塔の妃は死を選ぶ

daru

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「…なんで俺、こんなに朝早くに呼び出されてんの?」

「王妃様の護衛に就く前に、お前の腕前を確かめるよう王様から仰せつかった。」

 騎士棟の訓練場。エイソンに呼び出されたスヴェリオは眉を潜めていた。そして、離れた位置にいるニコを指差す。

「あの人は何しに来てんの?」

「王妃様もお前の実力が気になっていらっしゃるようだ。」

 スヴェリオが、へぇ、と言う前に、エイソンの剣が勢いよく振り下ろされた。スヴェリオは瞬時に腰の剣を抜きそれを受けたが、エイソンの蹴りが腹部に入り、後ろへ3歩よろけた。

「…痛ってぇな馬鹿力。」

 スヴェリオは蹴られた腹部よりもエイソンの剣を受けた手がびりびりと痺れ、握って開きを繰り返す。

「本気でやれよ。腕試しにならんからな。」

「おっさん…。」

 エイソンの涼しい顔に、スヴェリオは血管を浮かせて口角を上げ、剣を握り直した。

 今度はスヴェリオから仕掛ける番だ。斜めに切り込み、弾かれた反動で身体をくるりと回転させて反対から切り込み、受けられ、上から振り下ろす。

 ガキィンッ!一層高い金属音の後、横から飛んできたエイソンの右足をスヴェリオは左手で掴み、またもやその反動を使って飛び上がりエイソンの頭にハイキックを繰り出したが、エイソンはこれを左腕で受ける。



 2人の攻防をニコがハラハラして見ていると、ふいに後ろからお腹の辺りに腕を回された。

「おはようございます、カルダ様。」

 ニコが斜め後ろを見上げると、カルダがニコの顎をより持ち上げて軽くキスをした。

「おはよう、ニコ。じきに朝食の準備も終わるだろう。」

「はい。一緒に参りましょう。」

 カルダは微笑むニコの頭にもキスを落とし、カンカンと鳴る金属音の方向に目を向けた。

 エイソンから放たれる剣筋を、スヴェリオは何度も右へ左へ受け流す。スヴェリオが隙を見て突くと、エイソンはこれを屈んで避け、エイソンの左拳がスヴェリオの腹部を殴打した。途端、スヴェリオの身体の内の酸素が一気に吐き出されたが、スヴェリオは負けじと片足を後ろに振り上げ、エイソンの頭を蹴とばした。互いに後退し、体が離れる。

 ほう、と声に出したのはカルダだ。

「エイソンに一撃を入れるとは、なかなかやるな。」

「…私は、心配で心臓が落ちてしまいそうです。」

 せっかく怪我を治してきたはずなのに…、と呟くニコを、カルダは後ろからぎゅっと抱きしめた。

「それは困るからそろそろ朝食に向かおう。」

「ふふ、はい。」

 まだ続く2人の攻防に背を向け、ニコとカルダはその場を後にした。その後ろに数人の護衛騎士が続く。





 すっかり慣れた2人での朝食を終えて小食堂を出ると、そこには腕試しとやらを終えたエイソンとスヴェリオが、既に合流していた。
 相変わらず涼しい顔をしたエイソンに対し、スヴェリオは見るからに機嫌が悪い。

「エイソン、ご苦労だったな。見聞を聞きたいから、1度執務室に。ニコもいいか?」

「はい。」

 文句を言おうと口を開いたスヴェリオに、ニコが微笑む。

「スヴェリオ、お疲れ様。」

 それだけでスヴェリオの口は封じられた。



 4人が執務室に到着すると、カルダはすぐに席に着き、エイソンがニコの椅子を用意した。スヴェリオは偉そうに腕を組んでいる。
 ニコに散々説得されたこともあり、カルダも多少の態度は目を瞑っている。特に諌めたりはしなかった。

「少し見ただけだが、なかなか見所はありそうだったな。」

「はい、瞬発力と柔軟性は目を見張るものがあります。今日のような1対1では不利かもしれませんが、場所が変われば機転を利かせた戦い方ができるでしょう。」

 上から目線。ぼそっと吐き出したスヴェリオの言葉を、ニコが名前を呼ぶ声色で叱り、カルダとエイソンはスルーした。

「お前に当たった攻撃は?」

「3回です。」

 カルダが目を見開き、スヴェリオに目を向けた。

「3回も。」

 傷の量や汚れ具合から、明らかにスヴェリオの方が攻撃はくらっている。それでも3回エイソンに攻撃を当てたというのは、エイソンから剣を習ったカルダには驚くべき事実だった。
 それを知らないスヴェリオは皮肉と受け取り、カルダの視線を目を吊り上げて睨み返す。

 あらかじめ何度も言っていたこととはいえ、ニコはそんなスヴェリオの態度に肝を冷やした。

「予想以上だな。」

「俺だってこんな人間離れしたおっさんがいるなんて、予想外だったよ。」

「ス、スヴェリオ!」

 つん、とそっぽを向くスヴェリオにエイソンが視線を向けた。

「スヴェリオ、王様はお前を褒めているんだ。」

 スヴェリオは顔を歪ませてカルダを見たが、カルダも否定の言葉を言わなかった。スヴェリオは虚を突かれ、頭の中に浮かんだ言葉がそのまま口に出る。

「きもち…。」

 悪いと言う前にニコがガタッと席を立ち、スヴェリオの口を両手で塞いだ。
 男性陣がこぞって目を丸くする。

「スヴェリオ、言動には気を付けてと言ったでしょう。」

 驚いたスヴェリオは素直に両手を挙げてコクコクと頷いた。

 カルダはニコに座るよう促すと、エイソン、と険しい声で呼びかけた。

「今後はニコが動く前に、お前がそいつの口を塞げ。」

「………はっ。」

 カルダがため息を吐くと、ニコが少し小さくなった。

「それで、今後の訓練は?」

「は?今後?」

「体力と筋力が課題なので、そこを重点的に鍛える予定です。」

「何が?何の話?」

「分かった、ではそのように。」

「勝手に話進めんなって!」

 ニコは頭を抱えた。

「私がこれからお前を鍛えることになっている。毎朝、今日と同じ時間、同じ場所に来い。」

「はぁああ?聞いてねぇ!」

「今言っただろ。お前は俺の剣を受け流すのがやっとだった。まともに受けれるようになるまで、筋力トレーニングが必要だ。」

「俺はこのしなやかな筋肉が売りなんだ!あんたみたいにメロンを肩に詰め込む気はねぇ!」

「ぶっ!」

 しまった、とニコは下を向いたが、身体が震えているので笑っていることは一目瞭然だ。一同の視線がニコに集まる。

「…ニコ。」

 カルダの諌めるような呼び声に、ニコもこのままではエイソンに失礼だと、気を引き締めなければと思ってはいるが、いかんせん笑いが収まらない。

「ご…めん…さ……こ、のえ…たいちょ……ふっ…。」

「…いえ。」

 エイソンはそう言う他ない。

 コンコン。ふいに空気を読まないノック音が鳴った。
 入れ、とカルダが言うと、キートスがひょっこり顔を出す。

 キートスは笑っているニコを見て、ほっこりと顔が緩んだ。

「おはようございます、王妃様。なんだか楽しそうですね。」

「す、すみません…そんなことは…。」

 ニコは必至で表情を取り繕っている気でいるが、恐らく口が弧を描いていることに気が付いていない。そんなニコにつられてカルダまで口元が緩みそうになり、それを手で隠した。

「キートス、用件はなんだ。」

「はい、王様。第1騎士団から報告が届いております。謁見の間にお越しください。」

 瞬時にカルダの顔が引き締まった。

「分かった。」

 ニコ、と呼ぶ。

「すまない、乗馬を教える約束だったが、後日でも良いか?」

「はい、私は大丈夫です。」

「ではすまないが、この後は好きに過ごしなさい。昼食の時間は作る。」

「はい。」

 カルダは立ち上がって部屋を出ようとしたが、そうだ、と踵を返してニコの手を取った。その手の平に自身の唇を押し当てると、顔を赤くするニコとは裏腹に、スヴェリオがうわ、と声を漏らす。

「間接ちゅ…。」

 バチンッ!と凄まじい音が響いた。エイソンがスヴェリオの口を塞いだのだ。押さえたというよりはビンタに近い。

「痛ってぇ!馬鹿力!」

 涙目で口を押えるスヴェリオに、エイソンは無表情で手を脇腹の辺りの布地に擦りつけながら言い放った。

「私も本意ではない故、口は慎んでもらえるとありがたい。」

 状況が分かっていないキートスは、1人目を瞬かせていた。
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