえば、100パーセント、カルダにまで伝わることが決定される。

 ニコはこの話題がこれ以上危険な航路を進まないように、舵を切り直した。

「そういえば、お土産は何が良いですか?いつも相談に乗ってもらってるので、なんでも言ってください。」

 相談に乗ってもらっているというよりも、プライベートを暴かれているという表現の方が合うが。

「そ、そんな、お土産だなんて、気を使わないでください!」

「せっかく遠出するのですもの。お土産くらい用意させてください。」

 ニコがにこやかにそう言うと、レイシーは照れながら答えた。

「そ、それでは、王妃様がこれ、と思った物を。」

 難題。ニコは顔にこそ出さなかったが、苦悩した。





「疲れているようだな。」

 ニコの太腿を枕にし、ソファで横になるカルダがニコの頬に手を伸ばした。いえ、と視線を逸らすニコに、ああ、とカルダは気が付いた。

 なんだかんだ、カルダはほとんど毎晩ニコの部屋で朝まで過ごした。カルダもそうだが、ニコもあまり感情の起伏が激しい方ではない。それでも毎日見ていれば、多少の変化を見つけられるようにはなっていた。

「そうか、レイシーが来たのだな。」

 ぎくり。別に秘密にしていたわけではないのだが、ニコは今日話した内容をカルダには聞かれたくなかったのだ。
 ニコは誤魔化すようにカルダの目を自身の手で覆った。

「お…女同士の秘密、です。」

 すると、ニコの頬にあったカルダの手はするりとニコの後頭部に回され、強引に頭を下に引き寄せられた。唇が重なる。
 少し離すと、ニコの指の隙間から、金色の目が覗いていた。ほのかに紅潮したニコは、その目を再度覆い直し、今度は自ら口づけを落とす。
 カルダの手がニコの頭を撫で、髪を梳き、くるくると弄って遊んだ。

「ニコ、そなたの顔が見えない。」

 唇を離し、頭を上げたにも関わらず、ニコはカルダの目を覆ったままだ。

「見えなくていいのです。」

 なんとなく、赤くなっているのだろうとカルダにも予想が着く。照れ隠しに夫の目を覆う妻。そんな姿を想像すると、カルダの胸に愛しさが溢れた。
 ニコ、と一際甘い声を出す。

「愛している。」

 ぱっとニコの手が離れた。きょとんとしたニコの丸い目が、まじまじとカルダを見下ろす。

 カルダは言葉よりも行動で示すタイプだった。普段、ニコに愛を囁く時も回りくどい言い回しをする。ストレートな言葉選びは彼らしくないと、ニコはときめきよりも疑問を感じたのだ。

「…何か、ありましたか?」

 その鋭さに、カルダは苦笑した。

「…愛していると言った余への返事が、それなのか?」

 そう言われてようやくニコはたじたじと慌てながら、ありがとうございます、と受け取った。

 ニコの疑問は残ったまま、カルダもそれに気が付かないふりをしたまま、まるで時間が動いていないかのような穏やかな夜を2人は過ごした。
 トード大市に出発する、2日前のことだった。
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